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第54話「挟撃」

 俺が騎士団に着くと、案内役の騎士団員がバルグムの部屋まで先導してくれた。

 騎士団はようやく落ち着きを取り戻しつつあるようだった。

 先日の浮ついた雰囲気とは違って、落ち着きのある雰囲気が感じられる。どうやら騎士団のまとめなおしは終ったようだ。

 バルグムはいつもどおり執務室で仕事をしていた。俺が入ると、背後で案内役の騎士団員が扉を閉める。


「座れ」


 顔もあげずバルグムが言う。苦手意識ではないが、どうしても構えてしまうな。俺を修練場で叩きのめした時と同じ騎士団制服姿。今なら互角にやりあえるか?

 そこで俺はもう一人執務室に居ることに気付いた。見覚えのあるふたつおさげ。澄ました顔で紅茶らしき飲み物を飲んでいる。俺の顔を見ると、どう考えても含みがある笑顔で手を振ってくる。


「やっと来たわね」


 いかん! これは駄目だ!


「……ッ!」


 俺は感覚だけで判断して、きびすを返すと扉から逃げようとした。扉に取り付いてドアノブをひねるが、ドアが開かない! これ、向こう側から押さえてやがる!


「うおおおお!! 嫌だ! 嫌な予感がする!」

「あっ! 待ちなさい! 何よ人の顔見るなり失礼ね!」

「何でフェイがここに!?」

「私は魔術師ギルドの代理として来たのよ。それじゃ、揃ったし始めるわよ」

「そうしよう」


 バルグムが低く一声言い、書類へ書き込む手をようやく止めた。ていうかバルグムの奴も客がいるのにその態度は変わらないのか。俺はともかくフェイがいても変わらぬバルグムに俺は少々呆れる。

 いや、それより今はフェイの目的だ。


「待て。何を始める気だ」

「聞いてないの?」


 フェイがありえない、知らないの? という顔をする。いや、それは俺が感じてることだ。


「ドマヌ廃坑調査についてよ」

「何で俺が関係するんだよ」

「あんたは魔術師ギルドの派遣員として私と一緒に廃坑調査にいくのよ」


 バルグムが両手を組んで口元を隠している。絶対笑ってるだろお前!


「マコト君も知っているだろう? ドマヌ廃坑に異変が起きていることを」

「それは……確かに冒険者ギルドでも噂になってたよ。騎士団から戦力援助依頼が組まれるとかなんとか」


 俺はドアノブをしつこく回すが、動く気配はない。まさか俺の知らない魔術で施錠してるんじゃないだろうな。……ラーニングしないから違うか。

 とにかく話をしないことにはここから帰してもらえなさそうな感じなので、しょうがなく俺は席に着く。

 俺のそんな様子を見て、バルグムは一度うなずいた。


「そうだ。戦力援助依頼を騎士団のほうから出している。原因調査と原因排除が目的だ」

「調査と排除ってどういうことだよ」

「おそらく何かしら突然変異個体が現れた可能性が高いのよね。そこで、騎士団と冒険者総出で突然変異個体と出てきた他の個体の掃討をするのよ」


 うなずきながら聞いていたが、微妙な違和感を覚える。バルグムの顔を見るが、こいつの表情はやはり読めない。骸骨のような顔は、陰気な雰囲気を漂わせているだけだ。


「おかしかないか? わざわざ冒険者を雇う意味がわからない。お金もかかるだろうし、連携も取りづらいと思う。組織立った動きとかできるのか?」

「冒険者ギルドからのたっての要請だ。スケルトンなどを倒した時の素材や装備を手に入れる機会を冒険者から奪うなというのが向こうの申し出だ」

「……それでも、作戦行動に邪魔になるだろ」

「……騎士団編成しなおしの揺れを突かれた形ね」


 まあ、なんらかの交渉があったんだろう。こうなった以上は冒険者達を前衛に斥候役をやってもらい、原因がわかったら集中的に戦力投入をするというのが騎士団の意向か。


「そこで何かあっても対処できるように魔術師ギルドと合同で進めるってわけ」

「魔術師ギルドは騎士団と組んでいいのか?」

「バルグムさんも魔術師よ。魔術師の相互扶助のために力を貸すのは当然よ!」


 うーん。フェイの目がお金になってる気がする。こりゃ補助金とかも出てるかもしれないな。

 俺はため息を吐くと、身体を席に預けるように座り込んだ。


「それで、偵察部隊として騎士団から二名、魔術師ギルドから二名を出すことになっているわ。こっちが本命の偵察部隊ね」

「ふーん。なるほどな。一応出すわけか」

「何他人事みたいに言ってるのよ。あんたが行くのよ?」

「はぁ!?」


 俺の口から否定的な声が漏れる。わざわざこの話を聞かされている時点でなんとなく予想はしていたけどな。

 しかし、どうして俺なんだ。魔術師ギルドに入会したのはついこの前のことだ。もっと適役な魔術師が在籍していると思うんだが……。

 まさか、俺の特殊な能力について何か感づかれたのか?

 ここは慎重になっておくか。


「行きたくないって言ったらどうするんだ……?」


 フェイがにっこりと笑った。見ててかわいらしいとかそういう感じではない。訪問販売の業者が浮かべるような胡散臭い笑顔だ。

 フェイはすっと手元の鞄から一冊の本を取り出す。ビロードのような手触りの深い緑色の表紙。タイトルは『アジルトゥア式詠唱魔術に対する考察』。


「まさかそれ、報酬としてくれるのか!?」

「あんたがきちんと仕事をこなせばね」

「ぐぅ……。しかし……」


 俺の頭の中で計算が駆け巡る。

 一つめに危険な状態のドマヌ廃坑の危険性。場合によっては命の危険もあるんじゃないか。

 二つ目に俺のラーニングの露見の可能性。魔術オタクのフェイになら、魔術だけじゃなく『魔法』を使っていることがバレる可能性がある。できるだけ配慮しながらとかやってたらそれこそ危険だ。

 だが、現在多用されている魔術を知ることはかなり重要なはずだ。必要な魔術も選んでラーニングも可能になる。

 悩む俺に向かって、バルグムが静かに口を開いた。


「さて、君に支払う代金についてなんだがね」

「――――!?」

「今はドマヌ廃坑の件で緊急態勢になっていて、代金を王国から輸送する人員が確保できないのだよ。この件がすばやく解決さえすればなあ」


 し、しらじらしい!!

 俺は思いっきり頭を抱えた。

 前門の魔術師ギルドに後門の騎士団か!? 断ることもできるが、その場合のダメージがでかすぎる!


「わかった……俺でいいなら参加する」

「それでいいのよ」


 フェイが当然とばかりに何度もうなずく。俺はがっくりと肩を落とした。


「では具体的な話に入ろう。君にしてもらいたいのは内部偵察だ。冒険者と共に内部に侵入し、原因の特定をお願いしたい。おそらく特別変異個体の発見が目標となろう」

「ただ、無理をする必要はないわ。厳しい状態なら撤退して少しずつ解明するってところね」

「と言っても俺はドマヌ廃坑一階しか行ったことないが、足手まといにならないか?」

「詳しい者に案内を頼んでいる。大丈夫だ。準備に明日一日を設けている。過不足なく準備しておくといい」


 そこでバルグムは一度言葉を切った。どうやら依頼についてはこれで終わりらしい。フェイも帰り支度を始めている。

 俺が立ち上がると、バルグムがふと思い出したかのように俺に言う。


「ところで誘拐されたという君のパートナーは大丈夫かね。無事に助け出せたとは聞いてるがね」

「……ハーヴェから聞いたのか?」


 つい顔が険しくなるのが止められない。まさかその話を振ってくるとは思わなかった。フェイが「ん? なになに?」と興味津々な顔つきで俺を見つめている。

 俺は簡単にスラムであった経緯をフェイに説明した。


「ミトナには……会えなかったんだ。たぶん、向こうも会いたくないんだろ」

「それは困るな。彼女の分の代金は用意してある、君から渡しておいてくれ」


 バルグムが引き出しからずっしりと硬貨が収まった小袋を取り出す。席を立ち、机を回り込んで俺のところまで来ると、俺の手の中にずっしりとした小袋を収めた。


「いや……。俺は……」

「絶対行きなさい」


 思わずしり込みした俺を、フェイの声がばっさりと切って捨てた。


「本人から来るなとかは言われてないんでしょ。絶対行きなさい」

「……でもな」

「ちっちゃい男ね。行かなかったらあんた明日から偵察任務中も『チキン』って呼ぶわよ」

「勘弁してくれ……」


 フェイは最後にもう一度行くように念押しすると、すばやく荷物を手に執務室を去っていった。バルグムはすでに書類仕事に戻っており、取り付く島がない。

 俺はため息を吐くとバルグムの執務室を後にした。


 騎士団舎から出ても、俺の胸のうちは未だ定まっていなかった。

 ぐるぐる悩みながら歩くうちに、ベルランテの大通りに出る。大熊屋へ続く通りの前で一瞬だけ足が止まる。

 勇気は、出なかった。


 俺は逃げるように急ぎ足で『洗う蛙亭』へと向かう道を歩き出した。

 俺の懐に収まっている硬貨袋が、やけにずっしりと重く感じられる。

 そこで俺は気付いた。この金があるなら俺に渡す金もすでにあるんじゃねえか。というより、この金を俺がもらって、ミトナに取りに来るようにいえばいいじゃないか。

 もはや時すでに遅し。くそっ!


 明日だ。明日、考えよう。

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