第32話「思想①」
俺はクーちゃんと騎士団舎の前に立っていた。
何度ここには来ただろう。マルフ放牧場以外はあまりいい思い出は無い。
「……部長に呼び出された気分だ」
俺の足元にいるクーちゃんが気遣わしげに見上げるのがわかる。無理難題、もしくは愚痴と嫌味を言いたいだけの部長のむかつく顔が思い出される。
まあ、今回はどうなるかわからないけどな。倒れたあの場で拘束されなかったことを思えば、処刑とかはない、だろう、たぶん。突っぱねて別の街まで逃げてしまうことも考えたが、この街の警備機構でもある騎士団に睨まれ、ベルランテに寄れなくなるのも嫌だしな。
俺はため息をつくと、重い足取りで騎士団舎の中へと入っていった。
入り口で名前を告げると、すぐに案内してくれることになった。後について騎士団舎内を進んでいく。
騎士団内は慌しい様子だった。誰もがバタバタと走りまわり、書類や物品を運んでいる。
そうかと思えばものすごくしょんぼりとした様子の団員が、幽霊のごとく歩きいている姿も見える。
何かと思ったが、第1分隊の団員か……。
ルークを隊長とする第1分隊はいわゆる裏切り者の隊だ。もうルークは居なくなったようだが、他の団員はそうではない。どんなお咎めがあるか通達されるまで気が気ではないのだろう。
ルークに味方した人もいただろうし、知らずに命令に従った人もいただろう。それをどうやって選り分けてるのかはわからないが。
そうこうしているうちに前にも来た事があるバルグムの執務室へと辿り着いた。
「バルグム隊長。お連れしました」
「入れ」
案内してくれた団員はドアを開けると俺を促す。どうやら彼はここまでのようだ。
俺はドキドキと心臓が脈打っていることを気取られないように、表情を改めた。室内に踏み込む。
バルグムは執務机に座っていた。前と同じように何事かを書類に書き付けている。室内のためローブを脱いでいた。騎士団カラーの制服を着ている。
バタン、と扉が背後で閉まった。俺の身体が思わずびくぅっと反応する。
バルグムは何もしゃべらない。かりかりと羽ペンが文字を書く音だけが耳に入る。
俺は座っていいのか立ったままでいいのかもわからず、どんな声をかけていいかもわからず立ち尽くす。
泣き落としで無実を主張すればいいのか、騙されたことを強気で言い張ればいいのか。
俺が十分に嫌な気分を味わったころ、骸骨のような顔も上げず、バルグムが口を開いた。
「ルークと狼人族は街の外まで逃げた。だが、『ドマヌ廃坑』の地下二階に逃げ込んだために取り逃がした。まだ交代で入り口を見張っているが……ルークは『剣聖』に教えを受けたほどの剣の使い手だ、他の出口を知っていればとり逃したことになるな」
バルグムの言葉に、俺は少なからず驚いた。あれだけの状況で、ルークとガーラフィンは逃げおおせたという。まあ、追手を振り切るためとはいえ、あの『ドマヌ廃坑』の地下層に逃げ込むとは。バルグムの言うとおり、あいつらには何か手があるのだろうか。
バルグムが羽ペンを置く。完成した書類を脇に置き、顔を上げた。相変わらずその表情は読めない。
「それで、君の処遇だが……」
「……」
「特には無い。ルークの甘言に騙された行動であったこと、ボッツ小隊を負傷させたが、市庁舎を防衛したことで帳消しと考えていいだろう」
「無罪放免ってわけ……ですね」
俺はホッと胸を撫で下ろした。俺の懸念は解消された。だが、あまりにやけた顔を見せないほうがいいだろう。俺は無表情を保つ努力を続ける。
「洞窟の前で言っていたことを覚えているかね?」
「詳しく教えてくれるとかいう? レクチャーしてくれるとか何とかってやつですか?」
「そこしか覚えていないのかね」
バルグムは言いながら席を立つ。その腰には剣帯のように杖が装備されているのが見えた。バルグムは部屋の隅にあったローブ掛けからローブを取って羽織る。俺の横を通りすぎ、扉を開けて外へと出た。あごで俺に付いてくるように示す。
俺が連れて行かれたのはマルフ牧場とは別の側、塀に囲まれた訓練場だった。塀に備え付けられた扉から内側へ入る。
塀のせいで今までこんな場所があるなんて気付いてなかったけど、ここって騎士団舎前の訓練場より広いスペースがあるんじゃないか、これ。壁のような遮蔽物はなく、野球場のようなフィールドがそこには広がっていた。
訓練場は土がきれいに均されているが、何度も掘り返したかのようにその色は黒い。何か気になるのか、クーちゃんが何箇所も土の匂いをふんふんと嗅ぎ回っている
鍬やスコップを振るような訓練で無い限りは、何かが地面を抉るような訓練なのだ。つまりは――魔術。
訓練場の中央。そこでバルグムは立ち止まった。俺の方へ向き直る。
「さて、始めようか」
「……へ?」
バルグムが杖の調子を確かめるように二、三度振るのが見えた。杖を持つバルグムは自然体に見える。相当に使いなれた武器なのだろう。
「魔術師として、これは私の個人的なレクチャーだ。気にせずかかってきたまえ」
ただ立っているだけのバルグムから、プレッシャーを感じる。
一瞬このままやっていいのか俺は逡巡した。魔術の一撃は威力が高い。下手をすると俺が死ぬかもしれないし、バルグムを殺してしまうかもしれない。だが、レベルの高い魔術師とこうやってやり合う機会なんてあるかわからない。バルグムは魔術部隊の隊長格だ。それ相応の修練を積んでいるに違いない。
……バルグムは俺の知らない魔術を、まだまだ持っている。
前にやりあった時にラーニングできなかった衝撃球。それに豚頭の獣人と戦っていた時の雷魔術。
だが……。
「迷っているのかね? 殺すようなことはせんよ。無論、私が死ぬようなこともない。君程度の魔術では怪我もせんよ」
バルグムの言葉を聞いて、俺は黒金樫の棒を構えた。クーちゃんも俺の足元に並ぶ。毛を逆立て、バルグムを睨んでいる。
――やってやろうじゃねえか。
怪しいとか、騙されてるとか、バルグムが何を考えてるのか今ひとつわからないが、こいつに一泡吹かせてやる!
鞄を地面に置き、フード付きマントもそこに置いておく。これで動きやすくなった。
空気が緊張感でぴいんと張っていく。研ぎ澄まされたような感覚の中、俺はマナを集中させる。
動いたのは、二人同時。
「――<身体能力上昇>!」
「――<探知>」
魔法陣が割れるのも同時だった。
俺は先手で<身体能力上昇>と<まぼろしのたて>を二重起動する。魔法防御の淡い輝きが俺を包み込む。
バルグムはこの前も使った<探知>。そういや試してなかった。どういう効果があるんだ、これ。俺も使っておくか?
いや、試している間に別の魔術を使われても厄介だ。まずは小手調べ!
「<火弾>!」
「――<雷盾>」
俺が放った火弾は、バルグムが生み出した雷の盾に阻まれた。直径一メートルほどの円形をしている。俺の火弾は簡単に消滅したが、雷の盾はいまだそこに残り続けていた。輝く雷がバルグムの姿を隠している。
盾の魔術とかあったんだな。
魔術師は防御力が低いわけだから、考えてみりゃ当たり前か。氷もそうだし、前に出すだけで盾にできるよな。
ボッツとの戦いでは魔術を使わせる暇を与えず麻痺させたからな。
「ガアアアアァァァアアアッ!」
俺の十八番、<麻痺咆哮>が空気を振るわせる。咆哮に乗せて音速で迫る麻痺の呪い。
だが、呪いのもやは雷の盾にぶつかると、相殺して弾け飛んだだけで終わってしまう。
消えた盾の向こうには、杖の先端を俺に向けたバルグムの姿。
「<穿て魔弾、その威を叩きつけよ。衝撃球>」
バルグムの魔法陣から青い衝撃球が射出される。光を尾を引き、空間に直線を描く。
俺は左に跳んで避ける。かなりの速度が出ているが、避けられないほどの速度じゃない。
「――<印>」
バルグムの声が響いた。<印>は使用者以外には見えない。恐らく俺に付着しただろう。
でも<印>!? 何で!?
俺の頭の中で疑問符が浮かぶ。
あのタイミングで魔術が使えるなら、威力のある魔術を叩き込むのが普通じゃないのか?
「くっそ! ――――<いてつくかけら>ッ!」
<魔術「氷」初級>と二重起動することで、魔法陣が割れると同時に槍サイズの氷柱が出現する。サイズを強化する暇はない。このまま射出。それでもピッチングマシンのボール並の速度は出てる!
「<永久なる凍結。何者にも砕けぬ氷。――氷盾>」
バルグムの魔術が起動する。一瞬で氷柱の槍の射線上に氷の盾が割り込んでくる。
槍が盾に突き刺さる。ゴシャアという大きな音を立てながらお互いが砕けて地面へと落ちていく。
その向こう、バルグムの魔法陣が割れるのが見えた。
――――速すぎだろ!?
心の中で叫ぶ。
青い光球が先ほどより速い速度で向かってくる。衝撃球!
クソ! 距離を詰めて魔術ぶち込むか!? <しびとのて>を使うにしてもやっぱ接近しないと――!
「――――っぐオ!?」
口から変な声が漏れた。
俺の右腕側、青い衝撃球が炸裂した。車に轢かれたような、でかい面の衝撃が俺を叩く。
見間違いじゃなけりゃ、確かに左にステップしたはずの衝撃球が追いかけるように曲がってきたぞ。ホーミングとかありかよ――――!
<体得! 魔術「衝撃」初級 をラーニングしました>
新しい魔術の習得を喜ぶ間もなく、二発目が俺に命中した。同じところにもう一発。
バランスを崩していた俺の身体はあっけなく転がった。回る視界にちらりと青い光が見える。
まだ衝撃球撃ってきてやがる!
転がる俺に避ける術はない。一撃目が上から背骨を押すように衝撃波が炸裂。背骨の軋みと痛みにのた打ち回る暇もなく、二撃目が左の肩口に炸裂。地面でバウンドしてから、俺が身体がどさっと落ちた。
痛い。骨が折れたりとか皮膚が裂けたりとかは無いが、これ、全身殴られまくったような感じになってる。魔法防御が効いてこれなら、本当なら骨くらい折れてるんじゃないか。
「君は一体何者だ」
バルグムが俺に声をかけてくる。今の俺は返事どころじゃない。
「詠唱短縮や無詠唱魔術を使うわりに、魔術戦の素人のような動きをする。魔術理論を知らず、感覚だけで魔術を使っているように見える」
衝撃。俺の身体が吹っ飛んだ。肺の中の空気が押し出される。苦しい。
黒金樫の棒をどこかに取り落とした。探ろうにも思うように腕を動かせない。
「魔術師としての心構えもなく、力を使うのではなく、力に振り回されている。そんなもの、子供に爆弾を持たせているようなものだと思わないか? いずれは巻き込まれて死人が出る」
「ぐ……!」
わかってるよ。いや、最近わかったというべきか。
だが、自分で自分に言う分にはともかく、人に言われるとむかつく。
「なんのために力を持つか。何のために力を振るうか。それを考えねばならんだろう! そんな様だから、クィオスにもいいように使われる」
バルグムの語気が強くなる。これ、説教されてんのな、俺。
魔物とか倒して、暗殺者とかボッツとか倒してけっこういけるって思ってたけど、やっぱ強い奴いるわ。俺がこれまで好き勝手やったように、調子に乗ればそいつの気分で叩き潰されることもあるんだろう。今の俺みたいにな。
「オマエは何のために生きる! 何のために力を持つ!」
同時に再び衝撃球が着弾。再び身体が転がっていく。頭がガンガンする。腕も足も、痛いというより痺れがある。
「ぐゥ――――おッ……!?」
胃の中の物がぶちまけられる。胃酸で喉が焼けるいやな感じ。
お腹へのダメージと何度も転がされたせいか。だが、今のでぼんやりしそうになった意識が戻ってきた。
震える腕に活をいれ、何とか身を起こす。
「生きる意味とか、生きる目的とか! そんなん考えたこともねえよ!」
足も震えるが、何とか立てる。
「高校行く時も、大学行く時も、就職した時も、何かやりたいとか思ってたわけじゃねえ。だいたいがそうするもんだったから、そうしてきた。安全だったけど、なんか窮屈で、生きてるのか死んでるのかわかんないように生活してた」
なにせ一度死んでるよな、俺。あまり実感ないけど。
死ぬ直前のことなら覚えてる。疲労じゃない、精神的に磨耗して、どうして生きてるんだろってぐるぐる考えてた。
でも、こっちきてからは違う。見るものすべてが元の世界と全然違う。景色、生き物。魔術・魔法というすごい力。戦わないと死ぬような状況。覚えること、やりたいこと、多すぎて困ってしまうくらいだ。
「今は、『生きてる』って感じがするんだよな」
身体は動きそうだ。衝撃波なのが幸いしているのだろう。火炎や氷結、雷撃などだったら今頃五体満足かも怪しい。
「『生きる意味』とか、生きることに余裕出てから考えるわ」
正直、何のために生きてますかって言われてもよくわからん。だけど、今回みたいに『やらされる』のはかなりイヤだ。俺は、俺のやりたいようにやりたい。
俺はバルグムを改めて見た。俺が立ち上がったり喋ったりしてる間は攻撃を仕掛けてこない。
……まさか、わざわざ衝撃球だけ使ってるのか? 俺を殺さないために?
たぶん、今の俺は、魔術戦ではバルグムには勝てない。
だが、このままでは終わりたくない。
――絶対、一泡吹かせてやる。
読んでいただきありがとうございます!
2分割になります。次の更新は2日後です!




