第2話「襲撃」
ゆっくり進行です。気長におつきあいくだされば幸いです。
もう誰も信じない。
俺? 俺なら今馬車の隅に三角座りをして、絶賛世界と神様のやろうを呪っている。
馬車といっても、これは輸送車だろう。でかい木の箱に扉とタイヤをつけて馬に牽引させている。サーカスの動物車両と一緒だ。これ。
手かせ足かせはないが、拳では内側からは破れそうにない。
馬車の中は最悪の雰囲気だった。そりゃそうだ、今から奴隷として売られるんだからな。
あのババァの家で気絶させられた後、目がさめたらこの馬車の中だった。
馬車の中には俺以外には3人ほどが乗せられている。15歳くらい?の子供が2人、俺より年いったオッサンが1人。当たり前だが、誰もしゃべろうとしない。
こんな状況だが、驚いたことがある。
子供のうち1人なんだが、これ、いわゆる獣人ってやつだ。
姿は人間なんだが、完全に顔は猫。人型の猫ってやつだ。ケットシー?
体も体毛に覆われているみたいで、袖から出た腕も、獣の腕みたいになっている。
やっぱ、異世界なんだなあ。ここ。
驚くのもいいが、なんとかしないとな、この状況。じゃないとこっちの人生もブラック就職先で詰んでしまう。それだけは避けたい。
「なあ、これ、どこに向かってるんだ?」
声が消えてしばらくしても、誰も何も言わない。
無視か。
「し、知らない……」
おお、返事があった。
猫人の子の方だな。猫子と心の中で呼ぼう。
「お前らなんで奴隷商人に捕まってるんだ?」
人間の子の方は俺の言葉に、さらに小さくうずくまる。
猫子はその大きな猫目に、じわっと涙をあふれさせた。
「ご、ごめんな! 聞いちゃいけなかったか!」
そ、そりゃそうか。奴隷商人のとこにいるなんて、無理矢理拉致されたか、もしくは売られた、か。
実際人子(って呼ぶとなんか変だが)は腕やほほにあざが見える。殴られて連れてこられた……か?
「きゅ?」
俺の変な声に反応して、服の中から白フェネック――クーちゃん(名づけた)――が顔を出した。
何をどうやったのか、気絶した俺についてここまで乗り込んでいたらしい。しょうがないので、俺が飼うことにした、かわいいし。
胸元から顔を出すクーちゃんを見て、猫子の顔が少し緩んだ。これがアニマルセラピーってやつか。
「クーちゃんって言うんだ。ほらほら」
俺は胸元からクーちゃんを引き出すと、持ち上げ、ぶらんと目の前に持ってくる。
目の前にぶらさがった小動物を、猫子と人子が見つめた。
クーちゃんの顔から、ビームが出た。
「うわあああああああああああああああ!」
なにやってくれちゃってんのこの子!
え、なに!? マーキングのかわりにビームでも出す習性なの!?
紅いビームは、クーちゃんの額にある紅い宝石から発射されている。
でもこれ、攻撃力が……ない? 猫子も人子もビームを浴びてるけどダメージ受けてる気配ないし。
「痛……くなくなった……。」
人子が初めてしゃべった。驚いたような表情がかわいい。
というか、何だこのビーム。どんどん傷が治っていく。まさか!
「おお! これ、回復魔術なのか!」
びっくりしている間にビーム照射が終わった。人子の顔やほほのあざはきれいに消え去っていた。
すげえ。
ってか魔術とかあるんだな、この世界。
俺も覚えられるんじゃないか? 俄然わくわくしてきたぞ!
「どしたの、お兄ちゃん……?」
「……」
ていうか、『魔術』じゃない?
神様のやろうが言ってた特典ってやつ。
「魔術って見たことあるか?」
猫子と人子は不思議そうな顔を俺に向ける。
「聞いたことなら……」
「こ、小僧、魔術が使えるのか!?」
この話題に反応したのはなんとオッサンの方だった。
「見たことあるのか?」
「知り合いに魔術師の冒険者がいる! 火の魔術なら、こんな馬車の扉なんざぶっとばしてやつらから逃げることができる!」
「怖い! 怖いから! そんなににじり寄って来るなよ!」
しかし……来た!
こういう展開だろ!
身体能力系じゃないなら、魔術系に決まってるだろ!
俺は右手をつきだすと、左手を添える。
意識を集中して、魔力が集まるように気持ちを高める…!
「火の魔術……ファイア!!」
出ねえ。
「来い! 風よ! ウィンド!!」
来ねえ。
「……」
「……」
「……」
そんな目で見ないでくれ。
おっかしいな。これで間違ってないと思うんだけどな。
そうか! 呪文だ! 詠唱がいるんだよ!
「おおおおお! 我に力を与えたまえ……極寒の地の神よ、死の冷気を身に纏い、今ここに、怒りの吹雪を巻き起こせ……! 喰らうがいい……我が力を……! エターナルフォースブリザード!!」
爆発音と同時に、屋根が吹き飛んだ。
激しい揺れに宙を舞う俺たちは、馬車の内壁に叩きつけられる。
「ぐっ!」
「きゃっ……!」
車の事故が俺の脳裏をよぎる。
馬の悲痛な嘶き。馬車が傾いた。
横転する!
「……つあ……」
俺は痛む頭を無視して、倒れていた体を起こした。
何だ……?
俺の魔術じゃない。
俺の魔術は、出てない。外からの攻撃だぞ、今の。
「大丈夫か? ケガないか?」
同じように倒れている猫子と人子をゆすって起こす。オッサンのほうはもう身動きしている。折れたりとかはしてなさそうだ。
屋根が無くなり、横倒しになったおかげで逃げられる。
「ん……」
「なに……?」
「出口ができた! 逃げるぞ!」
オッサン、急に元気になったな。まあ、チャンスができたんだ。しょうがないか。
……と言うか焦げるにおいがしてる。まさかこの馬車、燃えてる?
クーちゃんがするりと最初に飛び出していった。
あわてて俺たちは馬車から這い出す。やっぱ外はいい!
どうなるのか不安なのか、猫子と人子が寄ってくると、俺を見上げる。
「どうするの?」
「とりあえず、あの奴隷商人が見に来る前に逃げないとな」
それとも、オッサンもいるし、4人で叩きのめすか?
ギィンという鋼がぶつかる音がしたのは、その瞬間だった。
「……?」
音をできるたてないように馬車を回り込んで、音の出ところを見やる。
「――ッ!」
まず目に入ったのは死体。
次に剣を抜いて鎧姿の誰かと戦っている奴隷商人だった。
おそらく死体は奴隷商人の仲間だろう。
じゃあ、あの狼頭の鎧姿は誰なんだ? 後ろにもいる……?
奴隷商人と戦っている1人を含めて、狼頭の鎧姿は4人、さらに1人は魔術師のようなローブを着て、杖を持っている。
カテゴリとしては同じ獣人、猫子のほうを振り返ると、そこにあるのは怯えた表情。
こりゃあ、助けに来ました、とかじゃないよなあ。
「ぎゃッ……ゥ!」
剣をかみ合わせて動きが取れなくなった奴隷商人に、別の狼男がぐっさりと剣を突き刺す。
「に、逃げるぞ……。3つ数えたら一斉に行く」
オッサンが小さな声で俺たちに言った。やつらはもうこっちに気づいてる。逃げるしかない。
「1……2……」
オッサンが小さくカウントダウンする。
「3!」
どん!
オッサンが猫子を突き飛ばした後で、別の方向へ逃げるのが見えた。
俺は逃げようとする体にブレーキをかける。
反転して倒れている猫子にかけよる。腕をつかんで引っ張りあげると、先に逃げている人子の後を追う。
くそ!
オッサン、猫子を囮にしやがった!
ありかよ!?
ありえねえだろ!
ひどく重いものを叩きつける音がした。
走りながら目を向けると、火の粉と巻き上がる土砂、焦げたオッサンが見えた。
自業自得だ! クソ野郎!
にしても何モンなんだあいつら!?
鎧姿は動く気配がない、代わりにローブ姿の魔術師がこちらに杖を向ける。
くっそ!
何が良い人生だよ! 完全ハードモードじゃねえか! 逃げきれる気がしねえ!
死にたくねええええええ!
見える! 川だ!
あれを渡れば逃げ切れる!?
みんなで? 無理!? 追いつかれる! 誰かが足止めしないと!
猫子と人子を見る。
くっそおおおおお!
俺は震えそうになる心を叱咤してブレーキをかけた。振り返る。
その俺のすぐ横を火の塊が不吉を音を立てて通り過ぎていった。とまってなければオッサンのように黒焦げだった。
猫子と人子は川に飛び込んだ。真ん中は相当深いようで、2人は流されるようにして下流に。
俺がもうちょっと時間を稼ぐ必要がある!
「おおおおおおおおおおおおおおお!」
顔の前で両腕を盾にして、俺はやつらの方に向かって駆け出した。これしかない!
魔術師は一瞬たじろいたようだったが、杖を構えなおした。
よくわからない模様が空中に広がる。魔法陣ってやつか!?
背中に軽い痛み。どこにいたのかクーちゃんが背中にひっついていた。
「きゅーー!」
ぼんやりとした白い光。
飛来する火の塊。
爆発。衝撃。
クレーン車の鉄球に殴られたら、こんな気分なんだろうな。
ふっとばされて川に落ちる俺の脳内に、謎の音声が聞こえてきた。
<体得! 魔術「火」初級 をラーニングしました>
<体得! 魔法「まぼろしのたて」 をラーニングしました>
なんだ? これ?
読んでいただき、ありがとうございました。