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第67話「ベルランテの群像・フェイ」

 フェイは激怒した。

 あの事件からここ何日かマコトの姿を見ていないからだ。

 持ち帰った魔術ゴーレムの調査がおもしろくて、ついついそちらにかまけていたのが悪かったのだが、そのことは思考の外側にあった。


「これは……、逃げてるわね」


 フェイは魔術ゴーレムの丸い身体を抱えるようにして魔術師ギルドのカウンター席に座る。

 魔術ゴーレムは一瞬身じろぎするものの、フェイのされるがままになった。

 今日も魔術師ギルドは暇なものだ。王都グラスバウムや魔術都市シニフィエなどでない限りはそうそう繁盛することはないものなのだ。

 フェイはつまらなそうにため息を吐いた。


 フェイとショーンの懸命な調査にもかかわらず、魔術ゴーレムの詳しい構造などはわからなかった。だが、フェイが命令するとそれなりに命令を解釈して動くことが判明したのだ。

 おそらくマナストーンを与えて起動させたことで命令権が発生したのではないか、とはショーンの言葉だ。原理はよくわからないのは悔しいが、この魔術ゴーレムというのは便利なのだ。今ではフェイの雑用に使われていたりする。

 最近ではグラスバウムのゴーレム研究所に売るのもちょっと考えどころだ。


 もうすぐ今日の分の勤務は終わる。フェイは椅子から立ち上がった。


「まずはマコトを見つけないといけないわね」


 地下遺跡で聞いたマコトの秘密。触っただけで未修得の魔術すら覚えるというのは信じられない。だが、マコトはフェイの知る魔術師とは大きく一線を画していた。

 無詠唱での魔術起動。それに、頭に生えていた角。もしかしたらマコトは人間じゃないのかもしれない。

 見た目は人間に見えても、人間ではない種族はもちろん存在する。獣人と人間のハーフである半獣人などだ。もしかすると、かなり特殊な血統なのかもしれない。


(それはそれで、研究のしがいがあるわね)


 興味は尽きない。フェイはそう考えると、ニヤリと笑みを浮かべた。


 フェイはいつもの外出装備に着替えると、魔術ゴーレムを伴って魔術師ギルドを出る。目指すはベルランテ。マコトを探すのだ。


 ベルランテの門番に魔術師ギルド職員証を見せ、街の中へと入る。

 午後に少し差し掛かったばかりのベルランテは今日もとてもにぎわっている。大通りには屋台が並び、食べ物から装備まで、節操なく露店が並んでいる。このあたりはベルランテに居を構えられないその日かぎりの露店、もしくは遠方からやってきた行商だ。その日限りの商品があったり、場合によってはかなりの掘り出し物があったりする。

 フェイは二つおさげを揺らしながら、ついつい露店をはしごしてしまう。おもに魔法陣が刻まれた魔道具関係の露店だ。


(あれはニセモノね……。あれもだわ。最近質が悪くなってきてるわね……)


 ショーンほどではないが、フェイは目利きだ。

 魔道具は魔術的な能力が付与されているため、普通の物よりはるかに値段が高い。そのため、ニセモノを掴まされてしまうとものすごい損害となるのだ。


 一時間ほど経ったころ、フェイはもともとの目的を思い出した。マコトを探していたのだ。

 フェイはマコトがどのあたりに住んでいるのかも知らない。だが、魔術師なら必ずあの店に寄っているはずだ。フェイはそう見当をつけてベルランテの街を歩きだした。

 魔術ゴーレムはフェイの後をついてポテポテと歩いていった。



 フェイは紫色の扉を押し開けた。


「レイチェル、居る?」


 甘いようなスパイシーなような匂いが店に充満していた。魔術師が集中力を高めるときに使用するお香の匂いだ。

 水晶玉や謎のお面が棚には並ぶ。乾燥させた人の手のような物や、小さな頭蓋骨で出来たネックレスなどがフェイを出迎えた。魔術ゴーレムが床に置かれた何かにひかかってこける。

 フェイがやってきたのは、ベルランテにあるマジックショップである。


「いらっしゃ……、ってフェイじゃない……」

「レイチェル、あなたね。男じゃないとテンション下がるのやめた方がいいわよ?」

「うるさいわね。気分が乗らないんだからしょうがないじゃない」


 カウンターにはピンク色のワンピースを着た筋肉ムキムキのモヒカンが、気だるげに頬杖をついていた。マジックショップ店員のレイチェルだ。

 その手には手紙が握られている。


「……手紙? レイチェルに手紙をくれる人がいるなんてね」

「お母様からよ。こうしてちょくちょくお手紙をくれるのよ」


 レイチェルは手紙をカウンターの下にしまいこんだ。

 フェイはレイチェルの母親を想像しようとしてみたが、どう頑張ってもイメージできなかった。

 難しい顔をしているフェイに、いつもの太い声でレイチェルが問いかける。


「それで、今日は何の用なのよぉ?」

「人探しよ」


 レイチェルの瞳が変わる。纏う雰囲気がガラリと変わった。

 このマジックショップが情報屋としての側面を持つことを知る人は意外と少ない。たぶんレイチェルの人柄のせいだろうとフェイは考えていた。だが、レイチェルは様々な方面に精通している。それなりの報酬を払えばある程度のことを知ることができるのだ。


「それで、フェイは誰を探しているのかしら?」

大魔術師(ソーサラー)、マコトって知ってる?」

「ええ。もちろん知ってるわよぉ。カワイイ子よね。うちにも何回か来たことあるわよ。有名人になっちゃったのよねぇ」

 

 ぐふふ、と笑みを浮かべるレイチェル。フェイはその様子にちょっと引く。


「それで、あの子を探してほしいのね。フェイお嬢ちゃんもお年頃かしら?」

「そんなのじゃないわ。別の理由よ」

「住んでる場所ならわかるけど、それでいいかしら?」

「いいわ。もしレイチェルも会うことがあったら魔術師ギルドに顔を出せって伝えといて」

「わかったわぁ」


 フェイはレイチェルからマコトが住む『洗う蛙亭』の場所を聞き出すと、地下遺跡で使い込んだマナストーンを買い足す。ひとしきり購入して満足すると、フェイはマジックショップを後にした。


 フェイはスラムに向けてベルランテの街を歩く。

 マコトと出会ったのは魔術師ギルドだった。初めて見た時は、なんだか冴えない男だと感じたが、今ではその印象はない。

 訓練場ではフェイの言うことに何も反論せず魔術訓練を受けてくれていた。詠唱魔術が主流となっている現在、フェイのやりかたは異端だ。説明せずにやらせたことは、少し悪いかなと思わないでもない。それでも手を抜かず訓練を続けるマコトの姿に、胸が熱くなったものだ。


 地下遺跡でのマコトを思い出す。感謝しているのだ。伝えることはできていないが。

 あれだけの数の魔術ゴーレム相手に一歩も引かずに渡り合った姿が思いだされる。あの時はギリギリの状況下で余裕がなかった。しかし。


(……ちょっとだけ、かっこよかったかな?)



 フェイが冒険者ギルドの前を通りかかった。ちょうど扉が開いて出てくる二人と一匹の小型の獣。マコトだった。

 いつもの大型の白いやつは見当たらない。今日は乗ってきてないようだ。

 ぱっと目が合う。


「げっ! フェイ!?」

「その反応、やっぱり逃げてたわね!」


 マコトは即座に身を翻すと、クーちゃんと一緒に通りをダッシュで逃げ始める。騎獣のアルドラさえいなければ追いつける。そう考えながらフェイは神速の反応で追撃を始めた。

 後に残されたミトナと魔術ゴーレムが、顔を見合わせていた。


 思った以上に走るマコトは速い。やはり冒険者ということか。フェイも自分なりのトレーニングを積んではいるが、身体能力差は大きい。

 フェイが姿を見失うまでさほどの時間はかからなかった。


「マコトのやつ、屋根の上を跳んで逃げるとか……!」


 フェイが憤慨しながら冒険者ギルドまで戻ってくると、ミトナと魔術ゴーレムの姿が見えた。ミトナは魔術ゴーレムをぬいぐるみのように抱えてしゃがんで待っていた。


「ごめんなさいね。その子、持っててくれたの?」

「ん」


 ミトナが立ち上がると、抱えていた魔術ゴーレムをフェイに差し出した。向かい合って立つと、ミトナの背が高いため、見上げるようになってしまう。

 魔術ゴーレムをはさんで二人で立っていたが、沈黙に耐え切れなくなったのはフェイだった。


「ええと……。私はフェイって言うんだけど。あなたは?」

「ミトナ」

「ミトナさん……、ね」


 フェイの頭の中で、いくつかの考えが駆け巡る。マコトとミトナは一体どんな関係なのだろうか。そういえばドマヌ廃坑の時にも居たわよね、とあの時のことを思い返す。

 ミトナの装備を見る。バトルブーツ、胸当て、バトルハンマー、ベレー帽。戦うことを視野に入れた装備は、冒険者に見える。

 それとも――――。フェイの胸がもやっとする。


「フェイさんは、マコト君のお友達?」

「え、あ。うーん……。師匠、かしら」


 物思いに耽りそうになったのを、ミトナの質問が呼び戻した。


「そっか」

「ミトナさん、あなたは?」

「私は冒険者で、一緒に依頼をこなしたりしてる」

「へぇ……」


 フェイはひとつのことに思い至る。一緒に依頼をこなしているということは、一緒に戦っているということだ。もちろんマコトは魔術を使っているだろう。どんな風に魔術を使っているか聞くのにはちょうどいいのではないか。


「ね。友達になりましょ? いつもどんなふうに冒険してるか、聞かせてくれない? 奢るわよ」


 フェイは笑顔でミトナにそう問いかけた。

 別に、二人が普段どんな様子なのかを知りたいわけではない。どんな魔術を使っているのか知りたいのだ。

 フェイに背中を押される形で、フェイとミトナはベルランテの午後の街へと繰り出していった。


 気になったことはどこまでも追求する性質なのだ。それだけなのだ。

 フェイは自分の中の気持ちをそう整理すると、ミトナの背中を押す手に、力をこめた。

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