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第268話「騎乗魚」


 他の船員と鉢合わせしないように船内を駆ける。俺の指示に従って、フェイとマカゲ、ミオセルタが続いていく。船員は甲板で迎撃に当たっているのか、船室内に残っている人数は少ない。運よく誰とも出会わないまま進む。

 気付けば<(マーカー)>が動いている。アルソットが船内に戻ってくるのを捉えた。すぐに会えるようにそちらに向かって駆けていく。折よく船室の階段を降りてきたアルソットと合流することができた。

 アルソットは俺達を見ると驚いた声をあげる。慌てて持っていたダガーを振り上げかけた。


「あんたら……!」

「問答は後じゃないか! 貨物室にも押し寄せて来てたぞ、海賊」

「なっ!? 積み荷は無事なのか!?」

「大丈夫。とりあえずしばらくは動けないようにしてあるわ」


 フェイの言葉にアルソットは安堵した表情になった。

 アルソットはダガーを下ろす。汗をぬぐうように何度か掌を腰になすりつける。


「上はどうなってる?」

「海賊とまだやりあってる。積み荷とあんたらが心配になったんだ」


 わあああ、と怒声だか叫び声だかわからない声が響く。甲板からだ。ときおり吠え声のようなものが聞えるのは、獣人の船員が多いからか。

 はっと弾かれたようにアルソットが顔を上げた。その背に焦りの色が見える。歯を剥きだし、唸るように呟く。


「海賊船を何とかしねえと……! 接舷されてる状態じゃ、横っ腹を噛まれてるのと変わらねえ!」

「海賊船を引きはがせばいいんだな?」

「あんた……? ちょっと!」

「海賊船が離れたらこの船を出せよ!」


 言うなり俺は走り出す。アルソットが来た方向が上へとつながる道だ。

 海賊と船員が戦っている甲板は混沌と化していた。刃物がぶつかる音。獣が吼える声が響き渡る。


 船員を示す制服を着ているため、セントオーレ号の職員と海賊の見分けは付く。だが、密航している俺達のことを海賊ではないと考えるかは微妙だから、船員に襲われる可能性もある。


 考えていると船員の一人を打ち倒した猫獣人の海賊が、いきなり現れた俺をターゲットに襲い掛かってくる。距離が近い。あわてて下がった俺の傍をマカゲが通り過ぎた。海賊が剣を振り下ろす間を与えずに、その胴を抜き打ちに斬り捨てる。


 マカゲの毛が逆立つ。何人かの海賊がこちらを向くが、マカゲの身体から放射される殺気を受けて足を止めた。マカゲが正面を向いたまま俺にだけ聞こえるように言う。


「マコト殿、殺到されれば厳しい。やるなら急ぐことだ!」

「任せろ!」


 俺は甲板を蹴ると跳ぶ。海賊船を視界に収めるために高いところからの起動が望ましい。帆を張るための綱を掴み、反動を利用してさらに上へ。<浮遊(フローティング)>の効果で軽くなった身体は、軽く宙を舞う。

 俺はセントオーレ号のメインマストに取りついた。見張り台のようなところだ。ここなら狙いをつけることも難しくない。見下ろせばセントオーレ号に接舷した海賊船が見える。でっかい鉤のようなものをひっかけて固定している。

 俺はマナを練り始めた。船に直撃させて落とすこともできると思うが、船から逃げ出した海賊たちがやぶれかぶれになってセントオーレ号に乗り込んできてもらっては困る。接舷部分を狙って船を引きはがす。


「――――<大氷刃フリージングジャベリン>!!」


 魔術を起動する。割れた魔法陣はマナの飛沫となる。強い風にふかれて散っていく。

 海賊船の端を狙って巨大な氷の刃を落とす。射出の勢いは十分。ズズンと思い音を立てて着弾した。侵入口を破壊したと同時に<大氷刃>は極低温の爆発を起こすように調整してある。

 一気に引き下げられた気温のために、白い霧が拡がる。一気に視界が悪くなる。


「なんだああ!?」

「おい、見たか!? 船が!!」


 海賊たちの慌てる声が聞こえる。ダメ押しをしておくか。<りゅうのいかづち>を起動すると、海賊船の甲板に落とす。見えにくい甲板に小爆発が起きた。ざわりと空気が震える。<空間把握(エリアロケーション)>で海賊船が少しずつ動くのがわかった。アルソットが船を動かすより速く、向こうの方が逃げだしたらしい。

 海賊たちが次々に海に飛び込んでいく。一瞬呆気に取られたセントオーレの船員たちが、にわかに活気づく。


 セントオーレ号が少し揺れた。どうやらこちらも加速するらしい。水面近くから突き出した大きなオールが海面に差し入れられている。白い霧を脱し、離脱を図る海賊船も同じようだ。

 どうやら海賊船もセントオーレ号も推進力はかなり原始的な方法らしい。獣人の力を利用しているために人間がやる場合とは比べものにはならない速度が出せるのだろう。


 <(マーカー)>の反応がすぐ下まで来ていた。アルソットが甲板に戻ってきていたらしい。見ればマカゲは刀を収めるところだった。刀身の血を拭っている。フェイとミオセルタは船の縁から身を乗り出すようにして海賊船を見ていた。


 俺はセントオーレ号の近くに巨大な生き物の姿を捉えた。

 <空間把握(エリアロケーション)>の範囲内にいきなり現れたことに一瞬混乱する。海面を慌てて見るがそこには波があるのみ。


「海の中か!」


 <空間把握>には限界距離がある。海中深くから上昇してくれば感知できない。

 思った時には遅かった。


 海面が爆発する。巨大なものが波を押し割って飛び出した。


 それは巨大な魚だった。見た目はイルカに似ている。普通のイルカより一回り大きく、筋肉質だ。だが、曲線的なフォルムにつぶらな瞳、かわいいと言える姿は変わらない。

 その大イルカには騎乗できるように轡と鐙がつけられていた。ぴったり身を伏せるようにして、その背には一人の獣人が騎乗していた。大きな目に鱗、鰓。どうみても魚の顔。人間の身体に、肩から上は魚の頭がくっついている。ミオセルタと同じ、魚人だ。


 大イルカの大ジャンプは、セントオーレ号の甲板に届いた。縁を砕きながら甲板へと侵入する。魚人は甲板の様子から、襲撃が失敗したことを悟ったらしい。ぎょろりと大目玉を動かすと、いきなり大イルカから飛び降りてマカゲへと突進する。


「マカゲ!!」

「――――!!」


 マカゲは納刀状態で柄に手を添えた。マカゲの居合いなら、切られたのに気付く間もなく刺身になる。

 もう少しで間合いに入ると言うところで、魚人はいきなり進路を変えた。代わりとばかりに大イルカがマカゲに突っ込んでいく。


「くッ!!」


 刀で斬っても突進は止められそうにない。そう考えたのか、マカゲは飛び退いた。大イルカがふたたび縁を壊して海へと飛び込んでいく。その時間が致命的だった。


 魚人は近くにいたミオセルタをひっつかむ。何か戦利品をと考えたのだろう。甲板の上で価値のありそうなものは魔術ゴーレムたるミオセルタだ。

 魚人はそのまま海に飛び込むべく、ミオセルタを引き寄せた。ミオセルタの短い手足では暴れても意味がない。


「離しなさい!!」


 魔術ゴーレムのボディには、フェイがくっついていた。フェイがミオセルタのボディを掴んで、持ち去られるのを防ぐ。


 俺は上から魔術で狙撃できるかを考えた。駄目だ。できない。フェイが近すぎる。

 俺は見張り台から飛び降りる。<浮遊(フローティング)>の効果でゆっくりと降下していく。


「きゃッ!?」


 フェイの慌てた声が聞こえた。

 魚人は諦めなかった。フェイごと抱え上げると、抱え上げて海へと飛び込む。

 どぶんと音が聞こえた。海に飛び込んだのだ。大イルカに騎乗したのか、ぐんぐんと距離が離れていく。

 フェイとミオセルタの反応も遠ざかる。


 俺は途中で<浮遊>を解除した。それなりの高さから落下。着地した足が痛む。だがそんなことを言える状況じゃない。


「フェイ!!!」


 叫ぶが海中を連れていかれるフェイとミオセルタには聞こえないだろう。俺は魔術で足止めをするべく、船の縁に向かって駆けだす。


 ――――砲撃音が聞こえた。


 白熱しそうな脳は、こっちにむいた海賊船の砲口を捉える。距離が離れれば、大砲の間合いというわけか。


「――――<氷盾(アイシクルシールド)>!!」


 一瞬で起動した魔術の氷盾が砲弾を防ぐ。轟音を立てて弾いた鉄の弾が海面にぶつかって水柱を吹きあげる。

 海賊船からの砲撃音が連続して聞こえてきた。太鼓を何度も叩くような、重低音が聞こえる。


「くそッ!!」


 俺は周りを見渡す。アルソットの不安を湛えた瞳が俺を見た。そりゃそうだ。

 砲弾を防げるのは、俺の魔術以外は無い。


「くそおおおお!!!」


 俺は叫びながら魔術を起動した。飛んでくる砲弾を防ぐ。

 俺は胸の中が焦がされていくのを感じていた。魔術で砲弾を防御すればセントオーレ号は守れる。だが、離れていくフェイをただ見ているしかなかった。

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