第285話「ミッション・アクシデント」
すでに日は沈んでいた。いずこからか野鳥の声が聞こえる。
ミトナと感動的な一幕があった後、俺達は森の中へと移動していた。獣人は耳がいい。聞かれて困る話ではないが、場所を移すことにしたのだ。
説明が一通り終わる。
「そっか。フェイが大変なんだね」
「とりあえず港町にマカゲを残してきてるんだが、できる限り早く戻ったほうがいい」
「ん。そうだね」
俺はミトナの横顔をちらりと見る。なんか普段より落ち着いて見えるのは気のせいだろうか。
フェイの事は説明したが、ミトナの出自については触れることはしなかった。ミトナ自身が知っているか分からなかったし、聞いていいものかどうかも分からなかったのだ。
港町に戻ったら、フェイもいてミオセルタもいてってのが一番なんだけどな。
それでも、ミトナがこうして目の前にいてくれることがありがたい。
「ん。とりあえず、すぐに出られる用意をするね」
「だいじょうぶか?」
「なにが?」
「いや、ウルススさんとか」
ミトナがおかしそうに微笑む。それを見て一気に顔が熱くなった。
一体俺はどこまでを考えているっていうんだ。いや、その、両想いになったのはいいんだが。
ていうかどうればいいんだ!?
焦る心中。ふと、誰もいない森の中でミトナと二人きりということに今さらながら気付く。
ざあっと風が吹く。髪を押さえるその姿も可愛く思えて。
意識の空白を切り裂くように、クーちゃんが威嚇の声をあげた。
「って、クーちゃんもいたんだよな。 忘れてた……」
最近動きが少なく、影が薄くなっていたから忘れかけていた。そういえば寝る時もいつも一緒だから、今後困ることもあるかもしれない。
いい雰囲気を邪魔するつもりで鳴いたのか?
俺は半眼で足下のクーちゃんを睨むが、いまだ警戒の姿勢を崩さないその姿に背筋が凍る。
「マコト君……!」
「クソッ、敵……魔物かよ!?」
ミトナの耳が動く。かすかに首を横にふった。感知できない。
「<空間把握>!」
魔法陣が出現すると同時に割れる。一気に広がった感覚の中に、高速で移動する物体を把握。人型。複数。ミトナの感覚をすり抜けることがまず異常だ。こちらを攻撃してくるかはわからないが、クーちゃんが警戒している以上安心するべきじゃない。
何か武器を持ってくるんだったな。しゃべりながら歩きすぎたのも問題だが、丸腰なのはいただけない。
すぐさま<魔術「氷」中級>で氷の棒と氷のバトルハンマーを創り出す。投げ渡すとミトナはすぐに握りを確認した。ひとまずはこれで大丈夫。
「ウルススさんのところに行かれても困るしな、正体くらいは確かめておこう。――――<魔獣化>」
三つの魔法陣が同時に展開した。そこを起点に、スイッチを一気に入れるように、<魔獣化ファウナ>の魔術が起動していく。水しぶきのように砕けた魔法陣が流れていく。
<身体能力向上><空間把握><浮遊><まぼろしのたて><探知><「衝撃」初級><「火」中級><やみのかいな>。複数の魔術が織りなす強化。
両腕が炎状の黒腕に変化する。同時に尾てい骨から同じく黒炎の尻尾が生え、首元にも黒炎がマフラーのように巻き付いた。
「ミトナ、俺が先行する!」
「――――ん!」
力を込めて地を蹴った。
空気を切り裂いて三次元軌道。枝や幹を使って追う。
動きが変わった? 気付かれたな。
それまで固まっていたのが散開するように動き出した。俺はとりあえず一番動きの速いやつに照準を合わせることにした。
追いつくまでは数瞬。問題ない!
ズドッと音を立てながら、俺は着地した。
どんぴしゃに進路をふさぐ形。
「ちょっとお前ら……って、マースさん!?」
思わぬ人物に、俺は思わず叫んだ。
前回会った時と装備は違う。森の中で目立たないような迷彩模様が施されたフードマント。その下の防具なども、防御力よりは素早さと隠密性にすぐれたものになっている。
ぐっ、とマースが唇を噛むのが見えた。
「マースさん、どうしてここに!?」
「…………」
マースは答えない。俺は違和感を覚えた。戦闘体勢を解除した俺と違う。マースは距離を測っている。後ろに付き従う人達も、体重を傾けてすぐに散開できるようにしている。
何だ、これ。
「マコト殿。不思議なところで、出会うものですな……」
声が重い。
どうして、マースはここに居る?
マースは国を守る魔術騎士団だったはずだ。実力もあの戦いでよく知っている。
どうして、マースが、軍人が、ここに居る?
「見なかったことにしてもらえないかね」
「マースさん、あんた、こんなところに何しに来たんだよ」
「それは私も聞きたい。マコト殿はどうしてこちらに?」
「里帰りの付き添いだ」
ざっと茂みをかき分けてミトナが到着した。ちょうどマース達を挟む位置。俺とマース達をみて眉を上げるが、何も言わない。
「何をしに来たのかは言うことはできないな。その権限、私には無いのだ」
潜入任務だ。
軍人なんだからここに居るってことは作戦行動だ。情報収集か、暗殺か、破壊活動か。
「目的はわからねぇけど、この付近の村はミトナの故郷なんだよ。何かするつもりか?」
「驚いたな。君は魔術師。人間の味方ではないのかね?」
「マースさん、あんた、そんなこと言う奴だったか?」
「国を守るために、何でもするのが軍人と言うものなのだ」
びりびりと空気が肌を刺す。これは殺気だ。
マースは、やる気だ。
何を考えているか分からない目が、俺をじっと見ていた。淀んでる。
息を吸いこむと、マースは一息に叫んだ。
「目撃者を撃破する! 分断して各個撃破を図れ!!」
「了解しましたッ!!」
「やれッ!!」
マースとの会話に集中しているうちに、散開していたはずの人員が戻ってきていた。今や囲まれているのは俺達の方。
マースの声は微塵も揺るいでいない。ただ、その瞳から殺気を迸らせ、懐の剣を抜く。
「……マジかよ」
俺とミトナはひとまずバックステップで距離を取る。だが、マース達はぴったりと追いすがる。
ミトナに四人、俺に五人。
俺は言葉での説得を諦めた。表情が決意で固まり切ってる。届くもんじゃない。
氷の棒を握る手に力が入る。
「怪我しても、恨むなよッ!!」




