第66話「隠れ家」
ベルランテ東の森、いつもの秘密訓練場に俺はいた。木漏れ日がやわらかく降り注いでいる。アルドラとクーちゃんはお決まりのスペースで昼寝を決め込むらしい。
来る途中で川から水を汲み、大ニワトリの肉を確保している。血抜きと簡単な解体は来るまでに済ました。ひとまず準備はできたな。
この秘密訓練場はかなり使い勝手がいいので、そのうちいろいろここにそろえるのもいいな。街に居辛くなったときの隠れ家とかを建てておくとか。一人でできるのかはわからないが。
気を取り直して、とりあえずやることをやるとしよう。
俺はかばんから魔術ゴーレムの核を取り出した。外気に触れたからか、表面を緑の光が漣のようになでていく。
手に持っているのもなんだか怖いので、そっと地面に置く。
急に爆発したり、ビームを放ち出したり、空中を飛び始めたりしないだろうな……。
そういえば、あの時魔術ゴーレムからぶつけられたビームってなんだったんだ?
魔法陣が割れてた以上は魔術なんだろうが、ラーニングしなかったということはもう持ってる魔術ってことになるが……。あんなビームみたいなやつあったっけな?
しばらく遠巻きに観察していたが、何も起こらないことに安心する。
「喋らないな……」
マナの繋がりの感覚はあるのだが、どうも意思や思念といったものが曖昧で感じられない。まあ、ゴーレムなんだからそんなものか、と考える。
マナの繋がりを繋いだことで起動したのだから、思念で命令を下せると思うのだが。
「どうすりゃいいんだ?」
『自己診断結果。コア損傷ゼロ。学習能力 ニ 問題 アリマセン』
「学習能力ってなんだ?」
『……』
反応なしか!
くそっ! 説明書なしに機械を動かすとかわからんことが多すぎる。そもそも、核しかない状態じゃ動かしようもないんじゃないのか。
球状胴体のゴーレムの身体を思い出す。あれを盗んでくるわけにもいかないしなあ。
スライムの核がゴーレムの核に利用されているって話だから、ゴーレムの素体とかもどこかで手に入るかもしれない。ちょっと保留しておこうか。
俺はゴーレムの核を再びかばんにしまう。まあ、最悪マナストーンの代わりとして使わせてもらうか。
そこからはラーニングした魔術の検証を行うことにする。
<空間把握>。
どうやら起動すると一定範囲内の地形や生物などを知覚できるようになるようだ。さすが古代の魔術。とても洗練されているとしか言いようがない。
何がどこにあるのかが明瞭に分かる。正面はもちろん、背後までばっちり分かるのは、ちょっと気持ち悪い感覚だ。効果範囲は俺を中心として半径十五メートルほどだろうか。範囲をもっと広げることもできたが、俺の脳が処理しきれなくなったのかものすごく気持ち悪くなったのでやめておくことにする。
後ろを見ずに<氷刃>を起動する。魔法陣が割れると同時に射出された氷の短剣二本が狙った木の幹に突き刺さる。この魔術の範囲内なら、たぶん目をつぶってても行動できるんじゃないか。
<浮遊>。
フェイはいまいちと言っていたが、これほどすごい魔術はないと俺は感じていた。確かに自分自身にしか効果はない。何か物にかけて楽々持ち運びとかには使えないようだ。
だが……。
<身体能力上昇>と<浮遊>を順番に起動。これで準備完了。
俺が考えていたのは、ハイジャンプだ。スケルトン達に囲まれた時にも思ったが、上を跳び越えることができればかなり自由な位置取りが出来たはずなのだ。
ぐっと足に力を入れると思いっきり垂直跳びをする。俺の予想通り、5メートルほど上昇すると頂点に到達。そこからゆっくりと降下していく。
ううん。ハイジャンプできるのはいいんだが。降下までゆっくりになってしまうのはなんとかしたい。まあ、降下がゆっくりでなかったら落下して負傷するから微妙なところなんだが。
だが、足場がある限り三次元的な動きができるはずだ。ちょっとずつ練習していくことにしよう。
陽が暮れるまで練習するとそれなりにぴょんぴょんできるようになってきた気がする。
途中何度か臨時マナ基点の増設を試みたのだが、発動の気配はなかった。
単純にマナが足りないから起動できないのか? それとも、<集中>状態じゃないと起動できないとか。普段から使えればかなりの強化だと思ったんだが。
できないものはしょうがない。今は諦めてハイジャンプに慣れることに専念することにした。
あたりが暗くなりはじめたので、火をおこすことにする。<「火」中級>でブロック状の炎塊を出現させる。サイズや火力より持続時間にマナを割いたため、一晩くらいはもつだろう。
俺は造り出したマナの火で肉を焼く。いいにおいが立ち込めはじめた。俺用の肉には、かばんから塩を取り出すと味付けをしていく。いいころあいになったあたりで、アルドラとクーちゃんと一緒にいただく。
丸くなったアルドラにもたれかかるようにして座る。
野営をするときはロバだか羊だか家畜に寄り添って寝るといいということを何かの本で読んだ気がする。危険な動物が来たときに、感覚の鋭い動物のほうが先に反応するかららしい。
<空間把握>が効いている間は何かが効果内に入った瞬間にわかるんだけどな。
「寝るか……」
俺はアルドラの毛皮に包まれるようにしながら目を閉じた。アルドラの毛は意外といい匂いがした。おひさまの匂いというか。
「何か来たら教えてくれ」
(……御意)
俺は身体をほのかに温める炎をブロックを見るともなく見ながら、眠りの世界に入っていった。
本格的な隠れ家作りが始まった。
朝一番に冒険者ギルドに行く。近頃は勧誘も減ってきたが、俺を見つめる視線が減ったようには思えない。
ミトナと合流して一緒に依頼をこなす。ミトナはほかの冒険者達のように変なことは言い出さないから安心できる。 ちょっと最近立ち位置が俺に近すぎることがあるが、気になるのはそれくらいだ。冒険者としての心得や作法なども教えてもらいながら、午前中が終わる。
午後からはベルランテで生活必需品を購入して森の秘密訓練場へ。気候は安定してるので、普段はアルドラをベッド代わりにすればいいが、雨が降ったときが困る。雨をしのぐ大型テントを苦労して張った。
このあたりで秘密訓練場にミトナを連れていった。すごい、と素直に感心する彼女を見て、ちょっと誇らしい気分になる。
机や椅子を何日かにわけて運び込む。棚はアルドラのラックにつけられなかったので材木を買い込んで作った。ミトナが手伝ってくれなければたぶん完成しなかっただろうな。
ようやくそれなりの隠れ家が出来るまで、二週間はかかってしまった。
完成した隠れ家に俺とミトナは落ち着いていた。
テントの中、テーブルを挟んで向かい合って座っている。
「いい場所だね」
「だろ?」
ミトナの頭でぴくぴくと熊耳が揺れる。あたりの音でも聞いているのだろう。
「でも、魔物に襲われたりしない?」
「ああ、それは俺も考えたんだが、ちょっとした対策してさ。ひとまずは大丈夫だと思う」
「対策?」
「ああ。マーキングだよ」
俺はミトナに説明する。
魔物も生物、すみやすさや生態系などから生息場所や種類が決まっている縄張りが存在する。そこで、俺はこの秘密訓練場の近くを通りかかる魔物を発見したら即座に狩ることにした。<空間把握>の練習がてら、執念深く狩りつくす。
幸いこのあたりには俺が太刀打ちできないような魔物はいなかった。しばらく続けていると、「このあたりにはヤバイ魔物がいるぞ」と考えたのか俺の隠れ家付近に入ってくる魔物がいなくなったのだ。
もっと強い魔物が現れたり、なわばりを奪おうとする魔物が出ない限りはここはそれなりに安全だろう。もちろん、アルドラやクーちゃんの感覚が生体レーダーとなって機能しているのも大きい。
得意げに話す俺を、ミトナはいつもの眠そうな表情でじっと見つめていた。それに気付いて俺は思わず恥ずかしくなって言葉を止める。
「何だよ?」
「マコト君ってホント……」
ミトナは最後まで言わなかった。ただ、やさしい表情で俺を見ていた。その顔を見ていると、なんだか気恥ずかしくなる。俺の方が年上だから、無様なところは見せられない。何でもないように振舞う。
「そろそろベルランテに戻るか。今日は何か割りのいい依頼があるといいな」
「魔術師ギルドの方ものぞいてみようよ。フェイに会いたいし」
「いつ仲良くなったんだ? オマエたち」
ミトナと話しながらアルドラの鞍に跳び乗る。
クーちゃんがあわてたようにアルドラの頭から俺のふところへと走って戻ってくる。
ミトナがしっかりと俺の腰に手を回した。平常心、平常心。
「さて、行きますか!」
アルドラを発進させる。緑を踏み分け、木々の中を軽快に駆けていく。
ぎゅっと腰に回される腕の力が強くなったように感じた。
俺はアルドラの速度を上げた。
戻るとしますか。俺たちの生きる街へ。