第37話「スラム」
俺とハーヴェはベルランテの街に戻ることにした。ハーヴェは業務があるため騎士団舎に戻るようで、南門のところで別れる。時間がある時にまた見に来るらしい。
南門からの大通りを歩きはじめた。まずは冒険者ギルドに向かう。
とりあえずは拠点を何とかしないとなあ。宿を取るのもいいが、ベルランテの暮らしを中心にするのならば下宿なりアパートなり部屋を借りたい。
とりあえず何にしても先立つモノが必要だ。そのためには冒険者ギルドの依頼を見に行くのがよいだろう。
冒険者ギルドに入ると、なんだかざわついた雰囲気が俺を出迎えた。
「何かざわついてるみたいだけど、どうかしたのか?」
「おお! 大物が討伐されたらしいぜ! 白妖犬の巨大種だ。たぶんこいつがいたせいで白妖犬の数が増えてたんだな」
俺は近くに居たヒゲのオッサン冒険者に訊ねると、興奮しながら話しはじめた。そういえば討伐依頼があったな。
「いやあ、ホントだったら俺が倒してたんだが、今回は『青鮫』の連中に譲ってやったのよ」
「オマエが白妖犬の群れを討伐できるわけないだろが、ホラ吹くんじゃねえよ!」
「うるせえよ!」
いつのまにか別の冒険者も混じって、噂話が補完されていく。なんかだいぶ見栄も混じってる気がするけどな。
『青鮫』という名前が出てきたけど、これは何だ? 聞いてみるか。
「その、『青鮫』ってのは?」
「兄ちゃん冒険者なのに知らねえのか? 『青鮫』はアジッド率いる冒険者パーティの名前だぜ」
「いや、でもアジッド達ってそんなに強かったのか? おれぁそんな風には見えなかったけどなァ」
「何でも最近パーティに入った盾役がとても凄腕って聞いたぜ。やっぱ数集まると違うよな」
やっぱりパーティを組むなど、協力できる方が強いし効率もいいよなあ。
すでに質問した俺のことなど忘れて自分たちの話に没頭し始めたオッサンたちを見ながら考える。冒険者仲間を見つける“何とかの酒場”、みたいな場所はないものだろうか。
……もしかしたらあるかも知れないな。今度ハーヴェあたりに聞いてみるか。
俺はオッサン達から離れると、壁際の依頼書を端から確認し始める。
白妖犬の討伐も終わってしまったということは、稼げる依頼がひとつ減ったということだ。やはり稼ぎの中心はスライムの核か。あとは大ニワトリの肉を肉屋に卸すくらいだが……輸送手段がないと大量の肉を持って帰るのは辛い。
東の森なら、今から行けば陽が落ちる前に帰ってこれるだろうか。あまり無茶はしたくない。何か街の中で出来る仕事がないか聞いてみることにする。
いつもどおりカウンターには細目の窓口さんが座っていた。どうやら俺に気づいたようで、おや、といった顔をしている。
「マコトさんじゃないですか。今日は依頼をお探しですか?」
「いつも言ってる気がするけど、お金がなくて……」
「討伐依頼……に行くには今からだと夜をまたぎますね」
「だから、街中の手伝いするみたいな依頼はある?」
窓口さんはごそごそとカウンター下を探ると、一冊の冊子を取り出す。おそらく依頼書を集めたものだろう。
窓口さんはパラパラとめくりながら、いくつかの依頼を挙げていく。
「配達依頼が何件かありますね。あとは港の倉庫の護衛、おばあさんの話し相手になってほしいというのもありますよ」
「配達ねえ。そういうのって専門の業者とかはないのか?」
俺は元の世界の郵便について思い出していた。いくばくかの支払いで全国どころか海外までも郵送可能。手紙や封筒のみならず、物品までも短時間で輸送する。元の世界の技術力の凄まじさ、いまさらながらに思い返す。
そんな俺に窓口さんが説明を口にした。
「騎士団直轄など勢力の強い組織であればそういったところもありますね。ですが、そういった後ろ盾のない方だと、旅芸人や旅商人を仲介しています。冒険者に依頼することも多いですね」
「なるほどねえ。誰でも使えるってわけじゃないのか……」
「手紙一通のために別の村まで行くというのは、ちょっとコストがかかりすぎますからね」
「なるほどね。それで、配達って取りに行って届けるのか?」
「いえ、配達物自体は預かっていますので、あとは先方に届けていただくのみになります」
これくらいなら宿代くらいにはなるだろうか。時間を考えるとちょうどいいだろう。配達依頼を受ける旨を告げると、窓口さんの眉根が寄せられた。何かあるのだろうか。
「マコトさんなら大丈夫だとは思いますが。途中での紛失や破損は違約金を取られることもあります。ルートを選べば問題はないでしょうが、運び荷専門の強盗もいたりしますので、十分気をつけてください」
「そんな奴らがいるのか……」
「配達依頼は駆け出しの冒険者が行うことが多いので、あまり実力が無い子が多いんですよ。そのため、重要な物を運ぶ場合は二人一組で受けたりすることもありますね」
「結構大変なんだな……配達ってのも」
「普段は食事を運んだり、材料を運んだり、襲っても益の無いものが多いんですけどね」
窓口さんは言いながら足元の木箱を探り、ひとつの小包を取り出した。カウンターに置かれたそれを俺は手に取る。あまり重くは無い。紙で包まれたそれは、中身が見えない。
「配達先はスラムにある酒場『洗う蛙亭』です。青いお皿の看板が目印です。店主に届けていただければ報酬が店主より支払われますので、よろしくお願いします」
配達先はスラムかあ。そりゃあ気を付けてって言うわけだ。誰ともケンカしないようにそっと行ってそっと帰れば大丈夫だろう。フードをかぶって静かに空気に溶け込めば目もつけられまい。
俺は冒険者ギルドを出ると、街の西に向かう。ベルランテの北西あたりがいわゆるスラムと言われる地帯となっていた。生活が厳しい者。素行の良くない者。それらを食い物にしたり、利用されたりする怪しい店がそこには存在する。
西門の近くの狭い通りを北へと進む。整然としたベルランテの街並みが、異界に紛れ込んだかのように汚く、灰にまみれたオーラを醸し出す。汚れた道路、崩れた木箱。道の端に座り込む男や、物乞いのおじいさんや子供。陰になったところでは、ガラの悪い連中がたむろしているのが見える。
俺はフードを引き上げると、顔がわからないように深くかぶる。クーちゃんは俺の足元をついてきている。かばんに入ってもらおうかとも考えたが、いざとなったら自分で逃げられるようにしたほうがよいと考え、そのままにしておく。
あ、やばい。
俺が思ったときには遅かった。たむろしていたガラの悪い兄ちゃんたちが、俺の前に立ちふさがる。
「急ぎかい? 見ねえ顔だな、にいちゃん」
スキンヘッドとひげ面のオッサンがにやにやと笑いながら言う。鍛えられた身体は、魔物と戦うための筋肉ではないだろう。暴力的な匂いがする。スキンへッドの斜め後ろにはもう一人。そして、滑らかな動きで俺の背後を三人のゴロツキが塞いだ。
相当手馴れてるな。
「冒険者だ。配達依頼の途中でね。通してくれ」
「おおっと、そいつぁ悪かったなァ」
スキンヘッドがゲヘゲヘと笑いながらそう言うが、一向に退く気配はない。スキンヘッドの奥のゴロツキが、これみよがしにでかいナイフを手の中で弄んでいる。
「オレたちよォ。ちょっと金に困っててなァ。せっかく出会った縁だ。金貸せ。そうすりゃ無事に帰れるからよォ」
「そんなこといってオマエ、このまえのやつはタコなぐりにしちまったじゃねえかよ」
「最後に刺したテメエが一番悪党だぜ」
「ちげえねえ! ぎゃははは! 死んだんじゃねえか? 前のアイツ!」
うわあああ。いや、テンプレートみたいなゴロツキだ! こういうときは丁寧に相手しても付け上がらせてしまうだけだろう。実力行使にならない程度にびびらせて退散願おう。
「カッコイイお兄さん方」
「おう? 出す気になったか?」
「いやあ、こんなもんしか出ないけど、欲しい?」
マナを集中させ、勢いよく燃える焚き火をイメージする。魔法陣が割れ、空に向けた掌の上に炎の塊が燃え盛る。いつもの火の玉グレネイド。
「うおっ! こいつ魔術師だ!!」
「や、やべえ!」
効果は抜群だったようだ。ゴロツキどもは炎を見るとずさっと一歩下がる。炎を手にしたままじろりと睨んでやると、さらにじりじりと下がっていく。
このまま逃がしてもいいんだが、そのあと戻ってきて襲われてもいやだなあ。できれば襲われないように、刷り込んでおきたい。
「あ、聞きたいんだけど、『洗う蛙亭』ってどこにあるか教えてくれると助かるなぁ」
「だ、だれかそんなこと教える――」
ひょいっと炎を落とすと地面で小爆発を起こす。
叫び声をあげるゴロツキたち。
よし、ビビらせたらこちらのものだ。数の優位と、背後を取っているという位置の優位を活かす前に乗り切ってしまいたい。
「助かるなぁ?」
「む、向こうデス」
ゴロツキたちに案内させながら、内心ひやひやものだ。やつらを前に行かせ、後ろから付いていく形で安全を確保する。いざとなったら走って逃げよう。
そう思っていたが、意外と近い場所に蛙が皿を噛んでいる図柄の看板が見つかった。看板の下部には、デフォルメされた字体で『洗う蛙亭』と書かれている。誰が考えたか知らないが、どういういきさつで店の名前がつけられたのか知りたいものだ。
ゴロツキたちを犬を追い払うように手を振って散らせる。俺のほうを不服そうに睨んでいたが、「おい、行くぞ」など声をかけあって去っていく。
あいつら、あとで兄貴分とか連れてこないよな。メンツがどうとかいって。
一抹の不安を覚えつつ、俺は『洗う蛙亭』の扉を開けると、中へと入っていった。
読んでいただきありがとうございます! 次の更新も二日後の予定です! 気長にお付き合いいただけると幸いです。




