第41話「アルラフ」
どうやら冒険パーティ、青鮫の冒険者達はマルフを追う気はないようだ。報酬になるマルフの部位を狩り始めた。解体用の道具を出して青服が作業する間も、マルフたちが戻ってこないかと、白尽くめと魔術師が警戒しているのが見えた。
走り去るマルフ達を見ながら、俺は肩を落とした。
「今日は無理かあ」
「まあ、弱ってるだろうし。マルフたちを追いかけられれば可能性はあるだろうね」
クィオスのおっちゃんがのんびりとした口調で言う。話を聞くに、騎士団でマルフを捕獲する時も囲んで逃げられなくしたり、驚かして走らせて疲れたところを捕獲するなどのやり方もとっているらしい。
「アルマクとかはそうやって捕まえたんだよ」
「それじゃ、あのエルナトはどうなんだ?」
「ああ、エルナトだね。あの仔は騎士団のマルフの中でも別格だからね」
エルナトは騎士団の騎獣のなかでもかなり格が高いように見える。体格や馬力、賢さも含めて、おそらくトップランクだろう。
「あの仔は特別だよ。普通なら数十人がかりになる狩りだけど、エルナトはたった三人で捕獲したんだよ」
「たったの三人とか、一体誰だよ」
「うん。分隊長のバルグムさんと、剣聖って呼ばれてるガラハッドさん」
エルナトに騎乗できるのを見てもバルグムはなんとなく予想していたが。……誰だ、剣聖って。
「あと一人は?」
「もちろん私だよ。じゃないとマナの繋がりを繋げないからね。いやあ、大変だったよ。まるで暴風のように戦う彼らについていくのは」
おっちゃんは自慢そうに胸を張って答えた。当時のことを思い出しているのか、少し興奮した顔をしていた。
ハーヴェは青鮫の冒険者たちをじっと観察。ミトナは遠くを見るように髪の毛を風に遊ばれるままにしていた。
ミトナの顔に緊張が走る。同時に俺は足元のクーちゃんの身体が強張るのを感じた。
「……来る!」
ミトナの鋭い警告。小さく聞こえてきた地を踏む音は、たくさんの獣が走る音だろう。マルフたちだ。
5、6匹のマルフたちの集団が明らかに俺達に向かって走ってきているのが見える。
「何でこっちに向かってきているでござるか!?」
「俺も知らねえよ!」
「私もわからない。マコト君、警戒。いい?」
ミトナはバトルハンマーを手に取ると、事態に対応できるように軽く構えた。俺も黒金樫の棒を構えると<身体能力上昇>を起動。ハーヴェは腰からショートソードを抜くと、俺とミトナの少し後ろの位置に下がった。
「クィオスのおっちゃん、何でこっち来てるか理由はわかる?」
「ううん。おそらくだけど、やられた復讐としてこっちに来てる。もしくは、回復のためのエサにするために僕らを襲うか。でも普通は取らない行動だね」
「来るよ!」
ミトナの警告が耳に届いた。
マルフ達は開いた口から涎を垂らしながらがむしゃらに走っている。あの勢いで接近されると怖い。先手を取って数を減らすか、勢いを失わせておくことにしよう。
でも、これは捕獲のチャンスかも知れない。追いかけずとも向かってきてくれれるなら願ったりだ。
俺はマナを集中させるとタイミングを合わせて魔術を起動する。
「<走れ雷撃! 撃ち抜け! ライトニング>!」
魔法陣が割れると空気を焼きながら雷撃がマルフの群れに向かって突き進む。反対の手には二重起動で生み出した氷柱を保持。そのままマナを注ぎ込みながらT字型に成型していく。
先頭のマルフに雷撃が命中した。ギャウンと短い叫び声をあげて身体を焦がし、ひっくり返る。雷撃の魔術なら、連鎖的に数匹に感電するかと思ったが、どうやら効果は単体のようだ。
倒れたマルフを乗り越えて、さらにマルフたちが接近してくる。次の手だ。
「ミトナ! これを思いっきり叩け!」
「ん!」
俺は振り返るとミトナに呼びかけた。一瞬のちにミトナが理解。浮いているT字型の氷塊の後ろ部分に思いっきりバトルハンマーを叩き付けた。
ゴォンといい音がする。バトルハンマーの打撃力を推進力に換え、かなりの速度で氷塊が飛んでいく。
マルフたちはあわてた様子で飛んでくる氷塊を避けた。だが、その走る速度はがくんと落ちる。
「いただき! <穿て魔弾、その威を叩きつけよ。衝撃球>!」
魔法陣が割れる。<しびとの手>と合成した<衝撃球>。対象に触れればマナを吸収して威力を上昇させる。
マルフの集団の中央で衝撃波が炸裂した。動きが鈍ったマルフ達を巻き込み、行動不能にしていく。あの衝撃球の炸裂に巻き込まれると、全身を板にぶつけたかのような衝撃ダメージがある。強化された衝撃がマルフたちの全身を叩いたのだろう。
おっちゃんとハーヴェがぽかんとした顔でその様子を見ていた。久しぶりによくやった、俺!
「魔術訓練の成果は出ているでござるなあ」
ハーヴェがぼそりと呟いた。確かに以前より使いこなせている気がする。
今はそれよりも倒れてるマルフだ!
「よし……! おっちゃん、たぶん死んでないはずだし、あれ捕獲できる?」
「ううむ。たくさんは無理だからね。連れて帰ってしばらくかけて調教して……、とりあえず縛ろうか」
おっちゃんはかばんからごそっと頑丈そうなロープを取り出した。口と脚を縛ってしまえば身動きが取れなくなるので、まずはその作業をすることが先決だという。
俺は黒金樫の棒の代わりにロープを持つと、一足先に倒れているマルフ達のそばに走り寄っていった。万が一でも起きるとまずい。ロープの前に、とマナを集中させて魔術を練る。
「<沼に沈むが如く 痺れよ 麻痺>」
<しびとのて>を合成した<麻痺>を起動させておく。どろっと粘性を帯びてそうなもやが溢れる。重なって倒れているマルフたちを浸していく。
これ、麻痺で心臓止まったり呼吸が止まったりしないだろうな。毒や電気的な麻痺じゃなく、魔術的なものだから大丈夫だと思うが……。
異変は直後に起きた。
折り重なって倒れるマルフたちの下から、一際毛並みが白いマルフが抜け出るように立ち上がる。
マルフはだいたいがゴールデンレトリバーのような体毛と顔をしているが、こいつは微妙に顔つきが鋭く、狼に似ている気がする。マルフたちより少し身体が大きい気もするし、<衝撃球>と<麻痺>を受けてるのに立ち上がる時点でこれ、別物だよね。
この白犬、ダメージは受けてる。フッ、フッと荒い獣の息を吐きながらのっそり出てくるそいつは、折れているか何か、どうも後ろ足を怪我しているらしい。だが、それでも倒れたマルフたちを守るかのように、前へと出てくる。
「マコト君……っ! そいつは――!」
ウォオオオオオオオオオン!
おっちゃんの声を掻き消して、白犬が吼えた。
低くうなりながら、重く前脚を地に着ける。頭を下げ気味に俺を睨んでいる。力を失わぬ視線。魔術に耐え切る耐久力。力強い四肢。
こいつが欲しい!
俺は状況を見る。
相手の攻撃手段は爪、牙。<衝撃球>のダメージか、もともとの怪我か、すばやい動きはできないのが救いだ。俺との距離は5mほど。魔術師としては厳しい接近戦の距離。
俺と白犬は睨みあいに入っている。下手には動けない。ごそごそする気配だけでミトナが動こうとしているのはわかる。
魔術や魔法の選択肢が頭の中に浮かぶが、何を選ぶべきだ?
背後の誰かが動いたのか、一瞬だけ白犬の目線が俺から逸れる。
「<盾! アイスシールド!>」
この瞬間しかない。起動。魔法陣が割れる。<いてつくかけら>も合成した増量版氷の盾が出現する。<いてつくかけら>と合成した場合は、起動してからの操作も可能。
一瞬遅れて白犬が動いた。右前脚を振りかぶり、叩きつけてくる。俺は氷盾を動かしてブロック。叩きつけたそのまま、前脚で氷盾を押さえ込まれた。
白犬が牙を剥く。身体を伸ばし、カッと開いた口が迫る。
「うおぁ!?」
俺は思わず持っていたロープの塊を押し込んだ。反射的に閉じる顎。白犬がロープの塊を噛んだまま、ぐんと顔を振った。引っ張られてロープを思いっきり握っていた俺の身体が宙を舞う。一回転しながら落ちたのは白犬の背中。思わず全力でしがみついた。
「うおおおおおぅ!」
落とされれば牙で死ぬ。白犬は振り落とすために身体を激しく動かしたりゆすったりを繰り返す。
魔術を起動しても暴れまわる上に俺自身が乗っていて狙いが定まらない! 火弾は地面を抉り、氷柱はあさっての方向へ飛ぶ。
「やってやろうじゃねえか! 我慢くらべだ!」
俺は背中に張り付いたまま<しびとのて>を起動した。
これだけ接触していれば、効果的だろうよ!
しがみついた両手から、徐々にマナを吸い込んでいるのを感じる。どうやら効果は薄い感じはあるが、吸収はできている。
あとは、俺が力尽きるか、白犬のマナが尽きるかだ!
どれくらい経っただろうか。
体感時間では一時間にも二時間にも感じる。実際は五分かそこらだったのかも知れない。
振り落とされそうになった場面が何度もあった。だが、俺は耐え切った。力尽きたのは、白犬だった。
白犬の動きが鈍り、がくんと前脚を折ると地に倒れ伏した。いきなりの動きに、俺の身体が投げ飛ばされた。
倒れ伏した白犬は、動けないようだった。
戦闘終了の気配を察して、離れていたクーちゃんがいつのまにかそっと戻ってきていた。
倒れた白犬の意識はまだあった。俺とクーちゃんを見ている。俺は動けなくなった白犬の近くに行くと、その鼻面を両手で押さえた。
「俺の、勝ちだ!」
ミトナがバトルハンマーを構えたまま近づいてきた。どうやらずっと入り込む機会をうかがっていたらしい。俺が密着してたから殴れなかったのか?
「やったね」
「なんとかな……」
「何かすることある?」
「じゃあ、麻痺して倒れてるマルフを縛っておいてくれ。復活されても困る」
「ん。わかった」
ミトナがマルフたちに向かっていくのを見送る。
戦闘終了を見てとってか、おっちゃんとハーヴェがあわてて走ってくるのが見えた。
「マ、マコト君、大丈夫かい? 君には驚くよ」
「おっちゃん……。マナの繋がり、繋いでくれる?」
「たぶん出来ないよ。これ、白妖犬だよ、マコト君」
思わず白犬を見る。確かに感じはマルフと違うと思ったが、これが白妖犬か!?
「白妖犬はマルフの上位種でござる。騎獣にしたという話は聞いたことがござらん」
「いや、ここまできてるんだ。無理でも何でもやってくれ」
「マコト君……、もう何も言わないよ。ただ、うまくいかないのが普通だからね」
おっちゃんはさらに何かを言おうとしたようだったが、俺と白犬の姿を見て気持ちを切り替えたみたいだ。目を閉じ、集中を始める。
「マナの繋がりを繋ぐのに失敗したらどうなるんだ?」
「成功すれば対象との間にマナのラインが光って見えるでござるよ。失敗すればラインが出ないだけでござる。人間とは繋がれない魔物などは、何度やっても無駄と聞いたことがあるでござる」
「そうか……」
「――繋げ!」
おっちゃんの力強い言葉と同時に、俺と白犬の間に青色の光の線が走った。繋がったあと、うっすらと消えていく。
<体得! 魔法「ちのつながり」 をラーニングしました>
繋がった!
これは、なんというか不思議な感覚だ。目の前の白犬が、気だるく、意気消沈しているのが何となくわかる。これは、俺のほうの感覚も繋がってるのか?
身体は大丈夫か、と心の中だけで心配すると、白犬の目が俺を捉える。
(休息。……必要)
頭の中で声が響くわけではない。ただ、そう伝わってきた。
不意に嬉しさがこみ上げてくる。マルフより上位種が手に入ったのだ。




