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第58話「落橋」

 走る。走る。走る。

 スケルトンの足音がガチャガチャと後ろからうるさいくらいの足音が聞こえている。

 振り返ると武器を振り上げて走ってくる大量のスケルトンが見える。こうも数が多いと、それだけでプレッシャーだ。追いつかれたらアウトだ。かこまれて袋叩きにされる。

 あまり足が速くないのがせめてもの救いか。


「くそっ!? どうする!? どうすればいい!?」

「走りながらじゃ魔術も撃てないわよ! とにかく最初の地点まで逃げる!?」


 逃げる先頭を走るのはボッツとその取り巻き達。さっきのスケルトン戦でも参加せずに見ているだけだったので、逃げに移るのも早かった。そのあとをヴァンフォルト、俺とフェイ、後ろからココットとエル少年が続く。クーちゃんも俺について走ってきている。


 走りながらって魔術はできないか!?

 いつもベルランテ東の森で鍛えてる。動きながらの起動も可能なはずだ!

 俺は走りながら<いてつくかけら>で氷柱を生み出す。こぶし大の大きさだが、かまわず射出。先頭のスケルトンの腰骨に命中し、転倒させることに成功する。


「おしっ!」


 ガッツポーズをしたのもつかの間、転倒したスケルトンは濁流にのまれるかのように、スケルトン達に飲み込まれた。バキャバキャと踏み砕きながらスケルトンたちが進軍してくる。そのあたりはおかまいなしのようだ。


「焼け石に水だ!」

「このまま逃げてっと地上にまで連れてくことになるぜ!」


 確かにココットの言うとおりだ。スケルトンたちが梯子をのぼれるかはわからないが、援軍を呼ぶにしてもとりあえず戻らねばならない。


 走るうちに徐々にフェイが遅れ始めた。肉体的な鍛錬が少ないフェイは、体力的に一行から遅れがちになっていた。最後尾を俺と併走している。スケルトンの濁流が、いまや後ろに見えていた。

 他の連中はすでにけっこう前のほうを走っている。だが、最初の台座が見えてきていた。すでにヴァンフォルト、ボッツとその取り巻き達は架けられた石橋を渡りきっていて、杖を手に詠唱しているのがわかる。追いかけてきたスケルトンをここで抑えるつもりだろう。

 ココットとエル少年が石橋を渡りきった。


「橋を落とすのである! ここで防ぐであるぞ! 急げ!」


 架けられた橋を落とせば、たしかにスケルトンたちはこちら側には来れまい。そのあとの調査は別のルートからになるだろうが、今はこの場面を乗り切るのが重要だ。

 ヴァンフォルトが指示を出す様子が見える。ココットとエル少年が地下一階の梯子がある通路に向かって駆けはじめた。かすかに聞こえた声によると援軍を呼んで来るように指示されたようだ。あの二人であればかなりの速度で地下一階を駆け抜けることができるはずだ。

 ヴァンフォルトがその後を追いかける。橋の破壊はボッツ達に任せ、梯子を上がった先の安全確保に向かう。


 走る俺の足元が床から石造りの橋へと変わる。後ろからスケルトンの足音が大きくなった。どうやら速度をあげようとしているらしい。


 地面を凍らせれば多少は足止めになるか!?

 俺はフェイを先に行かせると、石橋の中腹でマナを練る。スケルトンの先頭が石橋にたどり着いた。我先にと石橋を埋め尽くす勢いで乗り込んでくる。


「<凍れ>ッ!!」


 氷の塊が石橋の上で炸裂した。冷気を撒き散らして石橋の上をスケートリンクへと変えていく。どうやらうまくいったようで、勢いのついた最初の数体が滑って石橋から落ちていく。残りのスケルトンはどうやら滑らない程度のゆっくりとした動きで進むことにしたようだ。足止めに成功。

 だがいつまでもつことやら。橋を落とすためにはやくここを駆け抜けよう。


「<すべて灰となれ! 解き放て! 三鎖火炎槍トライチェインファイアランス!>」


 ボッツの詠唱が聞こえた。動きの鈍ったスケルトンに三本の炎の鎖が命中する。

 俺は振り返った。巻き込まれて焼け死ぬなんて間抜けなことになりたくない。


 ボッツと目が合った。

 罠にかかった獲物を見るような。残忍な喜びの色が、その目には浮かんでいた。

 ねばつくような笑みが、隠しきれていない。


 ドリルのごとき巨大な炎が、フェイの頭上を越え、空中をゆるい弧を描いて進む。スケルトンの群れに当たるかと思いきや、急激に角度を不自然に真下に変える。この軌道変更、見覚えがある。

 ――――(マーカー)によるホーミングか!?


「ボッツ! てめ―――ッ!?」


 俺もろとも、石橋を落とす気だ!


 着弾した。


 火炎の先端が石橋にダメージを与え、亀裂が入る。クーちゃんが異変を察知して、素早く俺の身体を駆け登った。

 瓦礫が炎にまみれながら散っていく。命中した箇所はかなり大きな穴となっている。石橋へ十分なダメージを与えたことで役目を果たしたのか、火の粉のみがあたりを舞っていた。石橋は即座に砕けはしなかったが、時間の問題のように見える。

 直撃を受けた箇所から衝撃を受けたのか、俺の乗っている部分丸ごとが重い音を立ててずれ始めた。

 このままじゃ落ちる! 俺はようやくもたつきながら走り出した。

 石橋の終点にたどり着いたフェイが振り返る。俺と砕けつつある橋を見て、ありえない、という顔をボッツに向けた。俺を助けるためか石橋を引き返してくる。


「馬鹿! 来るな! こっちは崩れる――――!」


 石橋が揺れる。

 全身の血の気が引いた。石橋の下は底も見えない奈落だ。どうなるかなんて想像もつかないが、うれしいことは起こるまい。

 ボッツの野郎! 禍根はあると思ったが、ここまでやるか!?


「くっ!!」


 俺は砕けて穴になった部分をジャンプすると、なんとか対岸へと跳びつく。砕けた端にぶつかるようにして食いついた。一瞬危うい体勢になるが、持ち直した。いける!


 フェイがそこに到着。俺を引っ張る。おかげで安泰な石橋の上までたどり着いた。

 ぼきん、と石橋が折れて先ほどまで俺が乗っていた場所が落ちていく。そのまま崩壊は波及して、スケルトンがのたのたと動いてるあたりも崩れて落下していった。


 あー……。よくもやってくれやがったな……。

 こりゃあ、殺されても文句言えねえよな。石橋を落とすための誤爆だったとか言いやがったら百年くらいは冷凍睡眠しといてもらうぞ。

 殺気を込めてボッツを睨む。うろたえるボッツ。俺は怒りを込めて一歩踏み出した。



 瞬間。俺とフェイが乗っていた部分が丸ごと切り離されるように崩れた。振動にフェイとクーちゃんが俺にしがみつく。


「お、お前が悪いんだからなああぁぁぁ――――――!」

 

 ボッツが叫ぶ声が遠ざかっていく。絶対、戻ってブチ殺す!

 俺とフェイを乗せて、石の塊は落下した。



 すぐに入ってきた台座は見えなくなった。

 俺に追随する光球のおかげで近くは明るいが、落下速度が速くてあたりがどうなっているかいまいちわからない。

 胃袋が持ち上がる落下感がものすごく気持ち悪い。

 とにかく落ちているのをどうにかしないと! この、いつぶつかるかわからないというのはものすごく精神に悪い!


 飛ぶ!? 魔術で飛べないか!?

 ジェットエンジンみたいに炎を噴射して推力に!? 駄目だ、イメージがまとまらん!

 氷の棒かなんかをあたりに引っ掛けて減速するか!? 勢いで腕が折れるだろ!


 ど、どうする!?

 フェイが俺にぎゅっとしがみついた。怖いのか、と思って顔を見ると、意外にもその顔はむしろ怒りが勝っていた。へ、と思う間もなくフェイの力ある言葉が響く。


「<浮遊(フローティング)!!>」


 フェイの頭上で魔法陣が割れる。

 しがみついているフェイの体から重みがなくなったようだった。


体得(ラーニング)! 魔術「浮遊(フローティング)」をラーニングしました>


 なんだ!? 浮かぶことができるのか!? だけど落下スピードがあんまり落ちてない……俺が重いのか!

 フェイ一人ならたぶん大丈夫なのだろうが、それでも俺を離そうとはしない。

 なんとかなってくれよ……!


「――――<浮遊フローティング>ッ!!」


 俺の頭上で魔法陣が割れ、魔術が起動する。

 同時にぐん、と立っていた石ブロックが下に向かって遠ざかっていく。

 内臓を押し上げるような落下感がおさまっていた。どうやら俺とフェイは、非常にゆっくりとした速度で落下しているようだった。俺とフェイ、クーちゃんの命がなんとかなったことを理解した。


「た……助かった……!」

「あ、危ないところだったわ!」


 ごごぉん、と落下した石ブロックが何かに激突する音が聞こえた。下からぶわっと轟風が吹き寄せ、やがて静かになる。

 ゆっくりと、静かに落下する俺とフェイ。

 どうやらこの<浮遊>、浮かぶどころか落下速度がゆっくりになるだけの魔術のようだ。重力を遮断しているのか、超自然的な何かで浮いているのかはわからないが、どうやら自由自在に動けるわけでもないようだ。

 ゆっくりとなった落下速度に合わせ、周りの様子が見えてくる。光球に照らされて見えるのは、崖の側面くらなものだ。まさに大地の裂け目。そこに落ちているように感じる。


 ようやく俺とフェイは底へとたどり着いた。石ブロックが砕けて瓦礫となった上にふんわりと着地する。<浮遊>のままだと月面歩行みたいになってかなり歩きにくいので魔術を解除。ようやくしっかりと地面を踏みしめる。


「あー……」


 上を見ても明かりすら見えない。どれくらい落ちたものか。

 とりあえず俺は手近な大石に座り込んだ。足が何か踏む。ばらばらになった骨だ。疲れが全身を襲う。

 フェイが俺の横に座った。命の危機があったからか、俺と同じように疲れた顔をしていた。

 命があるのが信じられない。フェイのおかげだ。俺一人落ちていたらどうなっていたか。今考えてもぞっとする。


 光球の光量を上げて、あたりを見渡しても岩と壁しか見えない。草すらない地底の世界だ。せめて息ができることに感謝するべきか。


「とりあえず、どうしようか?」


 俺のつぶやきが、ドマヌ廃坑の地底に消えていった。


 

 

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