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第39話「洗う蛙亭」

 翌朝俺は九つの鐘で目を覚ました。

 まだ少し寝たりない感じだが、しょうがない。それより今日もいろいろとやっておきたい気持ちが強い。


 『洗う蛙亭』の部屋はベッドにクローゼット、簡単なテーブルに椅子と、部屋の狭ささえ気にならなかったら十分に問題ない造りになっていた。そのちょっと狭い感じが逆にフィットして、俺には気持ちいいくらいだ。

 何より値段が安い。驚きの値段。スラムにあるせいか、普通の宿屋兼酒場の半額近くの値段で泊まれるのだ。スラムという立地のせいか、お金稼ぎには興味がないのかはわからないが、俺が勢いよく鹿の店主にしばらくの宿泊をお願いしたのは言うまでもない。


 俺が階段を降りていくと、猫耳娘がテーブルを拭いているところだった。絵描きの姿はすでにない。どうやら部屋に戻ったようだ。またばったり出会うとうるさいだろうな。

 猫耳娘が俺を見つけて、明るく挨拶をしてくる。俺はそれに簡単に返事を返し、『洗う蛙亭』の外へ出た。出る前にフードをしっかりとかぶるのも忘れない。ちょっと出遅れた感はあるが、とりあえず冒険者ギルドで依頼をこなそう。夕方の魔術講義まではお金稼ぎだ。


 冒険者ギルドに着くと、昨日の配達依頼を完了して報酬をもらった。今日はどうしようかと思案していると、後ろから肩を叩かれた。ミトナだ。

 ミトナに挨拶をすると、ついでにパーティを組んで依頼を受けないかと誘う。ここは冒険者としては先輩であるミトナの腕を盗むいい機会だろう。


「そういえば、あれ、完成しそう?」

「ん。図面は引けたよ。パパと分担が違うから、それぞれ進めている感じかな。予定通りに納品はできそうだけど……」

「代金か……」


 稼ぐしかないな!

 目立った依頼はなく、それならばということでベルランテ南の平原で素材狩りをすることになった。

 南の平原は、背の低い草が生えた丘陵地帯になっており、遠くには放牧されている牛や羊の姿が見える。草にまじって人間の背丈ほどある大岩が点在している。田園地帯になっていないのはそのせいだろう。

 そこに徘徊するアーマーライノーという魔物を狙う。名前の通り鎧を着込んだサイのような姿をしているらしい。この外層板が家の屋根瓦など色々な素材となるらしい。ミトナが調子のいいときに一人で倒せる、というレベルの敵らしく、二人であれば余裕らしい。

 

 俺たちはほどなく歩くうちにゆっくりと草を食むアーマーライノーを発見する。

 気づかれないくらいの距離をとり、俺とミトナは作戦会議のためにしゃがみこむ。


「んで、どうやって倒すんだ?」

「突進を避けて脳天に一撃。できるだけ外層は傷つけないと高く売れるよ。やってみるね」


 ミトナはそう言うと気軽に飛び出していく。十メートルくらいの距離で、アーマーライノーはミトナに気付いたようだ。前足で地面を蹴り、突進体勢を取っている。

 俺はもしものときに備えてマナを集中させる。いつでも魔術を撃てるように準備しておく。


「ブオオオオオオッ!」


 地面を蹴立ててアーマーライノーが走り出す。かなりの速度が出ている突進だが、動きは直進的。しかし、ただでさえ巨体のサイが鎧を着て突進してくるとなると、その威圧感はすさまじいものがある。

 ミトナは直線の軌道を見切ると、得物のバトルハンマーを振りかぶりながら大きめのステップで回避。通り過ぎるアーマーライノーの顔面に横殴りの一撃を叩き込んだ。

 ガァン、という金属を叩くような音と共に、ぐわんとアーマーライノーの頭が揺れる。どれほどの衝撃か、バランスを崩しどどぅと横転する。

 ミトナはその隙を逃さず上から打ち下ろしの一撃。地面が震えるかと思うほどのインパクトで、アーマライノーを打ち据える。目と口と鼻から血液を流すと、アーマーライノーは沈黙した。


「俺、いらないんじゃない?」

「……ふう。ううん。今日はとても調子がいい。それよりも周りの警戒をお願い」


 ミトナは俺に言うとアーマーライノーの解体に入る。肉よりも装甲が大事なので外層を中心に剥がしていく。俺が警戒をしていると、解体を続けるミトナから少し離れた位置に、もう一匹のアーマーライノーを発見した。

 どうする? 気付かれる前に先手必勝で倒すか?

 残念だが黒金樫の棒ではあの外層にダメージを与えることはできない。トドメは魔術で戦略を組み立てる。

 アーマーライノーが俺に気付いた。即座に突進を開始する。


「ッガアアアアアアアアアアアっ!」


 俺は<麻痺咆哮>を放つ。状態異常を狙うのは基本。魔術は当ててこそ意味がある。

 

「うぉっ!」


 俺は目を剥いた。アーマーライノーは<麻痺咆哮>を砂壁でもぶち破るように正面から突破。そのままのいきおいで俺に向かってくる。


 おかしいな、最近の俺っていいところないよね!? どうする!?


 アーマーライノーがこちらにくるまで、あと一撃の余裕はある。よく使う氷柱の槍を選択しそうになるが、ぐっとこらえる。


「<穿て魔弾、その威を叩きつけよ! 衝撃球(ショックボール)>!」


 <麻痺咆哮>を弾いたところを見ても、氷や火もいまいちだろう。ここは衝撃球で抑える!

 魔法陣が割れ、二発の衝撃球がカッ飛んでいく。一発目が角にあたり、突進の勢いを緩めると、二発目の衝撃がアーマーライノーの頭を揺らす。

 頑丈な外層のせいで、どれほどのダメージがいったかはわからない。だが、突進は止まった。

 俺は氷柱の槍を生み出すと、アーマーライノーに向かって射出した。外層に命中するが、貫通までは行かない。激突の威力に負けて氷柱のほうが砕けてしまう。

 開放された氷結の空気に、動きが鈍るが、決定打には欠ける。


「もう一匹?」

「まあな」

「ん。やってくる」


 ミトナが戦闘音を聞いて、バトルハンマーを握りしめて加勢に入る。ミトナを援護するため俺は足止めに<衝撃球>を放つ。衝撃を受けてよろめいたアーマーライノーの顔面をバトルハンマーが痛撃した。ヘッドショット。


 魔術の訓練の必要さを感じながら、俺もアーマーライノーの解体に入る。ミトナに教えてもらいながら、外層を剥いだ。それなりの量が取れた。



 外層の換金はミトナに任せ、俺はそのまま魔術師ギルドへ向かうことにした。あやうく時間を忘れるところだった。ミトナならおそらく金を着服したりしないだろう。

 時間ぎりぎりに到着すると、フェイが準備万端で待っていた。指導を受けながらメニューをこなす。氷や火をいろんな形に変化させるだけでなく、いろんな速度で射出する訓練も行う。


 魔術は先行入力型なのだ。どんな形か、どんな風に放つか、それを先に決めてから起動する。起動したあとは、魔術は入力したとおりに出力される。そりゃあ、何も考えずに出した火の玉グレネイドは飛びもしないわけだ。


 そんな中、不思議そうな顔でフェイが話しかけてきたのは、俺がへばって休み時間になった時だった。


「アンタって、不思議な工程で魔術使うわよね」

「変なのか?」

「変というか、無駄が多いというか。基本的にね、だいたいの魔術師は『集中(コンセントレイション)』と『瞑想(メディテーション)』を使って魔術を起動するのよ」

「なんだそりゃ。魔術?」


 フェイはやっぱりね、といった顔でぴっと人差し指を立てる。


「この二つは魔術じゃないわ。いうなら、やり方、というかスキルね。『集中』は何が起きても魔術のイメージができるように集中力を高めること。マナを集中させたり、いろんなシチュエーションで魔術を使う訓練をすることで身につけられるわ。アンタも拙いながらも魔術起動前は『集中』してるしね」


 俺は頷いた。確かに魔術発動前はマナを集中させる、という感覚を持っている。これまで失敗したことはないが、そのほうが魔術が成功しやすい気がするのだ。


「『瞑想』は起動のためのマナ消費を抑えるためのスキルよ。ほら、空気中にもマナって存在してるから、それを使うのよ」

「へえ、便利だな」


 俺が感心した声を出すと、フェイは嫌そうな顔をした。


「簡単に言ってくれるわね。『瞑想』は難しいのよ」

「何でだよ。そのへんにあるんだから使わせてもらったらいいじゃねえか」

「マナをもらったり使うためには、自分の固有マナと同調させないといけないのよ。杖やマナストーンみたいな無色で合わせやすいやつならいいけど、空気の中のマナは同調するのが大変なの。学院の研究所では私たちの住んでいるこの大地や空気が生きている『生き物』だから、その固有マナにあわせないといけないとか言ってる奴がいたけどね」

「それで、どうやってやるんだよ。『瞑想』ってやつ」


 フェイはあきれた顔をすると俺の頭をぺしぺしと叩く。小さい子に言い聞かすようなしぐさはやめてほしい。


「まあ、心を落ち着けて、からっぽにするの。自分以外のものがからっぽになったそこに注ぎ込まれてきたら、成功よ。考えているけど、考えていないという心を作るの」

「お寺の座禅かよ……」

「何か言った?」

「いや、いい。そんな難しそうなの、できるのか?」

「うーん。こればっかりは訓練するしかないのよね。滝にでも打たれてみる?」


 滝は冗談としても、フェイの指示に合わせて目を閉じ、心を落ち着ける訓練をする。朝からの狩りの疲れと、魔術訓練の疲れで俺が眠りの世界に旅立ったのは二分後だった。



 夜の帳が下りるころになって魔術の特訓は終了した。基礎講座のみなのであと数日で終了するらしいが、終わってもこれまでやった魔術の訓練は継続して続けたほうがいいとの話に、俺はげっそりしていた。

 疲れた身体を引きずって大熊屋に向かう。アーマーライノーの素材は二匹分で120シームになったようだ。ちょうど半分にずつ分け合うことにする。ミトナからお金を受け取ると、その足で『洗う蛙亭』に戻ることにした。今日はいちゃもんをつけられることもなく、『洗う蛙亭』にたどり着いた。


「やあ、今日も一日生き抜いた顔をしているね」


 カウンターには相変わらず無言のまま皿を洗う鹿頭の店主。スツールに腰掛けてグラスを傾けながら声をかけてきたのは絵描きだった。絵の具か何かで汚れた服装は相変わらず。だが、昨日とは色のつき方が違うところを見ると、どうやら服自体は昨日と違うようだ。

 猫耳娘の姿は今日はないようだ。相変わらず閉店後の店のようにお客がいない。

 俺の足元を見て絵描きが目を輝かせるのに怯えて、クーちゃんが隠れた。


「そう怯えなくてもいいじゃないか。つれないね」

「あんたの昨日の様子を見れば無理ないと思うけどな」


 スツールに腰掛けると、疲れによる身体の重さを感じる。鹿の店主に何か食べるものと飲むものを頼むと、チーズとパン、林檎酒がすぐに出てきた。


「しかし、この宿、ぜんぜんお客さんがいないんだな」

「うん? 知らずに入ってきたのかい? ここは私みたいなまともじゃないやつらが利用する宿さ。この宿の名前の由来も知らないようだね」

「気にはなってるよ。蛙の店主かと思ったら違うしな」


 絵描きがずいっと肩を寄せると、声を潜める。


「この宿は開店当時から一組の家族が住み込んでいてね。ウェイトレスをやってるあの子の家族だよ。父親が珍しい蛙の獣人でね。いい剣士だったのさ。病気の奥さんと娘さんを養いながら用心棒をしててね」


 俺はその蛙獣人を頭の中で思い浮かべる。レジェルのような冒険者的な服装に頭がカエル。どうなんだ、そのビジュアル。水の中とかじゃなくても大丈夫なのだろうか。


「ある日この宿にイチャモンつけて傘下におさめようとしたケチな勢力がいたんだよ。でも、奥さんに手を出そうとしたもんだから、カエルさんが怒ってね。勢力全部皆殺しにしちゃったんだよね。一晩で」

「うぇ……」

「んで、帰ってきた時全身が返り血で真っ赤でさ。宿が汚れるからって軒先で身体や装備を洗うんだよ。インパクト強くてさ、それで看板を私が描いた」

「見てたのか……」

「前にこの街に来た時の出来事さ。さすがに死体を看板に描くのはどうかと思ったんで皿を洗う絵にしたんだけど、結果的に誰も手を出さないかわりに利用する人も限られるようになっちゃってね」


 ……。部屋を借りたのは早計だったか?

 

 俺の顔色を見てか、口元にニヤついた笑いを張り付かせて、絵描きが言う。


「ま、あの娘に手を出さなきゃ死ぬことはないよ。スラム一安全な宿じゃないかね」


 絵描きはそれだけ言うとグラスを空にして席を立った。

 俺はそれを見送ると、夕食をクーちゃんと分けて食べ終え、明日に備えて休むことにした。 

読んでいただきありがとうございます! 次の更新は2日後になります!

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