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第50.5話「現場検証」

「あーあーあー。もう派手にやっちゃってくれちゃってまあ……」


 ヴェルスナーが腰に手を当てたまま呟いた。

 あの冒険者が去り、夜も更けたがこれで終わりではなかった。


 スラムはごろつき達が集まる界隈である。はじめは粗末な家屋のため貧乏な連中が吹き溜まっていただけだったのが、どんどんガラの悪い連中が増え、しまいには盗賊崩れやごろつきたちが住むスラムになっていった。

 街の治安を守る騎士団がうろついていてはちょっと困る輩もここには住んでいた。盗みや外で強盗を働くような奴らにも、ねぐらは必要というわけだ。

 好き勝手やりたい連中が集まって来ているのだが、その中でも力関係が出来上がるのは当然のことだった。スラムでは腕力に限らず、力が強い奴がのし上がる。

 スラムには大きな三つの勢力があった。

 ここら一帯の娼館を経営するヴァイオレット一味。情報力と財力、そして狡賢さゆえに女狐と呼ばれている。実は裏で殺し屋も飼っているらしいとの噂がある。

 収集家メデロン。珍しい物を集めるのが趣味の貴族だが。人には言えないような品も集めているという。そういった物の倉庫がスラムにあり、手勢が守っている。時には権力を振りかざすことができるため、かなり嫌な奴だ。

 最後に大老ファオラン。ヴェルスナーが仕える主人だ。腕力に自慢がある奴らを取りまとめていると言ってもいい。ヴェルスナーはその切り込み隊長として年老いた大老の代わりにスラムで動くことが多いのだ。

 スラムの勢力図は刻一刻と変わる。時にはあの蛙剣士のような、天災の如き厄ネタも舞い込んでくる。

 その中で、勢力のカチコミか、それとも関わっちゃいけない類のものか、勢力増大のチャンスか見極めないといけないのだ。

 

「ま、たぶん他の勢力の奴らも来とるんだろうがな」


 ヴェルスナーは瓦礫漁りをしていた連中を蹴散らすと、人員を伴って小屋の爆発跡へと進入していく。

 もう小屋と呼べるような部分はほとんど存在していない。床部分と壁の根元あたりは多少残っているものの、屋根部分などはどこへいったのやら。

 この爆発跡を見れば、よくあの細っこい冒険者が生き残ったものだと逆に感心する。

 取り巻き連中は不遜な態度にイラついていたようだったが、ヴェルスナーとしては媚びない姿勢を好ましく感じていた。自分を持たない奴は駄目だと考えているからだった。いざというときに指示待ち状態になってしまうことも多く、やっかいだが芯のあるような奴のほうが好きだった。

 その点あの冒険者は合格だ。マコトの顔を思い出しながら、ヴェルスナーはにやにやと笑う。


 現在、爆発跡を調べているのはヴェルスナー直属の配下だった。

 年齢も性別もわからない顔の前に布きれのようなものを垂らした呪術師。魔術について詳しく、抗争の際の攻撃魔術から、拷問に使う状態異常魔術、さらにはこういった魔術的要素の検分もできるオールラウンダーなのでとても重宝している。

 魔術に関することならコイツに任せておけば問題ない。今は何を調べているのか、独特の歩法で滑るように瓦礫の中を歩いている。

 また、死体の検分や使えるアイテムの捜索に、その方面に明るい人材を多数つれてきている。

 呪術師が滑るように歩いてヴェルスナーに近寄ってきた。


「ヴェルスナー様」

「おう」

「マナの状態から考えると、おそらく<輝点爆轟(フレアバースト)>でしょう」

「攻城魔術じゃねえか……」


 <輝点爆轟(フレアバースト)>は火炎が極限まで圧縮された後に爆発を起こす魔術だ。一度圧縮する工程を経ているだけに、その爆発力は半端無い。爆発として一度拡がったあと、上方に向けて火柱が抜けていくため、城など建築物はかなりのダメージを負うことになる魔術だった。


「やっぱあそこでオレ様直々に殺しておくべきだったか……?」


 ヴェルスナーはマコトが見せた魔法陣を思い出していた。あれだけの中級魔術を遅延(ディレイ)できる魔術師など、かなりの腕前だ。ココットの言葉があったためあの場は見逃したが、その後は監視をつけている。

 もし敵対勢力の刺客であったら、あの場面で有無を言わせず殺してしまったほうが簡単だったのだが、もし本当に巻き込まれただけならばもったいない。そうであれば、できれば騎士団なんぞつまらないところに引きぬかれる前に、手駒として加えたいと思ったのだ。


「ただ、ものすごく歪なマナを感じます。穢れたマナを……」


 小さな声でぼつりと呟いた呪術師が、ローブにつつまれた小さな身体を震わせた。

 ヴェルスナーにはマナが穢れてるだの何だのはわからない。向かってくる魔術は叩きつぶすだけだ。

 事実、鍛え上げた身体が<獣化>すれば、たいていの魔術は迎撃できる自信があった。


 ヴェルスナーはそこで呪術師がしゃがみこんで何かを調べているのに気付いた。


「どうした?」

「いえ……。生き残ったとかいう魔術師、少し興味があります」

「何か見えたか?」

「……」


 ヴェルスナーはどうやって呪術師がマナを調べているのか知らない。だが、特別な目を持っているらしいということは聞いていた。なにせ前も見えないような垂れ付き頭巾をかぶっているのに、つまづいたりこけたりしたところを見たことがない。

 その呪術師が興味があるというのだ、一度引き合わせてみるのもいいかとヴェルスナーは考えた。


 そこに盗賊くずれの男がヴェルスナーに寄ってきた。検分の結果を報告してくる。


「ヴェルスナー様」

「おう。なんか分かったか?」

「死体を確認しました。だいぶひどく、もはや人型の炭のようになっていました」

「まあ、これだけの火力だからな。火葬の手間が省けていいんじゃねえか?」

「死体は四人分。いずれも体格から男でしょう。青鮫(ブルーシャーク)の一員の持っていたと思わしきバトルアックスが燃え残っていました。あの冒険者、ウソは言っていないかと」

「ふぅむ」


 ヴェルスナーの尻尾が揺れる。考えごとをしているとつい動かしてしまう癖がヴェルスナーにはあった。


「ま、いいだろ。しばらくあの冒険者の監視は続けろ。何かあったらすぐ知らせろよ」

「はっ」


 ヴェルスナーは盗賊くずれの男が一礼して去るのを見送った。

 ここでの仕事は終わった。事後処理は任せて、ヴェルスナーと呪術師が先に現場を出る。

 ヴェルスナーの考え事も飲み込んで、スラムの夜が更けていく。

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