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第259話「港へ」

 レブナント事件は終結した。


 ベルランテにそれなりの傷跡を残した事件だったが、その実何が起こったか把握している者は少なかったはずだ。レブナントを使役していた封印官(シーラー)は全滅。首謀者だったシルメスタは査問のために中央に送られてしまったからだ。

 レブナントの放った動死体(リビングデッド)によってスラム街はきなくさい状態になっている。後から聞いた話だが、貴族街はメデロン邸からの出火により、かなりの屋敷が燃えてしまっていた。独立後のことを憂えて、貴族の多くはベルランテから離れる算段を取っているらしい。


 その中で大きな被害を受けているのが魔術師ギルドだ。

 敷地は全焼。壊滅といった有様。当時魔術師ギルドや周辺施設に詰めていた人は死亡してしまった可能性が高い。魔術師ギルドにとっては、どれほどの損害か。いくつかの建物は火の手があがって燃え尽きてしまっていた。あの場所は、焼け野原になってしまった。


 俺とフェイはアルドラの救けもあってなんとか街についた後、まるで泥人形のようにぐったり眠っていた。俺が目覚めたの時には、炎の魔人(イフリート)との戦いから二日は経っていた。気が付けば俺はサウロ邸の一室に寝かされていたのだ。

 全身の筋肉と骨が痛むような痛みは無理をしすぎたせいだろう。体力を消耗しすぎて<治癒の秘跡(サクラメント)>も起動できず、養生すること二日間。サウロの看病をうけながら回復を待つ生活になっていた。


 ベッドでぼんやりしているとルマルがお見舞いにきた。コクヨウとハクエイも、もちろん一緒だ。ここまで道案内をしてきたクーちゃんが、ぴょんとベッドの上に飛び乗る。俺はベッドから身体を起こすとルマルと向かい合った。


「体調はどうですか?」

「なんとか回復しそうってところかな」

「体力を回復する聖法術もあればいいんですけどね」


 にこにこと微笑みながら、ルマルは俺に果物が入った籠を差し出した。やはりお見舞いには花か果物なのはこちらも変わりないのだろう。


「みんなはどうしてる?」


 俺の口からそんな言葉が出たのは、体力を失って心細いからだけではない。ここのところお見舞いにくるのはサウロかルマルくらいなものだからだ。


「フェイさんはマコトさんより元気なくらいですね。魔術師ギルドの建物再建のためにお母様と尽力しておられます。魔術ゴーレムの身体になったミオセルタさんもそれについて回っているようです」

「まあ。燃えたからな、魔術師ギルド。……あの日、敷地にいた人はどうなった」


 ルマルには事の顛末を話してある。同時にあの時魔術師ギルドの敷地内に居た人の調査もお願いしていたのだ。

 ルマルの顔が曇る。あまりよくない結果だったのだろう。


「職員を含め、三十二人が亡くなっています。遺体の焦げ具合からみても、炎はかなりの高温だったらしいです。ただ、マコトさんが気にされていたショーンさんは無事でした。午前の出勤だったのが幸いして、あの時その場にいなかったようです」

「そう……か」

「街もざわついていますね。ベルランテは独立に向けて強硬手段に出るようです。独立の前倒しですね。これだけの問題が起こっているのですから、市民の勢いもあって止められるものではないでしょう。王都は苦いでしょうね」

「そりゃあ、しょうがないか……」


 反対に回るはずの貴族の多くは街を出てしまっている。さらにパルスト教の不祥事だ。事件をばらまいていたとわかれば心証は悪くなる。天秤は一気に傾いたというわけか。

 見ればルマルも暗い顔をしていた。


「少しばかり急ぎすぎな気もしますね。自助努力のために獣人街の規模も増やすそうです。流れが傾かなければいいのです。あとは新しく赴任する大司祭とベルランテ執政顧問がどんな人か、というところでしょう」


 ルマルははっきり言わなかったが、その意味はくみ取れた。もしかすると獣人たちがベルランテを支配するようになるかもしれないということだ。


「暗い雰囲気をなんとかしようと、独立を記念した祭を行うようですよ。出店やイベント。プラスのイメージを植えるために華々しく行うつもりでしょう。人間と獣人の友好を深めようという目的もあると思います」


 友好、ねえ。

 今までベルランテはそんなことを考えたことはなかった。それが必要になるなから行うのか。


「こういっちゃなんだけどな。これからは獣人が優勢になるのか?」

「どうでしょうね。商業のための独立ですし。まだまだ王国側も手があると思いますよ。ひとまずは商業でバランスを取りましょう。幸いメデロン卿の商業ルートは全てうちで押さえさせてもらいましたし、貢献できると思います」

「何だって?」


 思わず俺がルマルの顔を見る。すました顔で横を向いていたが、やがて俺達にしか見せない黒い笑顔になった。

 蒐集家メデロン。その伝手は多岐にわたる。<いざなうまなこ>の能力だと思うが、貴族と詐称して商業ルートを開拓していたメデロン。急に消えてしまった彼の隙間を埋める形でルマルが滑り込んだ。

 この若き実業家は、メデロンの商業関係を乗っ取ったのだ。これでまたルマルの店は大きくなるだろう。


 だが、強引なやり方なら恨みを買う。そうでなくても、稼ぎが大きくなれば危険は付きまとう。コクヨウとハクエイは優秀な護衛だが、それと同時にルマルの手だ。常に傍にいるわけではない。

 俺の表情に気付いたのだろう。ルマルは理解を示した顔になった。


「大丈夫ですよ。マカゲさんにも護衛をお願いしています。これからは獣人の方とも商売をすることが多いでしょうから、助かるんです」

「そっか。マカゲも無事なんだな。――――ミトナは?」


 何気なく言った俺の言葉に、ルマルの顔が再び曇った。


「ミトナさんは……いません」


 俺は頷いた。ミトナは<魂断>の一撃を受けてマナ経路が一時断裂状態になっていたはずだ。そのための体調不良が続くだろうから、見舞いにはこれなくて当然だろう。


「そうじゃないのです。ミトナさんどころか大熊屋はここ連日、閉店状態が続いています」


 ――――待て。


 ざぁっと血の気が引いていく。

 何の。何の話をしてるんだ。俺はミトナが大丈夫か聞いただけだ。そうだろ。


「理由はわかりませんが、おそらく大熊屋はベルランテから――――」


 最後まで聞かなかった。

 俺はベッドの布団を跳ねのけると、もどかしく靴を履くと窓から飛び出す。<浮遊(フローティング)>はいまいち間に合わなくて、けっこうな勢いで両脚から着地する。気にしている暇はない。

 サウロの館は貴族街。大熊屋の位置を脳内の地図に思い浮かべながら、俺は走り出す。まだ体調は回復していないのか、ふらつく足や抜けそうになる膝がうっとうしい。


 どんよりとした暗い雲がベルランテを覆っていた。今の俺には嫌な予感を倍増させるものでしかない。

 雨の直前の匂いが鼻につく。俺は息を切らせながら円形広場から路地へと入る。荒い息のまま、俺は足を止めた。


 大熊屋の看板は出ていなかった。

 扉には鍵がかかっているだろう。外から中を精査するには……。


「<空間把握(エリアロケーション)>!!」


 魔法陣が割れる。壁の向こうを探知。中に一人。だが熊じゃない。

 扉を開けると、中には老人が一人、空っぽになった店内を見回っていた。どうやら鍵はかかっていないらしい。


「あ……あの……。大熊屋は……? あなたは……?」

「ん。んん? しばらく店を畳むらしいわい。わしはここの管理を頼まれただけの爺じゃ」


 俺は無言で工房へと向かう。工房の炉は火が落とされていた。動作や雰囲気からも感じていた。老人に嘘はない。


 冷水にゆっくりとつかるようなショックがおしよせていた。

 どうして。店を畳むにしても、連絡くらいは。

 俺は思わず老人に掴みかかっていた。老人の目が見開かれる。


「ミトナは、ウルススさんはどこです!?」

「お、おお!? 今日発つと言っておったから、港じゃろ」


 俺は乱暴に手を放すと、扉を壊さんばかりに開いて駆け出す。後ろで老人が何かを叫んでいたようだったが、俺の耳には全く入っていなかった。

 すぐに行かなければならない。港へ。

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