第72話「ツヴォルフガーデン」
ゆっくり進行でございます。気長にお付き合いください。
森を進む。草木が多いベルランテ東の森とは違い、大きめの岩がところどころに見える。細く白い幹を持った木が立ち並び、日差しが届きにくくなる森の中は普段より寒く感じる。
先頭を歩くフェイは迷うことなく森の中を進んでいく。その後を魔術ゴーレム、俺とミトナ、アルドラとクーちゃんと続いている。
フェイは地図も何も見ていないが、自信を持って歩く姿に、俺は少し不安を覚えた。
「フェイ、迷ったりしてないよな」
「失敬ね。してないわよ」
「いや、迷ってるときはたいていそう言うんだよ」
俺の言葉に面白くない顔をしながらフェイが振り返った。なぜか魔術ゴーレムも俺のほうを振り返る。
「迷宮アンカーをちゃんと辿ってるわよ」
フェイが言いながら指差す先には、先端が赤く塗られた大きめの鉄杭が見失わない程度に等間隔に地面に打たれているのが見えた。
迷宮は危険な領域だが、それと同時に冒険者たちの飯の種でもある。迷宮に辿りつきやすいように道を整備するのは当然なのだ。それができない山間部などの場合は、こうやって目印を立てておくことが多い。
俺もミトナに教えてもらった知識なのだが、魔術師であるフェイが知っているか心配になったのだ。
微妙に不機嫌になったフェイが歩みを再開する。
しばらく歩むうちにやがて、木々がまばらになっていく。見上げた先に城砦の尖塔が見えた。
ツヴォルフガーデンに到着したのだ。
「へぇ、こうなってんだな……」
俺は思わずつぶやいた。
石塀に備え付けられた石造りの門をくぐって中に入っていく。あまり大きくない門だったから、通用門か何かだろう。床も石畳になっており、足に硬い感触を伝えていた。
石造りの壁や建物は古くなっているのか、ところどころ崩れている部分が多い。今はまだなんとか通れるが、進めないところも出てくるだろう。
魔術ゴーレムはこういった地形も対応しているらしく、危なげなくついてくる。
俺はミトナが少し身をかがめて俺の顔を覗き込んでいることに気付いた。
「マコト君はここ初めて?」
「そうだな。初めて来るな」
「ここはまだ何重かに囲われている囲いの一つだよ。いろいろ出てくるのはお城に入ってから」
まあ、城砦なわけだから、攻めづらいつくりになっているんだろうな。
俺は石造りの階段を上る。地形が起伏に富んでいるため、そこかしこに石造りの階段や橋が設置されている。石塀も不規則に配置されており、迷路みたいになって本当に迷宮と呼ぶにふさわしい。住んでいた城民は迷わなかったんだろうか、これ。
俺は倒れた石塀を乗り越えながらミトナに訪ねる。
「ミトナはここに来たことがあるのか?」
「ん。パパと何回か。ここで手に入れた武器を研究して新しい武器を作ったり」
俺はその様子を頭の中で想像する。
ミトナはともかく完全武装のウルススさんがここを徘徊してたらボスモンスターみたいだな。
後ろからゆっくりついてきていたアルドラの雰囲気が変わった。
(……主)
アルドラが接近する魔物の気配に感づいて俺に話しかけてくる。
隣を見るとミトナも耳をぴくぴくとさせている。すでに腰の後ろからバトルハンマーを抜いて手に握っていた。
「――<身体能力上昇>」
魔法陣が割れ、<身体能力上昇>と魔法防御力上昇の<まぼろしのたて>を起動する。そのまま<「氷」初級>+<いてつくかけら>を起動して氷の棍を作り出しておく。
俺は氷の棍をぎゅっとにぎると何回か高速回転させて重さや長さがちょうどいいことを確かめた。
棍の扱いもだいぶ慣れてきたな。
そんな俺たちの様子を見てフェイも何かが来ることを気付いたようだ。
俺とミトナの間に挟まるような位置取りをする。
「<空間把握>!」
俺はマナを集中させる。魔法陣が割れる同時にぐわっと感覚が拡がる。あたりの地形や存在がはっきりと知覚できる。
その範囲内にあきらかにこっちを目指して進む物体に気付いた。
「来る……! 前から来るぞ!」
声を抑えて警告する。ミトナが構えた。フェイがウェストポーチから三十センチメートルほどの短杖を引き抜いた。ぴったりと前を向けて構える。
前から姿を現したのは、剣だった。柄を上に、剣身を下にした三本の剣が、何の支えもなしに浮いている。ポルターガイストのように見える。ときおりダンスのようにくるりと回転しながら、すべるようにこちらに向かってくる。
「フライングソード……! 魔法生物だから魔術で攻撃するか完全に剣をつぶさないと死なないわ」
フェイが叫ぶ。
あれがフライングソードってやつか! すげえ!
俺は魔物だということも忘れて思わず見つめてしまう。上から紐で吊り下げているかのような不思議な動き。あれはスケルトンの骨が浮いてるけど整ってるのと同じ理屈だろうか。
いちおう、魔物なんだよな?
俺の<空間把握>の知覚ではこの一体しかいないことがわかる。
接近戦中心の冒険者ならけっこう大変な相手じゃないか? 生き物に似た魔物であれば、その構造上弱点や攻めるポイントなどもなんとなく予想できる。だが、剣しかないこの魔物はどうすればいいんだ。とりあえず剣をぶったたいてつぶすにしても接近するだけで危ない。
だが、俺は魔術師だ。魔術師には魔術師の戦い方がある。
接近されると刃が怖い。その前に叩く!
「<氷刃>!」
魔法陣が割れ、氷の短剣が即座に射出される。
フライングソードの剣のうち一本が短剣を袈裟斬りに叩き斬った。
「<火弾>!」
フェイが火の塊を放つ。剣身に命中して三本まとめて大きく吹き飛ばす。だが、何事もなかったかのように再びフライングソードは空中に浮き上がる。
「……どうするんだ、あれ」
「ん。まかせて」
言うなりミトナがフライングソードに向かって走っていく。
迎撃しようとした剣を、逆にバトルハンマーで思いっきり打ち、一本を吹っ飛ばす。
バトルハンマーを手放すと、空中に浮く残った二本の柄をがっしと掴んだ。
「……は?」
「――――ん!」
ガスン! と剣先が石畳の隙間に突き刺さる。ミトナの膂力でけっこう深く刺さっている。伝説の剣よろしく突き刺さってしまえば身動きが取れないらしい。なんだか焦った雰囲気が伝わってくる。
「ん。よし。いつもこうやってた」
「す、すごい対処法ね」
「パパはもっと上手だよ。三本まとめて突き刺しちゃうから」
フェイが呆れたように言った。
「危なかったら戻るつもりもあったんだけど、これならいけるわ!」
フェイの瞳が輝いた。動きにあわせてふたつおさげが揺れている。
ミトナがバトルハンマーを拾って戻ってきた。
「ん。行こう」
先導役をミトナが代わり、俺達は再び進みだした。
城内に入るまであまり時間はかからなかった。
ツヴォルフガーデン経験者のミトナがいることと、<空間把握>を使える俺がいれば、迷うことはなかったのだ。
途中何体かのフライングソードに出会ったり、動く鎧に遭遇したりした。どうやらこの迷宮はそういう所だということだろう。
城内は廃墟になっていた。
入り口からではなく、崩れた壁から内部に侵入する。
床には古ぼけた赤いカーペットが敷かれていた。だいぶ時間が経っているものらしく、もはやすりきれて大理石の床と同化しているようにも見える。
アルドラは建物内で動くにはちょっと身体が大きくてつらいだろう。入り口で待機していてもらうことにする。フライングソードくらいなら自分でなんとかするだろう。
俺はアルドラのラックにしばりつけていた荷物を背負う。クーちゃんがぴょんとアルドラの頭の上から跳びおりて、大きく伸びをした。ついてくるらしい。
目指すなら宝物庫だろうか。俺はマッピング用の羊皮紙とペンを取り出した。
俺はワクワクしてきたのを自覚する。いいね。冒険ってやつだ。
気持ちいい緊張感に包まれて、俺はツヴォルフガーデンを進み始めた。
読んでいただきありがとうございました!
いつもどおり二日後の更新の予定です。




