第42話「小競り合い」
マルフ5匹、白妖犬一匹。これが捕獲の成果だ。白妖犬を隠すように倒れていたのは、やはり守ろうとしたからだろうか。今はミトナが動けないように捕縛作業中だ。
問題はこのマルフをパーティーでどう分けるか、という話だ。クィオスのおっちゃんは静かに見えながらかなり目が輝いている。
「実際ね。この人数でマルフを捕獲するのとか無理だと思ってたんだよ」
「……じゃあなんで来てくれたんですか?」
「うん? 今度騎士団で捕獲作戦にいくときの事前調査と、君への貸しになると思ってね」
クィオスのおっちゃんはにこにこしながらサラっと言う。
やっぱりこのおっちゃん、ただものじゃないな。
「まさか、こういった捕獲方法があるとはねえ」
「バルグムとかだと可能なんじゃないか?」
「可能かもしれないけど、前へ出た時の危険とかを考えるとおよそ取れる手段じゃないよ」
そうなるとやはり囲んで疲弊させて捕まえる作戦になるということか。まあ、さっきの俺の動きもかなり無茶な部分があったからなあ。それに、もともと青鮫の冒険者たちとやりあってすでに手負いの状態だったからうまくいっただけで、はじめからあの数十匹の集団を相手にしろと言われても無理だろうな。
俺はぐったりと伏せている白妖犬の近くにしゃがみこむ。クーちゃんはすばやく白妖犬の身体を駆け登ると、首筋あたりの毛並みに落ち着いた。鏡餅というか、なんというか。クーちゃんも俺と白妖犬がマナの繋がりで繋がったのを感じているのか?
「とりあえず、どうしようか」
ミトナがマルフたちの捕縛を済ませて戻ってくるのが見える。
おっちゃんがマルフから視線を外さずに俺に問いかけてきた。
「いや、さすがに6匹も飼えないし、騎士団で引き取ってもらってお金にしてもらうと嬉しいなあ」
「調べてみないと等級は分からないけどね。即金で、といわれても駐屯騎士団にそこまでお金があるわけじゃないしなあ」
「もちろんこのパーティーで捕まえたわけだから、値段は四分の一でいいですよ」
「その白妖犬を譲ってくれたら5匹分満額でもいいけど?」
「冗談でしょ」
一瞬俺とおっちゃんの目線の間で火花が散る。だがこいつだけは渡す気はない。しばらくじりじりとしたにらみ合いが続くが。やはり正面から白妖犬を打ち破ったのは俺だった分、こちらが強い。
戻ってきたミトナがそんな俺とおっちゃんを見て、不思議そうに首をかしげた。
ハーヴェがやれやれとばかりに似合わないため息をついた。
「クィオス殿、白妖犬は諦めるでござるよ。ただ、騎士団もできる限り出費は抑えたいでござる」
「まあ、それはわかる」
「だからでござる、鞍など騎乗に関する道具や場所を提供する代わりに、少し金額を考えてくださらんか?」
「……ぬ」
確かにそれは考えてなかった。馬でも何でもそうだが、移動手段として乗るためにはいくつか必要なものがある。乗るための鞍であったり、厩のように入れておくところも必要になるだろう。街中を移動するときに騎獣を見ることもあるが、さすがに夜中になって外に放し飼いや『洗う蛙亭』の部屋に突っ込むわけにもいかないだろう。
騎士団にはマルフ放牧場がある。夜の間はそこで預かってもらえるならかなり安心だ。
ずっとお願いするわけにもいかないだろうが、騎獣を置いておけるところを見つけるまでは安心だろう。
「そうできれば、そうしてくれれば助かる」
「うん、私もそれがいいね。悪いようにはしないよ」
おっちゃんも笑顔でうなずいた。なんだかちょっと不安になったが、まあ、任せるしかないだろう。
このままの人数ではマルフを運ぶことはできないので、騎士団から応援を呼ぶためにハーヴェが走っていった。その背中を見送りながら、俺はおっちゃんに疑問を聞くことにした。
「おっちゃん、マナの繋がりを繋いだ後、別に繋ぎなおすって可能なのか?」
「ん? ああ、勝手にマナの繋がりを繋ぎなおされて、主人が変わることが心配なんだね?」
「……何でそう思うんだ?」
「私ならそれが一番心配だからね」
俺はすでに魔法<ちのつながり>をラーニングしている。たとえ繋ぎ換えられても繋ぎなおすことが可能だが、不毛な争いになりそうだしな。自分でも確かめる前に知っている人にできるだけ聞いておきたい。
「答えとしては『可能』だよ。マナの繋がりを繋いだ魔物のことを従者と言うんだけど、主人が『あいつのものになれ』と命じて調教師に繋ぎなおさせればよい。そういうふうにして騎士団のマルフたちも繋いでいるからね」
「それって、誰でもいいの?」
ずっと聞いているだけだったミトナが小さく手を挙げながら質問する。そういえば、ミトナにも権利があるんだったよな。望むならマルフが現物支給される。
「ミトナもマルフ欲しいのか?」
「ううん。今は置くとこないし。でも、あとから必要になったらもらえるのかなって」
「そうだねえ。繋ぎなおしが失敗したということは聞いたことがないね。ただ、繋いだ人物との相性はあると思うよ。乗りこなす人と乗りこなせない人とかは出てくるからね」
「ボッツとかか」
「彼のこと嫌いなんだねえ……。まあ、彼も乗りこなせない人の一人なんだけどね……」
もちろん嫌いだ。
おっちゃんが微妙な顔をする。だが、絶対あの性格のままだと騎獣にも嫌われると思うぞ。
<ちのつながり>についてもっと聞き出そうとした俺をミトナが裾を引っ張って止めた。
「マコト君。誰か来る」
バトルハンマーの柄を握り、半警戒状態で小声で俺にだけ聞こえるようにミトナが言う。
すぐに見えてきたのは、青色を基調とした服装の冒険者の集団だった。青鮫の面々だろう。
先頭を歩くのは三十代くらいの男性、厳ついヒゲ面。リーダーのアジッド。その後ろから軽装の男が一二人、バトルアックスを担いだフルプレートメイルの男が一人、ローブ姿の女性が一人ついてきている。 一人だけ遅れて白尽くめが歩いてきていた。近くで見ると思ったより若い。下手をするとハーヴェより若いんじゃないか。鎧のデザインはしっかりとして防御力を有しながらもスマートで、重そうな感じを受けない。何よりも気になるのが白い盾だ。あの範囲防御は魔術なのか、聞いてみたいところだ。
「おっ、アニキ! あそこマルフが生捕りにされてますぜ!」
「うるせえよおめえは」
「生捕りの場合は高く売れるんですぜ! 普通だとなかなかできねえですからね!」
「ほう……」
なにやらもれ聞こえる会話からもあまりスマートな感じは受けねえな。顔も考えると山賊集団のように見える。声を抑えたのか、聞こえなくなったが、何事かを話しながら近づいてくる。
アジッドは俺たちから少し距離を置いたところで立ち止まると、後ろの面々にも止まるよう手で指示を出した。あごヒゲをなでさすりながら、値踏みをするように俺を見る。
ううん。目を見ても表情を見ても、まともなことを言いそうにないな、こりゃ。
俺は警戒しながら立ち上がった。
「俺らは青鮫っていうパーティーだ。数日前からこの平原で白妖犬やマルフを狩ってる。あそこで縛られてるマルフとそこで倒れてる白妖犬も俺らの獲物だ。渡してもらおうか」
予想通り!
俺は肺に思いっきり空気を吸い込むと、全力で声を張り上げる。
「――断る!」
白妖犬とやりあうのはけっこう危なかったんだ、横からかっさらわれてたまるか。
しかし、アジッドはにやりと笑うと言葉を続ける。
「もともとよ、そいつらは俺らが追い詰めてた魔物よ。それを横からさらおうなんてふてえじゃねえか、そりゃ盗みじゃねえのかい?」
「……攻撃を加えたあと逃げたマルフを追撃しようとしなかった。こちらも襲われたのを撃退した。そちらが所有権を主張するのはおかしい」
おお、ミトナが反論した。いつもより口数が多いぞ。アジッドの視線がミトナに向いた隙に、俺はおっちゃんにこそこそと話しかける。
「おっちゃん、こういう場合ってどうなんの?」
「いや、冒険者の取り決めは私にはよくわからないよ」
「騎士団ってこういうことには介入しないの?」
「しないなあ」
ベルランテの街の治安維持はするが、所有権などの民事には不介入なのか。警察が身内だと思って楽できると思ったんだけどな。
後は頼りになるのはミトナだ。情報屋をやってるほどのハーヴェがいればまた違ったんだろうけど、今はいないからしょうがない。
「あまり揉めたくないんだがなあ、こっちは」
アジッドの一言と同時に、何気ない動作で後ろの剣使い二人が柄に手をかける。これ見よがしに見せ付けるようにバトルアックス使いが刃先を地面に落とす。
後ろの剣使いがミトナのことをじろじろ見ていたが、やがて何かに気づいたのか大声を上げた。
「アニキ、こいつアレですぜ! あの武器屋の娘」
「ああ? あの熊の獣人の娘? 人間にしか見えねえぞ」
「人間寄りの半獣人ってヤツですぜ。人間にも獣人にもなりきれないハンパもんの!」
ミトナが一歩後ずさる。何か見えない壁に押されたかのように。
表情が翳るのが見える。
俺は代わるように一歩前に出た。
「わかりやすくいこうぜ。こういう時ってどうやって決めるんだ?」
「お前らが俺らに全部寄越すんだよ。それで解決だ」
「断る。寝言は寝て言え」
空気が水を打ったように静まりかえる。アジッドの表情が真顔になっていくのが、逆にその心中を表しているように見える。後ろの男どもはわかりやすい。怒り、むかつきといった顔になってきている。
「どうなるかわかってんだろうな?」
「ひょろいモヤシと中年おやじ、あとはハンパ者でどうにかなると思ってんのか?」
「みみっちく人の獲物狙うような連中に言われたくねえよ」
「てめえ、俺らにケンカ売ってやがるのか!」
おう、よくわかってんじゃねえか。
俺はとっくにやりあう決意を固めてるんだからさ。かかってこいよ!




