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第281話「ミトナの出自」

 森を行く。

 このあたりの地理には詳しいのか、ウルススは迷いなく進んでいた。<空間把握>があるから周辺地形の熟知はできるのだが、その道がどこに繋がっているのかまでは経験則がない。大人しくウルススについて行く。


 ウルススはミトナに付いてきては欲しくないようだった。とりあえずこのまま姿を消すと心配する。おっかなびっくり近寄ってきたアルソットを伝令に使い、先にウルススの言っていた村に戻っていてもらうように伝えてもらうことにした。動かなくなった獣のシャン・グリフの遺骸を前に混乱していた隙に押し付けたとも言う。

 アルソットにも村で待っていてもらう。監視役としての動きがあるのかもしれないが、連れてはいけない。


「ミトナは納得して戻ると思うか?」


「ファンテルとイリがおるよ。あの二人は事情を知っておるんじゃ。うまく言い含めるじゃろ」


「事情……ね」


 軽くため息を吐く。

 あれからウルススは何も説明していない。目的地に到着するまでは何も言わないつもりらしい。


 ウルススと俺はかなりの速度で進んでいた。その感覚で言えば、かなりの距離を来たと思えるころに、ようやくウルススは足を緩めた。


 ……古墳?


 木々が開けた地形に、丸く盛り上がった丘。その横っ腹に洞窟の入り口が存在した。苔むした丘の全容といい、俺が思いついたのはその言葉だった。

 ただ、少し違和感があった。丘というには、少し整いすぎているのだ。球体を埋め、半球分だけ地上に出ているような。自然物にしては綺麗すぎるのだ。


「ベアトレーンという村から西、クォラン大森林の最奥じゃ。禁忌の地と呼んで地元の者は誰も近付かん」


「禁忌の地……」


 その言葉からして、あまり良い場所ではないのだろう。そんな所と、ミトナがどうつながるのか。

 ウルススは手で中に入るように示した。立ち入り禁止のような名前が付いているが、いいのか。

 少したじろいだが、ウルススは気にしていない。知りたいと言った以上、怖気づくのも格好悪い。俺は先に洞窟内部に入っていった。


 洞窟内部にも苔が生えていた。床と言わず、壁、天井にも生える苔。カーペットのような感触を足下に感じながら、先を進む。わずかに発光しているようだが、俺の目からすると光量が足りなさすぎる。


「<光源(ライティング)>」


 俺は光を生み出すと、頭のてっぺん当たりで座標固定。一緒に動けるようにしておく。何度も<光源>を起動するのも大変だ。


 洞窟は一本道になっていた。迷うこともない。一番奥まで足を進めれば、一際広い空間に突き当たる。どうやらここが一番奥らしい。上を見上げれば、ぐっと天井が高くなっていた。どうやら球状の空間になっている。

 その空間の中央には、祭壇のようなものが存在していた。静謐な空気とあいまって、そこは神社やお寺といった一種の神々しい空間に感じられる。


 ウルススが後ろからこの場に入ってきた。通路はウルススにとっては小さすぎるらしい。かなり窮屈な思いをしながら、通路から姿を現した。若干通路が崩れた気がするが、大丈夫か、あれ。


 ウルススは何かを思い出すように辺りを見回した。懐かしいものを見る目。そして、そこに苦々しいものが混じる。


「ミトナは、ワシの娘ではない」


 言葉は飲み込んだ。ウルススの顔を見れば、今は言葉なんて、とてもかけられない。


「ワシと連れ合いの間には、なかなか子供が産まれんでなぁ。それが、全ての始まりじゃったんじゃ」


 ウルススは俺の横を通り過ぎると、祭壇へと向かう。そこにいつくしむべき小さな何かが載っているような視線の動き。


「ワシがここを発見したのは、森の中でシャン・グリフと出会ったのが始めじゃった。執拗に追いかけられ、追い詰められ、逃げられるようにここへとたどり着いたんじゃ。今となっては、導かれたのかもしれんのじゃがのう」


 苔に触れてみる。これも違和感だ。触った感触は植物というより、苔の見た目をしたカーペットだ。触り心地よく、破れたり崩れたりしない。


「ミトナはここに寝かされておった。小さな熊耳の赤子を前に、ワシは全てを忘れて連れて帰ったのじゃよ」


 ウルススの奥さんは熊の獣人だった。半獣人は獣人と人間のハーフ。その間でしか生まれない。


「……ミトナはそのことを?」


「知ってはおらん」


 ふと疑問を感じて、俺は眉根を寄せた。

 ミトナの出自が特殊なことはわかった。いずれミトナとより親しい関係になった時に、ウルススとウルススの妻を見て不自然を感じる前に情報を明かしたということだ。

 だが、わざわざこのことまで言うだろうか。養子であるとか、拾ったにせよ捨て子だったとか、他の言い訳もできただろう。

 それが、何故?


 ウルススはそんな俺の表情を見て、苦い笑みを浮かべた。顔色を読まれていたらしい。彼は何も言わぬまま、祭壇の奥へと向かう。

 天井から垂れ下がり、壁面を覆い隠していた苔を掴むと、ごっそりと取り除いた。


「――――ッ!?」


 <空間把握>が反応した。今まで捕捉できなかった壁を捉える。どうして今までわからなかった。

 ……苔か!

 この苔が<空間把握>を阻害していた。それはおそらく正しい。それだけの()()がある。

 ここは、ただの洞窟なんかじゃない。


 ウルススがめくった苔のカーテン。その奥にはガラスに似た透明な筒が隠されていた。筒には何かの液体が満たされており、その中には巨大な獣が浮かんでいる。あの、ねじくれた一本角を持つ〝獣”。

 筒の下部には、まるで芸術品のタイトルのようにプレートがはまっていた。

 ――――シャン・グリフ。


 俺は思わず周囲を見渡した。これは壁面じゃない。シャン・グリフ入りのガラス筒が、祭壇を囲むようにずらっと並んでいるのだ。苔で見えず、気配も隠されているだけ。

 思わず後ずさりそうになった。このシャン・グリフが全て出てくれば、どうなるのか。


 だが、いくら見つめてもシャン・グリフはぴくりとも動かない。警戒は続けるが、ひとまずは息を吐く。

 ウルススが苔を戻した。何かの隠蔽機能があるのか、すぐに周辺の苔がくっつき、ウルススが入れた破れ目も見えなくなる。


「こやつらが出て来ることはないんじゃ。ミトナを拾ってから、十数年。最初から外におったあやつ以外、出てきたところを見たことがないわい」


「……もしもを考えて、ベルランテで武器屋をしていたのか?」


 ウルススは口元を歪めるようにして苦笑したまま、答えなかった。その口からは、別の話が出る。


「あのシャン・グリフはボウズに反応しておった。あの獣を打ち倒すにせよ、あの獣がボウズを案内するにせよ、いずれボウズはここに辿り着く」


「だからか……」


「ファンテルとイリが知っておるのは、ワシがここでミトナを拾ったというところまでじゃ。いずれワシに何か起きた時には、ボウズがミトナをここに連れてきてやってくれ」


「わかった。ミトナのことは任せろ」


「じゃがな! まだミトナはボウズにやらんぞ! ワシを倒せんもんにやる気は無いわい!」


「いや、さっきのはどう考えても俺の勝ちだろ! 押し切られる直前だったじゃねえか」


「いやいや、あんなヌルイ魔術ではワシの毛皮は抜けぬよ! もっと精進するんじゃな」


 ウルススはドンと俺の肩に手を置くと、からからと笑いながら狭い通り道に再び潜り込んでいく。


「とりあえずベアトレーンに戻るんじゃな。ミトナも心配しておるじゃろうて。しかし、驚いたわい。ボウズはどうやってここまで来たんじゃ。山を越えるような便利な魔術があるとは思えんが」


「船だよ。密航してきた。んで、その分問題もあったんだけどな」


 ウルススの後から通路に入る。ミトナのことを解決した今、残るはフェイのことだ。できれば迅速にフェイを見つけないといけない。すぐに港町に戻る必要がある。


 俺は後ろを振り返った。すでに薄闇につつまれ、祭壇は見えない。

 そこで見たものを俺は思い出していた。シャン・グリフの筒。そして、<空間把握>で捉えた。魔術溝が刻まれた壁を。紋様の形は違うが、魔術ゴーレムの地下遺跡と同じだ。


 ミトナは……。

 いや、俺の想像でしかない。結論は急がず、きちんと調べるべきだ。

 ミオセルタ。あいつが居ればもうちょっとここの事がわかるはず。


 俺は洞窟を抜け、眩しい日差しに目を細めた。ベアトレーンまでは遠くないらしい。

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