第59話「地の底」
いつもありがとうございます! 本日もゆっくり進行です。お付き合いいただければ幸いです。
岩と瓦礫だらけの地の底。音も生き物の気配もないそこで、俺とフェイは休息を取っていた。
魔術による光球があたりの照らす。光の範囲外は真っ暗闇で、かなり心臓に悪い光景だ。
もしもしと堅いパンとチーズを食う。水筒の水はまだもう少し持ちそうだ。この先何があるかわからない。食える時に食っておくことにする。
まさかこんなことになるとはなあ。
ココットやエル少年、ヴァンフォルトは無事だろうか。
石橋が落ちたことでスケルトンは防げたんだろうか。
ボッツとその取り巻きは死ねばいい。弓スケルトンに打たれて死ぬがいい。
「……ねえ」
とりあえずクーちゃんもパンを食べて満足したようだ。俺はその頭を撫でる。こんなところまでついて来させてしまったことは心苦しいが、こうしていると癒される。やはり小動物はいいな。
「ねえ!」
ここからの脱出方法を考えないとなあ。
俺は上を見上げるが、相変わらず何も見えない。こう何も見えないと夜のように感じてしまう。
「聞こえないはずないわ! このッ!」
「ぐえっ!?」
ごすっと、背中の中心に直蹴りを食らって俺は石から転げ落ちた。痛む背中をおさえながらフェイに抗議の視線を送る。フェイはさっきから不機嫌顔だった。今もだ。俺が無視するからなんだが。
「さっきから話しかけてるでしょ、何で無視するのよ!」
「いや、無視してるわけじゃなくて、ここからの脱出方法をだな」
「そんなことはどうでもいいのよ! ……あんた、何で<浮遊>が使えるわけ?」
「いや、たまたま覚えてたんだよ」
「ありえないわ!」
即答かよ。
そらきた。この話題がいやで避けてたんだよ。とりあえず知らないふりをして答えておくが、フェイの顔がさらに険しくなる。
「<浮遊>は私が創り出した失敗と偶然から生まれた魔術よ。私以外に使える魔術師はいないはずよ!」
「あー……」
いくつかの言い訳が頭に浮かぶが、どれも口に出さずにやめておいた。俺とフェイとでは魔術についての知識について天と地ほどの開きがある。とはいえ、しらを切りとおすのも無理だ。観念しよう。たぶん、フェイなら大丈夫だろう。
「俺、人の魔術を覚えられるんだよ」
「ハァ!? いや……そんな……まさか……。でも……」
フェイが素っ頓狂な声を出すが、やがて思考の海へと入っていく。しばらく考えこんでいたが、どうやらまとまったらしい。
「修得条件は? 何もなく使えるなら、落ちた瞬間から使ってるはずよね」
「起動された魔術に触れること」
「うーん……。そんな天恵初めて出会ったわぁ……」
これも天恵なんだろうか。パルストからもらったスキルという点では、確かにギフトだろうが。それにしてもどうしてこうめんどくさい条件にしたのか。もっと神様というならわかりやすく最強になれるような特典でもつけてくれればいいと思うのだが。おそらくこれは俺が苦しむ様を見て楽しんでいるにちがいない。きっとそう――――、
「<水弾>!」
げっほおおお!!!
いきなり横っ腹に衝撃が!?
<体得! 魔術「水」初級 をラーニングしました>
「いや、ちょっと待って。何するんですかフェイさん」
「今ので覚えたわけ?」
「覚えたけどさ、もうちょっと加減してほしいんだけど。ぶつける必要なんてない気がするんだけど。触れさえすればいいんだから!」
てへ、とわざとらしく舌を出すフェイ。目が笑ってないぞ。これ、ぜったいわざとだ。魔法防御力の高い今の装備であの痛さ、骨くらい折る気だったんじゃねえか。なんて恐ろしいやつだ。
「もういいだろ。とりあえずここから脱出する方法を考えないと」
「あ、それについては私に考えがあるわ。その前にこのあたりを調査しておきたいのだけれど」
「ちょっと待て……、今の俺達の状況が分かって言ってるんだろうな?」
「運よくこの深度にまで辿りついたんだから、ちょっとくらいは調べていかないと損だわ」
「運よくって……人災という気もするんだが」
どこからその元気が来るのか、威勢よく言い放つフェイ。未知の危険という点で説得を試みるが、怖いなら一人で行くから、とよくわからない返し方をされる。この切り替えの良さというか、考え方はこの世界特有のものなのだろうか、いや、フェイだけかもしれないが。ただ、脱出のアイデアが俺にない以上、フェイについていくしかない。フェイを置き去りにするのも心が痛む。
何が起こるかわからない。とりあえず<まぼろしのたて>+<身体能力上昇>はかけておく。
今の場所を<印>で位置確保を行う。<印>が消えるまでに戻ってくるという約束で、あたりの散策を行う。生きてるモノすらいないと思うんだがな。
帰り道が分かるように少し進んでは光球を街灯よろしく浮かべていく。<ゆらぐひかり>+<光源>の強化光球だ。フェイには見分けがつかないと思うが通常以上に長く光り続けるはずだ。これを辿ればもとの場所までは戻れる。
岩壁に沿って俺達は少しずつ進んでいくことにする。地の底には時折落下して死んだ何かであろう白骨と、瓦礫、あとは堆積している埃だか砂だかくらいしか存在していない。
俺とフェイが入り口を見つけたのは、落下地点からしばらく歩いたところだった。思ってもいないかなり整備された両開きの扉が目の前に存在している。高さは五メートルほどだろうか、楕円を半分に切ったような形状をしている。扉には精緻な幾何学模様が細かく彫られている。
「なんだこりゃ……?」
「ちょっと黙って」
フェイはウェストバッグから長年使い込まれた感じが出ている手帳を取り出すと、扉を吟味し始める。手持ち無沙汰に俺とクーちゃんがその様子を眺める。
こうしていてもどうしようもない。俺はフェイに話しかける。
「なんか分かったのか?」
「うん……たぶんこの模様は全て古代の魔術溝だわ」
「悪い。魔術溝って何だ?」
「魔術を使う時に魔法陣が出るわよね。あれと同じ模様を特殊な方法で彫ることで魔術的な機能を持たせることができるのよ。燃える剣とか、呪いを防ぐペンダントとか、そういった魔道具になるわ」
「ショーンが好きそうな話だな」
「造り方についてはあの魔道具オタクの方が詳しいわね。……それにしても、この大きさのものに、この規模で彫るっていうのは正直今の技術ではありえないわ。たぶん、上で見た古代の採掘所の最深部だと思うんだけど」
地下遺跡だ、と感じたが、まさにそうだったのか、と俺は考えていた。たぶんこの入り口も地下遺跡の入り口か何かなのだろう。そうだとすると、ものすごい規模の建物ということになる。
だが、そうであればここから侵入して、上の階層まで上っていくことが可能なはずだ。途中にスケルトンが山ほど出てくるだろうがな。
「……まあ、入ってみてからね」
俺はぎょっとした。正気かこの女。
「入る気か?!」
「いや、入らないという選択肢があるっていうわけ!?」
「おかしいだろ! 場所は分かったんだからあとはきちっと準備とか整えてからだろ? それに開け方もわかんねえぞ!?」
両開きと言っても二枚の板がぴったりと閉じていて、引っ張るための取っ手などは見当たらない。フェイが<火弾>の魔術を放ってみるが、焦げ目すらついた様子は無い。強度も高いようだ。
「こんだけ硬いんだから開けられないって!」
俺がいらいらして扉に拳を打ち付ける。
その瞬間、打ちつけた部分から魔術溝を緑色の光が走り、ゆっくりと扉が開いていく。
俺とフェイの動きが止まった。
「開いたわ」
フェイのにんまりとした笑みを、俺は恨めしく見つめた。止められる気がしない。
俺とフェイが光球に照らしだされる薄暗い通路を歩く。すこし遅れてクーちゃんが続く。
通路の横幅は広く、天井は高い。
もしかして、古代人は巨人だったんじゃなかろうか。このサイズが適正なら、身長は三メートル近いことになる。
通路や壁にも魔術溝が走る、直角的なデザイン。壁面の魔術溝は、時折思い出したかのように薄い緑色の光を走らせている。その弱々しさは、電源の切れた建物を思い起こさせた。
驚きも過ぎれば別の感想を抱く。
通路の壁際には、ところどころ何か瓦礫かガラクタか判別のつかない何かが積み重なっている。たぶんあれも古代の品だろう。持ち帰ればどれくらいのお金になるだろうか。骨董か魔道具の目利きができれば金目のものを持って帰れるんだけどな。
俺が考えているうちに、フェイがガラクタの山に走り寄っていた。あわてて後をついていく。
「どうした?」
「これ……魔術ゴーレムだわ。……動くのかしら」
フェイがガラクタの山にのっかっていた物体を持ち上げる。三歳児くらいの大きさの人形……に見える。やたら関節部分が細く、ボールのような球体の胴体に、大きくデフォルメされた腕や脚がくっついている人形。
小学生が粘土で作ったような作品だな……。
フェイはそいつの埃を払うと、裏返したり腕や脚の部分を持ち上げて調べている。あ、ちゃんと五指あるんだな。
「……人型のロボットみたいだな」
「ろぼ……何?」
「なんでもない。それで、そいつ動くのか?」
「燃料切れね……マナストーンで動くというのが変わってなければ……」
フェイはごそごそとウェストポーチからビー玉サイズのマナストーンを取り出す。いろいろと試していたが、胴体部分に接触させると、ずぶずぶと沈んでいきながらゆっくりとマナストーンを飲み込んでいく。
薄灰色の胴体の表面に緑色の光が走る。どうやらマナがいきわたったようだ。
こいつ……動くのか?
次の更新も二日後です。読んでいただき、ありがとうございました!




