第71話「新たな始まり」
柔らかな日差しが、午後の裏路地を暖めている。左右を見渡す町並みはいつもどおり変わったところはないが、ちかごろはすこし厚着をした人たちを見ることが多い。
肌寒くなってきたのは、一ヶ月ほど前くらいだろうか。こっちにも冬ってあるんだな、と俺は心の中で感じていた。
歩く俺の横を、ぴったりと寄り添うようにアルドラが進む。アルドラは毛皮があって暖かそうだなあ。
下宿先の『洗う蛙亭』は冬でも大丈夫なんだろうな。寒かったらどうするんだろう。
「はぁー……」
息を吐く。
アルドラの頭上に乗っているクーちゃんが不思議そうな顔をして俺を見た。
思えばここにきてから、長いこと経つなあ。
いつもは考えないことが俺の脳裏によぎる。
見上げると、どんよりとした雲がベルランテの街を覆っていた。薄暗いと思ったら、雨でも降るのだろうか。このまま寒くなったら、雪も降るのだろうか。とりとめもなく考えながら、街を歩く。
――――冬が、来る。
俺はアルドラを外で待機させると、冒険者ギルドの中に入った。
「お、大魔術師じゃねえか。よお!」
「昼間から酒飲むのはいいけど、冒険者ギルドで飲むなよ」
「つれねえこというなって!」
ひげ面のおっさん冒険者が気安く話しかけてくる。俺も軽口で答える。
「大魔術師! 今度はうちと組んでくれませんか。薄闇の洞窟に潜るつもりなんです」
「考えとく」
青年冒険者が勢いよく声かけてくるのに対して俺はひらひらと手を振って返事した。
大魔術師と呼ばれるようになってから冒険者の仕事の量が増えた。自分から受ける依頼以外に、指名されるタイプの依頼が増えたのが理由だ。護衛や討伐などいろんな仕事をこなすうちに、それなりに冒険者として自信がついてきた気がする。
すっかり冒険者ギルドのみんなとは顔見知りになっていた。
俺はカウンターへ向かう。俺の顔を見つけた窓口さんがにっこりと笑顔を浮かべた。
「いらっしゃいませ。本日はどんな御用でしょうか」
「討伐報酬を受け取りに」
俺はかばんからごろごろとドリルのようにねじれた角を取り出す。その数五本。
ツヴォルフガーデンにほど近い平原に現れるドリルライノーの角だ。アーマーライノーの系列に属するサイのような魔物だが、その突進力と角による攻撃があわさると、かなりの威力になる。そのへんの鎧や盾なら軽く貫通し、吹き飛ばしてしまうほどだ。
まあ、俺の魔術だとあまり強敵には感じなかった。というより<空間把握>が優秀すぎるというか。突っ込んでくる方向もミリ単位でわかれば、避けることも容易い。あとは魔術で遠距離から焼くだけだ。
報酬の硬貨袋を受け取る時に、窓口さんがこんなことを言い出した。
「そういえば聞きましたか、ツヴォルフガーデンの話」
「なんかあったのか?」
「ええ、実は――――」
窓口さんが言い終わる前に、冒険者ギルドの扉が勢いよく開かれた。勢いよすぎて扉近くにいた冒険者が吹っ飛んでいたが、それどころではない。
姿を現したのは、フェイ・ティモット。ふたつおさげがゆらゆらと揺れている。魔術師ギルド長の娘、重度の魔術オタクだ。魔術が関わることならどんなことでも首をつっこみ、吸収しようとする女の子。
「いたわねマコト! ちょうどいいわ!」
「いや、よくない。嫌な予感しかしねえよ!」
「うるさいわね、つべこべいわないで付いて来る!」
フェイはずかずかと冒険者ギルド内に足を進めると、俺の腕をむんずと掴んで引っ張っていく。ずるずると引きずられる俺を見て、窓口さんがにこやかな顔で手を振って見送っていた。
フェイに引っ張られ冒険者ギルドの外に出ると、そこにはミトナが待っていた。眠そうな目は相変わらず、背の高さもあいかわらずだ。いつもの冒険者装備に身を包んで、アルドラをもふもふと触っている。ミトナのゆるふわな髪の毛から熊耳がぴょこんと飛び出しているのが見えた。
出会ったころはよくベレー帽を被っていたけど、最近は被らなくなったな。まあ、熊耳がかわいいからいいけどな。
ミトナのそばには魔術ゴーレムが座りこんでいた。球形ボディにユーモラスな手足。何故かフェイの言うことを聞くこいつは、ドマヌ廃坑のはるか地下深くの遺跡から持ち帰ったものだ。
「ミトナもフェイに呼ばれたのか?」
「ん。お仕事だって」
「仕事……?」
俺はフェイを見た。フェイはなぜか得意げに腕組みをして頷いている。魔術ゴーレムもまねをして腕組みをしている。
「そうよ。――ツヴォルフガーデンを調査するわ!」
用意をして南門にすぐ集合。そう言われた俺は一度『洗う蛙亭』に戻った。荷物をしっかりと準備してから、門へと向かう。アルドラのその背に乗った。クーちゃんは低位置のアルドラの頭の上だ。
ゆっくりと揺られる感覚は、もう慣れたものだ。
朝一番にアルドラをマルフ舎まで迎えに行くのってちょっと距離あるんだよなあ。世話とかけっこうしてもらってるけど、自分の近くで面倒みられるほうがいいのかもしれないしなあ。
魔物としての特性なのか、白妖犬であるアルドラはあまり食べない。食事は必要だが、回数が少なくすむのだ。燃費がいいのだろうか。それともマナかなにかをエネルギー源にしているのか。
毛皮が汚れにくいところを考えても魔法的な要素が働いている気もするので、後者な気がする。
「屋敷でも買うかぁ?」
俺はぽつりとつぶやいた。前々から考えていたことでもある。そのために冒険よりも依頼をこなしてお金を貯めてきたのだ。
気兼ねしないですむ自室に、アルドラが住むスペース。できれば工房みたいなものもほしい。
不動産か。誰に相談するのがいいだろうか。騎士団のバルグムあたりだったら何とかできそうな気がする。一度頼んでみるか?
南の大通りはいつもどおり混んでいた。すれちがう商人たち。楽しそうな子どもたち。荷車を牽いたマルフとすれちがう。喧騒と笑い声。活気のある様子に思わず俺も笑みが浮かぶ。
考えながらアルドラに揺られるうちに、南門が見えてきた。
フェイとミトナの二人は南門を出たところで待っていた。どこに置いていたのか、二人ともさっき会った時はなかったでっかいリュックサックのような大荷物を準備していた。ミトナは自分で担ぎ、フェイは魔術ゴーレムに担がせている。つぶされもしないでしっかりと立っている魔術ゴーレム。意外と馬力あるんだな。
俺はアルドラから降りると二人のそばに歩み寄った。
「待たせたか?」
「ん。大丈夫」
「待ったわよ! 遅すぎるわ」
いや、急に言ってきたのはそっちじゃねえか。そりゃ準備にも時間がかかるもんだろ。
俺は微妙な顔になる。
「そういや勢いで用意してきたけど、いったん何なんだ? どこ行くんだって?」
「ツヴォルフガーデンよ。知ってる?」
「いや、名前だけなら」
たしか魔物事典でその名前を見かけた気がする。どこのページだっただろうか。たしか、フライングソードだったっけ?
魔法を使いそうな魔物がいなかったから行き先としてはリストから外してたんだが。
「それで、どうして急に行くことになるんだよ。冒険者ギルドでも緊急依頼はなかったから異変とかはないはずだしな」
「ツヴォルフガーデンは迷宮なのは知ってるわね」
「まあな」
「そこの特産品は何か知ってる?」
フェイはフフン、と知っている人特有の得意げな顔をする。冒険者ギルドでたまに話題になっているのを耳にはするが、意識はしてなかったな。確か……。
「武器だよね。刀剣、槍、斧、そういった武器類の宝庫」
ミトナがフェイに答えた。さすが武器屋の娘。
かつて貴族であり、国の重鎮であったツヴォルフ将軍という人物がいた。ツヴォルフ将軍の山岳砦跡に魔物が巣食い迷宮化したもの、それがツヴォルフガーデンなのだ。
国の内外問わず、多くの敵を倒し、時には遠くまで遠征するほど戦争が好きな将軍だった。そんな彼の趣味は、様々な武器を集めることであった。その武器が今でも数多く残っているという。時経た今なお優れている名刀・名剣といった類から、魔術武器、意思持つ魔剣すらあると言われている。
俺はミトナの説明を聞きながら噂話を思い返していた。確かそんな内容だったな。といっても俺は剣とか槍とかそういった武器を使わないからなあ。売る以外にあまり活用法を見出せない。
「それで、フェイは武器が欲しいのか?」
「ちがうわよ。いろいろ文献とかも調べてみたんだけど、どうやらツヴォルフ将軍、古代の武器まで手を出していたらしいのよ」
「古代……」
俺は思わず魔術ゴーレムに目をやる。古代って、今よりかなり技術が上な感じを受けるな。この魔術ゴーレムひとつにしても、かなり高性能な気がする。
「そうよ。魔術ゴーレムに関わる何かがあるかもしれないじゃない? それらしい記述はあったんだけど、やっぱり現地に行ってみないとわからないことが多くて」
フェイはそう言うと先頭に立って歩きはじめた。南の主街道を進んだあと、東に進路をとって山道を進む予定だと言う。
先頭をフェイ。そのあとは俺とミトナ、最後尾をアルドラとクーちゃんが続く。
「俺はまだ受けるとか言ってねえからな」
「か弱い女の子二人に行かせるつもり?」
「魔術使える女の子はか弱いとは言わないんじゃないか?」
俺は苦い顔をしながら隣のミトナの方を向く。ミトナはあまり気にしていないようで、街道の風景を見ながらゆっくり歩いている。
「ミトナもいいのかよ?」
「ん。手に入った武器は好きにしていいって言ってた」
「それが依頼報酬よ!」
俺は小さくため息をついた。まあ、いってらっしゃいと二人だけ行かせるのもなんだ。しょうがない。
そういえば黒金樫の棒をドマヌ廃坑で失ってから、新しい武器を購入していない。
魔術で氷の棒を造りだせるからついつい後回しになってしまっていたが、ここでいい武器を手に入れておくのもいいかもしれないな。
俺はそう判断すると気持ちを切り替えることにした。




