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第57話「ドマヌ廃坑の異変」

いつもどおりゆっくり進行です。気長にお付き合いください。

 魔術の明かりが坑道内を照らし出していた。土壁や天井を支えるように走る梁を浮かび上がらせている。前回俺が来たときと変わりはない。あいかわらずの坑道だ。


 俺たち八人はドマヌ廃坑内部へと入っていた。


 先頭を盾使いのエル少年とココット、そのあとを俺とフェイが続く。その後ろをボッツと取り巻きA、Bが続き、最後尾はヴァンフォルトが受け持っていた。前方を俺の<光源(ライティング)>が照らし、真ん中はフェイ、後方はボッツの<光源(ライティング)>で光源を確保している。頭上よりさらに少し上から照らしているため、足元が少し薄暗い。俺の足元にまとわりついているクーちゃんを蹴らないように注意しながら進む。


 すでに何度かスケルトンとの交戦があった。太い木の棍棒に布の服程度の装備のスケルトン。たしかに一階なのに装備をしている。

 俺が何かする前にエル少年が盾でガード、ココットが神速の右パンチで砕いているので出番がない。

 ちょっとスケルトンが強くなったくらいで、地下一階に異変はないように見える。何かわかるとしたら、やはり地下二階以降か。

 俺たち先遣調査団は順調に地下一階を進んでいた。

 何体目かのスケルトンを倒して歩き始めたとき、俺は前を歩くココットに疑問をぶつけた。


「なあ、疑問に思ったんだけどさ、スケルトンってどうやってできるわけ?」

「ん? よく知らねぇよ。聞いた話だと死んだあと魂が天に帰れずに迷うとスケルトンになるって話だぜ」

「魔術学の観点からだと、スケルトンがスケルトンを創ると言われているわ」

「どういうことだ?」


 話に割り込んできたのは魔術マニアのフェイ。その言葉を聞いて、俺の頭の中ではスケルトンがパズルのように人骨を組み立てている絵しか浮かばない。


「スケルトンに殺された者はスケルトンになるらしいのよ。どうやらそういった天恵(ギフト)を持っているらしいの。殺されたあとの肉体はマナ分解されて骨と骨をつなぐ不可視のマナ糸になるわ」

「へえ。じゃあこの廃坑のスケルトンって……もと人間なのか?」


 俺が尋ねるとフェイは眉根を寄せた。そう単純な話じゃないらしい。


「うーん。発生法の一つって感じね。あきらかに人間が少ないところでもスケルトンの増加が確認されているわ」

「地下二階より下はがっちり装備したスケルトンだらけになってくるぜ。たぶん、あいつらもとは冒険者だな。スケルトンで稼ぐっていうのはスケルトンが装備してる品を倒して手に入れるのが主だかんな」

「うへえ」


 まあ、そりゃそうだわな。そして殺された冒険者がまたE・スケルトンになる、と。

 うーん。欲が尽きぬ限り無限機関か。


「面白いことに、ときたま生前の技術を残したままスケルトンになることがあるの。スケルトン・ジェネラルやスケルトン・ウィザードといった突然変異個体も確認されているわ。これすなわち魔術というのは人の持つ肉体にではなくてマナ基点にこそ蓄積され――!」

「いや、わかんない。わかんないから。なんだよ、『マナ基点』って」


 興奮して暴走を始めたフェイの肩を叩いて正気に戻す。はっ、と我に返ったフェイは恥ずかしそうに残りの言葉をもごもごと飲み込んだ。こほんとかわいく咳払いをする。


「『マナ基点』というのはマナを集めたり術式を構成したりする器官よ。目には見えないけど、体内のどこかにはあるわ」

「どこかって」

「通常『マナ基点』は一つね。だから魔術を起動する際はたいてい一つしか起動できないの。だけど、魔術を鍛錬するうちにマナ基点が成長して二つ、三つと増えていくわ。そうすると魔術を同時に二つとか三つとか起動できるようになるのよ」

「大事な情報っぽいけど、そんなにぺらぺら言っちゃっていいのか……?」


 俺が心配そうに言うと、フェイはへっと鼻で笑う。

 こ、この女……!


「結局は血反吐吐くまで魔術を使い続けるってことよ。精密に、最大に。聞いたからといってできるものではないわ」


 通路の奥を見てフェイが言う。その顔には茶化した雰囲気はなかった。

 魔術師ギルド訓練場でのフェイを思い出す。あれだけの魔術訓練を自分に課しているのは目指す場所があるためか。四つ同時に魔法陣を起動できるようになるまで、どれほどの苦行があったのか。


「おしゃべりはそこまでです」


 エル少年が落ち着いた声で制した。盾持つ手を握りなおす。

 俺たちの前に地下二階への鉄梯子が見えていた。



 いくつかの梯子を降りて通路を進む俺たちを待っていたのは、予想外の広い空間だった。


「すげぇ……」


 俺は思わず声をもらしてしまう。坑道というよりは、地下遺跡と言うべき光景がそこには広がっていた。地下の広い空間、整備された床、様々に伸びる通路。魔術の光に照らされて、奥のほうに階段らしきものも見える。

 どうやら今居るところは広い台のような形状になっているらしい。さらに地下なのに高さもかなりあるらしく、端からのぞいても一番下は見えない。

 ここから四本の石橋や空中通路が架かっている。壁の穴に入っていくものもあれば、微妙に傾斜がついてさらに地下に続くものまで様々だ。

 ココットの話によると、ドマヌ炭鉱が全盛期の時代に坑道を掘っていたらこの古代地下坑につながったらしい。はるか昔に滅びた文明の採掘所は、その当時でも採掘できるポイントが多く、かなり利用されたと言う。いまではスケルトンの巣窟になり、迷宮(ダンジョン)になってしまっているそうだ。


「気を付けろよ。ここからだ」


 一度地下二階に来ているココットの言葉に一同の顔を引き締まる。


「とりあえず地下二階の採掘拠点を中心に調べるであるぞ」


 ヴァンフォルトの号令で全員が動きだす。一瞬ボッツとその取り巻き達が嫌そうな顔をしたが、存外素直に歩き出した。



 ひとしきりあたりを調べたころ、奥へと続く坑道とトロッコの始発地点となっている場所を発見した。いくつもの線路がさらに奥へと向かって走っている。奥は暗くて窺えないが、かつての採掘ポイントにつながっているのだろう。

 そこにスケルトンが一体突っ立っていた。左手には薄い金属板……盾だろうか? 右手にはカナヅチといっていいくらいの小さいハンマーを持っている。落としていった物を装備してるのなら、こんなこともあるか?


 こちらは武器を構え、戦闘態勢を取る。緊張の一瞬。先手を取るか?

 迷っているうちにスケルトンはそんな俺たちの存在に気が付いた。即座に手に持った金属板に何度もハンマーを打ちつけながら線路の奥へと向かってカタカタ駆け出していく。俺たちから離れるように。


「クソッ!? 騒ぐと他の骨どもが集まってくるぞ!?」


 ボッツがいらだった声で叫んだ。変なスケルトンを走って追いかけることも考えたが、深みに嵌まる気がする。

 坑道に響き渡る金属音。神経を逆撫でする音がガンガン響いていく。

 嫌な予感がする。


「オイ! まさかこれ、仲間に知らせてるんじゃないか?」

「まさか!? スケルトンがそんな連携できるなんて聞いたことないわよ?」


 うろたえたボッツの叫びにフェイが答えた。


「人間の装備を身に着けて人間の技が使えても、所詮は魔法生物よ。獣の魔物よりその思考回路は単純だわ。獲物を見つけると自分が戦闘不能になるまで襲い掛かってくる。そういうものなのよ」

「フェイ、お前魔物に詳しいのか?」

「魔物全般ってわけじゃないわ。魔法生物だけよ! 何のために私が呼ばれたと思ってるわけ?」


 いや、お前の魔術オタクって、マナ関わってれば何でもいいんだな、という一言は飲み込んだ。そんな場合じゃない。奥から何体ものスケルトンの足音が聞こえてきているのだ。一体ではないだろうが、足音で何体か判別しづらい。なぜなら、向かって来ているスケルトン達は歩調を合わせて歩いてきている。ざっ、ざっ、という足音が聞こえていた。


「魔術で応戦するわ。爆発系は控えて」

「わかった」


 フェイの言葉に俺はうなずいた。意識してマナを集中させる。

 この辺は土壁ではなく岩盤になっているし、天井は高いので崩落の危険性はないと思うが、爆発系魔術で何が起こるかわからない。意外と脆くなっていて、足元などが崩れないという保証もない。

 俺は魔術を起動させる。<いてつくかけら>+<初級「氷」>。

 魔法陣が割れ砕け、氷柱が浮かび上がった。貫通力を高めるために槍状に変形させていく。


「来やがった!」


 ココットが鋭く言った。

 俺達は一斉に武器を構えた。

 線路が続く坑道の闇の奥から、スケルトンが姿を現す。

 デザインの違う軽鎧を着込んだE・スケルトン。丁寧にもラウンドシールドで前方をガードしながらの進軍だ。それが三体。通路いっぱいに横並びになっている。

 その後ろからブロードソードを装備したE・スケルトンが三体。その後方から長弓を装備したスケルトンも二体見える。

 防御、攻撃、遠距離攻撃揃ってる。パーティバランスよくない?


「………!!」


 カタカタカタカタ、とスケルトンが口をあけた。叫んでいる。こちらまでビリビリとした圧が届いた。やつらには、明確な敵意がある。

 弓スケルトンが弓を引き絞る。同時に盾スケルトンが盾に身を隠し、がっちりとガード姿勢を取った。


「行けッ!」


 弓を撃たれるのはまずい。俺は即座に氷の槍を射出する。弓を引き絞っていたスケルトンの一体に命中し、一撃で粉砕する。

 同時にフェイの魔法陣が割れ、二本の<火炎槍(ファイアパイク)>が射出された。火炎槍のひとつは弓スケルトンに命中、炎上させて骨を白く炭化させていく。もうひとつは反応した盾スケルトンがガードに入った。火炎の槍は古めかしいラウンドシールドをものともせず貫通し、盾スケルトンを撃破した。


 だが、そこで残った弓スケルトンが矢を解き放つ。脅威度が高いと判断されたのか、フェイを狙った一撃。素早くエル少年が白盾でインターセプトする。


 この攻防の間に、ブロードソードを装備した剣スケルトンが走りだしていた。盾スケルトンを追い越してこちらに急速に接近する。呼応するかのようにココットが飛び出す。エル少年も盾の内側から抜いた剣を構え、前へ出た。フェイを守るようにヴァンフォルトがその位置を埋める。


 その場を動かず遠距離を攻撃できる俺たちがすべきことは、弓スケルトンの排除だ。

 俺はマナを集中させる。宙を飛ぶ氷の剣をイメージする。


「<氷剣(アイシクルエッジ)>ッ!」


 <いてつくかけら>+<初級「氷」>。魔法陣が割れ、二本の氷の短剣が空中に直線を描く。一本目が矢をつがえていたスケルトンの頭蓋骨に命中し、二本目が追撃で完全に頭蓋骨を割り砕く。


「<火炎槍(ファイアパイク)>!」


 詠唱が終了したフェイの火炎の槍が頭の無い弓スケルトンを焼く。しばらく燃えていたが、弓スケルトンはぼろぼろとくずれて倒れた。


 前衛はどうなったか見ると、すでに趨勢は決していた。

 ココットが縦横無尽に駆けると、重い打撃をスケルトンに叩き込んでいる。ブロードソードの一撃を華麗にかわして反撃の拳。一体の敵にかまわず、近そうな敵、狙えそうな敵に照準を合わせて常に動きながら拳を放つ。


 嵐のような動きをするココットに対して、エル少年はこの若さにしてかなり堅実な戦い方をしているように見える。ブロードソードの一撃を盾で斜めに逸らし、お返しの一刀を見舞う。ココットの変幻自在の動きにうまく合わせて戦っているようだ。

 三体の剣スケルトンは瞬く間に倒された。


 残された二体の盾スケルトンは不利を悟ったのか、盾を構えながらじりじりと後退を始める。

 そこにフェイの火炎槍が突き刺さった。声無き苦悶の声をあげて盾スケルトンが倒れた。

 戦闘終了。ココットとエルがあたりを警戒する。


「やけに統制のとれたスケルトンだな」

「……おかしいわよ。スケルトンがこんなふうに組織だって動くなんておかしいわ」


 フェイが思案顔で呟く。灰になったスケルトンを靴先でいじっていたボッツが口を挟む。


「とりあえずスケルトンは確認したじゃないか。一度戻ったりはしないのか?」

「原因がわからないわ。スケルトンを従わせるような存在が生まれてしまってるなら、必ず叩かないと」

「ちょっと待て……」


 俺は二人を制止した。何か音が聞こえる。

 足元のクーちゃんを見ると、毛を逆立てて警戒している。

 始めはかすかな音だったが、やがて振動を伴った音になっていく。どうやら奥から聞こえてくる。


 ……ドドドドって聞こえてくるんだけど、これ、スケルトンじゃないよな。

 俺は光源になっている光球を線路の奥へと先行させる。


 スケルトンだった。


「逃げろ! この数は無理!」


 津波のごとく大量のスケルトンがこっちに小走りで向かっているのが、光源に照らし出された。数えるのもあきらめるほどの物量作戦。

 俺達はスケルトンに背を向けると、入り口に向かって全力で戻り始めた。



  

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