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第75話「宝物庫の主」

 俺たちが扉から内側に踏み込む前に、宝物庫の床に転がっていた剣が震えると浮かび上がる。

 ロングソードが三本、反りの強いタルワールのような剣が一本、短剣が一本、日本刀が一本。そして、人間の胴体など真っ二つにしてしまいそうな幅広の長大な剣、竜斬剣。

 円陣を描くようにして浮く七本の剣。緩い速度で円を描いて回転している。


 叫び声もない。殺意や殺気といったものもない。

 だが、フライングソードという魔物が俺たちを視認したのは確実だった。


 こちらとて何も準備がないわけではない。

 作戦開始だ!


「<全身鎧・火炎フルプレート・ブレイズ>ッ!!」


 俺が準備していた魔術が起動する。

 炎の棺桶にしかならなかった魔術だ。だが、ものは使いよう。俺の身体に纏うのではなく、部屋の中央に出現させる。火炎で造られた歪な人型が部屋の中央に屹立した。


 作戦において大切なのは、敵に攻撃させないこと。

 身体自体が刃であり、手数の多い敵に攻撃させればろくなことはない。

 まず第一に自分が攻撃されないようにするのが大切。


 フライングソードは一瞬動きを止めたが、俺が生み出した火炎鎧を敵と認識したようだ。一本の剣が刺突するように動く。

 

 俺とフェイは目配せをしあう。予定通り。

 フライングソードは目や鼻といった感覚器官はない。何で人間を判断しているのかは、マナの有無と形状であろう。そこで人の形をしたマナの塊を用意したのだ。人間と誤認するように。


 火炎鎧はフライングソードの斬撃を受ける。何度も何度も斬りつけられている。


 俺とミトナ、マカゲが室内に侵入した。ここから作戦の第二段階だ。


 次に、フライングソードが操っている剣の数を減らす。本体がどれかわからないが、やつが囮にかまけているうちに、こちらが安全に倒せるくらい弱ってもらおう。

 ミトナが火炎鎧を回り込むようにしてフライングソードに接近する。反対側から俺とマカゲが回り込んでいる。

 剣を振り切ったタイミングで、ミトナがバトルハンマーで打つ。宙を浮く短剣がフライングソードの操作を振り切って吹っ飛んだ。壁に叩きつけられると金属音を立てて床に落ちる。

 俺が氷の棍でロングソードを打つ。ぐるりとその場で一回転しただけで吹っ飛ばない。くそ、ミトナほどの威力と精度がないからか! 

 宙でベクトルを制御するためかよろめいたロングソード。マカゲが手を伸ばすとロングソードの柄を握る。流れるようにそのまま床に突き刺した。


 俺たちはすぐさま離脱。

 フライングソードはいまいちわかってないのかまだ火炎鎧に攻撃を加えていた。


「よし……!」

「待って」


 ガッツポーズを取った俺だったが、ミトナがそれを否定する。

 見ると床に落ちていた別の剣が震え、宙に浮かび上がるところだった。


「やっぱり持ち替えも可能か!」

「来るよ!」


「<穿て魔弾、その威を叩きつけなさい! 衝撃球(ショックボール)>!」


 タイミングを読んでフェイの衝撃魔術が振りかぶった剣を押し戻す。だが、すぐに戦列に戻ってくる。


「<フリージングジャベリン>!!」


 魔法陣が割れ、俺は氷の大槍を生み出す。

 即座に射出。刃による打撃力より、炸裂する氷結力を強化した魔術だ。狙いは壁や床の剣。氷漬けにすることで、剣を補充することを防ぐ。

 いつまでも凍り付いているわけじゃない。ここから数分が勝負どころだ。


 切り刻まれた火炎鎧が、耐え切れなくなって崩れた。ぼはっ、と火の粉をあげるとちりじりになって消えていく。

 だが、準備は整った。残る剣は六本。


 俺は思いっきり息を吸う。集中しろ。感じろ!


「ッ……ォォオオォオオオオオオッ!!」


 <麻痺咆哮>。魔法陣が割れ、行動阻害の一撃が放射される。

 スケルトンに効くのなら、同じ魔法生物のフライングソードにも効果はあるはずだ。

 咆哮を受けて、目に見えて剣の動きが鈍る。隙を逃さずミトナとマカゲがロングソードを一本ずつ床に縫い付ける。残り四本!


 よし、と思ったのもつかの間、竜斬剣が麻痺もせずに水平に振りぬかれる。ミトナとマカゲがバックステップで範囲外に逃れた。


「くっそ。やっぱ強い奴には抵抗(レジスト)されるな」


 いまいち掴みづらいが、ある程度ランクの高い敵になると麻痺が効きづらい。麻痺の中級とかをラーニングできれば違うのだろうが、今はそこまで求められない。

 見ていたところでは、巨大な竜斬剣と日本刀が麻痺を無効化していたように見えた。


 どっちかが本体か?


「<飲み込め、炎の鳥! 身の内の火炎に燃え尽きなさい! 炎交喙イスカ>ッ!」


 フェイの高らかな声が響く。援護魔術だ。

 中級魔法陣が割れ、予想に反して一抱えくらいの小さな炎の鳥が飛ぶ。

 細かいディテールまで成形された炎の鳥(イスカ)は、一直線に飛来すると嘴を開き、短剣を噛むようにしてその身に飲み込んだ。凝縮された炎の身体。いったいその身は何度くらいなのか。短剣を一瞬にして融解させる。


 ――残り三本。


 フライングソードが生き残っている剣をぎゅっと一箇所に集めると、高速で回転をはじめる。床に突き刺した剣が震え始めるところを見ると、使える剣がなくて引き抜こうとしているな。


「畳み込むぞ!」

「ん!」

「わかりもうした!」


 叫ぶと俺はフライングソードに突き進んだ。<身体能力上昇>によって強化された身体は、思い通りに動く。

 反応したフライングソードが俺に向かって巨大な竜斬剣を上段から打ち下ろした。

 こええええええ!!

 だが、<空間把握(エリアロケーション)>で捉えてる!

 俺は恐怖心を抑えて身体を動かす。たくさん動かす必要はない。ほんの十数センチメートルの移動で、当たらない。目の前を風をはらんで刃が通り過ぎる。

 後ろからミトナが来た。

 ミトナが短いストライドのダッシュから、ひときわ強く踏み込んでいる。打ち下ろして動きの止まった竜斬剣の刃に、全力でバトルハンマーを叩き込んだ。


「――――んッ!」


 ガァンと、分厚い金属を叩く音。振り子のように竜斬剣が跳ね上がる。だが、折れたり歪んだりしてはない。どんだけ頑丈なんだあの剣。

 日本刀とタルワールが動き出すのが見えた。全力でバトルハンマーを振り切ったミトナはすぐには動けない。


「<防げ! 氷盾(アイスシールド)>っ!」


 俺の魔術が起動する。魔法陣が割れた。同時にミトナの眼前に分厚い氷の盾が出現する。そこにタルワールと日本刀が食い込んだ。少ししか刺さらなかったタルワールに比べ、日本刀の方は氷の盾を半ば切り裂いて止まっていた。なんという切れ味。


「拙者の刀、返してもらおう!」


 マカゲが氷の盾に刺さる日本刀の柄を握った。氷の盾から引き抜くと、空間を切り裂く勢いで閃く。美しさすら感じる一閃。タルワールの刀身が真っ二つになった。


 残るは一本! やっぱ最後まで竜斬剣が残ったか!

 剣身の頑健さ。重量のある一撃の重さ。威力のある魔術を命中させようにも、薄すぎる上に浮遊している。命中しにくいことこの上ない。

 ――だが、策はある。


「やれ! ミトナ!」

「んっ!」


 ミトナがバトルハンマーを手放す。さらには見開いた瞳が獣眼に変化する。<獣化>したミトナは、床を陥没させる勢いで竜斬剣を回り込んだ。その柄をがっしりと掴む。


 そこがフライングソードが攻撃できない位置だ。柄を握られては動けまい!


「<火炎……もっと高温に……! ブロック>っ!!」


 マナを集中させ、魔術を起動する。<「火」中級>。

 大きな魔法陣が砕ける。竜斬剣の刀身を飲み込むように、長方形の火炎の塊が現れ出る。


 フライングソードが悲鳴を上げた気がした。

 高温の火炎にさらされて剣身が赤熱してくる。


「――――くぅっ!」


 ミトナが歯を食いしばり。暴れそうになる柄を押さえ込んでいる。ヤツも必死ってことか!

 俺もミトナに寄ると柄を掴んで押さえ込むのに助勢する。

 床に突き刺した剣が激しく揺れている。抜こうとしてるのか!?

 効果が切れてきたのか、壁際を氷漬けにしていた氷が薄くなっているのが見えた。氷が特に薄かった部分を突き破り、一本の剣が浮かび上がる。


 ――まだか! まだ折れねえか!?


 じりじりと焦る気持ちが胸元までせりあがる。

 浮いた剣がこちらを突くように狙いを定める。


「<氷刃(アイシクルエッジ)>!」


 俺は狙いを定めるように腕を突き出し、得意な魔術を起動する。起動速度も命中精度も自信がある!

 魔法陣が割れ、二本の氷の短剣が射出された。剣の柄と刃に命中すると弾き飛ばす。よし、と思ったのもつかの間、ぶつかってくるくると宙を舞う二本の氷の短剣が、空中にびたりと静止する。


 ――――掴まれた!?


「だめ! おさえきれない!」


 ミトナが苦悶の声を上げる。剣身は真っ赤に染まっている。あと一撃でも加えれば倒せる……!


 氷の短剣が弧を描きながら俺とミトナに向かってくる。



「――<飲み込め、炎の鳥! 身の内の火炎に燃え尽きなさい! 炎交喙イスカ>!!」


 フェイが今一度魔術を起動した。

 捩じれた嘴の炎交喙(イスカ)が飛ぶ。炎のブロックに弾丸のように突っ込むと、竜斬剣に穴を開ける。こらえきれなくなった剣身が、飴細工のようにちぎれた。


 氷の短剣が狙いを失い、あさっての方向へすっ飛んでいく。

 がらぁん、と金属音。再び宙に浮かびあがりかけていた剣が落ちた。


 しばらく、誰も動く者はいなかった。どくどくと心臓だけが勢いよく脈打っている。

 動く剣は、もう無い。


「あぁあっぁああああ、疲れたァ!」


 俺は熱い息を吐きながらどっかりと腰を下ろす。ミトナも疲れた顔で隣に座り込んだ。放り出された竜斬剣の柄が音を立てて床に落ちた。もう動かない。


「ふぅ……。なんとかなったわね」


 フェイが額の汗をぬぐいながら魔術ゴーレムと宝物庫内に入ってきた。クーちゃんが追い越すようにして俺に向かって走ってくる。


「拙者、驚きもうした。マコト殿もフェイ殿もミトナ殿も、すごい使い手だ」

「マカゲさん、あんたもな」


 俺はにっと笑うとマカゲに言った。


「他にフライングソードとかがいたらやばかったな……。何でいなかったんだ?」


 俺は折れて動かなくなったフライングソードを見やる。

 フェイが竜斬剣の残骸をつつきながら俺の質問に答えた。


「縄張り争いだと思うわ。ここはフライングソードにとっては良い環境なんでしょうね。他のフライングソードを排除して自分だけのテリトリーにしていた。たぶんそんなところね」

「ま、なんにせよこれで持ち帰り放題だな。フェイ、例のブツ、あるといいな?」 

「そうね。楽しみだわ」


 ボスを倒した俺たちの顔に、明るい笑顔が浮かんだ。

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