第33話「思想②」
俺はバルグムと向き合っていた。何度も転がされたせいでけっこう距離が空いている。だが、十五メートルぐらいの距離なら、十分に魔術射程内だろう。
バルグムはさっきの勢いが今は鳴りを潜め、落ち着いた様子で俺を観察している。ここからどうするのかを見ているのだろう。攻撃魔術も防御魔術も起動させていない。
風が吹いてバルグムのローブがはためいた。
改めて戦力差を考える。
俺に使える『魔術』は全てバルグムも使えると考えたほうがいい。しかもバルグムは攻撃、防御、さらには支援の魔術も使える可能性がある。
俺にしかないものはなんだ。たぶんそれは『魔法』だ。
魔法陣すら出ない、魔術ではない特殊な能力。
そして、合成魔術。
今使えるのは何だ?
<たけるけもの>は防がれた。たぶん、火炎とか氷結とかを合成しても防がれるだろう。
<しびとのて>か? だめだ。接触しないと意味がない。だが、合成すればどうだ!
マナを集中。魔法陣が割れて出現して氷柱を手で掴み取った。
<「氷」初級>と<しびとのて>の合成呪文! これなら魔術の盾のマナを吸収するはず!
「行けッ!」
俺は氷柱を思いっきり投擲。狙いは胴体。ものすごい速度で氷柱がバルグムに向かって飛んでいく。
バルグムが即座に氷の盾を起動するのが見えた。
狙い通り! 接触した瞬間にマナを吸収、盾の弱体化か消滅。吸収したマナで俺の氷柱が巨大化する!
ということはなかった。氷の盾に接触すると、バキョンという哀しげな音を立てて氷柱が盾に負けて砕ける。
「うそおおおおお!?」
まさか、<しびとのて>って人体接触じゃないと効果発揮されないとか、条件付きか!? そういえば<いやしのはどう>も習得したけど起動できない。たぶん条件があるっていうのはビンゴだろう。
その時、頭の中で閃きが生じる。合成でしかできないこと。
――反対の属性を合成すればどうなる? 反発力でより強い威力を出せるかもしれない。
俺は右腕を前に突き出す。<いてつくかけら>と<「火」初級>の合成呪文!
「うおおおおおおおッ!」
魔法陣が砕け、じゅわっと氷が蒸発して湯気になった。後には何も残らない。
――ですよね!
俺はバルグムが放った衝撃球を回避するために大きく横に跳ぶ。避けた俺を衝撃球はやはり追尾する。俺は火の玉グレネイドを衝撃球に投げつけて誘爆させた。
なんとなくわかった。ホーミングされる原因は、<印>だ。あれは場所を知るだけじゃなく、つけた物体へのロックオンマーカーにもなるんじゃないか。なら、このまま遠距離戦をやっていてもこちらが不利なだけだ。
「――<解呪>!」
マナが俺自身を洗い流す。これで<印>が解除。ホーミングはされない!
俺はそのまま地面を踏みしめると、バルグムに向かって駆け出す。
「ていうか、魔術師相手に魔術戦をやるってのが間違ってんだよ!」
接近して仕留める! 拳骨でボコボコにしてくれる!
始めからこうしておけばよかった、と清清しい気持ちで俺は突撃する。
「ちっ……!」
バルグムが舌打ちすると鬱陶しそうな顔をするのが見えた。やはりこれが正解か。
そういえば、あの豚獣人たちもマルフに乗った魔術師には苦戦しているように見えた。砲台が高速で動き回れば、そりゃ怖ろしいだろうよ。
だが、真正面から攻撃魔術に突っ込んで轢かれましたというオチは困る。バルグムの動きからは目を離さない。見逃してはいけないのは起動時に必ず出る魔法陣。そこさえ見切れば魔術の発動前に回避行動に入れる。
バルグムが俺に杖を向けた。先端に魔法陣が出現する。
俺は右にショートステップ。そのままバルグムを中心に円を描いて射角から逃れるように走る。
「目の付け所は良いんだがね」
――バルグムの魔法陣が、割れない!
杖の先端が魔法陣を残したまま俺を追いかけてくる。そんなのありかよ!
なら、あとはもう、意地しか残ってねえ!
俺は突っ込んだ。十分にマナを練る時間もない。飛べば御の字程度の魔術しかでないかもしれない。だが、タイミングはここ一回しかない。
今こそバルグムの魔法陣が割れた。完璧に俺が避けられないタイミング。
「――<火弾>ッ!」
同時になんとか<マナ吸収火弾>を起動した。ピンポン球サイズの小さな火の塊がバルグムに向かって飛んでいく。
バルグムが目を剥いたのが見えた気がした。
避けられないなら、避けない。
起動の瞬間なら、お前も避けられないだろ!
最短距離で接近する俺に向かって、青い衝撃球が放たれた。自分から衝撃球に突っ込むことになるが、気にしない。
胸元で広げた両手を重ね合わせる。自分から突っ込むってことは、当てられるところも選べる。
ケイブドラゴンの皮で出来たグローブは、耐魔術性能は優秀だ!
ズドッと衝撃波の重い感触。身体の勢いが止まる。
もう一撃も同じ所で受ける。俺の上半身が弾かれ、のけぞるようにして体勢が崩れる。
バルグムに飛んだ<火弾>は、俺の狙い通りに命中した。本当ならば、ローブではじかれるレベルの火。だが、突き出されたバルグムの杖もつ右腕に当たったとたんにそれは牙を剥いた。ぐんぐんと球状の火炎として大きさを膨らましていく。
「ゴオオオオオオオオアアアアッ!」
ここで決着を付ける!
<麻痺咆哮>の波がバルグムに突き進む。
そこから一瞬の連続だった。
バルグムが魔法陣を展開。その数、三つ。
バルグムの杖先に魔法陣が現れたかと思うと割れ砕けた。
膨れ上がる火球が風船のように内側から割れ、四散。
同時に魔術は起動できねえんじゃねえのかよ、悪態をつく間に青い衝撃球七発が飛んでくる。
三発を両手で叩き落したところで限界が来た。一発で姿勢が崩れ、残りの三発で地面に這いつくばる。
蛇のようにうねる雷撃が、倒れている俺を打ち据えた。
<体得! 魔術「雷」初級 をラーニングしました>
「ぐ……ッ!」
だめだ。動けん。頭がぼうっとする。
くそ……、強えなあ。どうやったらあんなことできるんだよ……。
「……終わりのようだな」
バルグムが倒れた俺に向かって歩いてくるのが見える。
「有能な魔術師は私の隊に引き入れたいと思っている。そのために、もっと君には魔術について勉強してもらいたい」
バルグムはフードの裾から一枚の封筒を取り出すと俺に向かって放った。ばさっと顔の近くに落ちた封筒を、鈍く動く手を伸ばして握る。
「魔術師ギルドへの紹介状だ。力を振るう心構えも、教えてもらえ」
「ふざ……けんなよ……。誰が、お前の……思い通りに……」
呻く俺に、バルグムはもう何も声をかけなかった。そのまま訓練場から去っていくのを、俺は見送るしかなかった。俺はただ一人取り残される。
俺はごろんと寝返りをうつと、仰向けになって空を見上げた。疲れと痛み。全身が鉛のように重くなっていた。
今まで退避していたのだろうクーちゃんがやってきて、俺の顔をぺろぺろと舐めて慰めてくれる。
ぜったいこの戦い、バルグムが調子乗った俺にやきを入れたかっただけの気がするんだよな。
ボコボコにされたが、それでも収穫はあった。
俺が魔術を『使う』ことはできても『使いこなす』ことができていないってこと。まだまだ魔術の奥が深いってこと。
今気づいたけど、バルグムは戦闘開始から一歩も動いてない。俺の使う魔術も戦闘の流れも、だいたい見切られて対応されてたってこと。
しかも今回ラーニングできた魔術を考えてみると、バルグムは『初級』の魔術だけで俺を相手にしてたってこと。
運が良かった。バルグムが俺を殺す気だったら。簡単に死んでただろう。
もしかしたらこのレベルの人間はごろごろしてるのかもしれないな……。ちょっと慎重にいかないとだめだろ。
にしても、魔術ってすげえな。俺も、あんな風にできるのか……?
倒れたまま、気持ちのいい風が撫でていくのを感じながら、俺は一人これからどうするかを考え込んだ。
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