第49話「殺意」
ミトナの居場所を見つけるのは容易いことだった。あとで話をしようと、ミトナに<印>をつけていたのが幸いした。あとはアルドラの速度に任せて最速でたどり着くだけだった。
魔術で扉を吹き飛ばした戸口で、俺は中の様子を窺った。慌てて突入したため黒金樫の棒はまだアルドラのラックにある。俺の足元にクーちゃんが寄り添う。その目も怒りに燃えているように俺には感じられた。
薄暗い室内。<光源>による光球がその光景を照らしていた。
ミトナが抵抗したのだろう、壁や床は割れ、重そうなテーブルが横倒しになっている。まるで室内で嵐があったかのようだ。
そんな中、ミトナがズタボロの状態になって床に転がっているのが見えた。腕や足の切り傷からは血が流れており、ぐったりとした様子だった。服は破れて散乱しており、いきり立った股間のアジッドが迫っているところだった。
どれだけ痛めつけられたのだろうか、ミトナは朦朧としているようだった。
俺は自分の失策を悟った。
――こいつらは殺しておくべきだった。
殺意というのは、もっと熱いものだと思っていた。実際抱いてみると、とても冷たい。頭の芯まで冷たい。だが、一線が切れた感覚はある。こいつらは殺す。
まるで一個の生き物のように、室内の男達が俺の方を向いた。
剣使いの二人が腰の剣を抜く。
遅い。すでに魔術は起動している。練習の成果か、魔法陣が割れると同時に出現したのは氷柱ではなく氷の剣。二本生成すると最速で射出。動き出す間も与えずに脳天に突き刺す。糸が切れた人形のように、剣使いの男二人が倒れた。調子がいい。思い通りに魔術が使える。いつも以上に正確に素早く魔術を起動できる。これがフェイの言っていた<集中>状態だろう。
俺は立ち位置を見る。こいつらが俺に向かってくる分はいい。まずはミトナから引き剥がしたい。俺とミトナの間に居るこいつらは邪魔だ。
バトルアックス使いの男が両手を前にして俺に迫ってくる。同じように氷の剣を射出。一本目が腕に刺さり、二本目が鎧に阻まれる。
「<電撃>」
魔法陣が割れ、雷撃がバトルアックス使いにうねりながら命中した。刺さっていた氷の剣と鎧に命中。外と中から男を焼いていく。口の中から煙を出して倒れていくのを見送った。
アジッドが中腰の姿勢から、ゆっくりと立ち上がると、俺の方を向きなおった。口からは涎がたれ、充血した目はまともに見えない。何かクスリでもやってるのか?
アジッドは俺を見ると、うれしそうに顔をゆがめ、にたにたと笑いながら大声を上げた。
「おおオオおおい。おいおい。オレの仲間が死ンじゃったじゃねえか」
「お前も死ね。アジッド」
「正義の味方かァ?」
「違ェよ。赤の他人を助けに入るほどお人よしでもバトルジャンキーでもねえよ。でもな、ミトナに手ぇ出したから死ね」
<いてつくかけら>+<麻痺>。呪いを纏った氷の短剣がアジッドへ突き進む。空気を裂いて飛来する氷の短剣は、剣を振るうアジッドに迎撃された。
何だあの剣。この前はもっと反りのある山賊みたいな剣だと思ったけどな。あれはなんか、鉈みたいだな。
「なら、<電撃>!」
「――フンっ!」
アジッドの野郎……素手で叩きつぶしやがった。
雷撃は確かに尾を引きながらアジッドに向かった。それを避けるでも鉈剣で受けるでもなく、素手で殴り潰したのだ。
俺みたいに魔術耐性を付与してるのか? それとも何か別の魔術か?
「<探知>!」
俺は探知の魔術を発動させた。何か魔術的要素であればこれで見えてくるはずだ。広がった不可視のフィールドが、魔術的要素を浮き彫りにしていく。
俺の目には、鉈剣とアジッドの頭をつなぐ真っ赤なマナのラインが見えていた。さながら、俺とアルドラのマナの繋がりのような……。それにしても、アジッドってあんな剣だったか? もっと反りがあったような気がしたんだが。
「アジッド、おまえ、そんな剣持ってたか?」
「……オレ様の剣を狙ってるのか? 狙ってるンだな!? 渡スものか!!」
アジッドが鉈剣を水平に振るう。力任せの一撃が横倒しになっていたテーブルを破砕した。
おいおい、人間のパワーじゃないだろ、それ。
俺の手元でさらに魔法陣が割れる。俺は再び氷の短剣を二本生み出すと、アジッドに向けて時間差で射出。一本目は鉈剣でなぎ払われるが、二本目が腹部に命中。しかし、刺さりもせずに少しアジッドを押しただけで終わる。
アジッドがよろめいた瞬間、倒れていたミトナがカッと目を開いた。獣のような目をしたミトナがアジッドの膝裏に拳を振るう。アジッドの体がさらによろめいた。
「オオォァァアアアアッ!!」
<たけるけもの>+<「衝撃」初級>。衝撃力を強化された一撃だ。さらに魔術を合成することで放つ範囲を細く狭く成型して起動する。もはや咆哮のブレスと化してアジッドに直撃した。その身を壁まで吹き飛ばす。そのまま何かガラクタの山のようなものに激突した。
爆破や火炎で確実に殺したいが、室内では自分とミトナまで巻き込まれる。ここは氷の短剣を魔術で生み出すと連続で追撃。始めの数本は肉を叩くだけなので、さらにマナを込めて強化していく。
生み出す時からより強く、より速く!
魔法陣が連続で割り砕ける。四本目でアジッドの体に刺さった。さらに七本の氷の短剣がアジッドの体に突き立つ。トドメに<しびとのて>を乗せた<衝撃球>を叩きつけておく。
人間じゃありえない硬さになっているアジッドだが、これだけやりゃあ死んだだろ。
とりあえずミトナを救助しよう。
「ミトナ!」
俺は呼びかけながら倒れているミトナに駆け寄ると、その身を抱え起こす。すでに肌の傷がうっすらと治りつつある。これが獣人の回復力ってやつか?
とりあえず俺のフードマントをかぶせると、その身を隠す。ぼろぼろのままじゃ恥ずかしいだろうしな。
「マコト君……? 気をつけて……あいつ、普通じゃない……」
ミトナが痛みに顔をしかめながら俺に言う。まだ立ち上がって歩くほどの回復はしてないようだ。
確かにアジッドは普通じゃなかったが、あそこまで魔術を打ち込んでおいて無事だとは思わない。
ガラン、とガラクタが落ちる音がした。振り返るとアジッドが立ち上がってる。いまだ腕や脚、胴体には氷の短剣が突き刺さったままだ。流れ出る血は確実に致命傷。その瞳はもはや光なく、白濁としている。まるでゾンビのような状態で、それでも鉈剣を握り締めて立っていた。
「まだ死なねえのか……」
驚きよりも怒りが勝った。いらつきが身を焦がす。俺の魔術は初級が多い。そのため一撃で決めるには威力が足りない。連続で起動して手数でカバーしてるが、こういうときもどかしい。
俺は氷の短剣を生み出すと連続で射出した。馬鹿のひとつ覚えみたいだが、威力と速度がある武装を使うほうがいい。ガーラフィンとの戦いの時もそうだったが、連続で起動するのはどうやら俺にとって苦じゃない。
魔法陣が割れると魔術が起動したことになり、次の魔術が使用可能になる。俺は同じ魔術を連続で使うことだけを考え、起動させ続ける。
氷の短剣の一本目が首に命中した。三十センチメートルほどある刀身の半ばまでがめり込む。同じところを狙っていく。アジッドが鉈剣を持つ腕を振り上げた。その手首にも氷の短剣が突き刺さった。ぶちりとちぎれて鉈剣が飛んでいく。
アジッドの首が飛んだ。残りの体が打ち込まれる魔術の勢いに押されて倒れた。
そこで俺はようやく魔術の起動をやめた。マナ切れが近い感覚がする。だが、頭がなければもう立ち上がってはこないだろう。
「よし、これで……」
俺は改めてミトナを抱え起こす。クーちゃんは大丈夫かと見渡すと、戸口のところで俺をじっと見つめていた。なんだか雰囲気が違うが、俺と同じく怒り状態なのだろう。とにかく無事なようだ。
気になるのはあの変な鉈剣だ。アジッドの手首と一緒に飛んでいったが……。
俺が視線で探すと、部屋の隅に転がっている鉈剣を見つけた。
鉈剣に伸ばされる手があった。
今の今まで存在を忘れていた。女魔術師だ。今までどこにいたんだ? まさか仲間が殺される間部屋の隅にずっとうずくまっていたのか?
女魔術師が胸元に鉈剣を抱え込む。<探知>をかけた俺の目に、鉈剣から赤いマナの繋がりが伸びるのが見えた。女魔術師に繋がる。
「<輝点爆轟>」
ぼそり、と女魔術師が呟いた。女魔術師の眼前に中級魔術レベルの大きさの魔法陣が拡がる。
この距離で中級かよ!? 自分ごと死ぬつもりか――――!?
魔法陣が割れる起動までに、全力で離れれば助かるだろう。<身体能力上昇>と<まぼろしのたて>はすでに掛けてある。だが、それはミトナは見捨てるということだ。
「できるわけないだろうがッ!!」
叫んだ瞬間、<輝点爆轟>の魔法陣が割れた。極度の<集中>のためか、見ている風景がスローモーションになる。
小さな太陽のような火炎球が軽く放物線を描いて迫る。俺達と女魔術師の中間点で、火炎球が収縮した。ミリ単位の光点にまで圧縮される。
女魔術師が、この世のものではないような笑みを浮かべているのが見えた。
くそったれ。
<まぼろしのたて>をミトナにも掛けるか? ――無理だ、固有マナを調整する方法を知らない。
凌ぎきるしかない。
身体の中のマナを掻き集めて、練り上げる。壁を作るしかない。
「<防げ! 氷盾ッ!!>」
<いてつくかけら>+<「氷」初級>で強化された氷の盾が出現する。俺とミトナを覆うように、若干斜めに盾を配置する。
氷の盾の向こう側に光が膨れ上がった。圧縮された爆発が全方位に拡がっていく。
衝撃。
「オオオオオォオオっ!!」
叫び声が轟音にかき消される。熱気が身体を叩く。ミトナの身体を強く抱きこむ。クーちゃんが俺とミトナの間にもぐりこみ、氷の盾をすかして爆発を凝視する。ミトナの手が俺を掴むのを感じる。
マナをさらに注ぎ込み、盾の強度を上げる。だが、氷の盾がピシピシとひび割れているのが分かる。もうもたない。
氷の盾が砕けた。咄嗟に覆いかぶさる。背中がじりじりと焦げる。そう感じる間もなく全身を強打する爆圧が俺とミトナとクーちゃんを吹き飛ばした。
<体得! 魔術「火」中級 をラーニングしました>
「……ッ! ハァ……! ヒヒ……! ……どうよ……ッ!」
生き残った!
顔のすぐ横に地面がある。倒れているのか。ミトナは少し離れたところで倒れている。腕が動いたのが見えた。まだ生きてる。
くそ! 背中一面が痛い。涙で視界が滲む。火傷している気がするが、回復魔術がある俺にとっては、生き残れば十分だ。
クーちゃんが俺の顔をざりざりなめている。
悪い。もうちょっとだけ、ゆっくりさせてくれ。