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第284話「潜入」

 耳鳴りは追い払えないハエのように、頭の中をずっと飛んでいる。


(気持ち悪いわ……)


 頭が痛いのだとフェイは理解した。身体が重い。石化したかの如く、力が入らない。自分がうつ伏せに倒れているのだと気付いたが、まだしばらく起こす気にはなれない。

 何より身体中にまとわりつく衣服が湿って張り付いているのがうっとうしい。塩による肌の痛みと、髪の傷み。全身から立ち上る潮の匂いが気持ち悪い。身体も熱い気がする。


「うう……。何よ……。何が……?」


 フェイは思い出した。どばっとあふれ出した記憶が脳内を総ざらいする。濁流のように押し流す断片的な記憶もまた、頭痛の一因となる。


(確か……海に引っ張られて!)


 自分では素早いつもりだが、のろのろとした動きでフェイは起き上がろうとする。腕を地面に着き、なんとか上半身を起こす。


 魚獣人に掴まれ、海中に連れ込まれたところまでは覚えていた。その後だ、ものすごいスピードで海水の中を引きずられたのだ。


(途中で気を失ったわね。窒息して死ななかっただけマシというところかしら?)


 フェイはようやくうっすらと目を開けた。木製の床が見える。回復した身体感覚は床が揺れていることを伝えている。どこかの船上なのだ。


「ようやく起きよったんじゃな」


「う……ミオセルタ……?」


 聞き覚えのある声。フェイはようやく身体を起こすとひとまず座る姿勢を取る。


(そういえば一緒だったような気が……)


 海の中に潜られる際に、この魔術ゴーレムも一緒についてきていた。フェイは一人でないことに少し安堵する。

 そうするうちにようやくフェイの気持ちも落ち着いてきた。周りの風景も目に入る。



「何これ」


 フェイは絶句した。

 獣人の船員が周囲に居て、フェイを取り囲み、何か口上を述べるというのなら予想はできる。もしくは船室か何かで捕縛されているというの場合もわかる。


 甲板の上にフェイは放置されており、それを囲むように獣人の土下座が放射状に並んでるとは思わなかったのだ。


 今度の頭痛は、身体的な原因ではないだろう。

 がしゃんがしゃんと音を立てながらミオセルタが寄ってくる。フェイはそちらに顔を向けた。さすが古代の技術、傷ついたり動きが鈍ったりはしていないように見える。


「それで、どういう状況か説明してくれる?」


「特に難しい状況じゃないんじゃがの。この船に連れてこられた後なんじゃが、手を出そうとした一人が丸焦げになっただけじゃ」


 ミオセルタのその声に、獣人たちがビクッと身体を震わせる。フェイがざっと見たところ、半数が魚系の獣人、残り半数が犬やらなにやらいろいろな獣人という感じだ。一番先頭で額を床にこすりつけている魚獣人は船長だろうか。帽子が豪華だ。


(それにしても丸焦げ……フェザーね)


 すぐにフェイは理由に思い至った。おそらく意識を失ったあと、契約者の身の危険を察知して出てきたのだろう。獣人一人を灰にするほど燃やしつくすことができるのもフェザーくらいのものだろう。


「海賊がこれだけの系統でそろってるってことは、正規の海賊ね」


 フェイの見立てによると、この海賊たちは獣王国の公認海賊だ。その利益を一部獣王国に還元することで、お目こぼしをもらっている。利益というのは、武器や財宝をはじめ、重要な情報や要人であったり、奴隷のことだ。魔術師ギルドでも、海洋に調査に出た魔術師が殺されていると報告を受けていた。


 フェイは気だるげに髪をかき上げる。結んでいた紐もどこかいっていた。その不機嫌そうな様子を見た海賊たちはにわかに焦り始めた。


「こ、殺さないでくれ! た、たのむ!!」


「わざわざ殺しなんてしないわよ。それより、さっきの船か近場の港で下ろしてくれないかしら」


「わ、わかった! だから頼む!」


「いいから、何か着替えとかない? このままだと気持ち悪いわ」




 船員の案内を途中で無理矢理打ち切り、フェイは船内を歩く。構造を把握しておきたかったからだ。教えられた船室はすぐに見つかる。フェイはその扉を開けた。当然のようにミオセルタが入って来ようとしたので、それは叩き出す。


 その部屋には奪い取った物資が叩き込んであった。

 金銭類や衣服、武器類のみならず、人間も。ぐったりと座りこむ女性が三人。胡乱な目でフェイを見ていた。

 奴隷だ。腕に付けられた焼き印が言わずともソレを物語っている。瞳に光がない。すでに心をへし折られている。何が彼女たちに起こったのかなんて、フェイには想像できなかった。


「…………ッ」


 できる限りそちらを見ないようにする。いろいろな想いが身体中を駆け巡るが、口に出してはいけない。


(大丈夫? なんて、言えるわけないじゃない……!)


 ざっと身体を拭い、略奪品と思われる衣服だが身に着ける。杖などの装備品や道具を一通りチェックして、フード付きマントを羽織ると船室を出る。視線が注がれているような気がするのは、気のせいであってほしい。


「どうしたんじゃ?」


「うるさいわね。船長室に行くわよ」


 ちらりと見た限りだが、道順に問題はない。階段を上って船長室に辿り着き、乱暴に開ける。操舵輪を握る航海士風の魚獣人を無視し、フェイは船長に詰め寄った。


「港に着いたら、あの奴隷たちも解放しなさい」


「げ、げぇ!? いや、その……それは……」


「できないのかしら?」


 狼狽える船長に、フェイは違和感を感じた。自分の物になるのであれば、一存で動かせるはずだ。


「略奪品を寄越せを言っているわけじゃないの。あの人たちを解放しなさいって言ってるのよ」


「んぬ……ぬぅ……」


 違和感は強まる。そもそも人間の奴隷というのは獣人国でどれほど重用されるのか。力は弱く、特異な姿も能力も持たない。せいぜい食肉になるか、慰みものになるかだ。偽善かもしれないが、そのどちらも許せない。

 港についてから、戻る便を用意できるほどフェイも余裕があるわけではない。ただ、現状よりかはいくぶんかマシになるかもという思いからだ。先まで保証できない自分も気持ち悪いが、ここで動かない自分も気持ち悪い。


「奴隷の代わりに、金目の物をつけますから、それで許しちゃくんねえですかね……?」


(金銭と引き換えを提案……!? そこまでの価値があの娘たちにあるってわけ? まさか!)


 ふっ、とフェイの頭の中をある考えがよぎった。


「ねえ、誰が人間の奴隷を必要としてるの?」


「それは教えられん!」


「――――フェザー」


 顕現は一瞬。まさに炎熱の結晶。羽ばたく炎鳥はそれでいて何一つ燃やさない。

 制御された力の塊が船長にプレッシャーを与える。判断を失敗すれば命はないと。原初の炎からにじみ出る波動に、船長の決意は瓦解した。悲鳴の如き声をあげる。


「皇帝の息子だよ! 第3皇太子だ!」


「何のためによ?」


「……魔術だよ。第3皇子は変わり者でな。魔術を知りたいから人間の奴隷を高く買って……くれるんだ」


 フェイの目が細められる。船長は言いよどんでいた。


(買ってくれるんじゃないわ、集めるよう指示されてるのね)


 獣人は魔術を嫌悪するもの。自分の身体のみに誇りを持ち、生きている種族のはずだ。

 再びフェイの頭を考えが駆け巡る。何かまずいことが起きている。ミトナを追ってきたはずなのに、同じくらい危ないネタを掴んでいる気がする。


「……奴隷は解放しなさい」


「クソッ……」


「代わりに、私がそこに行くわ」


 船長の瞳を力強く睨みながら、フェイはそう言い放った。

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