第45話「修練」
木々が鬱蒼と生い茂り、木漏れ日が枝葉の間から地面へ降る。朝の若干冷たい空気がいまだ残る空間は、とても気持ちがよい。
木々がまばらでそれなりに広さがあるところを見つけたので、荷物を降ろして身軽になる。
休憩を命じたので、アルドラは木の根元で伏せ姿勢をとっている。前脚に頭を乗せ、目を閉じているが、時折その耳がぴくぴく動くところからも見て、起きてはいるのだろう。
「さて、やるか……」
俺は一人呟くと、簡単に準備運動をした。
思ったより早くスライム核を集め終えたので、俺は魔術の修練をすることにしたのだ。
夕方からはフェイのところで基礎訓練だが、人前では出来ない魔術訓練をするためだ。
魔術・魔法については、いくつか試してみたいことがある。今日はそれを試してみることにしよう。
俺はマナを集中させると起動する。おなじみの<いてつくかけら>+<「氷」初級>だ。
魔法陣が割れ、氷の板が出現する。長さは百五十センチメートルほどの薄い氷の板だ。マナを注ぎこみながら成型していく。手元が柄になるように細く、半ばから先は刀身になるように薄く。そこそこの時間をかけて、魔術による氷の剣が完成する。
手にしてみるが、自分では冷たくは感じない。グローブを通しているからそうなのか、魔術の性質上起動者には攻撃的な効果は現れないのか。
「うーん……。本当は出現段階から剣にしたいんだけどな……」
何回か剣を振ってみるが、あまり重くは感じない。試しに木に打ち込んでみると、幹に刀身がめり込んだ。重い手ごたえが返ってきた瞬間に、ぼりん、と氷の剣が折れた。
折れた氷の剣は冷たい風となってほのかに光りながら散っていく。
まあ、とりあえず第一段階はクリアしたと俺は満足する。
俺が考えているのは、魔術の武器化だ。
俺の普段使っている武器は棒/棍。いちおうアルドラの鞍には武器用ラックがあるので、普段はそこに設置されている。だが、前回青鮫のやつらと戦った時に、黒金樫の棒を持っていなかったことが悔やまれた。また、アルドラに乗っているときなど、両手が自由になってほしい時もある。
だから魔術で武器を成型して使えないか、というわけだ。
氷の魔術は固体なので、どうやら使えそうなのはわかった。ただ、刃などきちんとした形に成型しようとなると、時間がかかる。
俺は再び氷を生み出す。今度はいつも使っている黒金樫の棒くらいの長さの氷の棒。形が単純なこともあり、一発で出現する。思いっきり木に向かって打ち込むと、やはりぼりんと折れて砕けた。やはり強度が問題なので、生成してからマナを流し込むが巨大化させずに中に溜め込んでみた。こうやって圧縮をしてみると、頑丈になり、叩きつけても折れなくなったので満足する。
「さて……」
ここまで来ると一通り試したくなる。
<「火」初級>。棒状にはなる。木に打ち付けると、噛み合うことなく素通りした。いちおう触れたところが焦げている感じだが、接触時間が少ないためか威力は低く感じるな。たぶん、十二分に威力を出すには当て続ける必要がある。
思いついて俺は炎を腰だめに構える。これは……!
「……消毒だあ!」
だめだな。使いどころが限られる。世紀末でモヒカンになったら使おう。
<「雷」初級>。これも同じく棒状になる。……某宇宙戦争の戦士の剣みたいになってるな。振ると微妙に音が鳴るのがなんともいえない。
木に打ち付けると雷を撒きながら飛び散った。脆い。たぶん雷撃ダメージは行くと思うが、武器として使えるかどうか……。
<「衝撃」初級>も同じく打ち付けると衝撃を撒き散らして飛び散った。自分自身が吹っ飛ばされて恥ずかしい思いをしたが、誰も見ていなかったのは幸いだった。
<麻痺>や<治癒の秘蹟>も試してみたが、どうやら形状を変えることができないようだ。特殊な魔術は形状変化ができないのか?
どうやら質量を確保しつつ起動後にも成型するためには同じ属性の『魔術』と『魔法』の両方が必要だな。今のところそれを満たしているのは氷しかないが、どこかで魔法を使う魔物の情報も得たいところだ。
太陽が高くなってきたので切り上げることにした。森の中は時間経過を知る術がないため、太陽の傾きでだいたいを考えることにしている。懐中時計でも購入するべきだろうか。そもそもどうやって時間を計ってるんだろうか。今度知ってそうな人に聞いてみよう。
俺はアルドラに呼びかけるとその鞍に飛び乗った。
(戻る?)
「ああ、帰りはちょっと速度上げてみるか?」
(承知)
ものすごい速度が出た。まさに疾風の如くとはこのことを言うんだろうな。もう少しで振り落とされるところであった。行きより速く戻ってこれたが、並の身体能力じゃ乗りこなせないだろう。<身体能力上昇>を使ってようやくなんとか掴まっていられたという感じだ。
アルドラには程ほどの速度で走るよう頼んでおく。
冒険者ギルドまで戻ってくるとスライムの核を納品。懐が暖かくなる。まあ、そのうちもっと手に入る予定だがな。思わずにやにやと口元が緩んでしまう。
最近よく冒険者ギルドで会うのでミトナが居るかと思ったが、どうやらいないようだった。狩りの代金の件もあるし、大熊屋に寄ることにする。
アルドラを率いて、歩きで大熊屋に向かう。ドアの幅を考えても、アルドラは店内に入れる大きさじゃない。外で待っていてもらう。
「お、なんだか久しぶりな気がするのう、生きておったんじゃな、ボウズ」
「勝手に殺さないでくれよ」
カウンターの向こうから、いつもの巨大な熊が笑いながら親しげに声をかけてくる。いつ見ても怖いな、あの牙。ウルススさんはカウンターの向こうから獣毛に包まれた大きな手を振ってきた。俺がカウンターまで行くと、ウルススさんは唐突にその頭を下げた。
「妻とミトナを助けてくれたようじゃの。本当に感謝する」
「え? あ、市庁舎の時のこと?」
「そうじゃ。狼の獣人はたいそう強くてな。ボウズがおらんかったらたぶん殺されていたじゃろう……」
ウルススさんはその『もしも』を想像したのか、沈んだ口調になる。
「まあ、こんな世の中じゃからの、自分の命は自分でなんとかするしかないんじゃ。できるだけ生き抜くために、ミトナにはワシの持ってるできるかぎりを教えておるつもりじゃ」
「戦い方とか冒険者の知恵ってやつはウルススさんが教えたのか?」
「そうじゃな。まあ、そのうちミトナも一人立ちするじゃろうが、それまではいろいろと教えていくつもりじゃ。できればボウズもよくしてやってくれ」
「よしてくれ。俺のほうが世話になってんだからよ」
ガタタ、と生活エリアに続く通路から音がする。見るとミトナが顔を真っ赤にしながら立っていた。
「……何を話してるの」
「おお、ミトナ! お前もちゃんとボウズに礼を言ったんだろうな? 最近は一緒に組んで依頼もこなしているんじゃろ? じゃったら――」
「う、ううううるさぁぁい! で、出かけるから!」
顔を真っ赤にしたままバタバタとミトナは俺の横も通り過ぎて外へ出てしまう。
って、このまま行かれたら騎士団に代金をもらいに行く話ができないままだ!
俺はウルススさんに片手をあげて挨拶すると、あわててミトナを追いかける。外に出た時にはすでにミトナの背中が離れていくところだった。
アルドラに乗って追いかけることも考えるが、街中で走らせると露店などに被害を与えてしまう。
「おい! ミトナ! ちょっと待て!」
「……!」
俺の声は聞こえてるはずだろ! なんでスピード上げるんだよ!?
今から走っても追いつけるかどうか、俺は魔力を集中させると一瞬で魔術を起動。
「<印>!」
ものすごい速度で射出されたマーカーが走り去るミトナの背中に命中する。よし! これで後から追うことができる。
ミトナはマーカーがくっついたことに気付いた様子もなく路地を曲がって去っていった。
一体なんだったんだ? まあ、親に自分のことを話されるっていうのは恥ずかしいのはわかるが…。
……もうちょい時間経ってから行くか。
俺は気を取り直すと魔術師ギルドに向かうことにした。
アルドラに乗れば到着は一瞬に感じる。騎獣って本当にすごいわ。
そんな俺の思念が伝わったのか、温かい感じがアルドラから伝わってくる。喜んでるのか、これは。
アルドラを建物内に入れることはできないので、先に訓練場に向かうように指示して俺だけ入ることにする。
あいかわらず中はすごい不思議な空間となっていた。
今日は全身を真っ黒な包帯で包んだような男か女かもわからないような人物と、黒いワンピースと鍔つき帽子をかぶった女性魔術師が何かチェスのような駒を使うボードゲームをしていた。なんか縦横十マスだし、駒の形も見たことないが、シーム銀貨が詰まれているところを見ると賭けているのだろう。
「お、来たッスね。今日は早いッスね」
「ようショーン。色々あってな。フェイはいないのか?」
「今は所用で部屋に引きこもってるッス。出てくるのは夕方くらいじゃないッスかね。いつもいそいそと準備しててもう何って言うか……。ってそんなこと言ってるってバレたら後で袋叩きッスね」
ショーンがにゃははと笑って誤魔化す。
「そ、それでフェイに用ッスか?」
「いや、ちょっとフェイに聞きたいことがあってさ」
「魔術のことッスか?」
「いや、時間のことなんだけどさ。ベルランテの鐘ってあるよな。あれ、どうやって時間を計ってるのか知りたくなってさ。フェイなら知ってるかもしれないと思って」
ショーンはやれやれ、というような感じで肩をすくめると大きくため息をついた。へっ、という嘲笑が聞こえるような顔をする。殴ってやろうか、こいつ。
「マナ時計なら俺の領域ッスよ! フェイのような魔術オタクじゃなくて俺に聞いてくださいッス」
「お、おう?」
ショーンがギラギラと目を輝かせると俺の両手をガッチリと掴んでくる。逃がさないつもりか。
「ベルランテの大時計はマナを利用したつくりになってるッス。魔術で動いていると言うと難しいと感じるかも知れないッスが、つくりは簡単ッス。たとえば、<光源>の魔術を使えたりします?」
「<光源>」
俺は答える代わりに魔術を起動する。掌上に魔法陣が出現し、砕ける。光の玉がふよふよと浮かんだ。ショーンの顔を照らす。
「マコトさんは<光源がどれくらいもつのか知ってるッスか? 術者がキャンセルしない限り、実は長蝋燭一本分で切れるんすよね。ちょうど鐘が鳴って次の鐘が鳴るまでの時間ッス。これを利用して時間を計ってるそうッスよ」
「へえ。よく知ってるな」
「でしょ!? 最近ではカラクリにうまく組み合わせて手持ちの時計ができないか、というのも考案されてるそうッス」
いいことを聞いた。じゃあだいたい光の玉を出しておけば経過時間がわかるってわけだ。次に森の中に行ったときに使わせてもらおう。
「最近じゃマジックスクエアサーキットのインフィールドセクションがリンケージブートに対応できるように改良が加えられてるって言うッスから、スゲエッス!」
「いや、困ってるわよ、コイツ。ショーンも人間の言葉で喋りなさいよ」
まだまだ喋りたりなそうなショーンを遮るように声がかかった。事務所へ続くドアからフェイが現れた。ふたつくくりにした黒髪が背中で小さくはねている。どことなく眠そうなのは、彼女があくびをするのを見ると気のせいじゃないだろう。
俺のほうに若干不機嫌そうな顔で強めの視線を送って来た。
「外、いくわよ」
フェイはそういうと訓練場のほうを親指で差した。




