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第261話「引きこもり」

 どうやってサウロの屋敷まで戻ったのか覚えていない。

 気が付けばあの部屋に寝かされていた。

 身体がひどく熱い。頭が割れるように痛い。咳が出るたびに胸が痛くなる。


「ワタシの屋敷の門前で倒れていたんですよ」


 サウロの言葉が頭の上を滑っていく。

 滲む視界に、ベッド脇に立っている誰かが見えた。


「暖かくなってきたとはいえ、これだけ雨に打たれれば風邪をひきます。何があったのかわかりませんが、今は元気を取り戻しましょう」


 ここまで運ばれたということは、またサウロに迷惑をかけたのだろう。

 霞んだような視界の中、俺は目を閉じた。

 布団の暖かさだけを頼りに、意識を闇の中に落としていった。



 あれから何日経ったのか。俺の体調が全快するころには、あの日の雨雲は欠片も見当たらなかった。抜けるような青色の空が拡がる快晴だ。

 身体がスッキリすれば、頭も多少はスッキリすると思ったが、そんなことはなかった。何をするでもなく泥のように生活する日々。

 少し街に出ることもしてみたが、なんだかやる気が出ない。冒険者ギルドで仕事をするべきなんだろう。そう頭ではわかっていてもミトナを思い出して動けなくなってしまう。

 幸いルマルに預けている金がある。メシを食って寝るだけの生活ならなんとかなるのだ。サウロも忙しいのか、最初に少し顔を見たきりで、それ以降顔を合わせていない。


 何もしていないと、考えてしまう。


 ミトナの命を危険に曝しているという実感はなかった。

 だが、思い出してみれば、これまで巻き込まれたトラブルは、全て原因は俺なのだ。

 ここで無理にミトナを追いかければ、ミトナをまた巻き込むということだ。


 フェイも、マカゲもそうだ。

 外に出れば俺に話しかけてくるだろう人たち。やっぱり巻き込んでしまう。フェイに至っては先日のレブナントの一件で片目を失ったじゃないか。

 さすがに<治癒の秘跡(サクラメント)>でも失った目を復活させることはできない。


 ――――これも、被害か。


 俺はため息を吐きたくなった。それほどまでに、ウルススの言葉は胸に刺さっていた。

 俺自身の行動が、何を引き起こすかを考えたことはなかったのだ。

 本当ならルマルとも接触を断つべきだろう。だが、金が無ければ飢え死にしてしまう。

 サウロとも離れて、屋敷を出て行くべきか。だが、下手にうろうろするよりは引きこもっていたほうがいいのかもしれない。


 一週間が過ぎた。

 根が生えたように、食事だけはとる生活。

 室内の空気が目に見えるなら、腐って淀んだ色が見えたことだろう。


 その扉が乱暴に開けられた。

 険しい顔をして入って来たのはルマルだった。ずかずかと部屋の中に入ってくるとベッドの脇に立つ。


「マコトさん、いつまでそうやっているおつもりです?」


 尖った声は、俺のだらしなさを非難しているのだろう。


「事情は知っていますよ」


 俺はびくりと肩を震わせた。ルマルは強い調子で続ける。


「マコトさんらしくない。それが竜人にまで挑んだ人の有様ですか。この世の中、生きていれば誰でも――――」


 ルマルはそこで言葉を切るとため息を吐いた。今の俺には何を言っても無駄だと思ったのだろう。

 代わりに口にした言葉は、意外なものだった。


「マコトさん、仕事しましょう」

「働きたくない」

「何か今すぐしたいことがなければ……考える暇もないくらい動く方がいいと思いますよ。ちょうど手伝っていただきたい仕事があります」


 俺はどんよりした目をルマルに向けた。


「とある人の護衛です。かなりの危険が伴いますが、マコトさんの実力ならできるはずです」

「誰だよ、ソレ」

「新しいベルランテ統治顧問ですよ。その方を守ってください。忙しい方ですので昼夜働いております。マコトさんが出なければ、推挙したルマル商会の名前にも傷がつきます。必ず行ってください」


 ルマルは俺の手に書類を押し付ける。最初の出勤日の集合時間と場所が記されている。おれはぼんやりと手元の書類を見た。

 ベルランテ統治顧問の護衛なんていうすごい仕事をどこで見つけてきたのか。ルマルがベルランテで商業ルートを確立し、手を広げているのが成功しているという証なのだろうか。

 どうしろってんだ。俺は外に出たくない。だが、これでルマルがお金を出してくれないとなったら食っていくこともできない。


 話すことは終わったというばかりに、ルマルは踵を返して出て行こうとする。俺はその背中を思わず呼び止めた。


「ルマル……」

「何です」

「俺と関わって……後悔しているか?」


 ウルススが言うくらいだ。俺と関わったことで、ルマルも命の危険を感じたことがあったんじゃないか。

 ルマルは振り返りすらしなかった。背中から怒気が感じられる。


「今のあなたに答える価値を見出せません。動きなさい」


 扉が閉まる。俺はずっしりと重くなった胃を抱えて、ぼんやりとルマルが残した書類を見つめた。




 俺は約束の場所に立っていた。

 ベルランテ執政局。その建物の前である。

 行こうと思ったのは大した理由があってのことではない。

 ベルランテ統治顧問というのはすなわち貴族だ。聖王国の貴族ならば、護衛や騎士団もいる。命の危険という点では問題はないだろう。

 それに、ずっと閉じこもっていても身体が内側からどろどろと腐るような気持ちになるばかりで、それも嫌になったからだ。出かけようとケイヴレザーコートに袖を通そうとした時に、少しチクリとした。


 書類を持ちながら、執政局へ入っていく職員をなんとなく見やる。

 街ながら俺は重要なことに気付いた。ベルランテ統治顧問ということはわかっているが、それがどんな名前で、どんな顔なのか分からないのだ。


 せめて名前くらい聞いてりゃよかったな。


 今や遅い。あれからルマルとは連絡がつかないし。俺がその護衛対象をわからなかったらどうするのだろうか。

 その時、知った顔が執政局に向かってやってくるのが見えた。サウロだ。非番なのか今日は鎧を身に纏っていない。若干派手な青を基調とした色彩のローブだ。両の手には白い手袋。左手には本を抱えていた。

 サウロは入り口前に立つ俺に気付くと、不思議そうな顔になった。


「おや、マコトさんではありませぬか。どうされたのです?」

「いや、ここで人を待っているだよ」

「しかし……その様子だとずいぶん待っているように見える」

「護衛の依頼を受けたんだが、名前も顔もよくわ知らない奴なんだ。わかってるのはベルランテ統治顧問だという肩書だけなんだ」


 サウロは考えこむと、ぽんと手を売った。自分を指差す。


「――――それ、ワタシです」

「ハァ!?」

「あの事件があってから、ベルランテ統治顧問というのはやりづらい肩書きになりました」


 いきなりな情報に頭がついてこない。

 やりづらい肩書き?


「メデロン卿の一件から、貴族に対する世間の風当たりが強くなってきたのです。独立したベルランテは獣人勢力も多いですからね。なのでワタシに白羽の矢が立ったわけです」

「ど、どうしてサウロさんが」


 サウロは俺について来るように手ぶりで示した。サウロは執政局の中へと入る。そのまま執政会議に出る者しか通れない通路をどんどん進んでいく。門兵に会釈すると、通路が開けられた。顔パスだ。

 俺は驚きながらあわててサウロを追いかける。俺も通路を通る。どうやら付き人として認められたらしい。


八の執政者(オクタゴン)の制度はニセモノだったメデロン卿が言い出したことです。ですが、その言葉については価値があったようなのです。ベルランテ統治顧問と教会勢力この二つを一つにできないか。そうして考えた末にお鉢が回って来たのがワタシというわけです」


 サウロの屋敷は貴族街にある。そういえばそれを相続したからこそ、この街に来たということじゃなかったか。

 サウロがいつの間にか足を止めていた。俺を見ている。


「少しは元気が出たようですね」


 俺はハッとした。

 サウロはずっと俺が閉じこもっていることを知っていた。その俺に護衛を頼むということは、俺を外に出そうと思ってのことか。


「サウロ……」

「他意はありませんよ。マコトさんの強さは存じ上げています。お力を借りたいと思ったのは本当ですから」


 そう言いながら、サウロは執政会議室へと入っていく。

 強さを知っている、か。


 サウロの後に続いて入室しながら、俺の胸は再びチクリと痛んだ。

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