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第68話「ベルランテの群像・ココット」

 ココットはスラムの出身だ。

 飲んだくれの父親と、娼婦の母親の間にできた子どもだった。ココットのほかに、弟が一人、妹が二人いる。

 飲んでは暴れる父親と、家には帰ってこない母親と。そんな環境の中でココットは過ごした。父親は酒を飲んだ時は暴れることが多く。妹や弟をかばってココットはよく殴られた。

 それでも離れることはできなかったのは、やはり家族だったからだろうか。


 ココットが十五の時、父親が死んだ。飲んだくれたあげくのつまらないケンカで殺されたのだ。スラムではよくあることだった。母親が家に戻ってこなくなった。自分たちだけの生活は、長くはもたなかった。

 パルスト教会に拾われたのは、そんな時だった。

 自分ではよくわからなかったが、ココットには才能があった。神聖術との親和性が高い、と言われてもココットにはよくわからなかった。

 ココットは教会の戦闘僧侶になった。訓練は厳しく、傷を負うことも、骨が折れることも日常茶飯事だった。それでも、弟や妹たちを食わせていけるのならそれでよかったのだ。教会への信仰などなくてもやっていける。ただ、リッドたちの手前、少しはあわせる必要はあるが。

 今日も何とか生きていける。それだけは感謝だな、とココットは考えた。


 ココットが教会に出勤しようとする道で、最近知り合ったマコトという冒険者の姿を見かけた。黒髪黒目、革防具の上からマントを羽織っている。本人は目立ってないつもりだろうが、いつも小動物をつれて、しかも時には美しい白い狼に騎乗しているのだ。目立たないはずがない。

 最近はドマヌ廃坑の事件があって、一躍魔術師としても有名人となっている。力自慢のゴロツキが挑んでいって氷漬けになったのは記憶に新しい。

 ココットはマコトに話しかける。


「よお! マコトじゃねえか」

「ん? ココットか。おはよう」

「オマエ、『洗う蛙亭』に住んでんのか?」

「まあな。安いし」


 ココットは言いながらマコトの隣に並んだ。ココットのほうが頭一つ分低い。

 洗う蛙亭は不可侵地域としてスラムでは恐れられている。そのあたりの事情も気にせず飄々としているあたり、大人物なのだろうかと心の隅で思う。


「いまから冒険者ギルドか?」

「んー。今日は待ち伏せされてる気がするから、どうしようかと思ってるところだ。そうだ。この前奢るって言ってたよな。朝飯奢ろうか?」

「ありがてぇな。いい店知ってんだろうな」


 マコトの言葉に、ココットは笑みを浮かべた。

 マコトがつれてきたのは、ベルランテ南門大通りの屋台だった。朝一番は食材が多く並ぶ。朝早くから仕入れるところが新鮮な食材を狙うからだ。

 マコトが屋台から焼いた肉と野菜をパンにはさんだものを手渡す。いつもは節約のため黒パンと水だけだったりするココットにしてみれば、十分にご馳走だ。思わずがっつくようにして食べてしまう。

 急いで食べてしまったので、すぐになくなってしまった。まだ食べてる途中だったマコトを見ていると、視線に耐え切れなくなったのか、ココットに半分渡した。


「そういや、よく知らないんだけどパルスト教って普段何やってるんだ?」

「ん? あー。あたしは戦闘司祭だから普通の教徒とはちっとちげえかな」

「戦闘司祭……ってやっぱ戦うんだよな?」

「おう。だいたいは魔物の退治だぜ。スケルトンやゴーストの退治だろ? あとは殴れって言われた奴を殴る。んで、後はパルスト教の布教だな」

「…………」


 ココットは言いながら両拳のガントレットを打ち合わせる。


「結構ハードそうだけど、怪我とか大丈夫か?」

「何だ、心配してんのか? あたしは怪我してもすぐ治っちまうから、大丈夫さ」


 マコトがさらに聞こうと口を開いた時、二人ともに見覚えのある人物が近づいてきた。

 虎が二足歩行して、ズボンを履いている。そんな風にも見える虎の獣人ヴェルスナーと、垂れ布に隠されて顔がまったく見えない呪術師の二人組だ。

 ヴェルスナーはココットとマコトの二人を見ると、口笛を吹いた。


「珍しい組み合わせだなぁ、おい。デートか、ココット」

「ヴェルスナー、黙らねぇとその牙全部へし折るぜ?」


 ヴェルスナーはにやにやと笑いながら朝飯を屋台で買い込むと、ダイナミックに一口で飲み込む。


「そういや、ヴェルスナーとココットはどういう関係なんだ?」

「んお? オレ様のことが気になるか? オレ様はココットの愛人だ」


 ココットは無言で拳を繰り出した。腰のひねりを生かした全力の拳だ。ヴェルスナーが掌で拳を捕らえて受け流す。さらに連続で拳を繰り出すココットだが、ヴェルスナーは余裕を持って回避する。

 だが、急にヴェルスナーが硬直。その隙を逃さず、ショートフックでわき腹を痛打する。


「ぐふっ! なにしやがる……」


 見ると、そっぽを向きながら呪術師がヴェルスナーの尻尾を踏んでいた。そのためヴェルスナーに隙が生まれたのだ。


「いらんこと言うから呆れられたんだろうが。この馬鹿」

「ひでぇ部下だな、おい」


 ココットはマコトに向き直ると、半眼でヴェルスナーのほうを指差す。


「勘違いすんなよ? コイツにはスラムでの住みかとかを斡旋してもらってんだよ。弟とか妹とかも面倒みてもらってっしな」


 マコトが驚いた顔をした。確かにヴェルスナーは怖いイメージがある。スラムの顔役であり、虎の獣人であることから暴力の頂点に立っているように見えるが。その実、自分の身内に対してはとても親身で協力を惜しまない。


「そうだそうだ。安心して住める場所を寄越せって殴り込んできたんだから驚きだ」

「いや、それでどうなったんだよ」

「当然オレ様が勝ったんだが、その意気込みのよさが気に入ってな。目ぇかけてるんだぜ?」

 

 ヴェルスナーがぼすぼすとココットの頭に手を置く。ココットはうっとうしそうにその手を払った。


「うるせぇな! あんときゃオヤジが死んで家叩き出されてよくわかんなかったせいだよ!」

「ガハハハ! まあ、うまくやれよ?」


 笑いながらヴェルスナーは去っていった。そのあとは小走りで呪術師が追いかける。

 ココットとマコトはそれを苦笑いで見送っていた。

 ココットはそこでマコトと分かれた。教会に出勤する時間だった。


「さて、今日はドマヌ廃坑の残党狩りでも行くとすっかなぁ」


 リッドはきっと教会で待っているだろう。ことあるごとにココットを教徒として更生させようとするあの男。嫌いではないが、きっちりしすぎていて、ココットにとっては窮屈なのだ。

 ココットは一息吐くと、両ほほを自分で張って自分に気合を入れなおした。パァンといういい音が鳴り、気分がスッキリとする。


 弟と妹たちのため、今日も一日頑張ることが、ココットの生きる活力なのだ。

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