第267話「海賊」
抱えている鞄が動いた気がして、俺は目を覚ました。
光量を落とした魔術の光源が頼りなく浮かんでいる。照らし出された木箱や潮の匂いに一瞬どこにいるのかわからなくなった。周りを見渡してみて思い出す。セントオーレ号の貨物室だ。
いつの間にか寝入ってしまっていたらしい。最近の疲れからか、寝づらい貨物室内だというのに思いっきり熟睡してしまっていた。
見張りのために起きていようと思ったんだけどな。ふと身動きを感じて視線を動かす。
「マカゲ……。何してるんだ?」
「しッ……」
マカゲは壁に張り付いていた。全身をできるかぎり張り付けているので、カエルのように見える。特に耳をくっつけて、目を閉じている。何か……振動を感じ取っている?
マカゲはいきなり目を見開くと、荷物をまとめ始めた。
「マコト殿、フェイ殿を起こすのだ。荷物もまとめた方がいい」
何かを感じ取ったのか?
俺の<空間把握>には甲板を忙しそうに動く船員しか感じ取れない。
説明を求めそうになるが、フェイにも把握してもらうためにもう一度説明してもらうのも二度手間だ。それより今はフェイを起こすことにする。
「フェイ、フェイ! 起きろ……!」
「んぅ……。何よ、もう着いたの?」
「違う。とりあえず動けるようにしろ」
「……わかったわ」
フェイはさっと起き上がると、毛布を邪魔にならないところに押し込む。ミオセルタが大きめの鞄を掴んだ。
「それで、どうしたんだマカゲ」
「船員の動きがおかしい。足音に焦りが感じられる。これは、何かあったかもしれんな」
「俺達に気付いた……?」
「いや、それにしては船室に降りて来る気配はない」
今一度<空間把握>に意識を向ける。確かに船員が集まっている。甲板にかなりの人数が出ているらしい。
フェイが腕組みするとしばらく考え込む。やがて思いついたのか、指を一本たてながら言う。
「海の魔物の可能性は?」
「海怪獣……にしては騒ぎすぎだな。大海蛇か大王蛸あたりか。大型種なら船を沈める可能性はある。しかし、拙者の知るかぎりこの近辺で出没したという話は聞かなかったはずだ」
焦燥感が膨れ上がる。こんな船底に居たまま船ごとバラバラにされることはないだろうな。
「魔物なら退治を手伝ったほうがいいんじゃないか。ある程度距離があっても俺達ならいけるだろ。ベルランテからもだいぶ離れてるだろうし、こんなところで海に浮かぶとかぞっとしない」
「いや、もしかすると……」
マカゲが言いかけたとたん、船を大きな振動が襲った。
ぐらりと揺れて、俺は思わずたたらを踏む。フェイが小さく悲鳴をあげて尻もちをついた。振動はすぐに収まった。
「何が……ッ!?」
<空間把握>で船の状況を捉える。船に穴が空いている。高速でめり込んだのは一抱えくらいある珠のようなもの。
それを二人に伝えたとたん。二人の顔色が変わった。
俺にもわかる。これは魔物じゃない。これは球じゃなくて砲弾だ。セントオーレ号は砲撃を受けている。
「この船、襲撃されてる!?」
「――――海賊!」
フェイの声に、俺達は顔を見合わせる。マカゲが刀袋の紐を解くと、刀を取り出した。いつでも使えるようにする。
「船を沈めるつもりなら連続で砲撃をするはず。砲撃で戦意を奪った後は、乗り込んでくる」
「手伝うべきなのか?」
「拙者達が密航していることを忘れない方がいいだろうな。いつでも動けるようにしておくべきだ」
再びセントオーレ号を振動が襲った。今度は振動が長い。
<空間把握>には甲板に次々と乗り移ってくる人影を捉えていた。
「<魔獣化>……!」
魔法陣が割れると同時に、刷り込んだ魔術と魔法が連続して起動する。戦えるようには整えておく必要がある。
甲板の船員と海賊はすぐに交戦を始めた。叫び声がここまで聞こえてくる気がする。
海賊船はセントオーレ号の横につけて乗り込んできている。甲板で戦う他に、船底を目指して動く集団を捉えた。
「やばい、こっち来るみたいだぞ」
「お金になりそうなものはここにあるわけよね。この船を乗っ取るつもりはないのよ。先にこっちを押さえるつもりね」
そこまで言うと、フェイは何かに気付いたような表情をした。
「マコト! アルソットさんは無事?」
「え……!? んー。アルソットさんに付けた<印>が動いてる。まだ生きてる」
「今すぐ行くわよ。アルソットさんが死んだら、私達の帰り道も危ういわ」
「出て行って大丈夫なのかよ!?」
「手助けをしたら悪い方には流れない……と思うわ! たぶん!」
「――――来る!」
マカゲの張りつめた声が低く響いた。
貨物室への入り口は二か所ある。物資運搬用の大きな扉と、船員管理用の普通の扉だ。物資運搬用の大扉は外側からしか開かないつくりになっている。
マカゲが前に出た。船員管理用の扉に向かうと、扉が開いた瞬間に脇差を抜き打ちで切りつける。
「うげァッ!?」
「へぁ!?」
人が居るとは思っていなかったのだろう。間の抜けた顔のまま貨物室に入ってきた犬獣人は腕を切り飛ばされた。マカゲはそのまま犬獣人を直蹴りで押し返す。後ろに続く数人が身体を受け止めた。
「――――<麻痺>!!」
俺の魔術が起動した。砕け散る魔法陣から、強化された麻痺の靄が犬獣人に襲い掛かる。叫ぶ暇も与えず塊になって倒れた。
「オイ! 誰かいるぞ!」
「前がやられたぞ! やっちまえ!!」
俺は気持ちを引き締めた。まだ後続が居る。
構成はほとんどが犬獣人。何人かが半獣人だ。腰には幅広い剣を提げているが、抜いてはいない。
俺はフェイに視線を向けると、フェイは頷いた。制御する力は高いが、ここでフェイの火炎系魔術を炸裂させるわけにはいかないだろう。海の上で船が燃えてしまっては話にならない。
マカゲが身を低くしながら距離を詰める。刀身を閃かせて足の脛を狙う一撃。海賊は避けたが通路がみっしりと詰まる。好機!
「<衝撃球>!!」
魔法陣が割れる。俺の指先から放たれた青色の光球は、先頭に命中すると同時に凶悪な衝撃波をまき散らした。バァンと三連続で響いた音が収まるころには、海賊たちはすでに動けない状態になっていた。
「よし、とりあえずアルソットさんのところへ行くのだな」
「ああ。できるならアルソットさんを守る。フェイも広い空間に出た方が魔術が使えるだろうし」
「ええ。行くわよ!」
手首を切り落とした犬獣人に<治癒の秘跡>をかけて止血しておく。切り落とした手首が生えてくることはなかった。<治癒の秘跡>にはそこまでの効果はないのだろう。
動けない海賊を少し乱暴にどかすと、貨物室の扉を魔術の氷で閉ざしておく。これで積み荷が狙われても大丈夫なはずだ。
「何してるのよ! マコト、早く来なさい!」
「今行く!」
<印>でアルソットの位置を感知できるのは俺だけだ。俺はじれったく待っていた二人を追い抜かすと、先頭に立って走り始めた。




