第34話「魔術師ギルド」
昼過ぎの鐘がベルランテの街に響き渡る。昼食後は買い物客も増えると見えて、ベルランテは活き活きとした顔を見せ始める。
そんな中、俺は若干重たい足取りで通りを歩いていた。手元にはバルグムからもらった封筒がある。
バルグムとの戦いが終わり、<治癒の秘蹟>で傷を癒して騎士団を後にした。傷の治癒は魔術で出来ても、その分体力か何かが失われるのか、疲労感が身体に残る。
封筒の表にはバルグムのサインと蝋印で封がしてあった。見たことある、これたぶん開けちゃ駄目なやつで、このまま渡せばいんだよな。
裏返せば魔術師ギルドの場所が記されていた。それによれば魔術師ギルドはなぜかベルランテの街の外に位置しているらしい。案内役と南門で落ち合うように書かれていた。
魔術師ギルドが何でそんなところにあるのかはわからないが、行ってみることにしよう。
騎士団に入るかどうかは、まだ決めなくてもいいだろう。バルグムが本当は何を狙っているかはわからないが、紹介してくれるなら有難い。利用させてもらおう。
俺は大通りを苦い顔をしながら南下していた。
苦い顔の原因は宿屋だ。あの後宿屋に寄ったのだが、すでに俺の部屋はきれいに清掃されてしまっていた。倒れていたり戦っていたりするうちに、すでに支払っていた数日分の宿代は溶けてしまっていたのだ。しかも空いた部屋はすぐに埋まっていたという始末。
実は宿屋に支払うお金がなくなっていた。部屋を押さえておこうにも、先立つものが無ければいかんともしがたい。
冒険者ギルドに寄って依頼を受けてお金を稼ぐか、魔術師ギルドに行くかを迷った。しかし、今の疲れ具合で狩りをしたくないのと、早く魔術師ギルドに行ってみたいという好奇心から、魔術師ギルド行きを優先することにする。
いざとなれば途中で出た魔物の素材か何かを売って宿代に充てることにしよう。
俺はベルランテの南門をくぐる。案内役の騎士団制服姿を探してきょろきょろしていると、背後から声をかけられた。
俺はあわてて振り向くと、そこには知った顔があった。
「待っていたでござるよ」
「……ハーヴェ」
そこにいたのはベルランテ名うての情報屋改め、駐屯騎士団第3分隊長直属の隠密だった。群集にまぎれても目立たない服装。トレードマークの大きめの帽子が半ばまで顔を隠し、ケープのようなショートマントに小さな身体を隠している。
「バルグム殿の指示で同行させていただくでござる」
「いや、さすがにタダではいかねえと思ってたけど、お前かあ」
「気楽でようござろう? ボッツ殿などでは息が詰まっていたのではござらんか?」
俺はハーヴェの代わりにボッツに監視される自分を思い浮かべてみた。
うお、三分で殴りあったぞ! やれ! そこだ! ……よし!
想像上のボッツを思う存分殴り倒したあと、俺はハーヴェに向き直った。
「まあ、いいけどさ。それで、魔術師ギルドってどこにあるんだ?」
「ベルランテ南門を出て、南西に進んだところにあるでござるよ」
「ベルランテに来た時も魔術師ギルドっぽいものを探してはみたんだが見つからなくてな。変なマジックショップしかなかった」
「ああ……、あの店でござるか」
「知ってるのか……」
一瞬二人の間に沈黙が落ちる。おそらくハーヴェも思い浮かべているのは筋肉とスカートだろう。あとモヒカン。恐ろしい絵面だ。
「呪いの品ばかり扱ってござる。どこから仕入れているのか謎でござるよ」
「ハーヴェも知らないのかよ。つくづく怖ろしいな。あの店」
ハーヴェが南門を出て歩き始める。ワンテンポ遅れて俺も付いていく。荷を運ぶ商人や南からやってきたであろう冒険者の一団などとすれ違う。クーちゃんが轢かれたり踏まれたりしないように慌てて俺のそばに寄って来る。
「それで、何で街の外にあるんだ? 利便性悪くないか?」
「すでに魔術師ギルドを中心に、簡単な商店や宿屋などの施設もござってな、一種の拠点のようになっているでござる」
「ふうん。じゃ、大丈夫なのか? ともかく、案内よろしく」
俺は気楽に言って付いていくことにする。ベルランテ南は小麦畑のような耕作地帯が広がっており、そこを抜けるとなだらかな草原地帯となっている。見晴らしもよく、穏やかな地域だ。南の魔物としては、マルフや、俺は見たことがないが白妖犬という魔物などが生息していると言う噂だ。
そんないいのどかな景色の中を俺とハーヴェは黙々と歩いている。何か話そうかとも思ったが、話題の尻尾がつかめない。
そういえば、ハーヴェはこの前の戦いの時は何をしていたんだろうか。洞窟で会ったからには、あのあとの豚人と戦っていたのだろうか。
「なあ……」
「マコト殿」
「お、おう。なに?」
ハーヴェに話しかけようとして、出がかりを潰されてしまった。思わずうろたえた返答になってしまう。
「バルグム殿と手合わせをされたそうでござるな」
「……ボコボコにされた。手加減とかなかった」
「マコト殿が死んでない以上、かなりの手加減をされているでござるよ」
「そうなのかよ……」
「自分が聞きたいのは……、マコト殿はバルグム殿と以前からの知り合いでござるか?」
ハーヴェが深刻そうな顔で言うから、何かと思えば。
知り合いというのはありえない。
「いや、ぜんぜん全く」
「そうでござるか……」
「どうしたんだよ?」
「いや、バルグム殿がこうやって個人に固執することは珍しいのでござるよ」
「ああ、性格悪いから友達いなさそうだもんな、あいつ」
何故微妙な顔をする。なんか違ったか?
「ここまで便宜を図るからには、何かあると思ったのでござるが……」
「俺のほうが知りたいよ」
「……っと、見えたでござる。ここが魔術師ギルドでござるよ」
そんなことを言っているうちに、丸太を組み合わせて出来た簡素な門が見えてきていた。道に鳥居のようにできたゲート。ここが入り口ですよ、と示しているかのようだ。
魔術師ギルド拠点はこじんまりとしていた。軒先に商品を並べている店を除けば、建物も数えるほどしか存在していない。多少立派なつくりの大きな建物がたぶんギルド本部なのだろう。
俺とハーヴェは木で出来た階段を登ると、本部入り口の扉を開けた。
つくりは冒険者ギルドに近いだろうか。いくつかの小テーブルやベンチがあるホール。情報交換が出来るように、と設置されているのだろう。
テーブルに謎の小瓶を並べて恍惚としているぼさぼさ髪の女性。ベンチにころがっているボロ布の塊に見えるのは、どうやら横になっている老人らしい。壁際には、壁に向かって口から延々と何か念仏のような言葉を垂れ流しているやつれた青年がいた。
奥にはカウンターがあり、ものすごくだるそうな顔した、チャラい雰囲気の兄ちゃんがカウンターに突っ伏している。あれが、職員……でいいんだよな?
ハーヴェはギルドの入り口近くのベンチに座ると、そこで待つ構えのようだ。
あれ、俺一人で行くの?
いつまでも立ち尽くしていてもしょうがないので、俺はカウンターの前に立つ。
「も、もしもーし」
「うー…、ハッ! いや、寝てないッス! 寝てないッスよ!?」
「いや、寝てるだろ」
「あ、スミマセンッス。お客さんッスね。初めて見るお顔ッスね。ども、窓口担当のショーン、ッス」
チャラい。俺がまず思ったのがそれだった。
ちょっとたれ目がちな青い瞳。髪は短くツンツンととがっている。歳は俺と同じくらいだろうか。なんとも大学のサークルとか新入生歓迎会とかでいるようなタイプだ。襟付きのシャツにベスト。胸元のボタンは開けられてだらしなく着崩している。頑張っているのだろうが何か残念な感じが……。
「それで、本日はどんな御用ッスか? あ、魔術師登録ッスかね? それとも魔道具の登録ッスか?」
「あ、いや、紹介を受けて来たんだよ」
これなら敬語を使う必要もないな。楽でいい。
俺はショーンことチャラ男にバルグムからもらった封筒を渡す。渡されたショーンが驚きに目を丸くすると、ガタンと席から立ち上がった。
あまりの勢いに俺の身体がビクっと震える。
「うおっ! これ、アドラー家の封蝋じゃないッスか! 差出人は……バルグム・アドラー!? すげえ!」
「お、おーい」
やたら興奮して封筒を振り回すショーン。破れそうで怖い。あと興奮具合が激しすぎて怖い。なんだか今にも鼻血を噴きそうなぐらいテンションが上がってるが、大丈夫か?
「ちょっと待っててくださいッス! これ、開封の権限がオレにはないッスから、ギルド長に渡してきます!」
ショーンは叫びながらカウンターの奥の部屋へと飛び込んでいく。あまりの勢いに扉が開いたまま、奥のやり取りが聞こえてくる。
「ギルド長ギルド長これ見てくださいッス! すげえッスよ! あの魔術師バルグム・アドラーからの紹介状ッスよ!」
「うるさいよショーン! なかなか外に出ない娘を引っ張りだして来てるんだから、鬱陶しい真似はやめておくれ!」
「いや、これ見てくださいッス! これ!」
「わかったわかった……、うわ、って扉開いてんじゃないか」
言いながら扉から出てきたのは、四十台後半くらいの黒髪の女性だった。ショーンと同じ衿付きシャツにベスト。スラックスのようなズボンを履いている。火をつけていない煙管を片手に、反対側の手には封筒を持っていた。なんだか魔術師というよりは、肝っ玉母さんという印象を受ける。
彼女はカウンターまでやってくると、封筒から俺に視線を移した。
「やあ。私はギルド長をやってるマルクル・ティモットだよ。よろしく。にしても……バルグムからの紹介状とは珍しいねぇ」
マルクルは言いながら紹介状を開封する。中に入っていた便箋を取り出すと、表情を改めて、内容に目を通していく。最後まで読み終えると、その口元ににやりとした笑いが浮かぶ。
「ふうん、魔術師登録と基本魔術講座の申請ねえ。あんた、あの堅物とどこで知りあったんだい?」
興味津々といったふうにマルクルさんは俺を見てくる。
俺は視線をそらす。魔術で殴り合ったら紹介してもらいました、なんて複雑怪奇すぎて信じてもらえないだろう。
「まあいいさ。ショーン、必要な部分は進めておきな」
マルクルさんはそういうと紹介状をしまうためか奥の事務所へと戻っていく。俺はそのきびきびした後姿を見送った。
カウンターではショーンが俺からは見えないところからなにやらごてごてした物体を取り出してきた。
水晶になにやらチューブやら機械っぽい何かが取り付いたように見える、前衛的な置物を重そうにカウンターに置いた。
「ふう、まずは魔術素養検査からいくッスよ!」
なんだそりゃ。
俺はカウンターに置かれた物体を、胡乱げな視線で見つめるばかりだった。
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