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第276話「シャン・グリフの森」


 俺は鬱蒼としげる樹木を見上げた。

 大気が濃い。そんな空気が充満している。

 木々は密集しているとは言えないくらいなのだが、森の放つオーラの強さとでも言うべきものが自分たちの世界を主張している。

 魔物がよく出現するとして、


 俺達はマカゲに事の経緯を伝えた後、すぐに出発することにした。ロップに聞くと森自体は港町からそう遠くはないと言う。マカゲは引き続き留守番だ。

 しかし、マカゲもシャン・グリフなる魔物を知らなかった。どんな魔物なのかが気になるが、街からほど近い森の魔物だ、それほど強力な魔物でもないだろう。道案内をロップができるくらいだからな。


 俺は太い梢を見上げた。何かが飛び跳ねたような気がしたが、目をやったときにはもう何も見えない。

 姿は見えなくとも、気配は感じる。この森に魔物がいるのは確かだ。ただ、こっそりとかけた<空間把握(エリアロケーション)>に反応がないところを見ると、かなり遠いところから監視している。


 お腹が空いたのか、足元を行くクーちゃんが俺の足をつつく。


「ロップ、魔物が出るって場所まではまだかかるのか?」

「まだ、です」

「じゃあ、ちょっと腹ごしらえをしておこう」


 俺が足を止めたので、ロップとアルソットも足を止めた。ロップは辺りをみわたして、いささかそわそわした様子だった。森の魔物が気になるのだろう。

 この先進んでいけば遠からず魔物とは必ず出会うだろう。その前に腹ごしらえをしておきたかった。<エリアロケーション>も起動しているのだ。このあたりならまだ不意打ちされることもない。

 俺は鞄から買い込んでおいたパンや果物を取り出した。パンは鶏肉をソテーしたものを挟んだもので、野外でも食べやすい。果物はリンゴに似た酸味と甘みがちょうどいい果物で、リンゴと違ってきれいな青色をしているのがなんとも不思議だ。


 俺はパンを半分ほどちぎってクーちゃんに与えると、アルソットに果物を投げ渡す。アルソットはうれしそうに受け取ると、器用に指先で回してからかぶりついた。


「ほら、ロップも食べておけよ」


 俺はもう一つ果物を鞄から取り出すと、放り投げた。ロップは手の中ではねた果物を、不器用な手つきでなんとか受け取る。受け取った果物を見て、ロップは表情を曇らせた。すぐに食べずに、果物を手に持ったまま動きを止めている。


「あ、あれ? 果物は苦手だったか?」

「……いえ」


 なんだか雰囲気が暗いな。何か嫌なことやったっけ。

 頭を掻きながら悩んでいると、ロップと目線が合う。迷うように揺れる瞳がそこにはあった。何かを言おうとしたのか口が開かれるが、結局なんの言葉もなく閉じられた。


 ……何だ?


 ロップは果物を半分だけ食べると残りは腰に結わえ付けた袋にしまった。後で食べるつもりなのだろう。嬉しそうな様子に、俺は満足する。


「おい、あんた」

「何だよ」


 ぼそりと呟かれた声は、呆れを含んでいた。アルソットはぬるい目線を俺に向けて来る。


「普通は言わねぇんだけどな。あのボウズにいろいろしてやるのは、やめたほうがいいぜ」

「なんでだよ」

「……奴隷だからだ」


 アルソット……?

 俺は思わず二の句を告げなくなった。荒くれ者だとは思うが、アルソットがそこまできついことを言うとは思わなかった。


「ロップの姿を見てみろよ。普段どんな生活を送ってるかぐらい、すぐわかるだろ」

「そんなもん見りゃすぐわかる」

「なら……ッ!」


 俺の胸のうちが熱くなる。焦りにも似た炎が焼く。掴みかかるのをかろうじて抑えたのは、アルソットの目を見たからだ。

 アルソットは冷静だった。その目にはロップに対する侮蔑や、俺に対する嘲りもない。


 ――――じゃあ、どうして?

 

「わかんねぇなら、いい。だが、このまま続けるなら、オレの見てないところでやってくれ」


 そう言うとアルソットは立ち上がる。ロップもすでに用意はできているようだ。俺は残ったサンドを口にいれた。美味しいはずの味は、いまいち感じられなかった。咀嚼しながら立ち上がる。

 俺達は再び森の奥に向かって歩き始めた。


 若干気まずく感じているのは俺だけだろうか。ロップもアルソットも普通にしているぶん。俺だけ不機嫌になるのも雰囲気が悪くなる。しょうがなくもくもくとついていくしかなくなる。


 にしても、どこまで行くんだ?

 そもそもシャン・グリフっていうのはどんな魔物なのか、ある程度情報が欲しい。ロップは見ればわかるとか言っていたけど。


「っと、止まれ! 魔物だ!」


 俺の<エリアロケーション>に反応。結構な速度でこちらに接近する何か。

 俺の言葉に反応してアルソットが足を止めた。腰の後ろからナイフを抜き放つ。辺りを警戒する様子は戦闘慣れしている戦士の姿だ。ロップが怯えたようにさがる。


 ガサガサと茂みを揺らしながら飛び出してきたのは、透明な灰色の身体を持つスライムだ。灰スライムとでも呼ぶべきか。それが二体。

 ぐにょんと全身を折り曲げながら、こちらに向かって思ったより速いスピードで滑り出す。


 アルソットが嫌な顔をした。核を捉えなければナイフの攻撃はいまいち効果がない。だが、濁った体色がスライムの核を見えづらくしている。あまり接近したくないモンスター。


「スライムだ! こいつぁ……!」


 アルソットがちらりと俺を見る。小さく首を振るのは否定の合図。

 魔術は使うなということか。

 確かに魔術を使えばスライムの撃破は容易い。だが、ここにはロップの目がある。


 だが、俺はこれまでスライムを飽きるほど狩ってきたのだ。ベルランテのスライムと変わりがないなら、核の位置もわかる。


「――――シっ!」


 鋭く呼気を吐き出すと同時に、捻りを加えながら突打。堅めのゼリーを突き抜ける感触と共に、核を砕く手応えを感じる。どろりとスライムの身体が崩れていく。飛びかかってくるもう一体をバックステップで避ける。さらに追撃を警戒するが飛びかかってはこない。

 動きを止めたスライムは、さきほど死んだばかりの液状スライムを啜りはじめた。直後に一回り大きくなる。

 こいつ、吸収して大きくなるタイプのスライムか!


「ひぃッ――!?」

「チッ!!」


 ロップの怯えた声が聞こえた方向ににちらりと目をやれば、さらに灰スライムが飛び出してくるところだった。どこに隠れていたのか、それとも騒ぎに誘いだされてきたのか、<エリアロケーション>が第三波、第四波の灰スライムを感知。俺は思わず顔をしかめた。


「さがれッ! 囲まれてる。とどまって戦うと死ぬぞ!!」

「わ、わかった!」


 アルソットがもと来た道を引き返そうとする前にも、立ちふさがるように灰スライム。即座に<りゅうのいかづち>を起動すると核をぶち抜いた。アルソットの驚く顔は無視する。魔術じゃないからいいだろ。

 後で何とでも言える、今はここから脱出する方が先だ。手ぶりで示せば、アルソットは駆け出した。ロップがその後に続く。


 灰スライムの死骸が残れば、吸収して巨大化してしまう。雷撃の熱で黒焦げにすることで吸収を防ごうと考えたが、考えが甘かったらしい。水っぽい組成は雷の熱を分散させ、核を破壊するだけにとどまっている。当然死骸を吸収した灰スライムが大きくなった。

 さらに灰スライムは仲間割れをするかのようにぶつかり合う。その度に体積を増やしていく。気付けば三メートルほどの歪な人型が出来上がっていた。大量により合わさった核が、ユニコーンの角のようなねじれた突起となって突き出している。


「あ……、あ……!」

「ロップ! こいつら一体何なんだ!?」

「これがシャン・グリフです!!」


 マジかよ……。

 この角を取ってこいってことか。あの犬野郎……!


 シャン・グリフが咆えた。壊れた木管楽器のような、無理矢理空気を震わせる声が放たれる。それは獲物を見つけた獣の叫びだった。

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