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第28話「追撃」

 ベルランテ東の森が、熱気に包まれていた。

 落ち葉や根などが這い、養分の多いふかふかした地面を大勢の足が踏みしめる。小走り程度の速度ではあるが、六十人以上が隊列を崩さず走る姿は見る者に畏怖を与えるだろう。


 先頭をマルフに乗った団員が先導する。マルフの口からは時折短く低い吠え声が漏れている。魔物を遠ざける吠え声である。<たけるけもの(咆哮)>の一種であり、寄れば叩き潰すぞという意思を乗せてマナを放っている。このあたりのキノコやニワトリであれば寄せ付けない。

 マナの繋がり(パス)で繋がった団員は、マルフの五感が感じる索敵情報を淡く感じていた。視認できなくても嗅覚で捉えれば分かる。


 森の中を隊列を崩さず進む集団がいた。ベルランテ駐屯騎士団第3分隊。

 彼らは魔術師を中心とする分隊である。だが、魔術の鍛錬の他、身体の鍛錬も十二分にこなす彼らにとってこれくらいの進軍は何でも無い。

 無言で進む彼らは緊張した面持ちをしていた。ベルランテの街に入られる前にモリステア兵に追いつき、それを撃破する必要があるからだ。

 騎士団装備に身を包み、杖や剣を握り、土を蹴り上げながら進む。一個の生き物の様なその光景は、第3分隊の錬度の高さを示していた。


 獣人国モリステアとの戦争は今日に始まったことではない。

 獣人の国は種族によってその気質や体質が大きく変わってくる。主にモリステアで中心となっている狼人(ルーガルー)族と豚人(オーク)族、この二大貴族は戦争派として人間族が多く住む王都グラスバウルでも有名だ。

 すべての獣人が親戦争派というわけではない、獣人国エルトラントの猫人(ワーキャット)族と犬人(コボルト)族のように親人間派の獣人も存在する。


 獣人国モリステアはこの北部において高い山を挟んだ位置関係にあり、ベルランテでこれまで大きな戦いになったことはない。主戦場はもっと南の山脈の切れ目、大平原で起きることが多いのだ。

 だが、軍船を使った電撃戦や今回の襲撃のような軍事作戦で標的にされることは、これまで何度かあったのだ。ベルランテに兵力を集中させて南の戦力を分散させる目的であったり、ベルランテを陥落することによって北からの進軍の橋頭堡にするためであったり、その理由は様々だ。

 そして、その度に駐屯騎士団はその度ベルランテの街を守りぬいてきたのだ。


 

 集団から少し遅れた位置を、マルフに騎乗して進む姿があった。

 エルナトに騎乗するのはバルグム。二人乗りをしているのはクィオスとハーヴェ。共に硬い表情でマルフを進ませている。

 バルグムはその全身から不機嫌というオーラが見えるのではないかというほどであった。


「うーん……機嫌悪いでござるなあ、バルグム殿……」

「ハーヴェ君、気になるのかい?」


 クィオスはハーヴェの呟きを耳ざとく聞きつけると、ハーヴェに問いかけた。マルフを操っているクィオスは振り向くことはしなかったが、ハーヴェが身じろぎしたことには気付いた。

 マナの繋がり(パス)を通じて、マルフが疑問を送ってくるのをクィオスは感じた。大丈夫、追加の命令は無いと返しながら、ハーヴェが続きを言うのを待つ。


「マコト殿にけっこうきつい言葉を投げかけていたでござったからなあ」

「そうかなあ?」

「ここ最近は監視もかねてマコト殿に張りついていたでござるからな。あの者がスパイでないことは報告していたでござるよ」


 マコトは与りしらぬ事だが、モリステアの動きが怪しくなってきた頃に冒険者になったマコトは、早い段階から騎士団にマークされていた。街中でマコトに<(マーカー)>を撃ったのもハーヴェである。さらには情報屋として表からも近づいて調査していた。


「詠唱短縮、無詠唱、見たことのない魔術も含めてかなりの魔術の腕ではござらんか。大きな戦力になると思うのでござるが……」

「そんなに強いのかい?」


 クィオスは不思議そうな顔をすると、首をひねった。

 マコトが戦うところを見たことがないクィオスにとって、彼はただのマルフ好きの青年である。年齢のわりに浮かれている雰囲気はあったが、自分もあの年代のころはマルフ一直線だったことを思い出していた。


「私にはバルグム隊長の言うこともわかる気がするよ」

「そうでござるか?」

「ほら、この仔たちってとても力強いだろう? 牙といい、爪といい、普通の人間よりはるかに『力』がある」


 地を這う木の根を避けてマルフが軽く跳ぶ。上下の動きにクィオスの言葉が一時中断する。

 ハーヴェは疑問符を浮かべた表情をしたが、口を挟むことはなかった。まだクィオスが何を言いたいのか掴めなかったからだ。


「繋がっている間はこの仔たちは言うことを聞いてくれる。マナの繋がり(パス)は主従の契約だからね。だから、マルフの力を使える時は、何でも出来る気になっちゃうんだよ。魔術師という職もそうじゃないのかな。火を出したり雷を出したり、何でもできそうな気になっちゃうんだよね」

「何でもできそう、という万能感は増長の元……でござるか」


 クィオスはマコトのことは分からないが、バルグムのことならば分かる。クィオスとバルグムは若い頃からの知り合いであり、バルグムが第3分隊長になる際にベルランテまで引っ張ってこられたのだ。

 だから、才気あふれる若かりしバルグムもまた、同じように増長していた時期があったのをクィオスは知っている。

 魔術の才を種にヤクザなことはしなかったが、ずいぶん自分勝手に振舞っていたものだった。その魔術で巻き込み事故を起こし、ある女性に一生残る傷をつけてしまうまでは。

 力持つ者はその腕がどれほどの長さなのかを知らなければならない、とクィオスはバルグムの考えを推測した。


「若い頃の自分を見るようで嫌なんじゃないかな、たぶんね」


 ハーヴェに聞こえるかどうかわからないくらいの小さな声の呟きは、すぐ後方へと流れていった。



 東の森を抜け、田園地帯へと出たあたりで、第3分隊はモリステア軍に追いついた。


「敵軍捕捉! 戦闘用意!」


 先導する団員が敵集団の背中を捉え、後続に向かって警告を飛ばす。

 団員に緊張が走った。だが、士気は十分。ベルランテに入られる前に止める、その意思が陽炎のように昇り立つ。

 モリステア兵は豚人(オーク)族が30名ほど、小隊の規模。どれもが全身鎧とタワーシールド、メイスで装備を固めている。

 豚人(オーク)小隊も第3分隊に気付き、戦闘隊形へと移行していく。号令ひとつで反転し、きっちりと方陣に組みなおす。


「騎兵は側面から魔術! 足止めしろ! 他、射程に入り次第火陣(ファイアファランクス)!」


 エルナトの上からバルグムの号令が響く。了解の声が上がり、マルフが数騎先行した。


 ベルランテ郊外の戦いの火蓋が切られた。


 時間や準備が許すなら、守備が上手い第2分隊を前衛にして後衛から魔術を放つことができる。または、魔術で足止めをしている間に、攻撃が上手い第1分隊が敵を切り崩すこともできる。

 だが、今はそのどれもが望めない。第3分隊だけで撃滅しなければならないのだ。前衛として盾兵数名が正面で防御姿勢をとっているが、この数の豚人(オーク)族の突進を防ぎきれるとは思えない。


 第3分隊は射程距離に入ると、矢印型の陣形にすぐさま組み替えていく。同時に魔術の詠唱を開始。先頭にいる者は詠唱の短い<火弾(ファイアショット)>。陣形の真ん中あたりの者はそれより威力は高いが詠唱が少し長い<火槍(ファイアパイク)>。陣形の最後の者が詠唱の長い中級魔術<三鎖火炎槍>の詠唱を開始する。

 詠唱速度にあわせて三段階に火炎系魔術が投射される。それが『火陣(ファイアファランクス)』である。


「敵軍! 魔術師隊! 所詮はひ弱なモヤシ共よ! 潰せェェェい!」

「オオオオオオオッ!」


 号令に、大気を震わす咆哮の如き返事が応える。

 豚人(オーク)小隊も、第3分隊の兵達が詠唱を始めたのを見て、即座に魔術師隊と看破する。相手が槍や剣で攻めてくるのなら、盾で止めて潰すことも可能なのだが、相手が魔術ではそうはいかない。弱い魔術ならまだしも、中級以上の魔術となると、下手をすると部隊まるごと壊滅させられる恐れもある。

 方陣を保ったまま盾を構え、突進を行う。詠唱が終わる前に、轢き潰すつもりだ。

 同時に方陣後方では何名かがメイスを腰に戻し、代わりに棒に紐がついた投石器を構える。自走砲台となった騎乗魔術師は厄介。できることならば落としておきたい。


 回り込むマルフを狙って、石弾が解き放たれた。豚人(オーク)族の膂力によって、空を裂く勢いで射出された石弾は、当たれば人間の肉に食い込み、骨を砕く。

 マルフは機敏に投石を避けるが、そのせいで回り込むことに失敗する。動きを止めればそこを狙われる。マルフライダーは隙を狙いつつ離れていった。


 騎士団の前陣から<火弾(ファイアショット)>が放たれた。豚人(オーク)族の前衛に命中するが、タワーシールドに阻まれて効果は見込めない。鋼鉄製のタワーシールドは、武器攻撃のみならず、このレベルの魔術攻撃すらも防御しうる。

 豚人(オーク)小隊にとっては、接近さえすれば蹂躙できるのだ。前衛はでかい鼻から蒸気のように鼻息を噴出しながら突進し続ける。


「ブォォォォオオオオオオオオッッ!!」


 猪の吶喊。

 火の塊の爆圧をものともせずタワーシールドで押し返す。

 ギラギラした殺気を乗せた叫び声がいくつも重なり。大音声となって第3分隊を打つ。

 

「怯むな! 撃ていッ!」


 バルグムの号令にいくつもの魔法陣が応えた。鉄パイプほどの長さの柄に刃をつけたような槍を模した火炎――<火槍(ファイアパイク)>がいくつも出現し、空中から撃ち出されていく。

 <火弾(ファイアショット)>と<火槍(ファイアパイク)>。どちらも魔術「火」初級のカテゴリである。

 <火弾(ファイアショット)>が目標まで飛んでいき小爆発を起こすタイプなのに比べ、<火槍(ファイアパイク)>は目標物に貫通し、炎上させるタイプの魔術だ。

 火の槍はタワーシールドに命中するが、貫通することはできなかった。だが、その勢いを持って動きを鈍らせることに成功する。

 当たった火槍は火炎放射器の炎のように荒れ狂う。盾の中央に当たった火炎は盾に阻まれて効果は薄い。しかし、足元や端に命中した火槍は、盾のふちを乗り越えて保持している者に火炎ダメージを与えていた。


 肉が焼ける音と臭い。燃やされた者の口から出る絶叫が耳を(つんざ)く。


 バルグムの脳内ではめまぐるしく戦闘予測が為されていた。このままの状態であれば、押し切れる。豚人(オーク)小隊が第3分隊と接触する前に<三鎖火炎槍>を叩き込んで壊滅させられる。

 バルグムの杖を握る手に、力がこもる。



 錬度が高い。

 方陣の中ほどに位置するヌンマはそう感じていた。

 内通者(ルーク)に情報を流させ、怪しい動きをわざと取らせ、最大の障害になるであろう第3分隊を誘き出したのだ。

 このあたりで捕捉されることは予定通り。第3分隊をここで殲滅することが全体の作戦の中でも重要なのだ。

 しかし、ヌンマの予測ではもう陣形同士が激突しているはずだった。相手方の詠唱が速く、魔術精度も高い。ここで戦況を動かさなければ、負けは確定だろう。


 だから、ヌンマは伏せていた狼人(ルーガルー)兵に合図を送った。合図を送られた狼人(ルーガルー)兵五人は、泥まみれの姿で畑に伏せていた身を起こすと、剣を抜き放ちながら第3分隊へと肉薄していく。

 狙うは陣形から動かないマルフの上、骸骨のような顔をした人間。あれはおそらく隊長級。仕留めれば流れが一気に傾く。

 

 後方の魔術師が、大きな魔法陣を起動するのが見えた。大物が来るのがヌンマにも感じられる。三本の鎖のような火炎と、丸太のような火炎の大槍が、空間に生み出された。<三鎖火炎槍>の術者は二人。一人はヌンマに。一人は急に現れた伏兵にターゲットを変えて放つ。


 ヌンマはぐっと自身の盾を握った。火炎耐性の魔法陣が彫り込まれたタワーシールドであれば、防ぎきることができると計算する。


「道をォ! 開けよ! 私が突破口を開く!!」


 ざっと陣形が動き、Yに近い形を取る。ヌンマの視界が広がる。

 ヌンマは地面を蹴った。全身の力を前へ進む力へと変えていく。

 三本の鎖炎は突進の威力の前に盾で散った。

 火炎の槍が激突する直前で、ヌンマは推進力のベクトルを盾へと伝播させる。


「ぬぅぅうんッ!!」


 ――盾強打(シールドバッシュ)


 中級魔術すらねじ伏せる。獣人軍の将の実力。

 火炎の槍は折れ、弾ける。タワーシールドの陰のヌンマには火炎の手は届かない。


「ブオオオオオオオオオオッッ!!」


 ヌンマが第3分隊の盾兵に攻撃を放つ。メイスの一撃で盾がへこみ、盾兵が吹っ飛ぶ。

 バルグムの魔術がそこで発動した。魔法陣が割れ、雷撃が尾を引きながら撃ち出される。

 雷撃は避けながらヌンマがかざしたタワーシールドに命中。上半分を吹き飛ばした。

 雷撃の威力がヌンマの身体の勢いを止める。

 ヌンマは使用不能になったタワーシールドを捨てると突進を再開した。


 お互いの陣形がぶつかり合おうとしていた。戦いの怒号がベルランテ郊外に拡がった。

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