第35話「素養」
俺の前には、水晶を素体とする前衛的なアートが聳え立っていた。魔術師ギルドにとっては当たり前のものらしく、この建物内で驚いているのは俺一人らしい。
ショーンのチャラい顔が得意げな表情になっている。
「これは魔術の素養を計測する魔道具っす。両手をこのスリットに入れてもらったら水晶の色が変化して教えてくれるっすよ」
なるほど、形を見ても原理はわからないが、そういうものなんだろう。ちょっとわくわくするな。
自信があるってわけじゃないが……。
いやほら、だって俺『ラーニング』とか持ってるわけだし、神様が連れてくるくらいだしな。ちょっとここらで知ってみるのもいいんじゃないか。うん。
「おっし! やってみるか!」
「お、イイッスね! ノリノリッスね。ちょっと自信ありげだったりですか?」
「どうだろうな」
俺はにやつきながら勢いよく両手を謎のアートのスリットに突っ込む。ちょうど水晶を挟んだ両側に手が位置するようになる。
「この魔術の素養と、功績によって魔術師の位階は上下するッス。オレは大したことないッスけど、ギルド長とかはすごいッスよ」
俺の心臓がどきどきと強く自己主張をする。俺は水晶玉を見つめた。
色の変化はない。しばらく待ってみるが。
「……」
「……」
「……変化ないッスね」
「どういうこと?」
「一般人レベルッス。素養ゼロ、初級の魔術を一発でも撃てるかどうか微妙っていうラインッスね」
俺たちの間を沈黙が満たしていく。静けさがこれほど痛いとは、初めて知った。
いつ果てるとも知れない静寂を破ったのは、ブーッと盛大に噴出す笑い声だった。
声のするほうを見ると、奥の扉に息も絶えそうなほど大笑いしてる少女がいた。大声を上げて笑い転げると、ドアノブにすがりつくように立ち上がる。
「いや、駄目! 笑い死ぬ! 『どうかな』キリっ、ってホント、駄目よ!!」
「なんだよ、失礼だぞ。笑うなよ」
「いや、だってね。あんだけ自信満々だった顔して、これだからさ」
いまだにぷーくすくすと笑いを噛んでいる少女を、俺は睨み付けた。歳のころは十七、八だろうか。猫科を思わせるような勝気な瞳。全体的に小さくまとまっているが、十分魅力的な少女だ。長い黒髪をふたつくくりにして垂らしていた。
魔術師ギルド員の制服の上から、白衣に見えるコートのようなものを羽織っている。
「でも、一般人レベルのマナ素養だったら魔術使えないよね」
「<光源>」
俺は集中してマナを集めると魔術を起動した。魔法陣が割れ、光の球を出現する。魔術はこの通り使える。
「ふうん。本当に使えるんだね」
「故障ッスかね」
「魔道具はショーンのほうが詳しいわよね。どういうこと?」
「水晶の色に変化がない時は、マナが反応しないほど素養が低いか、この魔道具じゃ計測できないレベルのマナ素養があるってことッスね。もしそうなら、バケモノ級ッス」
「面白いわ」
いや、よくわからんが。メーターが振り切れちゃってゼロに見えてしまうってことか?
感心したようにこちらを見る少女に、ちょっと俺の気が晴れる。
そこでマルクルさんが戻ってきた。何があったのかわかってないようで、きょとんとしている。そんなマルクルさんに向かって、少女が口を開いた。
「いいわよ母さん。やってあげるわ。この人、面白いし」
「いや、まずは名乗ったのかい? わかってない顔をしてるよ、彼」
「あ、そういえば名前も聞いてなかったわね。私はフェイ。フェイ・ティモット」
「ギルド長の娘にして、魔術オタクッス」
フェイが横合いからガツンとショーンに蹴りを入れた。ローキックとかじゃない、直蹴りだ。ショーンがぐええと呻きながら横にスライドしていく。
「うっさいわね、魔道具オタクのくせして! それで、あんたは?」
「俺はマコト。マコト・ミナセ」
「マコト……マコトね。覚えられたら覚えるわ」
フェイがなにやら自分で納得しているうちに、ショーンがなんとか復活した。よろよろしながらカウンターに戻ってくる。
「とりあえず、登録はオッケーッス。これでマコトさんは魔術師として援助を受けることができるッスよ。あとは研究成果を売ったり、魔術の検証実験のデータを売ったり、開発した魔道具の特許を取ったりッスかね」
「なんでそんなに売るんだ」
「いや、魔術師ってのはどうにも変人が多いッスからね。お金稼ぐのが下手な人が多いッスよ。その人たちを助ける代わりに、魔術の発展に寄与してもらってるッス」
「ふうん……」
「まあ、たまには寄付をしてもらっているパトロンや王国からの依頼をこなすこともあるッスね」
ショーンは腕組みをすると、うんうんと頷きながら続ける。マルクルさんが後をつなぐ。
「ようこそ、魔術師の世界へ。基本魔術理論はフェイから受けてもらうことになる」
「……俺より年下に見えるけど、大丈夫か?」
「十分やれるだけのことは叩き込んできたつもりだよ。過不足なくできるはずさ」
「私もできれば引きこもっていたいんだけどね……」
「フェイ、ここで働かないと魔術師位を剥奪だよ」
「というわけなのよ」
マルクルさんの言葉に、フェイが肩をすくめる。
こうやって聞いていると、魔術師の資格を取るのは簡単そうに見える。魔術的な素養があれば援助によって魔術を覚え、研究した成果を納めることでギルドが大きくなっていく。その一方で、当たり前だが援助を受けるだけ受けて働かない者は切り捨てられてしまうのだろう。
「それじゃ、ギルド裏の訓練場で集合ねー」
俺が考えているうちに、フェイが事務所の奥へと歩き去ろうとしていた。こちらを見もせず言葉を放つ。まあ、すぐに始めてくれるというならそれは願ったりだ。
俺は移動する前に、気になっていたことをショーンに聞くことにした。ショーンはさきほどの前衛芸術品をカウンター下にしまっているところだった。
マルクルさんはすでに奥に引っ込んでいて聞くタイミングを逃していた。まあ、ショーンは軽そうに見えて意外としっかり仕事ができる奴なのは分かった。
「聞きたいことがあるんだが」
「何ッスか?」
「冒険者ギルドとかはベルランテの街にあったのに、どうして魔術師ギルドは街の外にあるんだ?」
「いや、最初はベルランテの街中にあったんスよ。お嬢が研究中に魔術でギルドの建物を爆破したんッス」
お嬢って……フェイのことだよな。何やってんだアイツ。
「あとは、建物を中心に洪水が三回、爆発が四回、通りごと氷結したこともあったッスね。そんなこともあって、街の中にギルドの建物を建てられないようになってしまったんスよ」
「……一番危険なのはフェイなんじゃねえの?」
「否定はしないッス」
フェイの奴、よく捕まらなかったな。まあ、そんな奴にこれから教わるんだがな。だいじょうぶか?
俺は微妙な気分になりながら魔術師ギルドの建物を出る。ハーヴェが影のように後ろからついてくるのを確認しながら、俺は魔術師ギルドの裏手に向かう。
魔術師ギルドの裏手は騎士団の魔術訓練所のような広い場所になっていた。そのためにわざわざ草を刈ったのか、それとも魔術を放ちまくったから広い場所になってしまったのか。
さっきの話を聞いたかぎりだと、後者な気もする。
魔術の的にするためか、そこかしこに変な顔を付けた案山子が立てられている。小さいものでは一メートルサイズ。大きいものでは四メートルサイズのものがあった。
フェイはすでに準備を整えて待っていた。前のボタンを留めていないため、風を孕んで白衣がはためいている。広い訓練場に立つ姿は、さっき戦ったバルグムのように見えた。だが、別に戦うわけじゃない、と思い直す。
「来たわね」
フェイは面白そうにニヤニヤ笑いながら言う。
俺はフェイの隣に並んだ。こうして見てみると、俺より背が低く、身体も華奢だ。とても建物を爆破しそうには見えない。
「それで、あんたはどんな魔術が使えるの?」
魔術……。魔術だけに絞ったほうがいいんだろう。魔法を使えることはまだ言わないほうがいいだろうな。
「ええと……初級の火と氷、あとたぶん衝撃と雷も使えると思う。あとは<身体能力強化>と<印>、<解呪>……」
「ちょ、ちょっと待って! あんた、節操ないわね……」
「そうか? 覚えられるやつはどんどん覚えてるだけなんだが」
俺の言葉にフェイが呆れた顔をする。やっぱりラーニングはまともな習得手段じゃないようだな。
「にしても、系統ってもんがあるでしょ。一体誰に師事したのよ」
「いや、誰にも教えてもらったことはないんだ。……すげえ田舎から来たから、魔術師とかもいなかったしな」
「じゃあ、ちょっとあの案山子に向かって魔術撃ってみて」
フェイが指差したのは十五メートルほど離れた位置にある、大人くらいのサイズの案山子。
俺は集中すると、<「火」初級>の魔術を起動する。
「<火弾>!」
魔法陣が割れる。出現したドッジボールサイズの火の塊が射出され、狙い違わず案山子に命中する。ぼぅんと音を立てて火炎が拡がる。
案山子は火炎の勢いに負け、燃えながら崩れ落ちた。
「……全然駄目」
「えぇ!?」
「いやもうびっくり。……アンバランスなのよ、あんた。『集中』は適当だし、『瞑想』はできてない。なのに詠唱ナシ。基礎がまったく出来てない! 逆にスゴイわ!」
「褒めてないだろ、ソレ。……習ったことはないって言っただろ。コンセントとか、メディ何とか……ってのも、聞いたことねえよ。できれば魔術って何なのかから教えてくれ」
フェイは盛大にため息をついた。近くにあった横倒しになった案山子の胴体に腰を降ろすと、俺にも座るよう手で合図する。
俺も座れるようなものを探したが、何もない。そのまま地面に座る。
「長くなるから、大事なところだけ説明するわね。何度もやりたくないし、一発で覚えなさい」
フェイの強気な瞳が俺を見据えた。
ゆっくり進行です! 気長にお付き合いくだされば幸いです!
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