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第55話「違い」

いつもありがとうございます! これからも精進していきます! ゆっくり進行ですがお付き合いいただければさいわいです。

 翌日のベルランテは晴天だった。すでに昼過ぎの時間になっていた。

 俺の心の中とは裏腹に、爽やかな日差しが街中に降り注いでいる。


 そんな中、俺は大熊屋の店先でまんじりと立ち尽くしていた。懐には昨日バルグムから預かった硬貨袋が入っている。ずっしりと懐で存在感を放つそれのせいで、俺はミトナに会わなくてはならない。

 朝に冒険者ギルドで情報屋の仕事をしていたハーヴェに出会い、渡してもらうよう頼んだがにべもなく断られていた。


 たぶん、あんな目に遭う原因になった俺とは会いたくないだろうなあ。

 命のやり取りがある世界とはいえ、誘拐されてあわや貞操も、という目にあったのだ。


 まあ、俺もどんな顔をして会ったらいいかわからないし。とにかくお金だけ渡して逃げよう。俺はそんな後ろ向きな決意をした。正直異変の起こっているドマヌ廃坑に行くより、ミトナに会うほうがよっぽど勇気がいる。


「こんにちわー……」


 大熊屋の店内が暗く感じる。カウンターに立っているのがウルススさんなのを見て、俺の破裂しそうだった心臓が少し落ち着く。このままウルススさんに渡してしまおう。


「おう、ボウズか!」

「ちょ、ウルススさん! 声でかいよ……!」


 俺を見て大きな声で名前を呼ぶウルススさんに、思わず苦い顔になってしまう。できるだけ静かに穏便にいきたいというのに! 


「なんじゃ、今日はどうした?」

「ミトナは――――」


 バーーーン、と居住エリアに続く扉が思いっきり開いた。思わず俺の身体がビクっとなった。クーちゃんもびっくりしたのか毛を逆立てて動きを止めている。

 俺とウルススさんの視線が開け放たれた扉に集まる。

 扉を思いっきり開け放ったのはミトナだった。いつも眠そうな目つきをしているが、今日は格段に酷い。目の下にははっきりとわかるほどの濃いくまができている。さらには呪いでも出そうな目つきで俺をにらんでいた。


 ミトナは無言のままつかつかと俺に近寄ると、俺の手首をがっしりとつかんだ。かなりの力が入っている。そのまま俺を引きずって居住エリアへと歩いていく。

 ウルススさんとクーちゃんが唖然とした顔で見送っていた。


 というか、何!? 一体何なの!?

 あんな目にあわされた仕返しが待っているというのか!?


 ミトナの力はかなり強い。バトルハンマーを軽々振り回しているところからわかるとおり、通常の男性よりはるかに膂力がある。おそらく獣人は人間よりも基礎的な身体能力が高いのだろう。半獣人のミトナもその血をついで、ものすごい力持ちなのだ。


 俺の脳内に、顔面を掴まれて持ち上げられ、ボディを連打される想像図が浮かび上がる。その後はミトナの目が獣眼になり、地面が割れ砕ける勢いで俺の身体が地面に埋まる。


 ミトナが俺を連れて行ったのは、解体の時もお世話になった工房だった。

 解体用のナイフや、ペンチ。鍛冶用のハンマーやピックなどが揃っている。激痛の予感を感じて、全身から血の気が引いていく音が聞こえてくるようだ。


 ミトナは工房の中央で動きを止めた。必然、俺もそこでストップすることになる。

 俺の喉がごくり、鳴った。思わず硬く目をつぶると動く左手で顔を覆ってしまう。


「い、命だけは助けてくれ!」

「……何言ってるの? マコト君」

「へ?」


 俺がゆっくりと目を開けると、そこには不思議そうな表情をしたミトナの顔があった。目の下のくまから疲れた様子は見えるが、恨みやつらみといった負の感情が見えないことに、いまさらながら俺は気付いた。


「いや……、誘拐とか、ほら、もうすこしで……危ない場面だったから」

「あ、うん。本当にありがとう、マコト君。来てくれなかったら危なかった」

「そうじゃない! 俺のせいであんな目にあったから、恨んでるんだと思ってたんだよ」


 ミトナはしばらくキョトンとした顔をしたかと思うと、何がおかしいのか思いっきり笑い出した。お腹を押さえて、涙すら浮かべて。

 意味がわからない。どういうことだ?

 ミトナはひとしきり笑うと、目じりの涙をぬぐう。そして、とても優しい顔で笑う。

 なんだかわからないが、怒ったり恨んだりしていないらしいことに、俺は安堵する。


「マコト君は、本当に優しいね」

「……そんなことはない」

「この街の明るいところではそうでもないけど、暗いところでは何でもありえるの。自分の身は自分で守る。それが当たり前なの」

「でも……!」


 この世界は、あまり治安がいいとはいえない。いまさらながらそんなことを思い知らされる。絶対的な国家権力があるわけでもなく、法によって守られているわけでもない。

 強い者が力を振るえば、力無き者は泣き寝入りするしかないのだ。

 そうならないように手を組んだり、力を合わせたりして、人々は自衛していく。

 そして、そんな世界だと人のことまで面倒を見たり構ったりする人は少ないのだろう。みな、自分で精一杯なのだ。あの時のスラムの人々を思い出す。助けるでもなく、瓦礫を漁る人々に。

 全員が全員そうというわけではないだろう。だが、そういう世界なのだ。


 だが、それと俺自身がどう感じているかは別だ。

 やっぱり助けられる人は助けたいし、できることなら人を殺したくない。

 元の世界でも、もちろん戦争はあった。だが、そんな戦争から遠く、平和を享受できる国に居たこの気持ちを失いたくはない気がするのだ。


「助けてもらって本当に感謝してる。だから、私にできることはこれしかないと思って」


 ミトナはそう言うと、工房に吊り下げられている一着の防具を指し示した。

 白を基調とした革防具。革を中心としたレザーアーマーではなく、革の強化服といったものだろうか。革ズボンも革ジャケットもかなり身体にぴったりとしたデザインになっている。胸元左下に大熊屋の屋号が入っている。

 特徴的なのは、手の先から肘までをガードする革製ガントレットだ。何層もの革が重なった構造をしており、防御にも、そして打撃にも効果が見込めそうだ。


「革鎧も考えたんだけど、マコト君は魔術師だから動きやすさを重視して製作したの。何度も見てサイズは合ってると思うけど、とりあえず着てみて。細かいところを調整するから」


 ミトナがきびきびと動いて俺の服を脱がせていく。パンツとシャツ姿になった俺の顔が一瞬赤くなったが、それよりも新しい防具が優先だ、できるだけ気にしないことにしていく。

 こういうのはミトナは気にしないタイプなのか!?


 俺は革ズボンと革ジャケットをつけると、ベルトで身体にフィットさせていく。着た状態のまま、ミトナがなにやら最終調整を行う。かなり着心地はいい。よくゲームでFPSをしていたものだが、そこで出てくる近未来のバトルスーツを着込んだ気分だ。

 ガントレットもそれなりに重量があるもの、がっしりとしておりある程度の刃物くらいなら防御できそうだ。普段から着込むために筋肉を鍛えないといけないな。


 しばらくの時間が経って、ようやく調整が済んだらしい。ミトナが満足げな顔で俺のほうを見る。


「できた……!」

「ミトナ、これ、すごいな!」

「うん! しかもすべてケイブドラゴンの革だから魔術防御も完璧。たぶん普通ならうちなんかじゃ作れない代物!」

「……ありがとな」


 俺が気持ちを込めて言った感謝の言葉に、ミトナは嬉しそうな顔をした。直後に、ふらっと倒れそうになる。


「でも、もう限界。あれから寝ないでやってたから……」

「えぇ?!」


 一昼夜徹夜で作ってたのか。そりゃ頭が下がる……。

 ミトナはものすごく眠そうな顔で、やっとこさ俺に支えてもらって立っている状態だ。このままじゃ危ないのでミトナに案内してもらって部屋まで連れて行く。

 ミトナの部屋は綺麗にまとまっていた。なにやら甘いにおいがする。初めて入る女の子の部屋に心臓がドキドキしてしまう。これは危険だと思いながら、何とかベッドに転がすと、すぐにミトナは寝息を立て始めた。

 気を抜きすぎだろ。

 しばらく見ていたが起きる気配はない、しょうがないので枕元に硬貨袋を置いて部屋を後にした。他には何もしてないよ! ホントだよ!

 ミトナの部屋にあった俺のフードマントを回収すると、静かに扉を閉めた。


 ウルススさんの所に戻ると、何やらクーちゃんにおやつをあげているところだった。戻ってきた俺ににやにやした顔をする。口角があがってるから笑っているのはわかるぞ!

 さっきのことを思い出して思わず顔が赤くなる。


「おお、着てるところを見るとやはりいいのう」

「本当にありがたい。代金のあてはあるからすぐ払う」

「気にせんでよい。むしろはやく着て街を回ってもらったほうが宣伝になるわい」


 ウルススさんはそう言って呵呵と笑う。

 俺はウルススさんに解体用ナイフを研いでもらうと、大熊屋を後にした。


 すごく身体が軽い。なんだか全身に乗っていた重しが取れた気分だ。

 足取りも軽く、俺はベルランテの街を歩き出した。

次の更新も2日後になります! よろしくお願いします!

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