第269話「プラティーベ船長」
海賊船は砲弾を連射しながら距離を離していく。
砲口は側面のみならず、海賊船後部にも設置されていた。甲板上から覗く三門と途中から突き出された砲口三門。計六門が時間差をつけて波状攻撃をしかけてくる。
相手の腕がいいのか、狙う場所はランダムながら、セントオーレ号に命中するコースだ。俺は魔術で迎撃する。砲弾を叩き落すことは難しくない。だが、砲弾を防ぎながら攻撃を加える余裕がない。
「なんでこんなに撃ちこんでくるんだよ!!」
砲弾を氷の盾で防ぐ。逸らしそこねた砲弾が甲板に穴を穿った。柵や床の木が抉れ、あたりにまき散らされる。
「マコト殿がいるからだ! 執拗に撃ってくるのも、魔術による遠距離攻撃を警戒してのことだ!」
流れ弾に当たらぬように身を低くしながらマカゲが叫ぶ。
セントオーレ号の方も海賊船から離れるように動いている。相対的に距離はどんどん開いていく。海賊船からの砲撃が止んだ。というより砲弾が届かない距離が開いたのだ。
「おおおおおおおおおおッ!!」
巨大な魔法陣が咲いた。三つの魔術を合成するために組み合わされた魔法陣は芸術品のようだった。
<氷閃刃>。
魔法陣が割れた空中に、加速を待つ刀弾が帯電すら纏いながら出現する。向こうの砲弾が届かなくとも、こっちの魔術は届く。
「――――マコト殿! フェイ殿が乗っているかもしれん! 船を沈めるな!!」
フェイの顔がよぎる。大イルカに騎乗した魚人に連れていかれた。
「くッ――――!!!」
精神力を総動員して軌道をずらす。射出された氷の刃は振れずとも波を断ち割りながら直進した。
氷の刃が海賊船をかすめた。発した衝撃波が海賊船を大きく揺らした。外壁が砕け、ばらばらと海に落ちていくのが見えた。
そうするうちに俺の魔術射程外にまで海賊船が行ってしまう。
俺は身をひるがえすと、言葉を失っていたアルソットに駆け寄った。殴りつけるような勢いのままアルソットの胸倉を掴みあげる。
「追いかけろ! 仲間が連れていかれたんだ!」
「む、無茶を言うな! 海賊船を追いかけるなんて自殺行為じゃねえか!!」
「俺が乗り込んで戻ってくるまででいい!」
「だとしてもだ! 俺に航路の決定権なんてねえんだ!」
「くそッ!!」
これ以上アルソットに詰め寄っても無駄だ。セントオーレの船長に談判しなければならない。突き放すようにして離すと、俺は操舵室を目指そうとする。だが、操舵室の場所も、船長室の場所もわからない。
「アルソット! 船長はどこだ!」
「ここにおるよ。私が船長のプラティーベだ」
声に振り向けば、大柄な獣人がそこに立っていた。三メートル近い身長は見上げるほど。その頭は鼻の短い象にしか見えない。
分厚い灰色の肌にはいくつもの傷が刻まれており、歴戦の雰囲気を漂わせる。船長だと思ったのは他の船員と服の質が違ったからだ。紺を基調とした船長服。
何よりも他の船員たちの視線や雰囲気がそれを物語っている。俺とマカゲを珍しそうに見ていた船員連中が固まっていた。
「貴様らは持ち場に戻れ。確認作業怠るなよ?」
大きな声ではない。だが、有無を言わさぬ迫力に満ちた声に、船員たちは即座に動き出す。
他の船員と一緒に動き出そうとしたアルソットを、船長が押しとどめた。
「アルソット。お前はこの私に言わなければならないことがあるだろう。残れ。それと、あなた達にも聞きたいことがある」
アルソットの身体から力が抜けた。がっくりと頭を垂れる。
「海賊船を――――!」
「見たところあなた達は正規の乗組員ではない。この船の中では、私に従ってもらおうか!」
俺の言葉を、船長は途中で切り捨てた。言いつのりかけた言葉が、胸の奥で詰まる。俺達は密航者だ。勝手に乗り込んだ上に言うことを聞けというのは通らない。
マカゲが俺の肩を叩いた。無言で首を左右に振る。俺は深く息を吐き出しながら握り込んだ拳を開いた。
気付くと船長が俺をじっと見ていた。
「この船を守ってくれたことには感謝する。来るがいい。こちらだ」
俺とマカゲ、アルソットが案内されたのはいわゆる船長室というやつだった。品のいい丁度品。 壁にはいくつかの操舵輪が掛かっている。設えられた机とベッドは船長の大柄な身体に合わせた特注品だろう。このセントオーレ号においてこれほどの個室があるということが彼の権力を物語っていた。
船長は椅子に深く腰掛ける。重みを引き受けてぎしりと椅子が鳴った。
机を挟んで俺達は立つ。アルソットがそわそわとした様子で落ち着きがなくなっていた。
「まずは感謝を述べておこう。貨物室の海賊どもを倒し、入り口を封鎖して積み荷を守ってくれたことだ」
急にやってきたから対処しただけなんだが、そういやそんなこともあったな。
あれから結構経ってるから氷結による封鎖も解除されている頃だろう。
「このセントオーレ号が沈むことなく今も航行できているのも、あなたが砲弾から船を守ってくれたおかげだ。だから、あなた方を放りだしたりするつもりはない。獣王国の港までは届けよう。だが、何のためにこの船に乗り込んだかは教えてほしいのだ」
象のような大きな耳がばさりと動く。
「獣王国にいる人に会いに行くためだ」
「…………」
「ええと、ミトナって言って……。熊の半獣人で……」
「………………」
駄目だこれ! 信じてもらえてない気がする!
どっと冷や汗が出てくた。
「そうだ、ウルススさんっていう熊獣人の娘さんで……!」
「……!」
船長がぴくりと反応した。すっと大きな手を挙げて俺の話を遮る。
「そのあたりでよい。そうすると、あなた方はその娘さんに会いに来たということか」
船長がマカゲへと視線を移す。その目が細められた。
「ほう。珍しいな。イタチ獣人を見るのは久しい。絶えたものだと思っておったが……」
俺は思わずマカゲを見た。そんなに珍しい種だったのか。
言われたマカゲは何食わぬ顔で立っていた。まったく気にした様子はない。
「アルオーンの港までは客室を使うといい。身の回りの世話はアルソットに任せる。もちろん食費や船賃などだ。獣王国での路銀もアルソットの懐から出してくれるそうだ。そうだね?」
「ぐっ……! わかりました……」
アルソットが絞められた蛙のような声を出した。これはアルソットがどれくらいもらったか全部見抜かれてるな。それだけで済むところを見ると、もしかすると船長もアルソットの副業を知ってたんじゃないか?
確証はないが。
「港に着いたら、奴隷市を見るといい」
「……?」
船長の言葉に、俺は疑問符を返した。何の話かわからなかったからだ。
「君の仲間だ。連れ去られて生きているなら、奴隷として売られる可能性が高い。何か特技や技術を持っていたりはするかね?」
「……ああ。持ってるな」
「なら、わざわざ殺すより、奴隷市に流すだろうね」
フェイ……。
今は船長の言葉を信じて動く他はない。そうでなければフェイは……。
その先はあえて考えないようにする。
船長の言葉を信じるなら、獣王国の港までは保証されたと見える。
一瞬、魔術でシージャックをしようかという暗い考えが浮かぶが、思い直す。
船を沈めてしまえば港に辿り着かない以上、脅しには意味がない。
また、船の操縦も潮を読むこともできない以上、こっちの要求通り進んでいるのかもわかんないだろう。
無駄に敵意を抱かせるよりかは、今は船長の好意をありがたく受け取っておいたほうがいいだろう。
考えにふけってた俺は、船長の言葉に現実に引き戻された。
「ところで、あなたは何の種族の半獣人なのか、差し支えなければ教えてほしいところだな」
「――――はぇ!?」
船長の視線は俺の頭と腰辺りに寄せられていた。思わず頭に手をやると、角の堅い感触。
<魔獣化>によって生えた尻尾。偽装効果が解除され、空気にさらされたねじれた角。ここまで考えることが多すぎて、解除するのもわすれていた。どう見ても人間ではない。
「な、なんでしょうね……」
人間と思われていなかったのか。人間だとばれてたらどうなってたんだろうな。
俺はそう考えながら、苦笑いするのが精いっぱいだった。




