第56話「先遣調査団」
今回もよろしくお願いします。
朝、十の鐘が鳴る頃に俺は魔術師ギルドへと来ていた。
いつもなら冒険者ギルドから依頼を受けて駆け回っている時分だが、今日は違う。
異変のあったドマヌ廃坑の調査の日だ。
俺はフェイを迎えに行くために魔術師ギルドまで来ていたのだ。アルドラを魔術師ギルドの前に横付けして、俺はアルドラによりかかって、クーちゃんはアルドラの頭の上でくつろいでいる。俺たちはタクシードライバーよろしくフェイを待つ。
ドマヌ廃坑まではかなりの距離がある。歩いて出るならば朝早いうちから移動をはじめなくてはならないのだが、こちらにはアルドラが居る。二人乗りで向かおうというわけなのだ。
(……主)
アルドラがするどい感覚でフェイが来たことを察知する。わかった、という思念を返して入り口を見ると、ちょうどフェイが出てくるところだった。
「へぇ」
「……なによ?」
「イメージが違うもんだと思って」
「うるさいわね」
フェイは髪型はいつものふたつおさげだったが、服装が変わっていた。魔術師ギルドの魔術師なのでローブ姿と思っていたが、なんだか探検家のような服装をしている。しっかりとした革ズボンに、ブラウス、黒色に染められた革ジャケットを羽織っている。どうやらかなり強化されているらしいが、代わりに胸当てなどの金属防具は無い。動きやすさを重視したスタイルになっている。
腰のあたりに大きめのウェストバッグが二つ。頭にはゴーグルが装着されていた。
「魔術師って言ったらローブ姿に杖だと思ってたもんだからさ」
「古いわよ。まあ、イメージ優先というか、セルフコントロールのためにそういった『魔術師』姿をしている人もいるのは確かだわ」
フェイはそこまで言うと俺の姿をじろじろと見る。
「あんただって魔術師って感じの姿じゃないくせに、何言ってるのかしら」
「いや、俺、冒険者だったのが魔術師もやってますってタイプだしな」
「しかも何その棒、魔術師が殴るの? 馬鹿なの?」
「うるさいよ。乗せてかねぇぞ?」
アルドラのラックに設置された黒金樫の棒を見てフェイが言う。だいぶ使い込まれた感が出ている棒は、実際かなり活躍している俺の相棒だ。
「よし、わかったから出発よ」
「はいはい。しっかり掴まっておかないと落ちるからな!」
俺はひらりとアルドラに飛び乗ると、騎上からフェイを引っ張りあげて俺の後ろに座らせる。フェイがなんだかもごもごとまごついていたようだが、やがて俺の腰に腕をまわして、ぐっと力を入れる。
「…………」
「は、はやく出発しなさいよ!」
うおおおおお! 平気! 平気なふり!
後ろからぎゅっと抱きつかれて密着!
幸せな感触が……、しないな。
そりゃそうか、俺もフェイも防具キッチリ決めてるからなあ、漫画や小説と違うってことか。
少しのがっかり感はあったものの、それでも女の子に抱きつかれている、というのは気分がいい。抱きつかないといけないぐらい微妙にスピードを上げて俺はドマヌ廃坑まで駆けることにした。
(…………主……)
(言うな。わかってるから)
予想通りの時間にドマヌ廃坑前広場へと到着した。
すでに広場には冒険者と騎士団によって拠点が築かれていた。打ち捨てられていたスコップやらツルハシやらも片付けられ、整備されていた。
こうやって見る限り、騎士団と冒険者はそれぞれが自分の陣地を作っているように見える。冒険者のほうは豪華そうな天幕の者も居れば、視線をさえぎる程度の布で囲った者。全員がそういったものを用意できるわけでもないらしく、寝袋だけの者も転がっていた。
騎士団のほうはあたりまえながらしっかりとしたつくりの円形で丸っこいテントを組み立てていた。骨組みなどを見ると、モンゴルなどで使われている包に似ているだろうか。
どうやら東の端のほうで騎士団、西の端のほうで冒険者が集まっているようだ。ちなみに南の端では商人の一団が自分たちのテントを広げながら、荷馬車に積んで来た商品を売ってる。商魂たくましい人ってのはどこにでもいるもんだ。
さすがに人が多く、アルドラで中まで乗り付けるわけにもいかない。だぶん不可能ではないが、注目を浴びたくはない。先んじてクーちゃんがアルドラの頭上からぴょんと跳び下りる。俺はアルドラから降りると、フェイが降りるのを手伝う。
アルドラには周辺の散策と警戒、あとはご飯を自力でお願いしておく。快く了承の思念が返ってくる。自然の中を走れるのがうれしいのだろうか。
「それで、俺たちはどこに行くんだ」
「まず騎士団のテントに向かうわ。騎士団主催の依頼だしね」
「了解」
騎士団のテントに近づくと、入り口を警戒していた騎士団員が槍を交差させて誰何の声をあげる。フェイが自分の名前を告げると、すぐに案内してくれる運びとなった。
「……げ」
「……なによ」
俺が小さくもらした苦い声を、フェイが聞きつけて小さく問う。騎士団の前で見苦しい姿を見せたくないのだろう。だが、俺はテーブルの近くに立っている男を知っていた。ボッツ小隊長だ。
俺、こいつにはいい記憶がないんだよな。一度殺しあった仲だし。
「あそこにちょび髭の男がいるだろ。ボッツって言うんだが、もう最悪の奴なんだよ」
「……聞こえてるぞ、薄汚い冒険者の小僧が!」
「あーそう? 悪いけど今回は魔術師ギルド側なんですけどぉ!」
「くそガキが! ここで粛清してくれようか」
ボッツが杖を振り上げて顔を赤くする。向こうから手をだしてくれるならやりやすい。俺は何食わぬ顔をしながら魔術の術式を組み立てる。
フェイがあわてて俺たちを止めるために口を開く前に、別のところから声がかかった。
「冗談もそこまでにしたまえ。依頼の前であるぞ?」
緑の立派なマントがばさっとひるがえる。勢いよく振りぬかれた腕が俺たちを制止する。黒い肌、立派な口ひげ。でっぷりとしたお腹。冒険者のヴァンフォルト…何とかだ。こいつが冒険者代表だったのか。
獣人国が攻めてきた時も会えずじまいだったから、冒険者試験以来だ。
もう一人の冒険者は、ヴァンフォルトの後ろで静かに佇んでいた。爽やかな美少年、盾使いだった。
こちらを見るとおや、という顔をするが、会釈のみで口は開かない。こいつも参加していたのか。
「ボッツ殿よ。そなたは調査隊の一員であろう? そのようなみっともない真似はどうかと思うであるぞ」
「ちっ!」
ボッツは舌打ちをすると奥に設置されていた椅子にどっかと座り込んだ。あわてていつもの取り巻きが周りを固める。
いや、ほんとヴァンフォルトの言う通りみっともない。しかもボッツの野郎も調査チームかよ。仲良くやれる気がまったくしねえ。なんでこんな奴が?
黙りはしたがいまだに敵意は感じる。視線をぶつけているとフェイが苦い顔をしているのがわかった。
微妙な雰囲気が流れる中、騎士団テントに入ったきたのは赤毛の女騎士フィッテだった。凛とした立ち居振る舞いで、テントの中の微妙な雰囲気を一掃する。その後ろからもう一人、フードを深くかぶった人物がついてきていた。顔は見えない。
フィッテは駐屯騎士団の幹部クラスだ。おそらくこの場における総代表だろう。バルグムは出張ってきていないらしい。
フィッテは俺たちを見渡すと、テーブルに一枚の図面を広げた。ドマヌ廃坑の地図だ。俺たちがテーブルの周りに集まったのを見計らって、フィッテが口を開いた。
「どうやらおそろいのようだな。始めるとしようか。まずは自己紹介といこう。私が現場指揮官のフィッテ・コアトラン・テオームだ。よろしく頼む」
フィッテの視線を受けて、いやいやながらボッツが自己紹介をする。
「ボッツ・ランクムト・アルサーロンだ。騎士団代表として調査隊に参加する」
ボッツに続いてボッツの取り巻きAと取り巻きBが名前を告げる。どうやら騎士団からの調査メンバーはボッツ組のようだ。
「フェイ・ティモットよ。魔術師ギルドからの参加よ。こっちはマコト」
続いてフェイが自己紹介をする。ついでに俺の紹介もしてくれたから俺は何も言わずにすんだ。今口を開けばボッツに対する嫌味が出そうだからな。よかった。
「我輩はヴァンフォルト・ムング・ドロスデンである。冒険者からの調査隊参加員である。こちらが……」
「――エルです」
盾使いの少年がヴァンフォルトの紹介を引き取って言う。
一通りの紹介が終わり、フィッテが頷いた。
「以上が今回の先見調査隊の人員だ。あとはパルスト教会から内部構造に詳しいココット司祭に来ていただいている」
「よう、マコト。先日あったばっかだけどな」
フードの人物はココットだったのか。フードをとると、ココットの顔が現れた。ドマヌ廃坑でミトナと助けに来てくれたのもココットだったしな。あの時も地下二階まで行っていたようだったし、かなり詳しいんだろう。
ココットは俺を見ると、あきれのような、面白いものを見るような顔をした。
「ドマヌ廃坑はやべえから近づくなって言ったんだがよぉ。マコト、オマエ死にたがりなのか?」
「うるせえよ。やむにやまれずだよ。ココットこそ自分で言っといて来てるだろ?」
「スケルトンは人の魂が帰天できずに彷徨ってるんだよ。ブッ倒して浄化してやらねえとな」
ココットはそう言うと不敵に笑い、いつものガントレットをぶつけ合わせる。金属音がテントに響いた。
そういう理屈があって毎度ドマヌ廃坑に来てたのか。魂の救済ってやつかねえ。
「ん? そういえばもう一人は? 一緒にいたでっかい人」
「リッドか。強くなったスケルトンのせいで負傷しちまって……。傷は治ったんだが疲労で動けなくなっちまったんだ。だから、あたしだけさ」
「そっか……」
治癒の魔術は怪我が治るかわりにごっそり体力もっていかれるからなあ。しばらく動けないほどの治癒ってことは、かなりの怪我をしたんじゃねえのか?
リッドが居たということはココットも居たということだろう。ココットは怪我とかはしなかったのだろうか。今回の調査に参加するということは、大丈夫だということだと思うが……。
「もういいだろうか?」
「すみません、大丈夫です」
フィッテが俺たちの無駄話を制止する。このままでは進まない、と顔にかかれていた。ようやく俺が静かになったのを見て、ひとりひとりの顔を見渡していく。
俺、フェイ、ボッツ、取り巻きA、B、ヴァンフォルト、エル、ココット。
「さて、この八名がドマヌ廃坑先遣調査隊だ! 目標はドマヌ廃坑の調査、現状の確認! できることなら原因の究明だ。あなた達の成果を期待する!」
フィッテの力強い言葉が騎士団テントに響いた。
頑張れよ、とか、いい報告を頼むぜ、といった声が騎士団員からあがる。俺の胸には、絵の具が水に混ざるかのような不安感がにじんできていた。
ドマヌ廃坑調査チーム結成! すごいメンバーですね。連携とれるんでしょうか。




