第26話「追跡」
今回もよろしくお願いします!
どうやらバルグムとおっちゃんたちは東の門から出たらしい。
<印>からの感覚が東の門から遠ざかっているのを感じる。
東の森か……?
バルグムの乗るエルナトは、乗る前から<解呪>で解除されてしまっていた。やっぱり対策くらいはするか。
ただ、おっちゃんの乗っているマルフに食わせた携帯餌からは、いまだにマナがキャッチできる。だが、これも長く持たないだろう。消化、吸収されてしまえばマナも分解されて信号が途切れる。
すぐに追おう。
マルフの速度に追いつくには、強化しておく必要がある。
俺は東の門から出ると、<身体能力上昇>と<まぼろしのたて>を<二重起動>で同時発動する。
東の森はスライム狩りでよく歩いている。俺の庭のようなもんだ。思わず顔に笑みが張り付くのを止められない。おっちゃんには悪いが、イイ感じだ。
俺は<印>に向かって飛ぶように進む。放牧地で見つかった距離を参考に、マルフの認識範囲を考えた距離を空けて付いていく。クーちゃんはこの速度だと置き去りにしそうなので鞄に入ってもらっている。
この<身体能力上昇>の感覚は病み付きになるな。思い通りに身体を動かし、駆ける感覚。
俺は黒金樫の棒を落とさないようにしっかりと握る。<印>の動きがゆるやかになっている。そろそろ向こうは目的地に着くのか?
ちっ。感じられるマナが散ってきている。限界までに場所を特定しておきたいが……。
鞄がもぞりと動いた気がした。
「――<火弾>!」
魔術――――!?
斜め前から飛来する火の塊。身体が空中にあったのが災いした。俺は避けることもできず正面から激突する。
衝撃――。着弾点から拡がる火炎。目がチラつく。
「――――っぐお!?」
地面……地面かこれ! 痛い……。
火弾の威力よりも、体勢が崩れて地面に落ちた時のほうが痛ェ。くそっ……!
誰か知らんが接近される前にクーちゃんは出さねえと、サンドバッグになっちまう!
俺が鞄をあけると、クーちゃんがぴゅっと飛び出してくる。すぐに大木の幹を蹴り上げ、樹上へと消える。よし、ひとまずは安心だ。
四つんばいになっている状態で、自分の身体の状態を確認。<まぼろしのたて>がなけりゃ、焦げて終わってたな。身体は動く。『治癒』を使うほどでもない。
敵戦力、魔術師。魔術師だ――!
「貴様、誰かと思えば薄汚い冒険者じゃないか! 後を追ってくる者をマルフが気づいていなければどうなっていたことか。バルグム隊長に命令された時は怒りがこみ上げたが……ここで網を張っていてよかったよ! 貴様を殺していいんだからな!」
この声! ボッツか!?
俺が動けないのをいいことに、べらべらしゃべりやがって……!
なんとか身体を起こすと、優位を感じているのか悠然と歩いてくるボッツの姿が見えた。後ろにはいつもの取り巻き3人がついている。
やっぱマルフの感覚をすりぬけるのは無理だったか。ていうか、待ち伏せかよ。
「ボッツ小隊長さん、あんた、魔術師だったんだな……」
騎士団の制服は街中で見たやつらより軽装。色調の同じローブの上から胸当てを装備している。何より、その手にある長めの杖が魔術師である証左だろう。
正直驚きだ。ずるそうな小物顔あたりを見ても、魔術師には見えん。せいぜい権力を振りかざす小悪党で、ザコって感じなんだがな。
「何を言う。騎士団における魔術部隊。それがベルランテ駐屯騎士団第3分隊だ」
へえ。いいこと聞いた。じゃあ、バルグムも魔術師ってことか。
「貴様が何者がわからんが、我々の邪魔しようとしているとみなし、排除させてもらう。ムカつくんだよ、冒険者ごときが!」
「奇遇だな。俺も、お前が、ムカつくぜ! 先に手を出したのはそっちだ、正当防衛させてもらおうか!」
俺は黒金樫の棒を構えながら叫んだ。左手を前に出し、右脇に黒金樫の棒を挟み込む。
宣戦布告は終わった。立ちふさがるならやらせてもらおうか!
ボッツの宣言の直後、後ろの3人が一斉に魔術を放つ。俺とボッツがしゃべっている間に準備していたのだろう。火の塊がひとつ。氷柱がふたつ。
俺は前へ踏み込むと氷柱を左拳で叩き落す。次いで火弾を武器による打ち払い。最後の氷柱は踏み込んだ分、俺から外れる軌道になる。回避成功。
<体得! 魔術「氷」初級 をラーニングしました>
おし! 新魔術ゲット!
俺の動きがすごい技術のように見えるが、<身体能力上昇>と、『魔法陣』のおかげだ。魔術は起動前に『魔法陣』が割れる。それさえわかれば、今から魔術が出ますよ、と言いながら撃ってるようなもんだ。魔術の射線もだいたいわかる。
ノーモーションで撃ってくるスライムから氷柱を叩き落としてきた俺だ。こんなへなちょこ魔術に当たるわけがない!
だが、数の差は怖い。減らさないとな!
どうやら火弾と氷柱しか使えないのか、そればかりを放つ取り巻きに接近。加減しながら腹や頭を殴ってやると2人沈んだ。
最後の1人が至近距離からの氷の刃。三日月型の氷刃がギロチンのように降る。さすがに受けられない。バックステップで距離を取る。
「きゅッ!」
鋭い警告音。クーちゃんか!?
待て! これまでの戦闘、ボッツは参加してない? 何して――、
「<――すべて灰となれ! 解き放て! 三鎖火炎槍!>
「やべ――ッ!」
ボッツの掌の前に、大きめの魔法陣が出現する。俺が使う魔法陣の3倍はあろうか。
あれは、やばいだろ!?
ボッツの魔法陣が割れた。魔法陣の円周上から三本の太い火炎が軽く弧を描いて俺を狙う。蛇のような火炎が追いすがる速度は遅いとは言えないが、今の俺なら引き離せる!
囲まれる前に左へ! 俺は跳んで射線から外れる。俺が居たあたりの地面を、丸太のごとき火炎が叩く。弾けて拡がる。
「燃え尽きろ! 冒険者ァ!」
「うっそぉ……」
着地した俺が見たのは、魔法陣の中心から現れる巨大な火炎の槍。
ドリルのように渦巻く尖って渦巻く先端部は、命中すれば俺を消し炭にして余りある火勢。
総毛立つ。
視界が狭まるような、逆に全部を感じ取れるような感覚。
怖がるべき場面なのだろう、だが、面白いと感じてしまう俺が居る。
死――!? いや、防ぐ――ッ!
「――<いてつくかけら>ッ!!」
自信を持って放てるのはこれしかない。しかも <いてつくかけら>+<「氷」初級>! この合成呪文ならッ!
俺の突き出した掌の上に魔法陣が出現する。魔法陣が割れると、丸太サイズの氷柱が出現した。
火炎の槍から距離をとるために後ろに跳びながら、さらにぎりぎりまでマナを注ぎ込み、氷柱の槍を強化する。
「行ッけえええええええええ!」
火炎の槍と巨大な氷柱が激突した。
激突の威力に耐え切れず、巨大な氷柱は斜めに軌道をズラされる。そのまま砕け、バラバラと散っていく。だが、火炎の槍もまた、同じ運命を辿った。砕け、いくつかの塊になって速度を失う。
下草が焦げ、火の塊が当たった木の幹が燃え、氷の塊にとどめを刺され、折れていく。
調子に乗ったら、駄目だってことか!
放った直後から、ボッツはすでに次の準備に入っている。接近して未然に防ぎたいが、残った1人がボッツの目の前に移動して俺を睨んでいる。俺が近付いたら時間を稼ぐつもりか!?
なら――!
「――ガアアアァァァアアアアアアッ!!」
吼える。口の前に魔法陣が現れて割れ、咆哮に乗って呪いのもやが撃ち出された。
何をされたかわからなかっただろう。ボッツと残った1人は、<麻痺>を乗せた<たけるけもの>で行動不能に陥っていく。2人はその場で棒立ちになると、膝から崩れ落ちた。
この機会は逃せない!
俺は一足飛びに接近すると、2人の顔面を両手それぞれで掴んだ。
――<しびとのて>。
抵抗できない2人に、防ぐ手段は無い。
ボッツともう1人がマナ切れのため意識を失うまで、さして時間はかからなかった。
これがマナを吸う感覚か……。
「はぁ……はぁ……ひ……ひひ……」
今の……。
今のはやばかった。あの『三鎖火炎槍』は、これまでの魔術とランクが違っていた。あれが、上のランクの魔術! ひとつ間違えば、ここで転がってるのは俺だった。しかも焼死体で、だ。
しかし感心する。ボッツも、伊達に小隊長をやってるわけじゃなかったんだな。
騎士団をのしちまったが……まあ、大丈夫だろう。後で何か言われたらルークに取り成してもらおう。あいつの依頼だしな。
だが――いける。
俺は、強くなってる。
満足感というか、浮き上がるような幸福感がある。魔術師との戦いなら、やれる。魔術師のような遠距離に偏っている職種なら、『麻痺咆哮』で転がしてマナを奪えばいい。
レジェルやシーナさんみたいな接近戦を得意とする人達とは戦える気がしないけどな。
俺は身体の調子を点検する。打ち身や無理した筋は<治癒の秘蹟>で治療しておく。誰も見てない今なら使えるわ。
さて、今さっき<印>のマナの残滓が散った。もう何も感じないが、最後のあのあたりにバルグムがいるはずだ。何をしているか、見せてもらうとしよう。
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