第73話「行き倒れ」
ツヴォルフガーデンの城砦内を進む俺たちは、変な物を発見した。
変な物というか、変な者というか。
一人の獣人がうつ伏せで倒れていた。ぴくりとも動かない。
「……なあ、あれ、死んでるのか?」
「違うんじゃないかな」
「ん、そうだね。ここで死ぬときは、切り傷が多い」
俺の言葉をフェイが否定する。ミトナもフェイに同意見のようだ。
出てくる魔物のほとんどがフライングソードであるツヴォルフガーデンだ。剣による切り傷が致命傷のほとんどになるのもうなずける。
俺は倒れている獣人に近づいた。死んでるのか……?
「あ、ちょっ……!」
フェイが何かを俺に呼びかけようとする。俺は振り向いた。
俺の意識が倒れている獣人から一瞬それる。
その瞬間、ガッと手首を掴まれた。
「うおおおおおおおおおおっ!?」
もぞり、と獣人が動く。
生きてたのか!?
――罠!?
何を狙って……!
俺の頭の中でいくつもの可能性が飛び回る。
獣人の口から、からからに乾いた声が漏れた。
「……な、何か食べ物をくだされ……」
結論から言うと、ただの行き倒れだった。
「いや、本当にかたじけない! 助かった!」
パン、と合掌して、獣人が礼を言う。
短めのふさふさした毛が揺れた。獣人のくりくりとした黒目がちの瞳が俺達を見渡した。
獣人は俺達が分け与えた食べ物と飲み物をひとしきりむさぼると、ようやく体調を回復できたようだった。
小動物系の獣の顔がそこにあった。
犬や猫というより、キツネやタヌキに似た顔立ち。顔は焦げ茶色と白色の毛並で、どちらかと言えばタヌキに見える。だが、鼻先がとがっており、丸い耳がそれを否定する。獣人は総じて年齢がわかりにくいな。声の調子からしてたぶん大人だろう、というぐらいしかわからない。
しかし、これ……イタチ、だっけ?
「拙者はマカゲと申す。おヌシらは命の恩人だ。何か礼をできればいいのだが……。あいにく持ち前がなくてな」
イタチ獣人は困った顔をすると、長いヒゲをいじりはじめる。
「確かに、すごい軽装だな。大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないわよ。荷物や装備もなしに……自殺でもする気なの?」
「いや、そういうわけではないのだが」
呆れたようにフェイが言う。ミトナが同意とばかりにうなずいていた。
マカゲは上半身は七分袖のシャツに、胸当てを中心とした革鎧。下半身はゆったりとしたズボンを動きの邪魔にならないようにふくらはぎあたりで布でしめつけるようにしている。めずらしいことに靴やブーツではなく、足袋のような足にフィットするタイプの靴を履いていた。
何より俺の目を引いたのは、腰に佩いている武器だ。ベルトから短めの鞘が伸びている。
俺は思わず口に出す。
「その腰の武器……」
「ぬ……! これに目をつけるとは! しかし、拙者、これしか武器がない故、お渡しするわけにはいかぬ」
「いや、欲しいとかじゃなくて、ちょっと見せてくれるか?」
マカゲは一瞬躊躇するそぶりを見せたが、ベルトから武器を抜き取ると、水平にして俺に渡してくれる。
俺は受け取ると、鞘から半分だけ抜く。ミトナの目が一瞬細められ、刀身に注目する。
やや反りのある、波紋が見える刀身。しっかりとしていて、それでいて薄い。
拵えこそ異国のものだが、これは『刀』だ。
刀か。まさか、こんな世界にもあるもんだな。
俺は刀を鞘に納めるとマカゲに返す。マカゲはほっとした様子でベルトに刀を戻した。
「拙者も手ぶらで来たわけではないのだが、魔物に追われて荷物も失ってこの様なのだ」
「まあ、それは災難だったな……。ていうか一人で来たのか?」
「うむ。一人だ」
マカゲが胸を張って答える。なんというか、けっこう無茶なことをやってきた俺ですら無謀に思える。
そもそも、何でツヴォルフガーデンに一人で?
俺達がいぶかしむ表情で見ていると、それに気づいたマカゲが両手をぶんぶんとふりながらあわてた様に説明を始めた。
「拙者、最近武器を失ってござってな。今は補助武器しかもっておらぬのだ」
「武器屋で購入することは考えなかった?」
ミトナが不思議そうに聞く。まあ、普通はそうだろうな。まず折れたり壊れたりしないようにメンテナンスする。もし使えなくなった場合は迷宮とか狩場に行く前に新しい装備を購入するのが当たり前だ。武器は身を守る。
「いや、拙者の求めている武器は、なかなか市場では出回っておらぬのでな。ここなら、と思って来てみたところが、これなのだ」
マカゲは腕組みをとくと、急に拳を床につけて深々と頭を下げる。
「重ね重ねお願いする。拙者を街まで連れて行っていただきたい! もちろん街へ戻れば礼はしよう!」
俺とフェイとミトナは顔を見合わせた。クーちゃんは我関せずと魔術ゴーレムと戯れている。
どう答えようか迷っていた俺を、ミトナが急に手を握って引っ張りはじめた。フェイもついてくる。
三人でしゃがみこむと、ミトナが口を開いた。
「マコト君。できれば受けてほしい」
「……えらい積極的だな?」
「ん。ぜひあの人から知りたいことがあるの」
ミトナの耳がぴこぴこゆれる。けっこう高ぶってるのがわかる。
「連絡先か? 獣の顔は俺にはよくわからないが、あいつのこと気になるのか?」
「違う」
冷気すら感じさせる声で、ミトナが俺の言葉をぶった切る。
あれ、ミトナの表情が冷たくなった気がする。
俺の顔面を冷や汗が流れていく。
「あの人の武器。どこで手に入るのか。どんな風に作るのか知りたい」
どうやら騒いでいたのは武器屋の血だったらしい。
たしかに大熊屋に武器は数あれど『刀』を見たことはなかったな。
「いや、今の依頼主はフェイだろ。俺が決められることじゃない」
「フェイ。いい?」
「まあ、私は別にかまわないわ。囮くらいにはなるわね」
「怖いこと言うな、お前……」
俺が苦い顔でフェイに言う。まあ、これで方針は決まったな。
俺たちは立ち上がるとマカゲのそばへと戻る。
代表してフェイがマカゲに声をかけた。
「いいわ。連れてってあげる。でも、私たちも用事があって来てるから、それが終わるまでは同行してもらうことになるわよ」
「いや、かたじけない。迷宮で餓死することを思えば、それくらいなんでもない」
マカゲが再び深々と頭を下げた。
「私はフェイ。この耳の子がミトナ、こっちの男がマコト。ま、仲良くやりましょ」
「よろしく頼む」
フェイの言葉に、マカゲはうれしそうに頷いた。
マカゲを加え、四人と一匹と一機になったパーティでツヴォルフガーデンを進む。
何体かのフライングソードに出会ったが、マカゲの活躍もあって簡単に撃退することができた。
マカゲの武器は短めの刀――脇差だろう、たぶん。その切れ味は俺の目からみても呆れるほどのものだった。もしくはマカゲの技術がものすごいのだろうか。
振り下ろされるフライングソードの剣身に、マカゲの脇差が流水のように一閃。フライングソードは切り口もきれいに、半ばから斬り飛ばされていた。
ミトナの使うフライングソード対処法もすぐ覚えたようで、崩れた床の隙間にフライングソードを突き刺す動きにもすぐできるようなった。
たぶんマカゲは技と身体を鍛えた武芸者というやつだろう。身のこなしが俺とは違う。
うーん。魔術はラーニングできるけど、武芸はラーニングできないからなあ。どれくらい鍛えたんだろうな。
「マコト殿。いきますぞ」
「――っと。今行く」
マカゲが俺に声をかけた。脇差の柄に手をあてて、自然体でありながら魔物にすぐ対処できるようにしている。
どうやら考えごとをしすぎてちょっと遅れたらしい。
俺は小走りになると、みんなに追いついた。




