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第272話「獣王国の港町」

 海風が髪を撫でた。その温かさを俺の角が感じていた。

 船長に半獣人と間違われてしまったが、その方が都合がいいことに気が付いた。とりあえず山羊か何かということにしておいた。

 <ばけのかわ>で偽装しなくていい分、なんだかのびのびとした気分だ。とりあえず獣人国(こちら)では半獣人ということにしておくことにした。


 ひときわ大きな揺れと同時に、歓声が起きた。港に無事着いたのだ。

 俺とマカゲはその様子を甲板から眺めていた。

(イカリ)を下ろせ! 綱出せ! 船を固定するぞ!」

「へい!!」


 船長の言葉に船員たちが一斉に返事する。聞いていて気持ちいい。

 揺れはじきに収まった。船の上から投げられた太い綱が港へと渡される。港側に居た鰐の獣人と大勢の半獣人がその綱を受け取ると、力を込めて引っ張り始めた。ぐぐうと船が引きよせられていく。

 俺は思わず身を乗り出した。ベルランテの港でも同じようにやっていたのだろうか。

 考えてみればエンジンなどの推進機関は無いのだ。人力でやりとりをしている。その力強さたるや。

 もっとベルランテでも見ておけばよかったと今更ながらに思う。


 ぼんやりと見ていた俺の肩を誰かが叩いた。振り返る。荷物を持ったアルソットがそこには立っていた。


「アンタら、ぼんやり見てないで降りるぜ」

「アルソットは手伝わなくていいのか?」


 俺は甲板から見える景色を指差した。

 船の腹が開いて、中の積み荷が運び出されている。船員たちは必死に積み荷を降ろしていた。漁船ではないから鮮度を気にするわけではないだろうが、きびきびと素早く運んでいる。数珠つなぎに繋がれて連行される海賊も見えた。積み荷の部屋の前で転がしておいた連中だ。もう歩けるくらいにはなっている。

 アルソットもここの船員だ。本当なら手伝わなければならないはずだろう。

 

 返ってきたのは苦い顔だった。顔の毛が寄って面白い表情になっている。


「船長からの命令で、アンタらの面倒を見なけりゃならないんだよ。船員仲間にも恨まれるぜ、こりゃ……」


 俺とマカゲは顔を見合わせた。マカゲの髭が軽く揺れる。言いたい事は同じらしい。

 運び屋の裏家業をやっているのはアルソットの事情だ。隠れていたところから出てきてばれてしまったのはこっちのせいだが、あのままでは海賊にやられていた。

 そういう気持ちを込めてじとっと見つめていると、アルソットは俺から目線を逸らした。


「い、いこうぜ!」


 そう言いながらそそくさと歩き出すアルソットのあとをついて行く。

 海賊襲撃の際に大きな荷物は置いていったのが悔やまれる。着替えや何やらが入った荷物だ。かついだフェイの分の荷物がずしりと重い気がした。


「それで、アンタらは何がしたいんだ。ここまで来たらできるところまでは伝手を当たってやるよ」

「俺達の目的は人探しだ。一人は熊の半獣人のミトナっていう娘で、もう一人は途中で拉致されたフェイ」

「それならまずは熊獣人のコミュニティを見つけないとダメだな」


 そういうとアルソットがぶつぶつと呟きながら考え込み始める。

 こんなに簡単に見つかるものなのか。不思議そうな顔をしていたのだろう、マカゲが俺の表情を見て口を開く。


「拙者ら獣人は同じ種族で集まって生活することが多いのだ。種族によって様々な特徴を持つから、集まっていた方が生活しやすいとうことだな。だから熊の獣人を探すには、熊の獣人が多く住むところを探せばよいということだ。もしそこに居なくとも、何かしら情報は得られるのではないかな」

「なるほどな」

「まあ、大都市や港街となると様々な種族の者が集まるけどな。アンタら、種族の街に行くときには気を付けるんだな。よそ者には厳しいからよ」


 口を挟んできたアルソットは、そういって口端をゆがめた。ちらりと鋭い犬歯が覗いた。


 アルソットを先頭に、船から降りる。港へと渡されている木の板を橋代わりにして、俺は獣人国へと足を踏み入れた。


 喧騒が俺の全身を包み込む。

 俺は思わず足を止めていた。


 空気が違う。外国、という意識もあるだろう。


 ベルランテの港はどちらかというと整然としている感じだ。きちんと並べられ、積まれた積み荷。商人や船員がしっかりと見回っている。

 対して獣人国の港は、雑多で混然としていた。そこかしこに荷物が溢れ、怒号が飛び交い、小型の動物が走り去って行く。カレーなどが似合いそうな熱気がここには存在していた。


「ようこそ、獣王国へ。ここはシャラン港。いくつかある港町の中でも一番荒くれ者が多い港さ」


 アルソットがにやりと笑う。顎で町の中心を示しながら、アルソットが進む。この町の地理はわからないので、こっそりと<空間把握(エリアロケーション)>を起動しておく。


「特に猪獣人と狼獣人には気を付けろよ。あいつら、だいぶ血の気が多いからな。特に人間に対して敵対心が強い奴らだからな。半獣人にも容赦ねえ」


 大きな大八車を蜥蜴のような半獣人が引っ張っていく。たくさん木箱を載せた車は、優に百キロはありそうだ。それを軽々と引っ張っていくのだからすさまじい。人間との種族的な差ってやつか。

 大八車とすれ違いながら俺達はシャラン港を抜けた。


「うへぇ……」


 俺は街並みを見上げながら思わず声を出した。

 粗末とも言える家が迷路のように積み重なっている。必要になるたびに適当に増改築を繰り返したのだろう。一階と二階で材質が違う家すら見える。

 <空間把握(エリアロケーション)>から入ってくる情報を合わせて見ても、この港町は迷路のようになっている。

 ぽかんと空きっぱなしになっていた口を、俺はあわてて閉めた。


「まるで迷路だな、こりゃ」

「港は盗賊に狙われることもある。わざとこういう配置になっている」


 隣を歩くマカゲが、俺の言葉を受けて言う。


「それ、港への物資を運ぶのは面倒じゃないか?」

「見るといい、マコト殿。運搬用ルートは広くとられているのだ。一本だけ広く大きな道がとってある。有事の際はところどころに隠されているバリケードを設置するのだ。攻めやすいと考えて大きな道に誘導し、バリケードで動きを阻んでから潰すように考えられている」


 ちらりと見れば大通りの家々の隙間に、丸太で組まれたバリケードが置いてあるのが見えた。先端をとがらせてあるを、数本組み合わせたバリケードは突破するのは大変だろう。


「……魔術使われたらどうするんだ?」


 俺はぼそりと呟いた。確かにバリケードは強固かもしれないが、距離を取って魔術を使えば突破できる。

 その言葉に、アルソットが振り向いた。声をぐっと落として言う。


「この港町ならまだしも、他で魔術を使うと殺されるかもしれねぇ。気を付けることだな。魔術師って奴は、普通の人間と見た目は変わらないのに、(ドラゴン)みたいに恐ろしいからな。獣人国でも忌み嫌われてる」

「忠告どうも……」


 アルソットの声には実感がこもっていた。この国では、魔術の使用は控えた方がいい。<りゅうのいかづち>や<りゅうのおたけび>、<いてつくかけら>あたりを使えば、なんとかなるだろう。


 雑貨屋や食料品店などをいくつも通り過ぎる。アルソットはどうも町の外周を回って反対側に出ようとしているらしい。

 俺はところどころに点在する看板を見上げながらついていく。言葉が違ったりしてわからないかと思ったが、獣人国の看板も俺には読めた。やはり翻訳されているんだろう。原理はわからないが助かる。


「それで、どこに向かってるんだ?」

「奴隷商のところだよ」

「…………」

「そう怖い顔をするなよ。尻尾が丸まっちまう」


 アルソットが怯えた声を出した。

 固くなった俺の身体をほぐすように、マカゲがゆっくり俺の肩を叩いた。俺は深い息を吐くと身体の力を抜いた。どうもいけない。過敏に反応しすぎていると自分でもわかってはいるが。

 アルソットが足を止めたので、俺とマカゲも止まった。目の前には大きな建物。看板には大きく奴隷商人である旨が書かれている。

 ようやく落ち着いたアルソットがその大きな建物を見上げながら言う。


「あの人は海賊に連れていかれただろ? 殺されてなければ奴隷商に商品として入荷されるはず。なら、早いうちに奴隷商に声をかけておくのが一番だ」


 その言葉を聞きながら、俺達は奴隷商の建物へと入っていった。 

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