第63話「大魔術師」
マコトはスケルトンの群れのど真ん中に立っていた。
さきほど魔術で吹き飛ばしたため、爆心地のように少しだけ空間ができている。フェイはマコトの背中に隠れるようにして座り込んでいた。着地失敗してこけたのだ。
フェイの魔術はうまくいった。火柱の範囲外になっても、得た推力で上昇し続ける自分達にちょっとした感動を覚えたものだ。魔術はスゴイ。
だが、台座を越え、天井にぶつかりそうになったので<浮遊>を解除。俺自身に<衝撃弾>をぶつけて台座に乗るように軌道修正。その後重力に引かれて着地したのだが、なぜかそこはスケルトンが大量に存在する骨の楽園となっていた。 その、ど真ん中に着地する。
いい加減にしてくれ。
ゴーレムの核を握る手に、思わず力がこもる。
逃げ切ったと思ったらまたこれ。
「ここで全部……」
マナをかき集める。マントフードがはためく。クーちゃんが俺の肩にしがみついた。
「火葬するぞ骨どもがあああァァァアアアアアっ!!」
<たけるけもの>。吼える俺の声に打ち据えられ、スケルトン達がびくっと動きを止める。
「<吹き飛ばせ! 輝点爆轟ォっ!>」
俺の眼前に出現した大魔法陣が割れる。光の点がゆっくりと放物線を描くと、スケルトンが多くいるあたりで着弾した。爆発と火柱。吹き飛ぶ骨。
そうだ、これこそ魔術だ!
「マコト君!!」
ミトナの声が聞こえた。まさかこんなところにミトナがいるはずがない。
そんな俺の予想を裏切って、バトルハンマーで骨を殴り飛ばしたミトナの姿が見えた。こちらまで走り寄ってくる。なぜか冒険者のように見える集団が後ろにくっついて来ている。ココットとエル少年の姿まであった。
冒険者たちとココットはスケルトンに牽制を。エル少年はこけていたフェイを助け起こしていた。
「ミトナ! なんでこんなところに!?」
「マコト君を探しに!」
「お、おう!」
ミトナの目にじわっと涙がにじむ。俺はうろたえた。俺か? 俺のせいなのか?
泣く女の子の相手などしたことない。状況も忘れかけてあたふたとする。
「色男! スケルトンが来てるってこと忘れんなよ!」
俺に向かって剣を振り上げたスケルトンをココットが殴り飛ばす。スケルトン達も再起動したかのごとく侵攻を再開していた。いまだに取り囲まれている形になっている俺たちを、四方から襲い始める。
襲いかかってきたスケルトンを<氷刃>で撃破する。フェイが別方向のスケルトンに向かって<火槍>。まとめて何体かを貫いて炎上させている。その背中には魔術ゴーレムが人形のように手足を投げ出してぶらさがっていた。
「ていうか、どうすりゃいいんだ、この状況」
「おう! 奥にいる変なスケルトンが見えるか? アレがボスじゃねえか?」
ココットが拳で指し示す先に、ボスっぽい偉そうなスケルトンが見えた。将軍よろしく護衛をつれ、悠然と立っている。騎士団の鎧のようなデザインの全身鎧。高級そうな剣を装備している。
しかし、あの鎧、どっかで見た気がするな……。あんな豪華な装備、一度見たら忘れないと思うんだが。
「ミトナ!」
「ん。なに?」
ちょうどスケルトンを殴り倒したミトナが振り返る。
「あのボスっぽいスケルトンの鎧、見たことないか?」
「ん……。あれ、市庁舎で出会った敵が着てた鎧」
さすが武器屋の娘!
しかし、意外な情報だな。
「狼男のか?」
「ううん。もう一人の。マルフに乗ってた人」
――――――ルークだ。
そう言われて見直せば、確かにあの時マルフの上で見た装備だ。確かに逃げたって言ってたが、こんなところで死んで骨になってたなんてな。まさか、狼人のガーラフィンもどこかに混ざってるとかねえよな。
あわてて見渡してみるが、どうやら居ないようだ。あいつだけは逃げられたのか……? いや、たぶん背後からの不意打ちとかで、囮にされたんじゃないか?
かわいそうには思えないな。
ルークには借りがある。これまでのことが思い出される。恨み骨髄。骨になってようが、返させてもらおう。
だが、この状況では俺の手で叩き潰すことは難しい。<マナ基点増設>ができればいいんだが、再発動時間でもあるのか、発動する気配がない。
こうなると魔術の術式を構築する時間を稼ぎたい。
俺は一緒に戦っている冒険者たちを見た。疑問に思う。少ない人数というわけじゃないが、スケルトンに掃討するにはあまりにも寡兵。
「おい、なんでこんなに少ないんだ?」
「始めはもっといたんだよォ! だけど、やばくなったらオレらを置いて、逃げやがった!!」
「取り残されたってか。てか魔術師とか他にいねえのかよ」
「魔術師なんて安全な位置から魔術撃つだけだ! 真っ先に逃げたよ!」
近くの中年冒険者が泣きそうな顔で叫び返してきた。事情はわかった。 俺はうわぁ、という顔をした。まあ、一般的な魔術師って装甲薄いからなあ。集中も必要だし。そうやって考えると、詠唱もほとんどいらないし、かなり自由に魔術を使える俺は卑怯だな。ラーニングさまさまだ。
状況は悪い。どうやらお金目的で動いていた冒険者はすでに及び腰になっているみたいだった。しかし、中にはまだ諦めずスケルトンに立ち向かっている冒険者や騎士団員もいる。ここを抜けるには、背中を見せて好き放題やられるより、頭をつぶしたほうがいい。
俺は覚悟を決めた。
「よし! 今から突撃してあのボスっぽいやつを倒すぞ!」
「オマエ馬鹿か! 死ぬに決まってるだろ!」
「魔術の有効射程に入ったら時間を稼いでくれ! 魔術で叩く!」
「ん。わかった」
ミトナがあっさりと頷く。もとより突撃する気だったらしいココットやエル少年も、イイ顔をしている。そんな彼女らを見て、他の冒険者たちも決心したようだった。顔つきが引き締まる。
「行くぞォオォオオオッッ!」
俺は誰よりも先んじて駆け出した。同時に魔法陣が割れる。<たけるけもの>+<麻痺>でスケルトンたちの行動阻害を行う。
エル少年が俺を後ろから追い抜く。スケルトンの集団の先頭に自分から盾を叩きつけていく。
「ハアアァアアアっ!!」
盾強打。盾の重量と堅牢さを生かした打撃が命中する。効果は盾の面積を超えて、何も見えない空間にまで波及した。見えざる盾に、一斉に打撃されるスケルトン達。
あれ、絶対なんかの魔術だよ! くっそおおお。できれば触りたかったが……!
スケルトンがよろけた隙にミトナやココットら前衛が飛び込んでいく。拳やハンマー、剣や槍が振るわれる。
よし、この距離ならいける!
「――――<フリージング、ジャベリン>っ!」
俺の頭上に氷の剣が出現すると、注ぎ込まれるマナに比例してぱきぱきと音を立てて巨大化をはじめる。ゴーレムの核の残量マナはまだもちそうだ。一撃で仕留められるように、氷の大刃を育てていく。
ルークスケルトンが動いた。とうとう戦列に参加するらしい。剣を抜くと、ゆっくりとこちらに歩き始めた。同時に護衛スケルトンが援護するように陣形を取る。
接近して叩くなら護衛を破らなければならないが、魔術であれば遠距離から狙うことが可能だ。
フェイが先んじて魔術を放つ。掲げた手の前で、魔法陣が二つ同時に割れる。
「<双火槍>!」
火の槍が斜め上からルークスケルトンを狙って射出される。ルークスケルトンはあわてた様子もなく神速の剣閃で火の槍を斬り払う。
さらにフェイが追加で二本、火の槍を放つ。だが、それも斬られてしまう。ガーラフィンと同じだ。剣の性能と腕で対抗されてしまっている。
魔術が飛び始めたので前衛がラインを下げる。目の前のスケルトンはだいたい払われ、ルークスケルトンの一団が接近してくるのが見える。
「<三鎖火炎槍>っ!!」
焦れたフェイが中級火魔術を放つ。みんながおお、とどよめく期待あふれる声が漏れる。中級魔法陣から三本の鎖がルークスケルトンを狙う。だが、鎖はステップで避けられ、さらには火炎の大槍に対しては刀身が輝きを放つ連続斬撃で破砕させられていく。機械に削られるように、どんどん食いつぶされ、とうとうすべてが火の粉と消えてしまう。
ああ、と無念の声がまわりから聞こえた。
「ありえないわ!」
「単発じゃ駄目なんだよ!」
このまま<フリージングジャベリン>を撃っても命中するのか!? 対処されるんじゃないのか? ルークスケルトンを仕留めるためには、剣で対処できないくらいの魔術を叩きつける必要がある。
おれは右手で上空に<フリージングジャベリン>を保持したまま、左手を突き出す。
駄目だ、追加で魔術はでない! くそ! ここでやらないでどうすんだよ!
俺の焦りを感じたのか、肩の上のクーちゃんの身体にも力が入る。
ルークスケルトンが俺を見据えている。粘つくような殺気を感じる。
<臨時マナ基点を増設します>
来た!
俺の耳の上、熱い感触と同時に角が生える。
「<三鎖――――火炎槍>ッ!!」
突き出した手の先で、二つの中級魔法陣が輝く。まわりが息を呑んだのを感じる。炎の鎖がルークスケルトン達の左右、逃げ道をふさぐように直進する。
魔法陣が割れた。同時にゴーレムの核が限界を迎えたのか砂となって崩れた。角が粒子になって消える。
火炎の大槍が直進する。護衛のスケルトンがその身を挺してドリルの如き火炎の槍に立ちふさがった。だが、火炎の質量の前に消し炭になって消えていく。そのまま槍の先端がルークスケルトンに向かった。
ルークスケルトンは再び剣を振るい、魔術に抗し始める。
そこに二発目の火炎の大槍がルークスケルトンを襲った。
「おおおおぁああああああああっ!!」
今しかない。次のチャンスはない。
<フリージングジャベリン>を撃つ。
人ひとりの身にあまる攻撃力の顕現。もはや避けようもないルークスケルトンに、巨大な氷刃が突き刺さる。重量が打撃力を生み出す。ルークスケルトンの胸部が鎧ごと破裂した。そこがルークスケルトンの限界だった。抗う力を失い、全ての魔術をその身に受ける。
爆発。衝撃。氷結の炸裂。全てが同時に起きた。
「うっ……お……!」
生ぬるい突風が吹きつける。次に目を開いた時には、台座の一部が抉れて消滅しているところしか見えなかった。あの威力だ。完全に蒸発しただろう。
全てが動きを止めていた。スケルトン達も、冒険者と騎士団員達も。
「やりやがった……」
「……すげぇ……」
その言葉は誰が呟いたものだったのだろうか。
視線が俺に集まっている気がする。
俺は息を吐いた。マナ切れを感じさせる疲労が全身に圧し掛かってきていた。視界がぼんやりする。
まさか、<マナ基点増築>ってかなりマナを使用してしまうのか?
ふらついた俺の身体をミトナが支えてくれていた。俺の憔悴を見て、フェイの顔が青ざめる。
「マコト! しっかりしなさい! ……マナ切れだわ。はやく脱出しないと……!」
「おいおいおい! スケルトン達が動きだしやがったぞ!?」
ココットの言葉に顔をあげる。スケルトン達が動き出していた。獲物を見つけた蟻のように、単純に突撃を繰り出しはじめる。陣形や効率などまったく考えない本能的な動きだ。
エル少年が盾で押し返しながら歯噛みする。
「くっ……! こいつら、無茶苦茶に突っ込んできてるだけだ!」
「統率してるボスがいなくなったからじゃねえか!?」
冷や汗が背中を伝う。
さっきまでのスケルトンは統率されていたからか、損耗や撤退も視野に入れた攻めをしていた。こちらは相手の攻めを防ぐだけでよかったが、今は自分のダメージを考えず殺到してきている。
このままでは……。
雷撃の閃光や氷の弾丸がスケルトンを吹き飛ばす。
さらに火炎放射のような炎や衝撃弾が骨を砕き、スケルトンが作る囲みの一角が崩れた。
スケルトンの残骸の向こうに見えるのは、騎士団の制服。先頭に立つバルグム・アドラー。駐屯騎士団第3分隊。魔術を武器とする戦闘集団。
「き、騎士団だ!」
「空いたところから脱出しろ! はやく!!」
おおおおおおおおおおお!!!
みんなが死力を尽くして脱出を始める。俺もミトナの肩を借りながら動き始める。じれったくなったのか、獣化したミトナが俺を荷物のごとく肩に抱え上げた。クーちゃんが飛び降りて走り出す。
入れ替わるようにして魔術が飛ぶ。剣や盾を構えた騎士団が突撃していく。この勢いならいずれはスケルトンたちも殲滅されるだろう。
俺とミトナ、フェイとココット、エル少年はバルグムの傍までさがる。恥ずかしいので抱えられている状態から下ろしてもらう。ふらついたが、なんとか立てる。限界まで魔術を酷使したせいか、額に油汗が浮かぶ。
バルグムは杖を手に、俺を見ていた。
「君は……予想外だな」
「うるせえよ……。ボッツの野郎はどこだ?」
「ボッツ君がどうしたかね?」
「どうせ知ってんだろ……? フェイまで巻き込んで、俺を殺そうとしやがった。ブチ殺されても文句は言えねえよな?」
「……今は休みたまえ。後の処理は我々がやっておこう」
「待てよ……! ボッツの――――」
「どうやら彼はぼろぼろのようだ。シスター君、彼に回復魔術をお願いできるかね? 代金は私が持とう」
バルグムの要請に、ココットが俺に<治癒の秘蹟>を起動する。傷の回復と引き換えに、体力が奪われる。俺の身体が休息を欲し、ブレーカーを落とすように意識を遠のかせていく。
ちくしょう……、まだ話は終わってない……。




