第29話「証明」
――もやもやする。
バルグムの言葉や、騎士団第3分隊が戻るベルランテ。様々なことが頭に浮かんでは泡のように消えていく。
しばらくあの場で何だかあらわしようの無いもやもやを抱えて立ち尽くしていたが、それでも何とかせにゃならんだろ、と俺は歩きだした。
いつもの東の森がざわついている気がする。木々の木漏れ日も翳っている気がするし、心なしか動物や魔物の鳴き声もしない。踏んでいる落ち葉や枯れ枝すら湿っているように感じるのは、俺の心が湿っているせいか。
気もそぞろなまま歩いていた俺の耳に、戦闘音が聞こえてきた。
怒号、悲鳴、爆発の音。俺は足を速める。森が終わる境界線のところで足を止めた。
森が開けた。
そこにあるのは、地獄を切り取ったかのような光景だった。
死体が転がっている。
頭が豚の獣人が焼け死んでいる。へこんだ鎧を貫通されて、内部から焼き尽くされたらしい。
死体が転がっている。
人間が殴り殺されている。ヘルムごとつぶされたのか、身体に頭が陥没していた。
死体が転がっている。
どれほどの火力で焼かれたのか、表面は黒こげで、影のようになってしまっている。
俺は口元を押さえた。
突撃のための鬨の声が上がる。俺はハッとして狭まっていた思考と視界を広げた。
戦いは継続中だった。
騎士団第3分隊は何人かの死者を出しながら一塊に固まっている。陣形ってやつか? 豚の頭をした獣人たちも陣形を組んでいるが、圧倒的に数が足りない。鎧を着込み、盾を持つことでとても防御力が硬そうだ。ぐっと耐えるように盾に身体を隠し、前傾姿勢で突撃を敢行する。
黒金樫の棒を持つ手にぐっと力がこもった。
第3分隊の兵たちは軽装だ。あの盾で突撃されるだけで大きくダメージを負うだろう。
地面が蹴立てられ、土くれが草と共に舞う。
進む豚獣人たちの横合いから衝撃球が叩き込まれるのが見えた。そのがっしりした体躯と鎧ゆえに吹き飛ばされるのは耐えたが、突撃も止められてしまった。
「……バルグム!」
エルナトに乗ったバルグムが、その機動力を活かして旋回しながら魔術を放っているのが見える。豚獣人も反撃に何かを投げているようだが、当たらない。バルグムの杖先で魔法陣が割れた。豚獣人の列に、もう一発、衝撃球が叩き込まれる。
「――オオオオオオオオオッ!!」
隊列から豚獣人が飛び出した。いや、あの頭は豚というより猪か。一回り大きな屈強な身体。指揮官クラスだろう。だが、鎧はへこみ、ヘルムも無い顔は血で濡れている。バルグムを道連れにするための、最期の突撃。両手にメイスを持ち、エルナト上のバルグムを狙うべく恐ろしい速度で跳躍する。
「<――――雷蛇>ッ!」
のたうつ雷撃が蛇のごとく牙を向いた。空中で猪獣人の上半身をばくんと飲み込むと、そのまま宙へと抜ける。空中で勢いを失った下半身がどさりと落下し、その中身をあふれ出させる。
完全に趨勢は傾いた。士気も何もかも崩れ落ちた豚獣人たちを魔術が潰していく。
俺は口元を覆っていた手を離した。ふぅと長い息を吐いた。かなり集中して見入ってしまった。
ここの戦いはもう終わりだろう。今はベルランテが気になる。
「おや、マコト君じゃないか。やっぱり追いかけてきたんだね」
「うッオオオ!?」
急にかけられた声に俺の心臓が飛び跳ねる。叫び声が口から盛大に漏れた。
本当に驚いた時、心臓って痛いんだな。
振り返るとそこにはマルフに乗ったおっちゃんが居た。この距離に近づかれるまでに気付くと思うのだが。俺がよっぽど集中していたのか? おっちゃんとマルフの隠密能力が高いのか?
「お、おっちゃん!?」
「いやね、アルマクが知ってる匂いだっていうからマコト君だろうな、と思ってね」
「……俺がモリステア兵だったら?」
「今ごろこの仔のお腹の中だろうね」
おっちゃん、顔は笑ってるけど目が笑ってないよ。
「ていうかおっちゃんは何で俺のところへ?」
「ああ、うん。君を乗せてベルランテに戻ろうと思ってね」
「へ?」
俺の口から変な息が漏れる。おっちゃんは笑顔のままで真意が読めない。
いや、さっきは断ったじゃん。どういうこと?
「いやね、ルーク隊長が裏切ってるっていう証人がいるでしょう? 彼を捕縛するためにはフィッテ隊長の協力も欲しいし。そのために手伝ってほしいってわけだよ」
「は、はぁ」
「それにこの仔たちは強いけど、私はからっきしだからね。できれば守ってほしいなあ、なんて。依頼を受けるのが冒険者なんだろう?」
おっちゃん怖い。これか、一番怖かったのはおっちゃんっていう落ちか?
言ってることは当たり前のことのようだけど、目が怖い。絶対なんか裏があるよ。うかつに返事できねえ。何やらされるか分かったもんじゃない。
俺が焦りながら黙っていると、おっちゃんは続けて言う。
「マコト君はモリステアのスパイじゃないんだよね?」
「も、もちろん」
「じゃあ、スパイじゃないっていう証明にもなるし、手伝ってくれるよね?」
「…………はい」
いまさらルークの依頼を受けたことを後悔している。後先考えずおいしそうに見える依頼に食い付いちゃいけないってことか……! いまあのスパイ野郎のせいで、いいように使われようとしてるよ、俺。
ていうかバルグムさんの意向とか無視しちゃっていいの? おっちゃん?
俺の迷いや気持ちがぐるぐるしていたが、そんな俺におっちゃんが無情にも声をかける。
「じゃ、乗ってくれるかな?」
マルフが伏せて身を低くする。鞍にはステップのようになっている部分があり、そこに足をかけると、後はおっちゃんが引っ張り上げてくれた。俺はおっちゃんに言われるまま、邪魔にならないように黒金樫の棒を鞍に設置する。普段は槍などを固定するんだろう。
微妙に硬いような座り心地。かばんにクーちゃんがいることを確認すると、二人乗りの時の定番で、おっちゃんの腰に手を回す。
……なんで美少女とか美人とかじゃないんだろう。あれか。行いが悪いせいか?
「ぉあ!?」
アルマクがぐん、と立ち上がった。いらん事を考えていたせいでびっくりさせられてしまった。
視界が高くなり、こんな状況だがちょっと誇らしげな気分になる。
「しっかり掴まっててね。じゃないとお尻から飛んでくことになるよ」
返事をする前にアルマクが駆け出した。
犬系の大きなストライド。騎乗用のためか、あまり上下はしないが、それでも跳ねたり跳んだりするたびにお尻が浮く。下手すると本当にお尻から飛んで行ってしまうかもしれねえぞ、これ!
俺はぎゅっとおっちゃんに密着するように腕に力を込める。
乗りこなす技術の差か、おっちゃんは安定して乗っている。
走るより速い速度でアルマクが進む。ちょっとくらいの障害物なら軽々乗り越えて進む。
脚が地を踏むたび、力強い振動が伝わってくる。柔らかい土くれは蹴り上げられるが、土くれが地に落ちるころにはだいぶ先にアルマクは進んでいる。
ようやくアルマクの動きに慣れてきた頃に、ベルランテの東門が見えた。
「東門が……ッ!」
「どうやら、敵さんはあれだけじゃなかったようだね」
ベルランテ東の門は破られていた。途中まで閉じようとしたのだろう、半端なままで止まった門と、倒れている門番。息があるかどうかも分からない。
「急ごう」
おっちゃんの言葉に、俺は黙って身体を安定させてアルマクが走りやすいようにする。
俺とおっちゃんはベルランテ東門から、街の中へと入っていった。




