第65話「魔術ゴーレム」
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俺はげんなりとした顔で魔術師ギルドにたどり着いた。フェイの様子を確認しておきたいし、魔術ゴーレムのコアも渡しておきたかったのだ。
大熊屋に寄ったのだが、なぜか尋常じゃないお客の数になっていて、中に入ることは躊躇われたのだ。
途中何人かに追いかけられたが、アルドラに乗っていたおかげで振り切ることができた。
魔術師ギルド前でアルドラを待たせると誰かに見つかってしまうかもしれないと考え、そのまま訓練場に移動する。
なぜか訓練場にはフェイとショーンが集まっていた。
俺はアルドラから降りると、二人に近づいていく。フェイとショーンは顔を上げると、俺に手を挙げて挨拶してくる。
フェイとショーンは何故か顔の前面を覆う鉄仮面のようなものを装備していた。がきょん、と仮面部分を跳ね上げると、顔があらわになる。その鉄仮面、俺には溶接工のマスクにしか見えない。
二人の足元にはフェイが地下遺跡で拾ってきた魔術ゴーレムが両足を投げ出して座っていた。
「よお。何してるんだ二人とも?」
「“大氷刃”マコトさん、ちっス」
「来たわね、“大魔術師」
「やめろよそれ! どうして流行してんだよ! おかしいだろ!?」
俺は思わず頭を抱えて絶叫した。
フェイが何言ってるの、という顔をする。ショーンは面白そうに俺を眺めているだけだ。
「力ある魔術師がすぐに有名になるのは当たり前でしょ」
「当たり前なのか……?」
「むしろ国が焚き付けている傾向があるわね」
「どうしてそんなことするんだよ」
フェイとショーンの近くまで行くと、俺は疲れた顔を隠さず座り込んだ。クーちゃんが肩から跳び下りると、魔術ゴーレムに興味があるのか匂いをかぎ始める。急に動きだした魔術ゴーレムにビクッとして離れるあたりは見ていて和む。
そんな様子を見ながら、フェイが口を開いた。
「魔術師ってのはやっかいな存在よ。人の身を超えた力を持っているわ。特に中級魔法を同時起動で使いこなすレベルの魔術師となると、一人で城を落とせるわ」
「生身で攻城兵器になるってわけか」
「まあ、一撃で城門を木っ端微塵というわけにもいかないのだけれども」
頭の中で魔術師が城壁に向かって魔術を放つ様子を想像する。確かに有効だろう。
確かに魔術の威力はすごい。だが、魔術師といえども人間だ。飛んできた矢の一発で死ぬ。もちろん斬られても死ぬ。タイミング悪く遭遇戦になれば戦士数名の近距離攻撃で沈むのだ。
「んで、それがどうさっきの話と繋がるんだ?」
「つまりッスね。どこの勢力も有能な魔術師はできるだけ抱え込みたいってわけッスよ」
「首輪に紐もつけて管理したいって言うわけよ。そのため、有能な魔術師の噂はものすごく素早く広まるってわけ」
俺は口をへの字にした。まあ、気持ちはわからないでもないが。それでは魔術師の自由とかはどうなるのだ。国や軍に取り込まれれば大量殺戮兵器として使われるだろう。だが、断って延々構われ続けるのも精神的によくない。
「まあ、そのために魔術師ギルドがあるのよ。魔術師の相互扶助を行うと同時に、そういった取り込みから保護する役目もあるわ」
「ふぅん。俺も保護されてるんだよな?」
「たぶんね。まあ、しばらくは大変でしょうが、頑張るといいわ」
たぶんて。
いっそ食料でも買い込んでしばらく山暮らしでもしようか? 幸い今はお金に困ってない。むしろ増えた魔術を精査する時間が欲しい。
会話は終わったのか、フェイとショーンは再び溶接マスクもどきで顔を覆うと、魔術ゴーレムに向きあった。
魔術ゴーレムは相変わらず起動しているようだ。呼吸のように時折緑色の光が表面を走る。
「そいつ、動くようになったのか?」
「全然よ。地下じゃちょっとくらい動いてたのに、持ち帰ったら動かなくなっちゃって」
「こうやっていろいろ試してるッスけど……。よくわからない部分が多いッスね」
「いや……勝手にいじって大丈夫なのか?」
ショーンが勢いよく俺に向かって振り返る。興奮……してるんだろうか? マスクで表情がよくわからない。
「こんなスッゲェ魔道具があるんスよ! オレがきっと動かしてみせるッス!」
「いや、専門家に任せろよ」
「起動自体はできてるんすよ。たぶん命令を下す機能に異常が生じてるんだと思うッス」
「どうやって命令するのよ。専用の特殊魔術でもあるわけ? 聞いたことないわよ」
フェイがイライラしながら言う。
この二人、まさか俺が倒れたあの時からずっとこうやってんじゃないだろうな。
しかし、魔術ゴーレムとはな。
魔術が発展するとこういうものも出てくるわけだ。
確かに命令とかを聞いてくれるといろいろ出来そうだよな。もしかしたらやつ等が使ってたみたいに古代の魔術とかも登録されてるのかもしれないし。
魔術ゴーレムのことを何もしらない俺の想像が膨らんでいく。
命令……。主人と従者。主人になれば命令できるんじゃないか?
寝る前の魔術実験で試したところ、<ちのつながり>は机やベッドなど無機物とマナの繋がりを繋げることができないことがわかっている。俺はマルフとアルドラの時の様子や実験から、<ちのつながり>は上位個体と下位個体を主従関係をはっきりとさせて繋ぐ魔法だと予想していた。
そうでなければある程度意思疎通はできるとはいえ、アルドラが俺の命令に従い続ける理由がわからない。また、奴隷売買でもマナの繋がりを利用するところから考えると、おそらくそうなんだろう。
繋がれた相手にわからせる。誰が主人か、誰が従者かを明確にする。そう考えると、ミトナやクーちゃんで実験することは躊躇われた。
クーちゃんは俺がこの世界に来た時から一緒なのだ、ペットや従者というのは少し違う気がする。ミトナは言うまでも無い。奴隷にでもするつもりか。
魔術ゴーレムはどうなるのだろうか。
俺はマナを集中させる。だめでもともと、物は試しだ。やってみる価値はある。
俺は二人に気付かれないようにこっそりかばんから布包みを取り出した。魔術ゴーレムのコアだ。一個は砂となって崩れてしまったが、もう一つがここにある。
「……<繋げ>」
小声で魔法を放つ。俺の手から青色のラインが出ると、一瞬たわんだあとに魔術ゴーレムのコアに向かって突き進んだ。命中するとピンとマナのラインが張られた。
うまくいったか、と疑問に思う前に魔術ゴーレムのコアが古代語を喋りだした。
『マナの繋がり ヲ 確認。ライン保持者 ヲ 主人 ト 認定』
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「きゃああああ!?」
「うああああああああッス!!」
急に喋り始めた魔術ゴーレムの声を掻き消すように大声を上げる。びっくりさせてしまったらしく、フェイとショーンが飛び上がるほど驚く。クーちゃんも全身の毛を逆立てて動きを止めていた。こっちもびっくりしたらしい。
「何よ! びっくりさせないでほしいわね!」
「心臓が飛び出るかと思ったッスよ」
「い、いや。何でもない……!」
フェイはそこで怪訝な顔をした、ような気がする。いいかげんこの鉄仮面取ってほしい。
「あれ? それで、どうしてマコトはギルドに来たの? 用事?」
「あ、いや、ええと。それはだな……! ほら、ボッツのやつに殺されそうになっただろ。大丈夫だったかって」
「ああ、そのこと? 私は大丈夫よ。むしろそのことで何か権益が取れないか騎士団と交渉中。それだけ?」
意外とドライなフェイの反応に、俺は肩すかしを食らった気分になる。ううん。この世界の人の考え方はよくわからない。
「いや、それだけじゃなかったんだが……」
「何よ。歯切れ悪いわね」
「――――そうだ! あの本! 本くれるって言ってただろ?」
「ぁあ? あの本ね。いいわよ」
フェイはニヤリと笑うと、ウェストポーチから例の本を取り出した。深い緑色の本。『アジルトゥア式詠唱魔術に対する考察』だ。
俺は魔術ゴーレムの核を後ろ手に隠したまま、もう片方の手で本を受け取った。
「ん、んじゃ。俺用事あるから、またな!」
運が良いことにフェイとショーンは身体のある魔術ゴーレムのほうに興味が尽きないらしい。俺のほうを見ずに手を振る。もしかしたら魔術ゴーレムの核のことも忘れてるのか?
俺は素早くゴーレムの核と本をかばんにつっこんだ。なぜかクーちゃんが走ってきて同じくかばんの中におさまる。
『マナの繋がり カラ マナ供給 ヲ 確認』
また喋ったアアアアアアア!
<しびとのて>ほどではないが、身体からマナが吸われている感覚。<フリージングジャベリン>を強化する時のマナ込めに似た感覚だ。
だ、大丈夫なのか!? これ!
俺はアルドラに飛び乗ると、魔術師ギルド訓練場を逃げるように後にした。
一体何がどうなってるんだ!?
どこか静かなところで状況を整理したい。
俺はベルランテの街には入らず、ベルランテ東の森に向けて進路を変えた。
あの広場なら誰もいない。ゆっくりと考えごとをすることができるだろう。
(……主。急ぐか?)
「頼む……!」
古代語を聞き取れる人はいないだろうが、謎の音声を垂れ流す物体を抱えているところを見られたくない。
アルドラが速度をあげた。身体が軋む。
「<身体能力上昇>。……<浮遊>!」
魔法陣がパリン、と割れて全身に力が漲る。二回目の魔術起動で、<浮遊>状態になる。重量が軽減されたためか、アルドラの速度が目に見えて上がった。
(……!)
アルドラの驚いた思念が伝わってくる。
できるだけ走る負担を減らせればと思ったんだが、成功のようだ。
アルドラは俺を乗せて疾風のごとく駆けた。地を踏みしめる。宙を跳ぶ。
ベルランテ東の森にたどり着く。俺の予想時間よりはるかに短い時間でたどり着くことができた。
さあ、どこから取り掛かるとしようか。
読んでいただきありがとうございます! 次回の更新も二日後です。




