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第265話「セントオーレ号」

 旅立ちの準備をしようとして、大熊屋がないことに気が付いた。

 

 思わずため息が出る。霊樹の棒を掲げて見ると、けっこう荒れているのがわかる。武器や防具の整備、ある程度の必要な物資などをこれまで大熊屋で揃えてきたのだ。無いとなるとかなり困った。


 やっていないとわかっていつつも、円形広場を通って大熊屋がある路地に入る。つい来てしまうのは、習慣のなせる業か。


「あれ……?」


 俺は思わず変な声を出してしまう。大熊屋の扉が開いていたからだ。この前のじいさんかと思いながら大熊屋の中を覗く。だが、予想は外れた。中に居たのは熊の獣人だった。着ている服がオレンジのスカートとエプロンなことから、かろうじて女性の熊獣人だと知れる。


 彼女が俺に気付いた。そりゃあ、扉から覗きこんだまま呆けていれば見つかりもするだろう。作業する手を止めて、俺を見ながら首を傾げた。


「お客さんかしら? ごめんなさいね、今ちょっとお店閉めてるのよ」

「えーと、ウルススさん……は?」

「旦那は今、本国に戻っててね。しばらくはもどらないのよ」


 ――――旦那!?

 じゃあこの人、ミトナの母親ってことか!?


「ミ、ミトナは……」

「あら、ミトナのお友達? あの子もお友達ができたのね。ボーイフレンドかしら」

「あ、いえ。なんていうか……」


 二十五の男に『ボーイフレンド』もないと思うが、うまく説明できる気もしないのでそのままにしておく。


「ごめんなさいね。あの子も今向こうなのよ。ちょっと調子が悪いから、故郷のいい空気を吸わせようってあの人が言ってね」

「やっぱり、調子悪い……んですか?」

「ええ。たぶん風邪みたいなもんだと思うんですけどね」


 熊がおばちゃんのような仕草をしていると不思議な気分になってくる。


 俺は黙り込んだ。ミトナが風邪というのは嘘だ。おそらく<魂断(ソウルブレイク)>の影響で引き起こされた体調不良。だが、そのことをウルススの奥さんがわかっててとぼけているのか、本当に知らないのか。熊の顔からは読み取れない。俺は突っ込んで聞くのはやめておくことにした。

 獣王国に戻ったからといって治るというものではないと思うが、温泉や森林浴のように獣人を対象とした特別な回復施設みたいなのがあるのかもしれない。

 

「戻ってくるんですか?」

「旦那はそのつもりよ。でも、あの子は経過次第かしらねぇ」


 大丈夫かしら、と再び首をかしげる奥さんに、俺は微妙な表情をするしかできなかった。


「本当にごめんなさいね。また戻ってきたらごひいきによろしくお願いするわ」

「ええ、こちらこそ。ありがとうございます」


 丁寧にお礼を言って大熊屋を後にする。フェイとの待ち合わせをしている港方面へと足を向けた。


 奥さんと話すことで、俺は安心していた。誰とも会わずに獣王国に戻ったのは、会えるような体調じゃなかったからだ。ミトナの意思で、離れようとしたわけではないのだ。


 行く価値が出て来たな。



 港は活気を取り戻していた。ちょうど漁師の船が戻ってきた時分だったらしい、水揚げされたばかりの魚介類が所せましと並べられていた。生け簀に入っているものもあれば、びちびちと跳ねているものもある。クーちゃんが興味を示して触ろうとするので、抱き上げて移動することにした。

 これらはこの近海で獲れるものなのだろう。遠洋漁業をするには冷凍設備がなく、保存ができない。

 潮の匂いと、魚のなんとも言えない匂い。まさしく港だと感じさせてくれる。


 待ち合わせ場所には、すでにフェイが到着していた。小さな鞄を手にしている。大きな鞄は魔術ゴーレムとなったミオセルタが持っていた。


「思ったより荷物少ないけど大丈夫なのか? すぐそこってわけじゃないんだろ」

「ええ。海を渡るか、獣王国と聖王国を隔てている大山脈を迂回するしかないわ。迂回路は南部連合のまっただ中を抜けていくことになるわ。ここは北の端だし、そっちの方が時間がかかるわね」

「じゃあ、どうやっていくんだ?」

「海路ね。ベルランテからならそれが近いわ」


 俺は眉をひそめた。確かに船を使えば獣王国までは近い。しかし旅客船のように獣王国まで人間を乗せていく船というものを見たことがなかった。向こうに行くのは品物を運ぶ貿易船くらいなものだ。


「じゃあ、貿易船に便乗するのか。それならルマルに頼めばよかったかもしれないな」

「それも考えたわ。でも、向こうで何かあったとき、ルマル商会に迷惑が掛かるのはいただけないでしょ。とある船にちょっと便乗させてもらえるように頼んであるわ」


 フェイがニヤリと笑う。まあ、何とかなっているなら問題ないだろう。


「あとは向こうに着いてからだな。見ず知らずの土地を無駄にうろうろするわけにもいかないだろ。そういや、ミオセルタも獣人だよな。獣王国の地理ってわからないのか?」

「ワシがおったのは今と地図が変わるくらい昔の地理じゃぞ。どれほど役に立つか知らんわい。当時の魔術じゃと地形すら変えてしまいよったからのう」

「じゃあどうするんだよ」


 再びフェイに視線を戻す。


「それも解決済みよ」


「フェイ殿、マコト殿。お待たせした。拙者海は初めて故、港を見て回っておったら遅くなってしまった。すまん」

「――――マカゲ!」


 港で働く人の間を縫って現れたのは、イタチ獣人の刀使い、マカゲだった。

 薄手のマントに、頭には三角形をした笠をかぶっている。服装とあわさって、旅の浪人といた風情だ。腰には刀を帯びているのでなおさらそう見える。


 俺の呼びかけにマカゲは片手を挙げて応えた。髭を触りながら俺達と合流する。確かにマカゲなら獣王国の様子を知っている。やはり現地をよく知る人に案内を頼むのがよいだろう。


「拙者も獣王国に戻るのは久々だからな。それでもだいたいの土地勘はある。鉱石を求めて右往左往していたのが役に立つとはなあ」

「熊の獣人がいるところってわかるか。そこにいるらしいんだけど」

「ふむ。それなら確かに海路で正解だろう。獣王国北の森林地帯にあるからな」


 気が付けば大きな船の近くでフェイが俺達を手招きしていた。


「話はその辺にして、乗り込むわよ」


 近くにいる犬獣人がどうやら協力者らしい。フェイが鞄から取り出した布袋を受け取ると、ニヤリと笑ってそれを懐に収めた。集まった俺達を興味深そうに眺めると、親指で船を差す。


「オレはアルソット。この船、セントオーレ号の乗組員だ。それで、あんたらの乗る場所だが、船底に近いところに貨物室がある。麦の入った袋が置いてあるところだ。そこの巡回と点検がオレの仕事だからな。そこなら見つからずにオレらの国まで行けるぜ」

「ええ、協力感謝するわ」

「なんの。こっちこそだ。行きと帰りでたんまりもらってるからな。おかげで故郷に帰れるってもんよ」


 声は潜めてだが、嬉しそうに言う犬獣人。

 俺はにこやかな顔は崩さないまま、フェイの隣へと移動した。フェイの方は見ないで、ぎりぎり聞こえる声で言う。


「フェイ、これ、密入国って言わないか、オイ」

「バレなけりゃいいのよ。正規のルートなんてないんだから。それともやめるわけ?」

「いや、やめないけどさ」


 今やめてしまえばフェイが払った金の分だけ無駄になる。一抹の不安はあるが、ちらりとみたマカゲは落ち着いたものだ。


「こっそりと船に便乗することはよくある。こうやってビジネスになるくらいだからな。拙者もよく船に忍び込んだものだ」


 それはそれで大丈夫なのかよ。


「さ、乗り込め乗り込め。今なら誰にも気付かれずに乗り込める。波に揺られてりゃあっと言う間さ」


 安請け合いをするアルソットに促されながら、俺達はセントオーレ号に乗り込むことにした。


 多少の不安は吞みこむことにする。今はミトナの許へと向かうだけだ。

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