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第53話「リソース」

 俺は朝も早い時間帯から、ベルランテ東の森の秘密訓練場へと来ていた。時間経過を確かめるために<光源(ライティング)>の光球が浮かんでいた。これが消えると鐘ひとつ分。消えたら出すことにして、昼の鐘二つまであと光球六つ分くらいの余裕がある。だいたい六時間といったところか。


 荷物を置いて身軽になった俺を、クーちゃんとアルドラが見つめている。


(……(あるじ)。……何をやっている?)


 どうやらアルドラは訓練という概念がいまいちわからないらしく、淡く疑問の思念を送ってきていた。


「何って、魔術の訓練」

(……訓練? ……訓練とは何だ?)

「何って言われてもなあ、今より上手くなるために練習するってことなんだけど」

(……わからぬ)

「例えばアルドラには牙とか爪とかあるだろ。それを、狩りの時以外にも的とかに振るってみて、よりよい使えるようになる、みたいな?」

(……何故狩りでもないのに振るう? 遊びか?)


 遊びという思念のあたりで、母性を感じる温かな目線が俺に注がれた。あれ、これ俺って子ども扱いされてない?

 獣の世界だと練習とか訓練とかそういうのってなさそうだしなあ。自分が生まれ持った能力だけで自然の中を生きる! みたいな感じなのかもしれないな。

 警察犬や盲導犬は訓練するけどなあ。でもあれって、人間にとって意味のあることを教え込んでいるだけで、自分から練習しようとか訓練しようとかそういうことじゃない気もするし……よくわからなくなってきたな。


 フェイに教えてもらったいつもどおりの魔術成型訓練を行う。立方体からスタートし、数を増やしたし減らしたり球形や棍や剣の形にする。氷だと爆発することはないので、寝る前にも行っている訓練なのだが。だいぶ上達してきたと自分でも感じる。今なら簡単な形ならすぐに成型できそうだ。


 一段落つくと、次は『魔法』を併用した起動後の形状変化の訓練に取り組む。生み出された氷が、角砂糖サイズの立方体から一辺一メートルほどの立方体にまで成長した。

 マナを補充することで質量を増大させたり、形状を変化させる。そのあとは圧縮、凝縮の訓練までがセットだ。


「しかし……これ、最大MPとかも増えてる気がするな」


 俺は集中のため額に浮いた汗をてぬぐいで拭いながら呟いた。

 固有マナ保有量とでもいうのだろうか。しばらく前はもっと早くマナ切れが起きていた気がするのだが、最近はけっこう使っても切れなくなってきている。レベルアップをしているのか、それとも保有する魔術数が関係しているのか。検証しようがなくわからないので、気にしないことにする。


「よし…次は、<座標固定、左腕、アイスシールド>!」


 魔法陣が割れると俺の左腕を守るように氷の盾が出現した。盾は左の腕から少し離れて浮いている。俺が腕を振ると、動きに合わせて空中を滑るように動く。

 俺を中心とした【座標固定】だ。

 空中に炎の球を浮かせたり氷柱を浮かせたりしてきたが、よく考えてみれば重力を無視している。氷の盾も浮いてるしな。そこから一歩踏み込んで、俺を中心に【座標固定】を試みたのだ。

 俺と氷の盾の距離は常に一定。俺が進めば盾も進むし、俺が引けば盾もついてくる。

 実は体の大部分を覆う氷の鎧みたいなのも考えたが、防御力も大きさも十分な氷は<いてつくかけら>+<「氷」初級>ではリソースが足りなくて造ることができなかった。なので、今は使いやすい大きさに設定している。

 自動迎撃や自動防御はできない。いちおう<いてつくかけら>の効果で自分の意思で動かすことも出来るが、自分が動きながら、さらに氷の盾を動かすとなると、脳みそが二つ必要になるぐらいの操作難度になる。そのあたりの自動化も<「氷」中級>をラーニングすれば使えるようになるのか?

 とりあえず全身鎧を氷で作るなら<「氷」中級>のラーニングは必要だな。


「よし……じゃあ、今日のメインディッシュといきますか」


 魔術にせよ魔法にせよ、成型訓練までなら室内でもできる。今日は冒険者稼業まで休んでまでこの人目のつかない場所に来た理由はひとつ。

 <「火」中級>

 とうとう手に入れた中級魔法である。身を焦がしてまで入手した中級魔法だが、操作を失敗して屋根が吹っ飛びましたじゃすまない。まずは広いところで訓練してからだ。


「普通は初級を究極まで突き詰めた結果のランクアップとか、そんな感じなんだろうな。使えるのに使いかたがわからないってのはあるいみお笑いだな」


 よし、と一息気合を入れると俺はマナを集中する。

 中級でもやることは変わらない、成型だ。


「<ブロック>ッ!」


 太陽が出現した。少なくとも俺はそう感じた。

 空気を焼く音と同時に、俺の眼前に直径十メートルほどの炎の球体が出現した。

 急に出現した炎球と押し寄せる熱波に驚いて、きゃんと一声鳴いてクーちゃんとアルドラが跳びすさる。


 球体の下のほうが地面と接触して蒸発させているのを見て、俺はあわてて魔術を解除する。嘘のように火の粉になって消滅した。


(……主?)

「いや、ごめん。加減わからなかった。でもなんとなくいまので掴んだかな?」


 アルドラの責めるような思念に言い訳をしながら、再び俺は<「火」中級>に取り組むことにする。



 魔術というのはわかるようでわからない技術だ。マナを使って、自分の望みどおりの現象を起こす技術だ。その理論や習得条件などわからないことが数多くあるが、実際に使ってみる中でいろいろと俺なりに分かったことがある。

 魔術というのは、それぞれの魔術リソースを如何に使うかという技術だ。顕現力とでも言うべきか、どれだけ魔術を保っていられるかの力、大きさや形状、射出速度や動き、威力などの効果。そういったものをいかに決められたリソース内でどう設定するか、というのが魔術なのだ。

 初級だとリソースは少なく、単純な設定しかできない。中級だとそのリソース量が大きく増加するというわけだ。

 詠唱はマクロのようなものだろうか。コンピュータ用語で言われるようなマクロである。大きな操作をまとめて自動化したりする機能を指してよく使われる。同じように、魔術の構成などの術式も自動化できるわけだ。術式の自動化に習熟している魔術師は、魔術名だけで起動が可能らしいし。

 これが正しい魔術の理解なのかはわからないが、俺は現在そう捉えていた。


「<圧縮……立方体……俺の周りを旋回後……上昇……回転……落下……消滅、――ブロック>!」


 中級サイズの魔法陣が俺の眼前で割れる。一辺一メートルほどの立方体の火炎ブロックが出現する。俺が組み立てた魔術イメージ――術式――の通り、俺の周りを旋回後、上昇、回転、落下、火の粉になって消滅のプロセスを辿る。


「よし!」


 俺は手ごたえを感じると、中級魔術の訓練を開始した。




「くっそおお! 術式の完成までに時間が掛かりすぎるわ!」


 俺は大きな声で叫ぶと地面の上に大の字に寝転んだ。訓練開始からすでに五つ目の光球が消えていた。

 直進とか単純な命令ほどリソースを使わないで済む。色々やろうとすると術式の完成までに時間がとてつもなく掛かる。使いこなすのはまだまだ練習が必要なようだ。



 ちなみに<「火」中級>を用いた【座標固定】による全身鎧計画は、いちおうの成功を収めた。


「<【座標固定】、メイル……ヘルム……ガントレット……グリーブ……よし、全身鎧・火炎フルプレート・ブレイズ>ッ!!」


 魔法陣が俺の眼前で割れ、――――俺の全身が火だるまになった。


「うおおおぉぉぉおおおおおォォオオオオ!? なんッッも見えんッッ!?」


 炎の全身鎧を造ると、全身が火だるまになった人間松明になるのだ。

 さらには全身を覆うようにすると【座標固定】が干渉しあうのか一歩も動けない炎の棺桶状態になって発狂しかかるというおまけつき。しかも細かい造形は火では難しく、目を出す部分が造れなくて前が見えない。

 結論として、『使えない』ということになった。


 俺はマナの使いすぎで疲れた身体を起こす。汗で濡れたシャツが気持ち悪い。

 アルドラは途中で自分で狩りに行き、戻ってきて昼寝をしている。クーちゃんは起きていたが、俺の気持ちがわかってくれているのか、何だか疲れた様子をしていた。

 

 そろそろ時間だ。俺はアルドラに騎乗すると、ベルランテへと戻ることにする。

 アルドラの背中に揺られながら、魔術訓練のことについて考えていた。

 魔術を起動するまでについての訓練はこのまま積んでいけるが、本当に必要としている訓練ができていないのだ。つまり、魔術に対する訓練だ。防御、減衰、回避。そういった魔術訓練が俺には必要なのだ。

 ラーニングの能力はものすごく特別だ。だが、同時に大きな弱点も抱えている。強力な魔術を身に受けるっていうのはものすごく危険なのだ。場合によっては受けた瞬間に蒸発してもおかしくない。防御したり、弱体化させたりする必要があるのだ。

 自分に向かって魔術を放つことはできるかもしれないが、今の俺にはできそうにない。そのあたりの解決が必要だ。

 バルグムと稽古試合でもするか? 中級魔術を引き出せればかなりお得だ。やる時はボコボコにやられる気がするから、あまりやりたくはないなあ。あとは、フェイあたりに訓練をお願いするあたりが可能性があるな。お金を積めばそういった訓練や講義もあると思う。うう、やっぱりお金かあ。


 ベルランテ東の門が見えたあたりで、昼二つの鐘がなった。

 騎士団のバルグムから、お金をもらいにいくとしよう。

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