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第62話「骨の軍勢」

 ミトナは窓から差し込む昼の日差しを受けて目を覚ました。

 ベッドの上で身体を起こすと、ぼんやりした思考で思い出す。


「……たくさん寝た……」


 マコトの防具の調整を行って完成させた後、とうとう限界が来て寝てしまったのだ。何故自分の部屋に戻っているのか一瞬不思議に思ったが、自分で戻ったんだろうと気にしないでおく。

 獣化の反動も幸い軽くすんだようだった。十分に身体に力が戻ってきている。

 ミトナは自分の幸運をかみ締めていた。あの状況から命が助かることは普通はそうない。爆発から自分をかばうマコトの背中を思い出す。

 命は何よりも重い。自分にできることで、マコトに返していく。そうミトナは決めていた。


 とりあえずいつもの支度を終えると、冒険者ギルドへと出かける。もしかしたらマコトがいるかもしれないと思ったが、細目の受付さんにマコトが魔術師ギルドの依頼でドマヌ廃坑の調査に行ったことを聞く。

 ちょっと迷ったがミトナはドマヌ廃坑に向かうことにした。参加するには冒険者等級が足りていないが、武器屋として稼ぐことはできそうだ。

 ミトナは自分の身体が軽いように感じた。いつもより力が出る。

 ミトナは大熊屋に戻ると砥石など武器を修理できるセットを担いで出発した。ちょっとぐらいは会えるだろうか?




 ミトナを追いかける人影があった。ゆっくりと焦ることない足取りで背中を追う。

 見た目は人間の女性。だが、中身はもはや人ではなかった。『それ』は今度の身体はマナが充実していることに満足していた。不満なのは剣を振るう腕がなさすぎるということだ。

 それでも有象無象を殺すことには不自由しない。さきほども森の中で二名ほど斬り殺し、マナを吸うことができた。

 あの娘は、あの時食いそこねた娘だ。広い街でもう一度出会えるとは思えなかった。

 刃を肉にめり込ませた時の感触を思い出し、愉悦の笑みが浮かぶ。

 『それ』は、一度噛み付いた獲物を逃すつもりはなかった。

 



 ドマヌ廃坑の前は騒然としていた。

 あわただしくバタバタと走り回る冒険者や騎士団の人達。何かあったのだろうかといぶかしむ。

 ミトナはとりあえず大きめの商店の近くに陣取ると、研ぎ石や道具を並べはじめた。開店準備をしながら商店のおじさんに何があったのかを聞く。こういうときはその辺の人を捕まえるよりいろいろ聞くことができる。


「先発で調査にはいった隊が帰ってきたんだが……中はひどいもんだったらしいぞ。何でも大量のスケルトンがうじゃうじゃいるそうだぜ」

「調査隊の人たちは?」

「もれ聞こえた話じゃ、騎士団の方がスケルトンが出てこれないように封鎖したらしい。さすが騎士団。だが、どうやら魔術師ギルドの二人が逃げ遅れて死んだと聞いてる」


 ミトナの頭の中が一瞬真っ白になった。魔術師ギルドの調査員とは、マコトのことではないのか。

 死んだ? まさか!


「ちょっ! おい! お嬢ちゃん!」


 商店のおじさんの声はミトナには聞こえていなかった。ミトナは勢いよく立ち上がると、騎士団のテントを見つけるべく走り始めた。


 騎士団のテントは思いの他すぐに見つかった。駆け寄ると入り口で番をしていた騎士団員がミトナを押しとどめる。


「君! 冒険者か? ここは騎士団拠点だ!」

「マコト君は!? マコト君はどうなったの!?」 

「知らんよ! ここから去りなさい!」

「話を!」


 交差させた槍が騎士団拠点への入り口をふさぐ。ミトナが進もうとするのを阻む。

 ミトナの膂力は強い。騎士団員の槍がじりじりとたわんでいく。騎士団員の額に冷や汗が浮いた。


「――僕が彼女と話をしよう」


 気がつくと、騎士団のテントからエル少年が姿を現していた。ミトナはエルの名前は知らないが、アルドラを捕まえる時に出会った人物だということは覚えていた。エルの後から、ココットが姿を現すのを見て、ミトナは槍を掴む手の力を緩めた。


 夜の闇が、ひたひたと迫っていた。だれともなく準備をすると、何箇所かでたき火が焚かれ始める。

 その焚き火のうちのひとつを、ミトナとエルとココットが囲んでいた。お互いに自己紹介を終えると、エルが何が起きたのかをぽつりぽつりと話しはじめる。

 スケルトンとの遭遇。現れた大量のスケルトン。そして撤退。


「最後に見たのは石橋を渡ろうとするマコトさんとフェイさんでした。僕たちはキャンプに応援を頼むために戻ってきましたから……。ボッツさんという騎士団の人によると、スケルトンの集団に飲み込まれてしまったそうです」

「わりぃな。もっと、何とかできたかもしれねぇのに……」


 ココットが表情を翳らせてつぶやいた。手に持った小枝を焚き火に放り投げる。ぱちっと、火の粉が爆ぜた。ミトナは舞い上がる火の粉を静かに見つめていた。


「……」


 ミトナは考えていた。

 マコトの防具はかなり等級が高い出来になっている。スケルトン如きなら楽々相手にできるはずだ。マコトの魔術の腕はかなりのものだ。ミトナは魔術のことは詳しくないが、これまで一緒に戦ってきて、その凄さは身に染みている。飲み込まれたくらいで死んでいるはずはない。


「私を、中に連れて行ってもらえませんか?」

「それは……」


 先遣調査隊の報告を受けて、かなりの数の冒険者がグループに分けられ、何回かドマヌ廃坑内部に送り込まれている。地下二階に続く入り口で押しとどめないと、大量のスケルトンが地上に溢れるおそれがあるからだ。

 今やスケルトンは組織だって動いている。疲れを知らぬスケルトンの軍団がベルランテの街になだれ込む事態だけは避けたい。

 すでに街の騎士団に援軍を求める伝令を走らせている。


「いいじゃねえか。連れてってやればよ」

「ココットさん……」

「あのボッツとかいう騎士団のやつはどうも嫌な感じなんだよな。人を見下す金持ちの匂いがしやがる……」

「ボッツさんですか? ヴァンフォルトさんに聞いたところによると、騎士団に多額の出資をしている大家の出、だそうですが」

「けっ。どうりで……」


 ココットが口の中で小さく汚い言葉を吐く。

 ボッツはあれから騎士団拠点テントから出てきていなかった。先遣調査隊としての任務を果たし、成果を挙げたとしてこれ以上動く気配は微塵も見られなかったのだ。


 パチン、と薪が爆ぜる音がする。三人はしばらく焚き火の炎を見つめた。

 そこに足音も小さく、白い大きな狼のような獣がぬっと現れた。白妖犬のアルドラだ。エルとココットがすぐに反応して立ち上がりかけるが、つけられた首輪に騎獣と気付いて座りなおす。

 アルドラは鼻先を押し付けるようにしばらくミトナの匂いをかいでいたが、満足したのかミトナの横で伏せの姿勢になった。

 ミトナは気付いた。マコトは死んでない。アルドラとマコトは繋がっている。マコトが死んだならアルドラにも何か異変があるはずだ。それがないのなら、まだマコトは生きている。

 ミトナの胸中に、安堵感と共に、強い決意の気持ちが灯る。


 ミトナは真剣な目でココットとエルを見つめた。


「ココットさん、エルさん。連れていってください。お願いします」


 しばらく視線と視線がぶつかっていた。エルがあきらめたようにココットに向かってうなずいた。ココットはにやっと笑うと立ち上がる。シスター服のすそについた土を払った。


「行こうぜ。自分の身は自分で守れよ?」


 

 ココットとエルが冒険者たちの先頭に立って廃坑を進む。集団の中にミトナの姿もあった。

 集団の意気は総じて高い。騎士団側の報酬増額と倒したスケルトンの装備は倒した者の取得許可が下りたのだ。騎士団は冒険者たちの欲パワーでスケルトンをここで殲滅する腹づもりなのだ。


スケルトンの集団は石橋が落とされた後、他の連絡橋を経由して台座へと攻め込んできていた。騎士団と冒険者達にとって運がよかったことは、ボッツが石橋を落とした分侵攻が遅れ、地下二階で冒険者達が展開する時間が稼げたことだった。

 だが、冒険者たちは予想外の苦戦を強いられていた。

 スケルトン達は冒険者達の予想を上回る連携を見せていた。

 陣形を用い、前衛、後衛を意識した立ち回りは、まるで軍隊のようであった。

 冒険者とスケルトンでは力の差がある。かけだしの黄級なら危ないが、緑級などそれなりに実力がある冒険者がいれば相手ではない。装備もスキルもあるのだ。

 だが中には青級の冒険者も存在している冒険者チームが苦戦している。すでに少なからず犠牲者も出ている。


 ミトナ達を含む増援が到着したのは、そんな時だった。


 装備をつけたスケルトン達が整列している。対する冒険者達はかたまっているだけの印象を受ける。

 弓スケルトンが一斉射撃を放つ。冒険者達があわてて後退し、矢が地面を穿つ。

 剣持つスケルトンが前進し、白兵戦が始まる。冒険者や騎士団員達がときの声を上げて突撃する。剣や斧、双剣や槍が正面からぶつかり合って前線を押し戻す。


「くそっ! 何でこんなことになってるんだ!?」

「このホネども! 戦い慣れてやがる!」


 ミトナは壊れた石橋を視界に認めた。スケルトンの陣形の奥にその跡が見える。

 エルとココットが欠けた前線を埋める。エルの白盾がスケルトンをまとめてはじき返す。ココットの打撃がスケルトンの骨を打ち砕く。

 ミトナは視線をあちこちに走らせるが、マコトの姿はない。スケルトンがミトナに襲い掛かる。ミトナが打ち込んだバトルハンマーの一撃でスケルトンが砕け飛んだ。


「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」


 ドマヌ廃坑地下に、怒号が響き渡る。

 どれくらい戦い続けただろうか。

 スケルトンの数の多さに冒険者と騎士団員の混成隊は疲労していた。かなりの人数が減っている。スケルトンはどんどん湧き出してくるように見えるが、スケルトン軍団の数も明確に減ってきている。それでも、絶望するには十分に足る量が残っていた。まさにドマヌ廃坑に存在するスケルトンが全て集まってきているかのようだ。


 冒険者と騎士団員達は考えないようにしている。スケルトンには疲れがない。自分たちはいずれ限界がくることを。

 騎士団の増援が来るまで持ちこたえられるか?

 もし、到着しても手に負えなかったら?

 生き残るために、背を向けて逃げるか、とどまって戦うか。


 緊張の糸は、一瞬で切れた。

 中年の冒険者の一人が、飛んできた投槍に胸を貫かれて一瞬で絶命する。

 飛んできた方向を見ると、ほかのスケルトン達とは装備も雰囲気も違う個体が、護衛に囲まれるようにして存在していた。護衛の装備も重厚なものであり、あれを倒して親玉を倒すのは、これまでのスケルトンを相手にするより、はるかな難事だろう。

 どう見ても特別な個体だ。将軍のように他のスケルトンを従える姿からも、原因の突然変異体ということが理解できた。スケルトン達の数を減らすことで、とうとう親玉を引きずり出すことに成功したのだ。

 だが、その出現は疲弊した彼らの、心を折ってしまった。


 地下一階に近いあたりの集団が、われ先にと背中を見せて逃げ始める。無防備になった背中をおいかけるようにスケルトンが流れ込む。

 ミトナやココット、エルを含む二十人ほどの前線が、完全にスケルトンに囲まれてしまう。

 ミトナはともすれば過呼吸になりそうな息を飲み込んだ。完全に詰みだ。


 取り残された二十人ほどが、一箇所に固まるようにして集まる。武器を外側に向けて、何とか押しつぶされないようにするのが精一杯だ。


「チクショウ! うまい話だと思ったのに……!」

「こなけりゃよかった……!」

「うるせぇ! 大の大人がガタガタ騒ぐな! こうなったらあの親玉を叩くしかねえ」

「できるもんか! 俺たちはもうおしまいだ!!」


 ココットの怒号にも、情けない声が返る。

 ミトナのバトルハンマーを握る手に力がこもる。エルが奥歯を噛み締め、真剣な顔で頷いた。ココットが突撃するなら、それにあわせるつもりだった。

 マコトに会うのだ、こんなところで死ぬつもりはない。


「…………ぁぁぁ……ぁぁぁぁ………」


 何かの声が聞こえた。スケルトン達も若干動きを止めて、辺りを見渡している。


「ぁぁぁぁぁあああぁぁあああああああああああっ!!!」


 英雄は谷底から現れた。

 投石器の石のように、谷底へと続く裂け目から何かが勢いよく飛び出す。天井にぶつかるかと思ったが、急に重力を思い出したかのように落下する。

 スケルトンの軍勢のど真ん中に着地する。すぐにスケルトンが覆いかぶさるように殺到するが、魔法陣が割れ、まばゆい炎が骨を吹き飛ばす。


 そこに、マコトが立っていた。

 白い皮防具に身を包んだ、魔術師が戻ってきた。



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