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第273話「奴隷商ゼネルカン」

 奴隷商の建物は、思っていたより清潔なつくりをしていた。

 もっとこう、すえた匂いとか腐ったような匂いを想像したいただけに、少し拍子抜けをする。


 受付には年老いた狐獣人の女性が座っていた。スカートをはいているからたぶんおばあさんだろうと思っただけだ。ふさふさとした眉毛が目を覆い隠すほどで、その視線は読めない。ぴくりと鼻を動かしたところを見ると俺達には気が付いたと思われる。


 受付の奥には扉が三つ。かなり怪しい。どこにつながっているものやら。<空間把握(エリアロケーション)>によると長い通路になっており、奥は小部屋になっている。


「新顔だね」


 狐ばあさんがぼそりと言った。しゃがれた声が怖い。

 眉が持ち上げられると、その奥から不審げな視線が俺達を舐めるように動いた。


「金はあるんだろうね? うちは安かないよ。奴隷商ゼネルカンの看板は伊達じゃないからね」

「問題ない」


 アルソットはどさりと小袋を受付に置いた。フェイが渡したあれだ。

 狐ばあさんはちらりと袋の中身を覗き込むと、納得したように頷いた。


「確かに金はあるようだね。何をお求めだい? 獣人、半獣人、人間、魔物までそろってるよ」


 魔物も!?


 俺の心の声に反応したのか、今まで動かなかったクーちゃんが身に付けている鞄の中で身じろぎした。隙間から顔を出すと、珍しそうに辺りを見渡す。


「人間だな。できるだけ新しい奴がいいから、次に人間を入荷したら知らせてほしい」


 アルソットは金貨の袋を手に取る。ついでに見せつけるようにして手首にぶらさげたブレスレットをちらりと見せた。

 ブレスレットに気付いた狐ばあさんが表情を変える。


「ふん……。入りしだい宿に知らせに行かせるよ。それでいいかい」

「よろしく」


 アルソットの声を聞きながら俺は感心した。手慣れている。

 これでフェイがここに連れてこられたらすぐにわかると言うわけだ。だが、問題は残る。俺はアルソットを手招きすると、壁際へと連れて来る。


「おい、本当にフェイがここに来るのか?」

「若くて状態は良い。だったら高値で売れるここに連れて来るのが普通だぜ。ゼネルカンは大手の奴隷商人で、状態の良い奴隷を売ることで有名なんだよ」

「……よく知ってるな」

「そんな目で見るなよ。俺を殺す気か?」


 アルソットは慌てたようすで弁明した。

 俺は両手で顔を揉む。思わずひどい顔になってたらしい。


「奴隷を持てるほどの暮らしはしてねえよ。プラティーベ船長がここの馴染みなんだ。船員証を見せればいけると思ったんだが、思った通りだったな」

「なるほどな」


 さっきの狐ばあさんの変化の理由がわかった。


「……ここで買われた奴隷はどうなるんだ?」

「聞くなよ。わかるだろ」

「それなりに金のかかる投資だ。有能であれば下男、下女、荷物運びとして使われる他、物づくりなどの職能を持っている場合はそれで働くこともある」


 俺は思わずマカゲを見た。いつの間にか話に入ってきている。


「運が悪ければ、あまり口にしたくはないことになるだろうな。試し切りや公言するに憚られる趣味に使われる。ま、よほどの金持ち道楽だな」


 マカゲの言葉に、俺は口を噤んだ。この建物の中にも、囚われた人たちがいるのだろうか。いっそここを襲撃して解放すれば、ほんの一部とはいえ助けられるんじゃないか?


「おい。そこの。そこのお前さね」


 声を掛けられて俺はハッと妄想から戻ってきた。狐ばあさんは渋い顔で俺を手招きする。

 近寄った俺の頭をぼかりと叩く。痛みに思わず涙目になった。

 いつの間にか懐から取り出したキセルのようなもので叩かれたらしい。


「変なこと考えるんじゃないよ! お前も奴隷商人を勘違いしているクチだね」


 くるりとキセルを回すと、狐ばあさんは深々とため息をついた。


「奴隷商人なんてもんは、人助けなんだよ。獣人国じゃ王から補助金も出てるよ。売れるまでの間は衣食住は保証してるんだからね。それに、運がよければ奴隷身分からのしあがって市民に戻ることもあるからね。奴隷として売れた分の一部は支度金として本人に渡してもいるよ。どうだい、これでもいかがわしいかい?」

「いや……」

「自分の身体を売りたくなったら来るといいさ」


 それを言いたかったのだろう。狐ばあさんが獲物を見定める視線で俺を見ていた。


「珍しい半獣人だね。羊……でもないね、初めて見るよ。お前の身柄なら高ぁく売れると思うさね」


 背筋が寒くなる。本気で、こいつ、俺を商品として見ている。用事は済んだ。

 ひっひっひと笑う狐ばあさんにはこれ以上かまわず、俺は奴隷商の建物から出た。すぐにマカゲとアルソットが追いかけて来る。


 狐ばあさんの言うことが本当なら、奴隷商人というのは慈善事業的な役割があるということになる。

 スラム街落ちになるような底辺層を救い、仕事を斡旋しているのだ。

 だが、一方で俺の時のように誘拐や拉致などで強制的に奴隷にさせられている例があるのも事実だろう。


 暗い目でアルソットを見れば、アルソットは頷いてそれを肯定した。


「まあ、ゼネルカンは後ろ暗い奴隷も受け入れてるって噂だからな」

「ゼネルカンって、さっきの狐ばあさんか?」

「いや、あれはただの受付だ。ゼネルカンの素顔は誰も見たことがないって話だぜ。噂によると竜の獣人だとか、伝説の大蜘蛛の獣人だとかいうことだがな。眉唾もんだな」


 アルソットは肩をすくめた。それを見たマカゲが腕組みをしながら唸った。


「だが、ずいぶんと権力を持った御仁ということはわかる。この港町に対しての影響力があるということもな」

「なんでわかるんだよ」

「宿だ。拙者達はまだどの宿かを決めておらん。その上、どの宿かも聞かれておらん。この港町で宿を取れば、その情報はゼネルカンに届くというわけだ」

「なるほどな。そりゃ、かなりのお偉いさんだ。ミトナも探さなきゃいけないし、やることが山積みだよ、ホント」


 俺はため息をついた。

 不意にマカゲが距離を詰めて来る。隣に並ぶと、後ろを歩くアルソットに聞こえない程度の声で問いかけてくる。


「ミオセルタ殿を感じることはできないか?」

「魔術ゴーレムの中だと、うまく感知できないんだよ。いちおう繋がってるから簡単な意思疎通はできるんだけどな」

「あまり当てにしないほうがいいということだな」


 マカゲが考え込むように懐に手をしまう。精神的な疲れが襲ってくる。

 獣人国のことについては、マカゲとアルソットに任せる部分が多くなってくる。


「アルソットの考え、うまくいくといいんだけどな」


 俺はミトナとフェイの顔を思い浮かべた。鞄から顔を出して心配そうに見上げてくるクーちゃんの頭を撫でると、前を向いた。まずは宿を取る。腹ごしらえをして、この港町を調べる。


 やれることをやるしかないのだ。

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