第74話「武器の庭」
ツヴォルフガーデンの城砦。その一室だ。
窓から差し込む日差しもだいぶ傾き、室内は薄暗くなっていた。
フェイが光源の確保のため、魔術で光球を生み出す。にわかに明るくなった室内は、少々狭く見えた。
「……大漁」
「大漁だな」
俺とミトナ、フェイ、マカゲの四人は足元の武器の山を見渡した。
長剣、短剣、短槍。薙刀に似た武器まで、大量の武器が山となって積まれていた。フェイの魔術ゴーレムが新たに一本武器の山に投げ込んだ。
「拙者、これほどまでに集まったのを見たことは……」
マカゲがその手に長剣を持ちながら語尾を濁した。
「マカゲさん、一本持ってく? いつまでもその補助武器じゃ大変だろ」
「いや、拙者、一時しのぎの武器は持っておったのだが……」
「だが?」
「それも失ってな」
「……」
マカゲさんは何か武器と相性が悪いんじゃないだろうか。微妙な顔をした俺を見て、あわてていいわけのようなものを口する。
「気持ちはありがたいが遠慮しておこう。ここにある武器は拙者がうまく扱う形状をしてないからな」
わかった、と頷いた俺たちは、再び武器の吟味を再開した。
ツヴォルフガーデンの城内はいくつもの小部屋と、迷路のような通路で構成されている。マカゲの言によると、敵を庭と場内で分断し、接近戦に持ち込む戦法を使っていたらしい。聞くからにありえない戦術だ。自軍が使うためか、武器が場内のいたる小部屋に飾られていたり、放置されていたりしていた。これって敵に取られたり使われたりはしなかったのだろうか。
「言い伝えによると、わざわざ近接武器を持たせて、ツヴォルフ将軍じきじきが斬り倒していたとか」
「どんな戦闘狂だよ」
俺は呆れてそう返した。
ここまで剣を集めることができた理由に、フライングソードがある。
どうやらフライングソードは宙に浮く三本の剣のうち、本体は一本だけらしいのだ。本体が見えない手を伸ばして、残る二本の剣を操っているらしいのだ。ただ、問題なのはどれが本体の剣なのか見分けがつかないことだ。これは擬態の一種なんだろうか。
そのため、本体を最初につぶした場合、残りの二本はただの剣に戻るというわけなのだ。そうやってフライングソードからドロップした剣も含めると、かなりの数になってしまったのだ。
ミトナが剣の山に前に座る。楽しそうに剣を一本一本吟味していく。老朽化の度合いや刃の状態をじっくり見て、折れている剣や欠けがひどいものは除けていく。
ほくほく顔のミトナとは違い、フェイの顔は不機嫌なものになっていた。
「なんだよフェイ。これだけあれば大儲けだろ?」
「古代の武器がないのよ」
「ゴーレム用の装備か?」
「そうよ。何のために来たと思ってるのよ」
フェイは噛み付きそうな顔で俺を睨む。俺は肩をすくめるとしょうがないだろ、という顔をした。
あるかもしれない、レベルでお宝が手に入ったらいまごろ冒険者のみんなは大金持ちだらけだ。
「もともと情報も少なかったんだし。あればラッキー、くらいなもんじゃないか?」
「それは……そうだけど」
理屈ではわかっているが、納得はいってなさそうだな。
フェイは待機していた魔術ゴーレムをひきよせると、後ろから抱きしめるように腕の中にすっぽりと収めた。
そんな様子を珍しそうにマカゲが見つめていた。
「それは、ゴーレムなので?」
「そうよ。私が開発した最新式の魔術ゴーレムよ」
うそつけ。地下遺跡から拾ってきたやつだろうが。
まあ、すでに自分のものとして使っているなら「自分が開発した」といったほうがトラブルは少ないか。あのどさくさまぎれで俺もゴーレムコアを持ったままだしなあ。
俺は鞄に入っている球体を思い出す。ゴーレムのボディがないため、定期的にマナを吸うだけの呪いのアイテムになってしまっている。緊急時のマナストーンとして使うくらいしか使い道が今のところない。
マカゲは俺の葛藤には気付かず、フェイの魔術ゴーレムをものめずらしそうに眺めた。まあ、ゴーレムに詳しい人でもなけりゃ、ゴーレムということぐらいしかわからないだろうな。
「それで、古代の武器がここにはあるって噂で聞いて来たのよ」
「拙者、見ましたぞ」
一瞬、空気が固まった。
はじかれたようにフェイが立ち上がる。取り落とされた魔術ゴーレムがガン、と床でバウンドした。
「どっ、どこで!?」
勢い込んでマカゲに詰め寄るフェイ。その勢いにマカゲは一瞬ひるむ。
「拙者、実は宝物庫を発見しておるのだ。その折に見た。しかし、そこにはボス級の魔物がいて、荷物を囮に逃げ出すくらいしかできなかったのだ」
マカゲが恥ずかしそうに言う。なるほど、それであの状態で行き倒れていたのか。
「フェイ、どうするの?」
だいたい選り分けることができたのか、ミトナが武器をひとまとめに縛りおえたところだった。
手の汚れを払いながらミトナがフェイに問いかけた。フェイは腕組みをしたまま考えこんでいる。リスクとリターンを考えているのだろう。
それらしき情報は得られたが、同時にボスを倒さないと手に張らないということもわかった。
「どれくらいの脅威かによるわ。マカゲさん、あなたが出会ったのってどんな魔物なの?」
「ふむ……。拙者が出会ったのもおそらくフライングソードであろう。拙者、宝物庫を見つけて気がゆるんでおってな、武器を敵に盗まれたことに気付くのが遅れたのだ」
「武器を戦闘中に盗まれるのか?」
「うむ。どうやら剣に類するものなら、見えない手を伸ばして保持するようなのだ。フライングソードは剣士の天敵である」
マカゲはひげをなでつける。丸い耳がぴくっと少し動いた。盗まれた時を思い出しているのか、悔しそうな雰囲気を出す。
「まあ、所詮フライングソードだろ? これまでどおり床に刺すとかじゃだめなのか?」
「どうやら歳経た個体のようでな。一度に本体を含めて七本の剣を操っておった」
俺は苦い顔をした。そりゃあ強敵だ。三本くらいなら集団でかかればなんとかなるが、七本ともなればやってられない。一発で本体を仕留めればいいのだが、確率は七分の一。あまり命はかけたくない確率だ。
「もし倒せるのなら、ぜひ。拙者の荷物も取り戻せるものならば取り戻したいのだ」
一応決定権はフェイにある。俺はフェイのほうを見た。ミトナと
しばらくフェイは考えていた。
「それじゃ、一度見るだけ見てみましょうか。だめそうだったら離脱するわよ」
マカゲが声には出さず頭を下げる。
フェイはにやっと悪そうな顔で笑うと、俺たちに声をかけた。
「じゃ、ちょっと作戦練りましょうか」
俺たちは円陣を組むと、フェイの言葉に耳を傾けた。
フェイの作戦を脳に刻む。
俺たちはマカゲの案内のもと、宝物庫の前にたどり着いた。入り組んだ道順の先にある扉は、宝物庫にふさわしく頑丈なものだった。両開きの扉の取っ手には、開かないようにか刀の鞘がかませてあった。おそらく追いかけて来られないようにマカゲが仕掛けたものだろう。
「ふぅー……」
俺は深呼吸すると扉の取っ手に手をかける。
すでに<身体能力上昇>、<まぼろしのたて>、<空間把握>を起動済みだ。
<空間把握>によると、確かに部屋の中には大量の剣類が納められている。床に転がっている剣がたくさん、壁にかけられていたり、部屋の隅の樽に入れられているものも多くある。
部屋の中央あたりには大き目の鞄があり、剣が何本か突き刺さっている。これがマカゲの荷物だろう。
浮かび上がっている剣はない。本当にいるのか?
「じゃ、作戦通りに」
「ん。まかせて」
「おうよ」
ミトナが頷いた。俺も返事をする。フェイがやや緊張した顔で頷きかえしてきた。クーちゃんと魔術ゴーレムがちょっと距離を取った。
マカゲが扉を空かないように噛ませていた鞘を取り除く。
「行くぞっ!」
俺はみんなに声をかけ、同時に扉を開け放つ。作戦開始だ!




