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第27話「真実」

 ほどなくして、俺は<(マーカー)>が散ったと思わしき地点にたどり着いていた。

 目の前に広がる洞窟の入り口。入り口の前は草木がはげ、砂利や岩が広がる地帯となっていた。

 そこに至る少し前、茂みと巨木の幹に隠れ、俺は様子を窺っていた。


「おお……いたいた」


 洞窟の前には、騎士団の軽鎧姿の駐屯騎士団第3分隊が集結していた。剣ではなく杖を構え、洞窟の入り口を注視している。

 マルフたちは離れたところで休息に入っているようだ。思い思いの体勢で餌をもらっている。見る限り何頭か足りないな。あの洞窟に入っているのか、あたりを巡回しているのか。おっちゃんもいないみたいだ。ついていってるんだろう。


 俺はさらに視線をめぐらせ、バルグムを見つけた。エルナトから降りて、部下たちに何事か指示を出しているのが見える。


 うっ……。エルナトと目が合った。やっぱり誤魔化しきれないか?

 このまま隠れ続けるより、正面からぶつかってみるか。何か反応が得られると思うしな。


 俺はわざとガサガサと大きめの音を立てながら、茂みから出て行く。バルグムと目が合った。でへへ、と中途半端な笑いで応えておく。

 俺に反応した騎士団員が動く直前に、バルグムが手で制した。「オマエー、ナゼココニー」とか反応があるかと思ったが、バルグムのやつ意外と冷静だな。


「ボッツはどうした」


「急に襲いかかってきたから自衛させてもらった。殺してはいない。ちょっと寝てもらってるだけだ」


 騎士団員が俺のセリフにざわっとなるが、バルグムが手を掲げるだけで静まった。統制とれてるなぁ。


「マコト君がここにいるというのはどういうことだ……?」


 俺に問いかける言葉ではない。バルグムは腕を組んでぶつぶつと呟いていた。骸骨のような顔、その瞳が力強く輝く。


「マコト君」

「なんだ?」

「誰に聞いて、ここまで来た?」


 バルグムが確認のように俺に問いかける。


「……誰でもない。俺はスライムを狩りに来ただけだぜ」


 俺は嘘をついた。

 ルークの話が本当ならば、バルグムは獣人国モリステアのスパイだ。

 いまさらながら、ひやりとした感覚が背中を走る。失敗したかもしれない、という悪寒が在る。まさか殺されることはあるまい、という軽い気持ちが俺にあったのは確かだ。だが、こいつらが本当の敵なら……。

 バルグム、騎士団員、マルフ、これらを相手に、逃げ切れるか?


「ボッツ小隊はそう弱いわけではないと思ったがな」


 バルグムの声に俺は物思いから引き戻された。はっと顔を上げると、バグルムが杖を手に一歩俺のほうに踏み出していた。

 他の団員たちは何か言いたそうな顔をしていたが、バルグムの様子を見て、動く気配はない。

 

「君も魔術師と聞いている。ちょっとどうやったのか教えてくれないか?」


「いやいやいや。隊長さんがそんなことしちゃっていいのか?」


「構わんよ。うちは自由な気風でね」


 ――ぴりぴりする。勝負の前の、張ってる空気。

 バルグムのやつ、本気でやる気だ……!


 俺の胸のうちがざわつく。2連戦だが問題ない。まださっきの<身体能力上昇(フィジカライズ)>と<まぼろしのたて(魔法防御力上昇)>は効いている。


 俺はちらっと団員のほうを見る。バルグム相手に勝てても、途中であの数の魔術師が混じってくれば確実に負ける。<咆哮+麻痺>も相手が多すぎるとどこまで効くかわからないしなあ。できれば逃げたい。

 そもそも様子を探るのが目的だからな。降りかかる火の粉は払うが、この事態は火の粉というか火の元すら消そうという感じになってるぞ。さすがに無理だろ。


 バルグムのやる気が変わることはないようだ。俺は左手を前に出し、右脇に黒金樫の棒を挟んで固定して構える。

 やるしかないか……!?


 俺とバルグムの距離は8mほど、自然体で立っているバルグムに対し、俺のほうは緊張している。

 にらみ合ったのは何秒くらいか。

 初めに動いたのはバルグム。やつの杖の先、魔法陣が割れるとバルグムを中心に何かが全方位に拡がったような感じがした。不可視の一撃。

 コースは読めないが左で受ける!


 ……?


 確かに俺に当たったはずだが、俺の左手には何の異変もない。あたりの様子にも変わったところはない。


体得(ラーニング)! 魔術「探知」 をラーニングしました>


 そんな俺の脳内に聞こえるいつもの声。「探知」!? 俺の何かを調べられたのか!?

 これ、どういう魔術なんだ?


 俺がバルグムを見ると、何とも言えない表情をしていた。呆れたような、残念な子を見るような視線を感じる。何だよ。何が言いたい。この魔術、俺の何かが見えるのか?


 俺が「探知」の魔術を使い返そうとする前に、バルグムが再び動く。


「<穿て魔弾、その威を叩きつけよ。 衝撃球(ショックボール)>」


 バルグムの杖の先の魔法陣が砕け、ドッジボールサイズの青い球が発射されるのが見えた。1発は直線の軌道でこちらを狙い、もう1発は俺が防ぐ瞬間に当たるように飛んで来ている。

 俺はバックステップで回避。青い球が地面に触れると、両手を叩いた音を何倍にも増幅したような破裂音が響く。ふわりと俺のほほを風が叩いた。


 あの球、名前どおり衝撃波の塊か何かなのか。着弾するとすごい衝撃が解放される感じか。

 

 俺の足が地面を踏む。靴裏が滑り、音を立てる。


 どうする……? やるしかないか――!


 俺の身体に力が入る。バルグムの動きから目を離さないまま流れを考える。

 初手は前へ出ながらの<咆哮+麻痺>、動きが止まったら黒金樫の棒を突きつけて降伏を迫る。これでいこう。


「――何をやっているでござるか! 2人とも!」

「ハーヴェ!?」


 そんな俺の動きを図らずも止めたのは、情報屋ハーヴェの怒鳴り声だった。

 見ると、洞窟からおっちゃんとハーヴェが出てくるところだった。ハーヴェはおっちゃんのマルフに2人乗りをしている。トレードマークの帽子が落ちないようにか手で押さえていた。

 その表情は明らかに怒り状態。でもあれ、俺だけじゃなくてバルグムにも怒っているように見えるんだが。


「どうして2人が戦っているのでござる?」

「いや、たまたま俺がここに来たらバルグムさんにケンカふっかけられてね」

「バルグム殿。隊長が何をされているでござるか! 他の者に示しがつかないでござるよ!」

「彼が刺客かどうかは確かめねばならんだろう」


 バルグムが言いながらそっぽを向く。誤魔化してやがる。自分で戦ったりと最初に会った時より印象違うな、こいつ。

 ハーヴェの眉が釣りあがる。おっちゃんのマルフから降りると、バルグムに詰め寄る。怒声が出るかと思ったが、ハーヴェはため息ひとつで表情を改めた。


「報告するでござる。中はすでにもぬけの殻。ただ、何がしか部隊が居た形跡はござった」

「位置は予想通りだな。だが、動きが早い」


 バルグムの声が低く響く。腕組みをすると、ハーヴェと話し込み始めた。戦いの気配がなくなったのを感じたのか、樹上からクーちゃんが降りてきて俺の足元へとやってくる。


 いや、あの。もしかして俺、忘れられてる?

 さっきまで戦ってたよね、おーい。


「いや、どうなってるかさっぱりなんだが。説明してくれ……」


 俺は話し込んでいる2人に近づいていく。こうなったらいきなり再開とかもないだろ。

 俺のつぶやきが耳に入ったのか、ハーヴェとバルグムがこっちを見る。


「現状を説明してもいいでござるか?」

「かまわんよ」


 バルグムが短く言うと身を翻した。急いだ様子で歩き去っていく。どうやらずっと待機していた団員に指示を出しにいくようだ。

 ちょんちょんと腕をつつかれて俺はハーヴェに向き直った。


「ここ数日、どうも獣人国モリステアの動きがあやしくてござってな。おそらくここにモリステアの部隊が潜んでいるのではないかと予想しておったのでござる。ここに部隊がいない以上、移動したのでござろうが……おそらくベルランテが襲撃される可能性が高いでござろう」

「……ベルランテが」


 俺は東の森の出来事を思い出していた。

 初めて魔術と出会った襲撃。あれは目撃者を消すためだったのだろう。ケイブドラゴンと戦う前で襲ってきた覆面部隊も同じだろう。あれらはモリステアの軍隊なのだ。

 

 しかし、何だか聞いた話が違ってきている。

 ルークの話によるとバルグムたちはそのモリステア軍につながっているスパイじゃないのか?

 まさかハーヴェがそうだとは思えないし……。


 オレの視界では、第3分隊が動き始めたのが見える。マルフに乗った団員が先頭に、隊列を組んで進んでいく。俺が来た方向へと走っていく数人は、おそらくボッツ達を回収しにいくのだろう。


「何者かが第3分隊を追ってきていることには気付いていたのでござる。てっきりモリステアの刺客と思っていたのでござるが……マコト殿は何ゆえ追いかけて来たのでござるか?」

「いや、俺はルークにバルグムが……第3分隊がスパイだって聞かされて、様子を探ってくれって頼まれたんだけどな」

「ルーク殿でござるか……やはり!」


 ハーヴェが驚きに目を丸くする。もしかして、俺、騙されてた?

 黒幕はルーク、か?

 思い出してみると、バルグムが怪しいという情報はルークからしか聞いてないような……。

 

「というかハーヴェ、お前も何者なんだよ。ただの情報屋じゃないだろ」

「情報屋をやっているのは本当でござるよ。ただ、もとの所属は第3分隊、バルグム殿の隠密でござる」

「それじゃあ、前に言っていたコネっていうのは……」

「バルグム殿のことでござるよ」


 バルグムが俺を呼んだのはハーヴェから情報を聞いたからだろう。そういえばルークも俺の情報を知ってたのはなんでだ……?

 俺はそこで思い当たる。ケイブドラゴン戦を見ていたのはレジェルとシーナさん、ハーヴェ。あとは生き残って逃走した覆面――モリステア兵だ。

 ルークがそいつから話を聞いていたとすれば……。


「ハーヴェ、出るぞ。ベルランテに入られる前に背後から強襲する」

「了解でござる」


 いつの間に近くに来ていたのか、エルナトに騎乗したバルグムがハーヴェに声をかけた。ハーヴェは返事をするとすぐさま残っていたおっちゃんとマルフのところへと走っていく。さっきのように2人乗りをするのだろう。

 俺はバルグムを見た。エルナトに乗っている状態のバルグムを見るためには、だいぶ見上げないといけない。

 バルグムもまた俺を見ていた。その骸骨のような顔からは、あまり表情が読めない。だが、あんまり好かれていない感じは受けるぞ。


「バルグムさん、よかったら乗せていってほしい。俺もベルランテが気になる」


「――断る」


 俺のお願いを、バルグムは一言で切って捨てた。いや、ここは俺も連れて行ってくれる流れじゃないのかよ。どうなってんだ。


「マコト君のあり方は――怖い。持っている力の強さと、それを振るう感覚が釣り合ってないように感じる」

「……」

「我々の動きにはベルランテの者たちの命がかかっている。君は、手を出すな」


「何を言ってるんだ。緊急時には冒険者も防衛線に参加するようになってるんだろ?」

「詳しく教えてほしければ後で騎士団まで来たまえ。……私がレクチャーしてやろう」


 バルグムの冷たい目が俺を見る。何でだ。俺の力があったら防衛も楽になるはずだろ?


 エルナトが身体に力を入れるように身震いする。バルグムはもう俺を見ていなかった。身体をエルナトにくっつけるように前傾姿勢になると、エルナトが急発進する。蹴立てられた砂利が宙を舞った。


 滑らかに駆け出す後ろ姿を、俺は見送るしかなかった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 最初からそうだけど、主人公はなんでこんなバカ設定なんだろう笑 でもまぁ、一般人の思考力はこんなものか。 それよりもこの小説『残酷』タグ付いてたからマトモかな?って読み出したけど、「殺さず…
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