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第44話「性能」

 俺は朝の鐘を聞きながら起床した。

 寝ているうちに乱れたベッドシーツを整えると、枕もとに丸まって寝ているクーちゃんを撫でた。

 窓から差し込む朝の日差しを見ながら、身だしなみを整える。拠点をここにうつすと決めてから、少しずつ買い足した服なども備え付けの小クローゼットにしまいこんである。


 住み心地がいいので『洗う蛙亭』にお世話になっている。実はいまごろになって、ここが宿屋ではなく、酒場付きのマンションみたいなものだということに気付いた。部屋の清掃や管理は自分で。部屋の鍵は持ちっぱなし。契約書などがないためわかりにくいが、つまりはそういうことらしい。

 しかし鹿の店主とは、いまだに会話したことないな。だいたいは猫耳娘が仲介に入るので意思疎通はできているのだが……。まさか喋れないとかいうことはないよな?


 俺がアルドラを手に入れてから三日が経っていた。

 さすがに『洗う蛙亭』にはアルドラをつないでおくところもないので、騎士団駐屯地マルフ放牧場でお世話になっている。普段はそこですごしてもらい、必要のあるときは出向く。駐車場のような感じだろうか。脚に負っていた傷は魔術で癒したので、今は万全の状態だ。治りがはやいことにクィオスのおっちゃんは首をかしげていたが、追及されなかったのでセーフとしよう。


 あれからアルドラにつける鞍やなにやらを見繕ってもらい、騎乗訓練をするだけでこの三日は過ぎている。マルフを売った代金は高額のため、まとまったお金ができしだいハーヴェから連絡があると聞いている。楽しみだ。


 俺は今日の仕事を探しに冒険者ギルドへ向かう。午前中のうちにこなせる依頼だけを受け、午後から騎乗訓練、夕方からは魔術訓練というハードワークが続いていたが、とても楽しいので問題はない。


「よお、おはようさん!」

「おはよう」


 最近顔なじみになってきた、冒険者と簡単な挨拶を交わしながら、依頼書を見る。久しぶりにスライムの核納品の依頼があったので、取って確保しておく。ついでに窓口さんに挨拶がてらカウンターに寄っていく。俺の姿を認めると、いつもの笑顔で出迎えてくれる窓口さん。


「おはようございます、マコトさん。今日は何の御用でしょうか」

「うん。昨日も話した件なんだけど」

青鮫(ブルーシャーク)の件ですね」


 窓口さんが声をひそめて話す。この前やりあったアジッド率いる青鮫(ブルーシャーク)だが、これからの活動の安全を考えて窓口さんには事の顛末を伝えると同時に相談させてもらった。向こうが先に手を出してきたこと、こちらは自衛をしたこと。やりくちが小悪党なのでどうにか罰することができないかということ。

 どうやら冒険者同士のいざこざや、こういった利権争い、獲物争いはけっこうあるらしい。そのたびに冒険者ギルドが介入するのは面倒だし手間なので、基本は自分たちで解決をするのが一般的だ。

 お互いが尊敬の念を忘れず、良い関係を築いていける限りは我々は援助を惜しみません、とかいっていたのは、冒険者と冒険者ギルド、の間柄のことで……。

 つまりは、ギルドに迷惑をかける場合はボコるぞ、ということらしいな。

 とりあえず騎士団の幹部も現場を見てたから制裁処置しないと体面悪いんじゃないんですかとオブラートに包んで言っておいたのだが……。


「騎士団のほうにも確認が取れました。これまでグレーゾーンでなかなか尻尾を出さなかったのですが」

「まあ、クィオスのおっちゃんは普段服だったからな。騎士団の服着てないと騎士団員に見えないし、あの人」

「証言が確認できましたので、冒険者ギルドから制裁処置となりますね」

 

 おお! 罰金か? 百叩きか? 指名手配とか?


「二ヶ月の依頼等級制限がかかることになります」

「……」


 うーん。まあ、あいつらプライドだけは高そうだから、駆け出しに混じって仕事するほうが精神的ダメージは大きいか。

 俺はそう自分を納得させると、窓口さんにお礼を言ってその場を離れる。

 俺がカウンターを離れるのを待っていたのか、ハーヴェの姿がそこにはあった。いつもの大きめの帽子に、半ば埋もれながら、俺を手招きしていた。招かれるままホールの隅に。


「マコト殿、ここに来れば会えると思ったでござるよ」

「お、ハーヴェ。おはよう」

「例の代金が用意できたでござるよ。ミトナ殿の分もでござる」

「おお! それは嬉しい知らせだな。いつ取りに行ってもいいのか?」

「かまわないでござるよ。ただ……代金はバルグム殿が直接渡されるそうで」


 俺は思わず眉根を寄せた。購入者が騎士団な以上、代金を支払うのはバルグムじゃいけないという理由は無いが……。嫌いではないがバルグムは苦手だ。どうしても必要な時以外は出来れば話をしたくないのだが。


「わかった。ミトナと後で行くことにする。たぶんいつでもいるだろ、バルグムは」

「できればきちんと日取りを決めてほしいでござるよ」


 ハーヴェが困った顔をする。いや、バルグムなんていつも同じ部屋で書類仕事しているイメージしかないんだが、違ったりするのか?


「騎士団の再編成もあり、できるだけスケジュールをきちんと組み立てないと回らないのでござる」

「ハーヴェの仕事って、秘書だったっけ?」

「……なんでもこなせるのが一流の隠密でござるよ」


 何か大きなものを諦めた顔をしてハーヴェが言った。まあ、苦労してるな。がんばれ。ミトナと日取りを相談して決めることにして、ハーヴェと別れた。


 俺は冒険者ギルドを出ると、その足で騎士団に向かう。とりあえず走るのは形になってきたので、今日からは外で乗り回せることになっていた。

 騎士団の外側を回り込み、マルフ放牧場へ向かう。朝早い時間帯だが、もうおっちゃんは仕事場に立っていた。マルフの食事を世話をしていた。

 アルドラは悠然と休んでいた。膝を折りたたみ、体は伏せた状態で顔だけをあげている。遠くを見つめるような視線で、遠くに見える稜線を眺めている。白い毛に覆われた体躯は、一種完成された芸術品のようにも見えた。

 クーちゃんが俺の足元から駆け出すと、アルドラの脚を駆け上がり、その頭の上に乗っかった。どうやらお気に入りの場所になってしまったようだ。若干ドヤ顔をしているように見える。

 俺はクィオスのおっちゃんに挨拶すると、アルドラのほうへと近づいていく。


「よう。何見てるんだ?」

(……(あるじ)か)


 マナの繋がり(パス)からは、怪我や病気など体の不調などは感じられない。一緒に捕獲したマルフもいるから、安心できるかと思ってここに居てもらっているんだが。


(マナ……遠く……穢れ)

「うーん。よくわからん。まあ、危なそうだったらまた教えてくれ」


 俺はアルドラの毛並みを二、三度撫でると、鞍を取り付ける作業にかかる。

 マナの繋がり(パス)を繋ぎ、はっきりと自分のモノだという感覚はあるのだが、その思考はぼんやりとしかわからないことが多い。まだまだ性質もよくわからんな。他の魔物には繋げることができるのか、無機物はどうなのかとかもこれから試していかないとなあ。


 すこしまごつきながらも鞍を設置することに成功する。自分で運用できるように習ったのだが、スパルタ式の練習にかなりげっそりしてしまった。おかげで今では何とか設置することくらいはできるようになった。

 鐙に足をかけると、そこを基点に一気に身体を持ち上げる。鞍にまたがると、視界がかなり高くなる。


「アルドラ、今日は外行くからな」

(……承知)


 アルドラが立ち上がる。俺は手綱を握って体を安定させると、出発の意思をアルドラに送り込んだ。了解の意思が返ってきて、アルドラがゆっくりと歩み始めた。

 おっちゃんに手を振って挨拶すると、外へ。街中では速度制限の看板などはないが、邪魔にならないようにゆっくりとアルドラを進める。投げかけられる視線に、ちょっとした優越を感じる。やっぱ騎獣っていいよね!


 東門を出ると、アルドラの速度を上げる。四つの脚が力強く地を踏み、前へと進む推進力へと変えていく。風景が流れ、風が顔にぶちあたってくるが、それも心地よい。自転車を飛ばしている時、バイクを飛ばしている時、そんな時の爽快感がそこにはあった。

 クィオスのおっちゃんと二人乗りして進んだ時とは違う。アルドラは俺の思い通りに進み、曲がり、跳ぶ。人馬一体とよく言われるが、魔法でそれを感じるとは思わなかった。


「いいいやっほおおおおおおう!」


 胸の底から叫ぶ。

 速度に喜ぶ意思はアルドラに伝わる。アルドラが小さく笑った気がしたが、気のせいだろう。


 いつもの東の森に、普段よりはるかに短い時間で到着した。アルドラから降りて、一緒に進むことにする。

 スライム捜索も通常より効率が良い。自分の目だけでなく、アルドラの感覚もこちらに伝わってくるからだ。発見したスライムはいつもどおり氷柱を叩き潰して、お返しの魔術をぶちこんで核を手に入れる。アルドラはその間に接近してきたらしい大鶏を噛んでいた。

 クーちゃんもアルドラの頭の上に安置されている間は安全だな。一安心だ。


 アルドラとしらばく森の中をうろつき、スライムの核を七個と、大鶏の肉を確保した。

 この時間短縮はとても良い。最近手がつかなかった特殊な魔術訓練もこれでできそうだ。

 

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