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第76話「回収屋」

 さて、報酬の時間だ。


 一息ついた俺たちは、宝物庫の中を調べ始めた。

 <フリージングジャベリン>の効果はすでに終了している。俺が魔術で氷漬けにしてしまったせいで、だめになってしまった剣類が多くあった。

 <空間把握(エリアロケーション)>の効果はまだ続いている。何がどこにあるのか把握はできるが、どれがいい武器でどれが悪い武器なのか俺には見分けがつかない。刃や拵えの状態を確かめるためには、結局手に持って見てみないことにはどうしようもないのだ。

 俺はため息をついた。


「しかし、宝物庫というより、武器庫だな」

「んー……。工房かな?」


 俺のつぶやきにミトナが答えた。

 俺たちの目線の先には、崩れていまいちわかりにくかった壁際の炉や、転がっていた金床が見えていた。壁際の樽の中には風化した石炭らしきものも見えるあたり、どうやらここは鍛冶を行う工房だったのだろう。どうりでフライングソードが好む環境になるわけだ。


「まあ、あながち間違いじゃないんじゃない? ツヴォルフ将軍にとって武器工房というのは宝物庫だったと思うわ」


 フェイがゴーレムに連なる武器みたいなものがないか探しながら言った。

 手当たりしだい手にとっては放り投げる。魔術ゴーレムが放り投げられた剣を一箇所に集めていた。

 ふと俺は疑問をフェイに投げかけた。


「なあ、魔道具探しだったらショーンを連れてきたらよかったんじゃないか?」

「知らないでしょ。あいつ、ものすごく弱いのよ。外に出たら死ぬわよ」


 そうなのか……。


「それで、マカゲさん、あなたが見かけた古代の武器は?」

「おお、フェイ殿も見ていたではないか」

「へ……?」

「さきほど折った竜斬剣、あれが古代の技術で鍛えられた武器。あの強度、あの切れ味。さすが古代武器といったところだ」


 フェイは何も言えなくなって固まっていた。まあ、とどめは自分で刺していたしな。文句も言えんだろ。


 しょうがない、手伝うか。

 俺はあたりを見回すと、それっぽい武器を探しはじめた。

 こうして見ると、武器以外の刃物も多く揃っていることに気付く。鎌や鋤、鍬、包丁などだ。

 そりゃあ、いつも武器ばっかり造ってるわけじゃねえよな。

 もしかしたら食料と引き換えにこういったものを売ってたわけか。


「お……。こりゃすごいな」


 俺は壁際に備え付けられていたひきだしに入れられていたものを手に取った。小さめの刃、刃渡りは十センチメートルほど。いわゆる食事用ナイフだ。そばにはスプーンとフォークもたくさん転がっている。

 柄から刃まで、一本の鋼で作られたカトラリーは、どれも柄に美しい剣の彫り物が施されていた。

 もちろん俺は自分用のカトラリーを所持している。宿屋やご飯屋には食器に類するものが用意されない店もある。旅先でもとても重要になるので一式持っている。

 俺はあらためてナイフとフォーク、スプーンを眺める。これは機能面の他、デザインも気に入った。


「ま、剣とか普段使わないし、報酬はこれでいいか」


 俺は三本まとめてひっつかむと、紐でしばると、かばんの中に突っ込んだ。

 

 あらかた高そうな品を確保した俺たちは、一度ここで野営することに決めた。扉を閉めてしまえば新たなフライングソードの侵入は防げる。


「<燃焼時間延長……凝縮、ブロック>!」


 <「火」中級>。

 魔法陣が割れ、焚き火代わりの魔術炎が設置された。一片が五十センチメートルほどの立方体の形をした炎だ。見た目は変だがきちんと焼いたり暖まったりといったことはできる。調節してあるのでおそらく四、五時間はもつだろう。

 そんな炎をマカゲが不思議そうに見つめていた。ううむ。小動物の顔だけど、きりりとして見えるのは何故だろう。毛並み?


「不思議なものだ。魔術とはかように便利なものなのか」

「いや、マコトが変なだけよ」

「え!? 変なの!?」


 炎ブロックに手をかざして暖を取りながらフェイが言う。ミトナは食事の準備をするためにかばんからいくつか食料を取り出していた。パンとチーズ。


「魔術の成型の基礎を教えたのは私だけど、ここまでバカスカ使えるのは、マコトのありえないマナ保有量があるからだわ。寝ることで回復していくとはいえ、普通の人はそこまで無駄に使えないわね」

 

 そうなのか。そこらへんの感覚は俺にはわからない。使えるから使っているだけなんだが。

 ミトナが水筒の水を小鍋にわかしてスープを作るのを横目で見えた。早くも干し肉をもらったクーちゃんが、魔術ゴーレムのひざの上でかじかじと噛み付いている。


「それじゃあ、明日はベルランテまで戻るから、食事を取ったら二人ずつ交代で休みましょ」


 フェイの指示にしたがって、俺たちは休息を取ることにした。




「――――!」


 俺は意識を覚醒させた。ついうとうとと眠りの世界に入っていってしまったようだ。あわてて出ていたよだれを袖でぬぐう。


 二人ずつの見張り。今はマカゲと俺の担当の時間だ。寝てしまうわけにはいかない。

 起こしてくれればいいのに、と思ったが火の近くにマカゲの姿がない。どこへ、と見渡してみると、部屋の隅をなにやらごそごそ調べているようだった。

 見ればマカゲが調べているあたりに、材料になりそうな鉱石や鉄材が大量に転がっていた。どうやら剣ではなく、素材の方を調べているようだ。かなり集中している。

 真剣なのを邪魔するのも悪いな。好奇心もあり、俺は後ろからそっと近付いた。


「……これは……純度が低い。こっちは……銅か」


 マカゲがひとつの鉱石を手にすると、感嘆の息を吐いた。

 近くまで寄った俺は完全に意識の外らしい。


「これだ……玉鋼。これほどの純度のものがあれば、すごいものが打てる!」

「なあ、マカゲって鍛冶師なのか?」

「――――!?」


 マカゲの毛が逆立つ。ひげまでピンと立っているところを見ると、よほど驚いたようだ。


「マコト殿!? いつの間に!?」

「いや、普通に来たんだけど、気付かなかったのか?」

「全く……拙者としたことが……」


 マカゲがばつの悪そうな顔で頭をかいた。


「それで、マカゲって鍛冶屋なのか?」

「……一応、そうだ」

「刀を打つのか? 刀匠ってやつだな」

「マコト殿は、刀をご存知なのか」


 マカゲの動きが止まった。俺のほうをまじまじと見つめてくる。

 変なこと言ったか? あ、刀工とか刀鍛冶って言うんだっけ?

 そうだ、せっかくの機会だし、ミトナのお願いを今のうちに頼んでおこう。


「それでな、ミトナがマカゲの持ってる武器について聞きたいって言ってたから、後で教えてやってくれないか?」

「……マコト殿は、全て知っておられるご様子……。わかりもうした。命を助けてもらった恩義もある故、できうるかぎり果たさせていただく」


 マカゲは真剣な様子でそう言った。いや、そこまでかしこまらなくてもいいんじゃないか? ちょっと見せてくれるだけでいいんだし。




 部屋の外に誰かいるのを察知したのは、ミトナだった。寝ていた俺を静かに揺り動かして起こしたらしい。俺の胸の上で寝ていたクーちゃんは、すでに起き出していた。音もなく床に着地すると、くぁっとひとつのびをした。


 ぼんやりした頭で我にかえると、口元に人差し指を当てたミトナの顔が近い。思わず顔が赤くなる。

 ……別にミトナのほうは意識してないんだよなあ。ちょっと冷静になった。


 何かあったようだ。俺は小声で<空間把握(エリアロケーション)>を起動する。

 俺の<空間把握(エリアロケーション)>によると、三人ほどが扉の外で息を殺して中をうかがっているのが把握できた。

 その間にミトナがフェイとマカゲを起こしてまわる。


 どうやら扉の向こうの人物たちは動き出したようだった。

 俺が手で合図すると、ミトナがすぐに意図を察する。バトルハンマーを持つと、壁際に移動していく。


「あ、たぶんその者たちは……」


 マカゲが何かを言おうとしたが、その前に扉がゆっくりと開いた。

 おそるおそるという顔をして覗き込んできたのは、長い髭を三つあみに結んだ屈強な中年男だった。バイキングの兜のような、角が両側にデザインされた兜をかぶっている。


 ミトナがすばやく動いた。

 覗き込んだ三つあみ髭の襟首をひっつかむと、部屋の内部に勢いよく引きずり込む。思いっきり転がった三つあみ髭は、ちょうど俺たちの足元で目を回した。

 ミトナが軽く跳躍、片足で胴鎧の真ん中を押さえつつ、バトルハンマーを構えた。


「イタタタタ……、何が起こっ――うおっ!? ま、待ってくれい!」


「うぇ!? なんです!? おやっさん!」

「どうしたの? おやっさん」


 三つあみ髭の声であわてて残りの二人が飛び込んできた。男の子と女の子。十五か十六か、下手すると子供といってもいい年齢だろう。どちらも頭部を守る革帽子、革鎧と統一した装備をしていた。

 三つあみ髭が押さえ込まれるところを見て、動きが凍りつく。


「うわああああ、どうしようルーナ! おやっさんが!」

「おちついてケルン! ここはお願いするのよ!」


 男の子と女の子はお互い顔を見合わせると、勢いよくうなずきあう。

 そしてまっすぐにミトナのほうを見て、声を合わせて大声で叫んだ。


「おやっさんを放してください!」


 いまいち緊迫感が足りない様子に、俺たちの間にあった緊張感がゆるんでいく。

 殺しにきた、とか強盗、とかを予想してたんだが。違うのか?


「いや、お前たち、一体何なんだ?」

「あー、たぶん、その者らは回収屋(ヴァルチャー)ではないかな?」


 マカゲがほほの毛をかきながら言った。



 回収屋(ヴァルチャー)迷宮(ダンジョン)のハゲタカとも呼ばれる。

 冒険者のように迷宮(ダンジョン)に潜るが、そのありようは大きく違う。

 迷宮(ダンジョン)で財宝を発見したとしても、その全てを持ち帰ることはできない。人数や積載限界というものが存在する。どうしてもいくつかは財宝を残していってしまう。また、今回の俺たちのように、値がつかないものや値が低くてもって帰らない残り物、そういった物を拾って持ち帰る職種。それが回収屋(ヴァルチャー)だ。

 

「んで、俺たちが去るのを待ってたのか?」

「そのとおりだ。持ち帰らない物を少しだけいただこうと思っていた」


 三つあみヒゲが項垂れて言う。

 回収屋の三人は宝物庫の床に正座させられていた。

 こちらを殺そうと危害を加えてきたわけでないので、問答無用に殺すというのもいただけない。だが、俺たちが帰ればたぶん持ち帰らなかった武器を持って帰るのだろう。なんだか釈然としない。


「よくここまで来れたな。けっこうフライングソードが出たと思うが」

「……」

「マコト君。私たちが倒した後から来れば、そんなに魔物はいない」


 ミトナがぽつりとつぶやくように言った。なるほど、変に軽装だと思った。

 行きはどこかの冒険者パーティの後をつけ、帰りは全力で離脱する。パーティが全滅した場合は、魔物が去るのを待ってから、その持ち物をいただく。

 なるほどハゲタカと言われるわけだ。


「お、俺たちもできれば普通に暮らしたいんだ! しょうがないだろ!」


 男の子が堪えかねたように叫んだ。三つあみ髭がおい、とたしなめるが怒りは収まらないようだ。


「いや、街の仕事とかはないのか?」

「おれたちにはないんだ! 見ろよ!」


 革帽子を勢いよく取り去ると、そこには犬の耳がぴこぴこと揺れていた。

 半獣人か……。

 息も荒く、男の子は俺を睨み付ける。

 重いため息を吐くと、三つあみ髭は肺の底から押し出すように言った。


「パルスト教会の勢力が強いとこじゃ、半獣人(こいつら)に仕事なんてねぇんだ。ベルランテまでいけりゃあいいんだが、気軽に町を逃げ出すこともできねえ。こういう稼業になるんだよ」


 そうか。ベルランテの人じゃなかったのか。

 ミトナから差別があるとは聞いていたものの、交易も多く獣人も多いベルランテではあまりはっきりと表立って感じることはなかった。やっぱり場所が変われば違うものなのか。

 俺は何か言おうと口をあけたが、結局何も言えず口を閉じた。


「そういうわけだ。頼む。見なかったことにしてくれ」


 三つあみ髭は、深々と俺たちに頭を下げた。



 結局、俺たちはそのまま宝物庫を出た。何度も取りにくるつもりはないし、値が高い品はすでに確保していたからだ。

 何と言っていいかわからないまま、俺たちは帰り路に就く。

 アルドラのラックに荷物を積み込み、ベルランテまで戻った。


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