第31話「事後経過」
――――マコトはガーラフィンと対峙していた。
市庁舎の正面扉を背に立っているのがマコト。ガーラフィンはマコトから10mほど離れた位置に立っていた。すでにバスタードソードを抜いている。
ガーラフィンはものすごく接近戦のレベルが高い戦士だ。近付かれれば勝ち目は無い。
マコトは距離があるうちに火弾や氷柱を撃つ。
だが、マコトの魔術はガーラフィンに斬って落とされる。それどころか、明らかに当たっている魔術ですら、効果がない。氷柱がガーラフィンの目に命中し、そのままばらばらと砕けて落ちていく。
半分まで近付かれた。魔術は効果がない。
マコトが放った丸太の如き氷柱の槍――――ガーラフィンの胴体に命中。砂糖細工のように砕けて粉になる。
マコトが放った火の鎖と巨大火炎槍―――ガーラフィンに命中する前に蒸発音を残して消える。
近付かれれば死ぬ。
いや、死ぬより恐ろしいことが――――。
『――――よそ見してていいのか? ほら、そこ』
マコトはハッとした。何故ぼんやりとしていたか自分でもわからない。
ガーラフィンはすでにマコトの目の前。ガーラフィンが剣で指す先を見る。
クーちゃんが死んでいた。赤い、血溜まりの中に小さな身体が沈んでいる。
上半身と下半身が完全に別れている。切り口からはいまだにゆっくりと生命が流れ出している。
口からはべろんと舌が力なく垂れさがり――――。
『オマエのセイだなあ』
ガーラフィンの顔が見えない。
逆光のせいで影のように真っ黒になってしまっている。
開いた口の、白くギラギラした牙だけがよく見える。
『何とかなると思ってたんだろ』
見たくない。マコトがそう感じても、身体は言うことを聞いてくれなった。顔が勝手に反対側を向いていく。マコトは強く念じる。だめだ、そこには。
ミトナが、死んでいた。
死因は身体の中心から肩に向けての斬り上げの斬撃。肺を断ち割られたため、口元には血が。
腕や足にも無数の斬り傷。血まみれの姿になっている。首も半ば斬られている、ちぎれていないのが不思議なくらい。片耳も斬り飛ばされ、薄灰色の髪も紅く染まってしまっている。
光を失った瞳がマコトを見ている。
『ほら、調子に乗るから――――死んだ』
マコトのお腹に、バスタードソードの刀身が埋まっている。
痛みがないのが逆にマコトの心臓を冷たく握りつぶす。
じわっと紅く――――。
俺は目を開けた。
飛び起きるとか、跳ね起きるとかよく言うが、そんな余裕は無かった。
俺の全身は嫌な汗で冷たく濡れ、心臓は痛いほど脈打っている。無意識にシーツを握り締めた拳が痛い。
生きてる。
俺、生きてる。
世界をまだよく認識できていない俺の顔を、びしっと何かが打った。
視線だけ動かしてみると、小さな小動物の丸まった尻が。ってこれクーちゃんじゃねえか。
俺が寝ているベッド、その枕元にクーちゃんが丸まって寝ていた。小さな身体が呼吸のたびに動くのを見て、俺は安堵した。
時間をかけて上半身を起こすと、両手で顔を覆う。長い長い息が、口から吐き出された。
「そうか……そうだよな。夢か。夢だよな」
当たり前だ。俺とミトナはガーラフィンから市庁舎を守りきった。ルークとガーラフィンはあの場からマルフで逃げ去ったのだ。
「――ってあの後どうなったんだ!? うおおお! ってかここどこ!? 俺の宿屋じゃないし!」
俺は叫んだ。
今頃気づいたがここは俺の宿の部屋じゃない。ドアが一つ、窓が二つ、差し込む太陽光で部屋が明るい。ベッドもかなり大きい。キングサイズ? いや、それより大きいのか、これ。窓際には机、と椅子。後は大きな箪笥、とシンプルな作りになっている。
俺は皮の胸当てと上着を脱がされ、さらにブーツやグローブも外した身軽な服装になっていた。ベッドそばにきちんとそろえて置いてある。俺のかばんも。
だが、俺の頭の中は疑問符だらけだった。
ここ、どこ?
扉のノブが回され、ミトナが部屋に入ってきた。
ミトナはすでに鎧姿ではなく、普段着に着替えていた。いわゆる村娘っぽいスカート姿。なんか新鮮だな。俺を見ると、形のいい眉を上げた。
「あ、起きた」
「み、ミトナ!?」
「水でも飲む?」
「あ、ああ。頼める?」
「うん。それと、着替えたほうがいいかも」
ミトナは俺の姿を見るとそう言った。確かにこのままじゃ風邪をひくかもしれないな。
ミトナが部屋から出たあと、鞄から下着の代えを出すと着替えた。ごそごそしていたがクーちゃんは起きる様子が無い。本当に大丈夫かと色んな角度から眺めるが、異常は見当たらなかったのでよしとしよう。
そうこうしているうちにミトナが水と野菜をはさんだパンをお盆に載せて戻ってきた。ありがたく頂くことにする。ベッドの上でお盆をもらい、そこで食べる。
ミトナは椅子を引き寄せると、ベッドから少し離れた位置に落ち着いた。
クーちゃんが目を覚まし、前脚を伸ばしてぐーっと伸びをする。おお、もう大丈夫みたいだな。パンを一欠けらちぎって渡してやると、前脚で押さえながら食べ始めた。
俺の方も食べて飲むとひと心地ついた。やっとエンジンが掛かってきたような気がする。やっぱ栄養入れないと頭が働かんな。
「ありがとう。生き返った」
「ううん。気にしないで」
「……ここは?」
「大熊屋の二階だよ。マコト君倒れちゃって、マコト君の宿もわからないし」
ここ、大熊屋の住居スペースか。そういや二階があったな。
俺の脳裏にひとつの考えが浮かぶ。
ウルススさんは奥さんと同じ寝室だろうし、ま、まさかここはミトナの……!
ぐっと俺の身体に力が入る。
「お兄ちゃんの部屋が空いててよかった」
ですよね。
人生甘くないわ。
でも、あのまま放置されてたら何があったかわかりゃしない。介抱してもらえて本当に感謝だ。
「いや、本気でありがたい。助かった」
「気にしないで。マコト君がいなかったら、たぶん私も生きてなかっただろうし」
俺はベッドの上で頭を下げた。下げたままミトナの言葉を聞く。
ミトナの感謝の言葉、あまり素直に喜べない。棘のようなものが、気持ちに刺さる気がする。顔を伏せていられて助かった。今の顔は、ちょっと見せられん。
俺は大丈夫と判断してから顔を上げた。
「それで、聞かせてもらっていいか? 俺が倒れてから、どうなったんだ?」
俺はミトナにあれからどうなったのかを説明してもらった。
どうやらガーラフィンが最後の一人だったようだ。市庁舎を攻めていた狼人はあの場でほとんど倒され、市庁舎は守ることができたらしい。市庁舎にはミトナの母親も避難しており、それ故にミトナも防衛戦に参加したらしい。
ガーラフィンとルークが去ったあと、マルフに乗った騎士団の人がやってきたらしい。ミトナはガーラフィンとルークが逃げたことを説明し、騎士団の人はそれを追って走り去った。たぶん、おっちゃんかな?
その後、しばらく俺は四阿に寝かされていたらしいが、撃退宣言が出たあとは置いておくわけにもいかず、ミトナがおぶって大熊屋まで戻ったという。それから丸一日、このベッドで俺は寝込んでいたらしい。クーちゃんも部屋に入ってから枕元に自分で移動して、そこに落ち着いたらしい。
ちなみにウルススさんは一人店舗に残っていたそうだ。こういった事態のときは、店の金品を狙っての火事場泥棒が来ることもあるらしく、その撃退のためという。今回は襲われることもなく、無事だったようだが……、元冒険者のでっかい熊獣人を襲おうという輩がいるのかどうか俺は疑問だ。
ミトナがふうと息をついた。説明もひとしきり終え、しゃべり疲れたのだろう。
「あ、そういえば、騎士団の人が『起きたら必ず騎士団まで出頭するように言っておいてください』って言ってたよ」
「あ、あーあー……。まあ、そうなるよなあ」
俺はあごをごしごしと指でこすりつつ呟いた。
ルークを倒すことで俺が無実だと証明することが目的だったのに、結果としては市庁舎を守ってたわけだからな。行動がズレている。いちおうルークを見つけておっちゃんを呼んだんだから目的は達成できたと思うんだが……。
今考えても、俺っていいように『使われてる』な、これ。
ルークにしても、おっちゃんにしても……。おっちゃんに至ってはいい人そうに見えた分、なんかショックも大きい。恨む気は無いが。
「マコト君って、魔術師だったんだね。戦士と思ってた」
「……どうなんだろな」
ミトナが不思議そうな顔で聞いてくる。
そう言えば『ドマヌ廃坑』の時には、ミトナの前で魔術を使わなかったからな。
「ふうん。じゃあ、どっちでもいけるようなデザインにしなくちゃ……」
後半は呟くように自分の考えに没頭してしまったミトナ。俺のほうに意識を向けていないから、その顔を眺めることができる。
いまさらながら可愛い娘さんと一つの部屋に居ることに心臓がドキドキしてきた。ってかだからと言って何があるわけでもないけどね! たぶん下の店舗スペースでは怖い熊のお父さんが店番してるだろうし!!
俺の身体自体には大きな傷はない。そのことを確認すると、俺は大熊屋をお暇することにした。クーちゃんも危なげない様子で付いてくる。
ミトナにも、ウルススさんにもお礼を告げて店を出る。奥さんには会えなかったな。
ウルススさんにも、ミトナと奥さんを守ったお礼を言われたが、やっぱり棘が刺さる。くそ。
中央広場に出ると、もう人々の活気は戻っていた。なんとなく熱に冒されているような雰囲気を受けるのは気のせいだろうか。撃退をした祝勝ムードになっているのだろうか。
「行くか……」
俺は騎士団に向かうことにした。
整理はつけておかなければならない。
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