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第48話「窮地」

 ミトナは焦っていた。

 あたりはすでに夕方から夜へと変わりつつある。空の彼方にかすかに夕日が顔をのぞかせるだけになっていた。そろそろ街中では魔術による街灯が点灯するころだ。


 問題は今の状況だ。どこかで打開するチャンスが欲しい。

 アジッドに引きずられるようにして歩くミトナは、自分がスラムの奥に来ていることを理解していた。家の造りも粗末なものだ。小屋なのか物置なのかもわからないような、かろうじて扉と屋根があるだけの家の見受けられる。

 道端には死んだような肌の色でうずくまる人たちやあきらかに危険な匂いを漂わせた人たちがそこかしこに見受けられた。


 アジッドの手はがっちりとミトナの手首を掴んでいた。始めは抵抗していたが、ありえない力で引きずられるだけに終わった。抵抗し続けて巡回の目に止まるかと思ったが、運悪く誰も通りかかることはなかった。

 スラムに入ってからは無駄な体力を使うことはやめた。逃げ出すチャンスが来るまでは体力の温存をすることにしたのだ。

 バトルハンマーとお気に入りのベレー帽はあの路地に落としてきてしまった。ミトナは耳を出したまま街中を歩くことに居心地の悪さを感じていた。いつごろからだろうか、嫌な視線にからまれないために耳を隠すことを覚えたのは。最近知り合った冒険者は、なんだかそんなことは気にしないような人だった。


(自分と一緒にパーティを組んでくれるようなお人よしだしね。……っと、いけない)


 とりとめのない思考に入りそうになるのをミトナは自制した。今は自分のことだ。


 気になるのはアジッド達青鮫(ブルーシャーク)の人たちの様子だ。なんだか、しっかりとした思考ができていないように感じる。さっきから目的地があるような歩き方をしていないのだ。それなのに誰もそのことを指摘しようとしない。ふらふらと幽鬼じみた表情でミトナを囲んで歩いているだけだ。


「……どこへ向かっているの?」

「……あァ? ドコ……って、ドコだっけ? ……そうだ。アジトだ」

「気分が悪そうに見えるよ。今日はやめておいたら?」


 アジッドは熱っぽい息を吐くと、自分の顔を手で覆う。


「頭ん中がちょっとうるさいだけだ。俺は、大丈夫だ。大丈夫」


 人形めいた動きで、アジッドの首がぐりん、と回る。血走った目がミトナを見た。

 アジッドは流れる涎をぬぐおうともせず、その口元を歪めた。笑っているつもりなのだろうが、笑っているようにはミトナには見えなかった。


「いまなら何でもデキルさ。思ったことは、ゼンブな」


 そう言いながらアジッドは戸惑っていた。なんだか自分の中に誰かが居るような気がしてならない。普段ならここまで度が過ぎている行為には及ばないのだが、今日はやってしまえと頭の中で囁く声がするのだ。

 鉈剣をもらってからというもの、ものすごく自分が強くなったような気がしている。実際さっきはハンマーをを素手で受け止めても傷ひとつ負わなかった。パーティメンバーもいつも以上に素直になっているように感じている。まるで自分の手足のように動いてくれる。

 しかし、微妙な意識の混濁がアジッドにはあった。そのせいか、さっきまでスラムをうろうろとしていただけだったことに気づく。


(そうだ、アジトに行って、この娘で楽しませてもらうんだったな。次はあのガキだ。あのガキには見所がねえからブチ殺すくらいですましてやろう)


 ミトナの一言は、アジッドに目的地を思い出させていた。

 しばらく無言で引きずられ、スラムの中ほどにある小家に到着した。ここが青鮫(ブルーシャーク)のアジトだった。

 元は老人が住んでいた小屋だったが、アジッド達の説得により自主的に退去してもらってからは青鮫(ブルーシャーク)の拠点となっていた。睡眠をとったり、作戦会議をしたりする他、装備品の予備を置いておく倉庫のような役割を持っている。間取りも何もない、大きな一部屋のみの小屋だった。


 アジッドが鍵を開け、ミトナを引きずりこむ。最後の一人が入った後、扉が重々しく閉められた。

 女魔術師が<光源>で呼び出した光球を浮かべると、室内が明るくなった。何故か女魔術師はぼんやりとした表情のまま、部屋の隅に行ってうずくまった。両耳をふさぎ、何事か呪詛めいた言葉をつぶやき続き始めた。


 部屋の真ん中には大きめのテーブル、奥には寝台が数台設置されている。

 アジッドはミトナを片腕一本で持ち上げると、テーブルの上に放り投げた。


 ミトナの目が見開かれる。両腕が自由になった。待っていたチャンスが訪れたのだ。

 自分の身体内側、奥深くを意識。かかっている錠前を外す感覚。ミトナはリミッターを外した。

 ミトナの瞳が獣のごとき獣眼に変化する。全身にマナがいきわたり、普段の数倍の力を引き出す。

 <獣化>。獣人に生まれつき備わるマナを身体に取り込んで強化するスキルだ。ほとんど人と変わらない身体をしているミトナだが、半分獣人だからこそ<獣化>が使える。使用後のリバウンドもあるため多用は控えているが、今は迷わず使う。


「――――ッ!」


 ミトナはテーブルの上で後転をすると足から床に着地した。テーブルを即座にひっくり返すと、全力でアジッドに突撃。ぶつかった手ごたえを感じた瞬間にテーブルに蹴りを叩き込んでアジッドに押し付けた。

 剣使いの男やバトルアックス使いの男が捕まえようと手を伸ばすが、<獣化>状態のミトナには届かない。電光石火の動き。ミトナの髪が流れる。逆にミトナの一撃を受けて壁まで吹っ飛んでいく。


「ぐぇッ!」

「ぎ――ッ!?」

 ミトナは部屋を見渡した。全員を倒す必要はない。逃げ切れればよい。


(出口を……!)


 だが窓は棚が邪魔になっていて逃げられない。明かりを採るための窓は高い位置にしかない。扉しか逃げるルートはなかった。

 すぐさま扉を目指す。たいしてつくりのいい扉ではない。<獣化>したミトナの一撃をうければ板ごと吹っ飛んでいくだろう。


「逃げヨウってのかァ!」


 扉にぶつかっていこうとしたミトナは急制動をかけると、身を横に振った。アジッドが投げた剣がミトナのすぐそばを回転しながら飛んでいく。反りの強い剣はそのまま扉に突き刺さった。


「オォラァ!!」

 

 アジッドがテーブルを掴むと振り回していた。足が止まったミトナに、アジッドが投げたテーブルが命中した。ミトナの身体がもんどりうって床に倒れる。倒れたミトナの足首を、アジッドが掴んだ。ミトナの身体を持ち上げると、床に叩きつける。


「――――ぐッ!?」


 ミトナは受身も出来ず、二度、三度と床に叩きつけられる。四度目にして叩きつけられたほうの床板が割れた。放り出されたミトナは床の上でもがくが、力が入らない。

 アジッドは腰から鉈剣を抜くとミトナのふとももを斬りつけた。ミトナの口から苦悶の声が漏れる。苦しんでいるのを楽しむかのように、二度、三度と斬りつけていく。


「ゲヒっ! ギャハハハ!」


 アジッドが止まったのは、ミトナが動かなくなってぐったりしてからだった。興奮したアジッドはその勢いのままミトナの服を破る。刃でズタボロになっていた服は簡単に破け、傷だらけの肌がさらされた。

 アジッドの股間はいきり立っていた。連動するように、叩きつけられていた男たちもじりじりと寄ってくる。


 その瞬間、轟音を立てて扉が吹っ飛んだ。

 戸口には一人の冒険者が立っていた。マコトが立っていた。

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